イースト国際学園内偵任務 紅の章 【一ノ五】
聖アルフ歴1887年
模擬戦から十日が経過し、洋式の正装を纏った紅は、学長室で学長のバルバトスと対談を行っていた。
「まさか、君がこの学園を嗅ぎまわっていた鼠を捕えてくれるとは思っていなかった。改めて感謝する」
獣人族の男がそう言うと、赤毛の男は、謙虚な態度を屑ことなく答える。
「僕は、ただ生徒の安全を守っただけです。」
紅がそう返すと、隻腕の男は厳格な口調で口を開いた。
「うむ。そう言ってもらえるとありがたい。君が講師として教鞭を取る期間も僅かだが、残りの期間もよろしく頼む。下がってくれてかまわないぞ」
満足げにそう言ったバルバトスは、赤毛の男に退室を促す。獣人族の男に退室を促された紅は、学長室から退出した。
学長室から出た赤毛の男は、人の気配を探りながら、城の一室へと向かい始める。
しばらく歩いた紅は、地下牢の入り口を目指していた。
(地下牢にあの男が捕まっているらしい。情報をあまりとれなかった分を補うのは、今しかないからね)
紅が地下牢に向かって歩いていると、紅い派手なコートを纏った男が彼に声を掛けてきたのである。
「やぁ。君が例の講師だね、噂は聞いているよ」
赤いコートを纏った金髪の男に声を掛けられた赤毛の男は、彼の容姿から相手の分析を始めた。
(こいつは、SS級冒険者、シーザー・レオーニか。何の用事だろうか?)
紅が分析をしていると、シーザーは芝居がかった手振りを織り交ぜながら続ける。
「僕はシーザー・レオーニ。早速で申し訳ないけれど、僕と剣の円舞曲を踊らないかい?」
金髪の男が、赤いコートをたなびかせながらそう言うと、彼の後ろから黒い鎧を纏った男が現れた。
「お前は何を言っているんだ?」
黒髪の男が呆れた様にそう言うと、金髪の男は自信に満ち溢れた誇張で答える。
「クラトスか。やはり我慢できなくてね。模擬戦を申し込もうとしていたんだよ」
シーザーがそう言うと、クラトスは頭を抱えながら口を開いた。
「そんなことよりも、リーダ、ギルド長もお前を探していたぞ。以前捉えた影人に仲間が居る可能性があるらしい」
黒髪の男がそう言うと、紅いコートを纏った男は、つまらなそうに答える。
「また賊退治かい。ボスもなぜこんなつまらない仕事ばかり僕によこすのだろうねぇ」
金髪の男がつまらなそうにそう言うと、黒い鎧を纏った男は、嗜めるように口を開いた。
「つべこべ言っても仕方がないだろう。ここは冒険者ギルドの総本山。この地で不測の事態が起きては、なおさらよくないからな」
クラトスがそう言うと、シーザーは先ほどとは異なる神妙な面持ちで答える。
「……確かにそれは一理あるね」
赤いコートを纏った男はそう言うと、紅に顔を向けて口を開いた。
「こちらから声を掛けておいて済まないが、予定が出来てしまった。君とまた会える時を、心から楽しみにしている」
そう言ったシーザーは、紅いコートをたなびかせながら去って行く。その後ろ姿を見送った赤毛の男は、地下牢へと急いだ。
地下牢の手前に到着した紅は、身を隠すのに適した円柱状の柱に隠れて見張りの冒険者を観察し始めた。
(外の見張りは二人か。どちらも屋内での取り回しを考慮した武器を装備しているね。中の様子も確認しておこうかな)
見張りの観察を終えた赤毛の男は、地下牢周辺の魔力感知を始める。赤毛の男は、脳内に映る魔力の波長を捉えた。
(……外の見張り以外は、中には一人だけか。これなら、事前の仕込みも十分生かせる)
魔力感知を終えた紅は、影分身を作り出す術式を練り上げる。
