幕間6 姿を現す敵 見えざる敵
聖アルフ歴1887年
イーストでの内偵任務を終えた紅は、指令室で報告書を作成していた。
「内偵の結果、イースト国際学園自体にはこの国に害する目論見はなし。ただし、魔術協会の一派に不穏な動きが有り」
指令室で報告書を書き終えた紅は、窓から外を眺めながら口を開く。
「国に帰ってきて三日。資料が随分と溜まっていたかな」
窓を眺めながら赤毛の男がそう言うと、指令室の扉を叩く音が響いた。それに気付いた紅は、ドアをノックした相手を向かい入れる。
「書類仕事中に失礼するぞ」
指令室に入ってきたのは翁の面を付けた上忍の男だった。
「翁か。僕が留守の間すまないね」
赤毛の男がそう言うと、翁の面を付けた男は、厳格な口調で答える。
「何。比較的難度の低い任務を、中忍以下に割り振りつつ、他の上忍と協議を行いつつ内側を回しただけだ。それよりも、私の部下に第二地区と、貴殿から要請のあった、影人と魔術協会の情報も調べておいたぞ。詳細はこの巻物にまとめてある」
翁の面を付けた上忍がそう言うと、巻物を三つ取り出した。
「まずは、最初から調べる予定だった第二地区だ。ここには某が出向いたが、良くも悪くも五代目段蔵にも限界が来ているということだな」
「限界?」
紅がそう尋ねると、翁の面を付けた男は厳格な口調で答える。
「そう変わった話でもない。五代目段蔵は既に70代だ。幾ら組織としての隠密に初期から居た人材だろうと、年老いれば限界も出てくるということだ」
翁がそう言うと、紅は納得した様子で顔をほころばせた。それを確認した翁の面を付けた隠密は、報告を続ける。
「奴も後継者探しをしているようだが、影の名を受け継げるだけの器を持つ人材は、今の第二地区には居ないようだ。どうやら奴は、木猿の奴を後継者にしたかったらしく、手放したことを後悔しているそうだ」
「木猿の国のために民衆を切り捨てるという思想も、調べて見れば、奴のような組織としての隠密が出来てすぐに良く見られた傾向でもある。はっきり言えば、時代遅れだ」
翁の面を付けた隠密がそう言うと、赤毛の男は考え込むような面持ちで口を開いた。
「つまり、老害になりかけているということかな?」
紅がそう言うと、翁の面を付けた上忍が彼の言葉を肯定するように首を縦に振る。
「そうか。なら、段蔵殿に直接話を聞いてみよう。彼は僕を嫌っているみたいだけど、今回の事は少し話す必要もある」
紅がそう言うと、翁は再度頷いた。意思確認をした上忍は、残り二つの巻物を開いた。
「こっちには、影人と魔術協会の情報をまとめてある。どちらも部下に集めさせた」
翁の面を付けた男は厳格な態度を崩すことなく続ける。
「影人の方は、比較的簡単に情報が集まった。貴殿も知っているとは思うが、この組織は、世界中のありとあらゆる掃き溜めの集まりと言って差し支えは無い。ロマシアの旧皇帝派やエソロマ教過激派を始めとした、世界中の犯罪者や賞金首の寄せ集まりだ」
そう言うと、影人の情報をまとめた巻物を開いて、顔が写っている人物を指差す。
「こいつが良い例だ。こいつはSS級賞金首の首狩りイワン。ロマシア出身の元冒険者だ。二つ名通りの猟奇犯罪を行ったことで賞金首となった男だが、こいつも影人に所属している」
そう言った翁の面を付けた隠密は、影人の情報がまとめられた巻物を仕舞いながら続けた。
「こいつらの情報を集めるところまでは容易だったが、大和に潜伏している影人の調査をするのは現状では難しい。影人全般の捜査権は、奉行人にあるらしい」
翁の面を付けた上忍はそう言うと、影人に関する情報がまとめられた巻物を仕舞う。それを見た紅は、口元に手を当てながら口を開いた。
「やはり、組織の違いに伴う柔軟さには欠けているね。なら、まずは僕が奉行人と交渉してみよう」
赤毛の男が柔和な笑みを浮かべながらそう言うと、翁の面を付けた隠密は、無言で頷く。一瞬の間を置くと、上忍は最後の巻物を開きながら口を開いた。
「魔術協会の情報だが、この情報が一番厄介だった。下手をすれば、我らが破滅する可能性も有る」
翁の面を付けた隠密がそう言うと、紅は真剣な眼差しを携えながら尋ねる。
「それほど危険な相手という事だね。ちなみに、この第五地区で以前からしばれている海魔や、シン国の刺客と比較すれば、どれほどの危険性なのかな?」
紅がそう尋ねると、翁の面を付けた隠密は厳格な口調で答えた。厳格な口調は崩れていないけれども、その声は、僅かながら緊張で固まっている。
「海魔やシン国の刺客程度とは比べ物にならないほどに危険だ。本腰を入れて調べた場合、失敗すれば、大和皇国そのものが滅ぶ可能性も有る」
「調べて分かったことは、相手の頭目ぐらいだ。ギルバート・マグナス。エルフ族、32歳。魔術協会でも高い地位に居る男だ。魔術の腕前も高く、裏でもその権力と力量から高い存在感を持っている相手だ」
翁の答えを受けた紅は、真剣な顔つきのまま答えた。
「そうか。それほどの相手なのか」
赤毛の男がそう言うと、翁の面を付けた上忍は、重々しい口調で続ける。
「正直、奴らを調べるのは得策とは言えん。奴らは、この巻物にある通り、魔術協会の一派だが、この一派は、表でも高い権力と資金を持っている一方で、裏社会に対するかなり太いパイプを持ち合わせている。何より、現状では大和皇国に仇を成しているというわけではない。これらを考慮すれば、この一派を率先して叩くのはリスクが大きすぎる」
翁の言葉を受けた紅は、歯がゆそうに眉を歪ませながら答えた。
「……分かった。今は、魔術協会のギルバート一派に関連する活動全般は、水面下の情報収集に留めよう」
赤毛の男がそう言うと、翁の面を付けた男は、厳格な口調で口を開く。
「その方が賢明だな。調べた範囲では、表向きには潔白だからな」
翁はそう言うと、最後の巻物を仕舞った。彼が巻物を仕舞うと、紅は真剣な面持ちのまま口を開く。
「報告ありがとう、何時もすまないね」
紅がそう言うと、翁の面を付けた隠密は落ち着いた口調で答えた。
「これは某が必要だと判断して調べたこと。貴殿が気にすることではない」
翁の面を付けた隠密は、落ち着いた口調を崩すことなく続ける。
「それよりも、今後この第五地区でやらなければならない任務に、どのように人員を割り振るかだ。魔術協会への情報収集は某がしようと思っているが、他にも重要性の高い任務は、多いだろう」
翁の面を付けた上忍がそう尋ねると、赤毛の男は、極秘と書かれた指令書を取り出しながら答えた。
「うん。近いうちに完成する竜種搭載型騎母の造船所に現れる可能性の高い、他国の産業工作員対策はもちろん、今まで調査していた海魔や、さっきも出てきた影人に関する情報を調べ上げなければならない」
赤毛の男は、指令書に目を通しながら続ける。
「それに、前の任務で逃走した第二地区の裏切り者と、彼を焚き付けたシン国の工作員の行方も調べないといけないからね」
赤毛の男がそう言うと、翁は、落ち着いた態度のまま尋ねた。
「やはり、外国がらみの任務は螺旋に任せるか? 奴なら経験も豊富だ」
翁の面を付けた隠密の問いかけを受けた紅は、顎に手を当てながら答える。その様子は、真剣に部下を思う上司の姿だった。
「基本的にはそうなるかな。でも、そろそろ彼にも休暇を与えないといけないからね……」
紅がそう言うと、翁の面を付けた上忍が厳格な口調で尋ねる。
「奴は休息をあまり取っていないのか?」
翁の面を付けた隠密がそう尋ねると。紅は首を縦に振りながら答えた。
「まとまった休暇は取ってないはずかな。だから、シン国の工作員は、ある程度の期間が経過したら、彼にはまとまった休暇を取ってもらうつもりだよ」
赤毛の男がそう答えると、翁の面を付けた隠密は納得したように首を縦に振ると、別の内容を尋ねる。
「シン国の工作員に関する調査は分かった。だが残りはどうするつもりだ? 考えは有るみたいだが」
翁がそう尋ねると、紅は神妙な面持ちのまま答えた。
「うん。騎母の護衛は、白夜と黒に任せるつもりだ。第五地区内での海魔の調査は上忍を一名選出して、第九地区で交戦経験がある鴉を補佐に付ける。それと、影人に対する調査の許可が奉行人から下りたら、上忍を選出した上で、木猿を補佐に付けようと思っている。」
紅がそう答えると、翁の面を付けた隠密は、先程までとは異なる低めの声で答える。
「待て。あの若造を影人の調査に入れるのは止めておけ。奴は功績の為なら仲間すら切り捨てるぞ。飼い殺しにしておいた方が得策だ」
翁の面を付けた隠密がそう言うと、紅は、神妙な面持ちのまま口を開いた。
「確かに、翁の懸念していることは否定できない。けれど、彼の能力をいつまでも腐らせておくわけにはいかない」
赤毛の男がそう言うと、翁の面を付けた上忍は、複雑そうな口調で口を開く。
「戦力を遊ばせておく暇がないことは、確かに否定できないが……」
翁の面を付けた隠密が、歯切れの悪い口調でそう言うと、紅は、柔和な口調で答えた。
「まずは、仲間意識を育むための簡単な任務を、他の中忍と一緒に受けさせる。来歴はどうあれ今の彼は僕の部下だからね」
「当然彼には首輪を着ける。この任務の最中に不穏な動きを見せれば、君が切り捨てても構わない」
赤毛の男がそう言うと、翁の面を付けた隠密は、僅かながら安堵した様子で答える。
「そうか。ならばあの若造の処遇は貴殿に任せよう」
翁の面を付けた上忍はそう言うと、紅は、禁中の糸が切れた様に顔を緩ませながら答えた。
「ありがとう」
赤毛の男が感謝の意を伝えると、翁は、落ち着いた口調で尋ねる。
「それで、今後はどうする? あの若造にも貴殿の決定は伝えなければならないだろう」
翁の面を付けた隠密がそう尋ねると、紅は、柔和な態度で答える。
「これから地下牢に向かって話してみるさ。時間は有るからね」
そう言った紅は、書類を片付け始めた。
「そうか。ならば、そちらは貴殿に任せる」
そう言った翁の面を付けた上忍は、指令室から出て行く。その姿を見送った紅は、報告書の片付けを続けた。
その日の夜。第五地区の隠密が拠点としている施設の地下牢に、焦げ茶色の髪をした若い男が留置されていた。
こげ茶色の髪をした男は、自らに近づく足跡に気が付くと、足跡が聞こえる方向に顔を向ける。
「やぁ木猿。僕が留守の間は元気にしていたかな?」
地下牢に留置されている焦げ茶色の青年の前に現れた紅は、柔和な笑みを浮かべながらそう言った。
「何か僕に用事ですか?」
(こんな時に何だ。早くここから出せ)
こげ茶色の髪をした青年がそう言うと、紅は、真剣な面持ちで口を開く。
「君の処分について通達をしに来た」
「木猿。君を上忍から中忍へと降格させる。防人特務隊としての階級も三等官から、上等士へと降格。今後の任務では、生体情報と、心理状態を読み取るためのマジックアイテムの着用を義務付けさせてもらう」
淡々とした口調で紅がそう言うと、焦げ茶色の髪をした青年は、歯を噛み締めながら答えた。
「……了解しました」
木猿がそう言うと、紅は、今度は柔和な笑みを浮かべながら口を開く。
「堅苦しい話はここまでにして、少しお話しようか」
赤毛の男がそう言うと、留置されている青年は、目を丸くしながら答えた。あまりの驚きからか、心の中で思っていることが漏れてしまったのである。
「何で、貴方のような民間人出身の腑抜けと呑気にお話しないといけないんですか? 命令は聞きますから、早くここから出してくださいよ」
焦げ茶色の髪をした青年が入ら太刀交じりに本音を言うと、赤毛の男は、少し嬉しそうに笑った。それを見た青年は、訝しむ様に口を開く。
「……何で笑っているんですか?」
(頭がおかしくなったのか?)
留置されている青年がそう言うと、紅は、笑いをこらえながら答えた。
「いいや。やっと君の本音が聞けたと思うと嬉しくてね。言っておくけど、ここで僕と話すのは命令だし、話が終われば明日の朝には此処から出すよ。命令なら聞くと言ったのは、君だからね」
紅がそう言うと、焦げ茶色の髪をした青年は、いやそうに顔をしかめながら口を開く。
「分かりました。聞きたいことが有るならどうぞ。僕が貴方に聞きたいことは、ないですから」
(どうせ、僕の事を嫌っているくせに何のつもりだ)
焦げ茶色の髪をした青年が、心の中で悪態を突きながら了承すると、紅は、柔和な態度を崩すことなく口を開いた。
「なら、早速聞くけど、君にとって隠密の同僚はどういう存在なのかな?」
紅がそう尋ねると、焦げ茶色の髪をした青年は、訝しむような口調で答える。
「以前の話の続きですか?」
「一応はそうなるかな。でも、今回は以前よりも踏み込んで君の意見を聞きたいんだ」
赤毛の男がそう答えると、留置されている青年は、少し考え込んだ後に口を開いた。
「……足手まといにならない限りは仕事で背中を預ける槍ン罪だと考えています。それ以上でもそれ以下でもないです」
留置されている青年の答えを受けた紅は、柔和な態度のまま口を開く。
「なら、君の眼の前で同僚が殺された場合はどうする?」
赤毛の男が今度はそう尋ねると、焦げ茶色の髪をした青年は、迷うことなく答えた。
「余程不利でない限りは、応戦します。一々他人の生き死に同情していたら、こちらが殺されます。隠密として育てられたら、最初に学ぶことですよね?」
焦げ茶色の髪をした青年がそう尋ねると、紅は、今度は真剣な面持ちで答える。
「いいや。君が今言った考えは、確かに実戦では役立つけど、今の隠密のカリキュラムではあまり学ばないかな。これは他の地区でも言えることだよ」
紅の答えを受けた青年は、不愉快そうに眉を歪ませながら口を開いた。その様子は、まるでこの世で最も罪深い存在を心の底から蔑もうとするものである。
「……平和ボケした腑抜けの多い第八地区や第九地区のことですか?」
青年が不愉快そうにそう言うと、紅は真剣な面持ちのまま口を開いた。
「その二つの地区もそうだけど、第二地区以外は、仲間の死を最初から無視するような隠密の教育はしてないよ」
紅は、真剣な面持ちを崩すことなく続ける。
「質問を変えるけど、君にとって民間人はどういう存在かな?」
紅が民間人をどう思うか尋ねると、焦げ茶色の髪をした青年は、先ほど以上に不愉快そうに顔を歪ませながら答えた。
「……はっきり言えば邪魔なだけですね。自分の都合で言う事を変えて、権利は主張しても義務を十分果たさない。挙句の果てには自分が不遇なのは誰かが悪いと言って恥じない」
留置されている青年は、顔を歪ませながら続ける。
「大狂騒期に隠密家業を行っていた人々は、迫害を受けたことは知っていますよね? 防人も含めて【人殺し集団】や【暴力装置】だと罵倒されていたことは、資料でも残っている筈です。何でこんなゴミを救わなきゃいけないんですか。ゴミらしく盾にでもなればいい」
青年がそう言うと、紅は、真剣な顔立ちのまま呟いた。
「合点がいった。やはり段蔵殿の考え方だったか。彼は大狂騒期から隠密として活動している古株だ。君が言ったような誹謗中傷を直接受けた世代だからね。そう言う私怨交じりの考えになるんだろう」
そう呟いた。赤毛の男は、真剣な面持ちのまま青年を見据えながら口を開く。
「はっきり言うけれど、君の考え方は、かなり偏っている。以前も言った通り、隠密は確かに汚れ仕事を行う組織だ。そして、君が言ったような負の側面は、確かに実在している。けれど、だからと言って、それが力を持たない誰かを捨て駒や駒にして良い理由にならない」
そう言った紅は、一瞬ためらった後に意を決したように続けた。
「第一、君が言った迫害は、君自身が受けたわけではないだろう? そう言う経験をした誰かから話を聞いただけじゃないのかな」
紅が、青年の語った主張から見出した違和感を突くと、彼は、目を逸らしなら気まずそうに口を開く。
「それは……」
答えに困っている様子の青年を見た紅は、優しげな口調で話し始めた。
「君が、段蔵殿が創設した孤児院の出身だという事は知っている。幼い君が何を聞いて育ったかも、想像はできる。けれど、君が負の想念に縛られる必要はない筈だ」
赤毛の男がそう諭すと、焦げ茶色の髪をした青年は、しばらく考え込む様に目を細めると、心の中の泥を吐き出すように話し始める。その様子は、自分自身ではどうすることも出来ないものを無理やり吐き出そうとしているものだった。
「そんなことを言われても、段蔵様から理想の隠密になるための技術と心構えだけを学んできたのに、それが間違いだったなんて言われても、その通りですなんて言えませんよ。それこそ、どうすればいいんですか!?」
目じりに僅かに涙を浮かべながら青年は続ける。
「貴方の言っていることが正しくて、万人が聞けば納得するような事だというは分かる。今までそういう物だと信じてきたのに、どうすればいいですか!?」
留置されている青年がすがるようにそう言うと、紅は、真剣な面持ちのまま答えた。
「その答えは、僕が教えられることではない。君が明日からの任務を通して、自分自身で見出さないといけないことだ。君が幼い時から聞いた話を信じ切っていたことは、君の考え方を知っている物が聞けば、君の未熟さを切り捨てるだろう。加えて、自分から悪を名乗れば何をしてもいいわけじゃない」
突き放そうようにそう言った赤毛の男は、人の気配を感知しながら続ける。今度は比較的優しげな口調だった。
「けれど、君は、まだ直接民を見殺しにしたり、わざと民間人を殺したりしたわけではない。まだやり直せる。幸い、君の事を気遣っている同僚もいるみたいだからね」
そう言った赤毛の男は、地下牢の入り口の方向を見据える。すると、焦げ茶色の髪をした青年に良く話しかけていた中忍の青年が現れた。
中忍の青年の姿を見据えた紅は、柔和な態度を崩すことなく尋ねる。
「銀二か。こんな時間にどうしたんだい?」
紅がそう尋ねると、銀二と呼ばれた中忍の青年は、無造作に伸ばした髪の毛が特徴的な頭部に手を当てながら答えた。
「俺、こいつの事許せないって思ったけど、やっぱり見捨てられなくて。思い切ってそのことを言いに来たんです」
銀二が慣れない敬語を使いながらそう言うと、紅は、嬉しそうに口を開く。
「そうか。僕もそう言ってもらえると嬉しいかな」
中忍の青年にそう言った赤毛の男は、焦げ茶色の髪をした青年に顔を向けながら口を開いた。
「君の根本的な問題点は分かった。さっきも言った通り、君はまだやり直せる。今度こそ期待を裏切らないでくれ」
そう言った紅は、地下牢の入り口に足を向ける。留置されている青年は、何かを思いつめるようにその背中を無言で見送った。
木猿と地下牢で対話した翌日、紅は、大きな講堂で第五地区に所属する全隠密の前で今後の方針を話していた。その様子は、普段の柔和な態度とは異なる覇気に満ちたものである。
「以上の通り、まず、この第五地区が既に請け負っている任務にも尽力しつつ、海魔や影人。そしてシン国の情報収集に余念なく励んでほしい。この場に居る隠密全員の結束を持ってこれらの任務は達成させる。以上」
紅が壇上での演説を終えると、壇上から降りた彼を、翁の面を付けた隠密と、比較的若い女性と思われる犬の面を付けた隠密が出迎えた。
「見事な演説でした」
犬の面を付けた女性の隠密がそう言うと、紅は、柔和な笑みを浮かべながら答える。
「そんなことはないよ。やはり、ああいう役割は慣れないかな」
赤毛の男が照れくさそうにそう言うと、翁の面を付けた隠密は、厳格な口調で紅に話しかけた。
「貴殿はこれからどうする?」
翁の面を付けた隠密にそう尋ねられた紅は、落ち着いた物腰で答える。
「僕は、第一地区の奉行人とのコネクションを利用して影人の情報を得られるよう働きかけてみる。その足で、第二地区の段蔵殿に直接会ってみる」
紅がそう答えると、翁は厳格な口調で口を開いた。
「無理はするな。貴殿が背負っている影の名は伊達ではない。万が一貴殿のみに何かが有れば、この第五地区の隠密組織は瓦解する可能性もある。そこには注意しておけ」
翁の面を付けた上忍がそう言うと、紅は気丈な笑みを浮かべながら答える。
「ありがとう。善処するよ。それじゃあ、僕は、重要度の高い作戦を請け負う人員に個別で説明して二言ってくるよ」
そう言った紅は、そのまま講堂から立ち去った。
次章へ
こんばんわドルジです。
今回のお話で、最初に想定していた一巡分のお話が終わりました。次からは二巡目のお話になります。今後ともよろしくお願いします。