「陰気、我が影を形どり人の姿を成す。陰行、影分身」
影分身体は、十日前に捕らえた男に仕込んだ転移術式のマーキングに転移した。
地下牢の中に転移した紅は、慣れた手際で中の見張りを昏倒させる。見張りの意識を刈り取った紅は、片腕を切り落とされ、独房の中で拘束されている男に顔を向けた。
「アンタは何で?」
男がそう言うと、紅は、落ち着いた口調で答える。
「勘違いしないでほしい、こっちは情報が欲しいだけだ」
赤毛の男は、落ち着いた態度を崩すことなく続けた。
「十日前でも七回、今回は二十回、無駄話をしている間にお前を殺せたぞ」
そう言った紅は、独房の中に転移すると、男の頭部を鷲頭紙にする。
「こっちもあまり時間が無いからね。情報を貰うよ。陰気、我が敵の心を読みほどく。陰行、思考回想」
紅は、手際よく陰行の術式で相手の記憶を読み取った。
(そうか、この男が所属している影人は、流れ者の犯罪者の寄合という訳か。盗み見た会議で言っていた内容通りだね。こいつは、元はアメスリアの諜報機関出身で、任務を失敗した責任を取らされたのか)
赤毛の男は、思考と記憶を読み続ける。
(こいつの目的は、特異体質者である芦屋健一の拉致と、脳権者ギルドと魔術協会の機密情報を盗むことだったのか)
記憶を読み取り終えた紅は、手を頭から話すことなく男を見据えながら口を開いた。
「これで僕の幼児は終わりだ。君は今回の事は忘れて、きちんと法の裁きを受けてくれ」
優男然とした顔立ちにはあまり似合わない冷めた目でそう言った赤毛の男は、次に記憶を操作する術式を練り上げる。
「陰気、この者の知の蔵書を書き換える。陰行、記憶改変」
術式を練り上げた紅は、男の脳内に存在する独房での出来事に関する記憶を消去した。
地下牢近くの物陰に隠れていた紅は、地下牢に送った影分身体が仕事を終えたことを感覚共有で確認すると、影分身を戻して肩を下した。
「これで大体は終わりかな……」
(本当は、このイースト国際学園はもちろんそれを運営する冒険者ギルドや魔術協会の情報ももっと欲しかったけれど、仕方ないかな)
一安心した様子で紅が物陰から姿を現そうとする。その時、紅は、城の中心部から大きな魔力が地下牢に近づいてくることを感知した。
(誰か来る!?)
赤毛の男は、再度柱に隠れると、周囲の気配と同化する隠行の術式で姿を隠す。
紅が姿を隠してしばらくすると、二人の男性が歩いてきた。細身の男の方は、はさしたる脅威には成り得ない程度の魔力である。
しかし、もう一人のエルフ族の男は、この任務の最中に彼が出会った人物の中でも、最大の魔力を持ち合わせていることが感じ取れたのだ。
(なんて魔力の量だ。魔術協会のエルフか?)
赤毛の男が姿を隠したまま驚愕していると、二人は小さな声で会話を始める。
「今回捉えられた奴は、影人とか名乗っている賞金首組織の構成員だそうですよ本当に馬鹿ですよねぇ」
細身の男が、ニヤニヤ笑いながらそう言うと、エルフ族の男は、オールバックの髪を自慢げにさすりながら答えた。
「連中も馬鹿な奴らだ。奴らは、我らが資金援助して焚き付けているとも知らずに革命家を気取っている訳だ」
二人の会話を聞いていた紅は、姿を隠したまま思考する。
(どういうことだ? つまり、魔術協会の一派が賞金首を裏から操っているということか?)
紅が二人の会話から読み取れた情報を整理していると、細身の男が下劣な笑みを浮かべながら口を開いた。
「まったくですね。脳筋冒険者ギルドや、既得権益を食い潰すだけで何もしない協会の能無しどもが焦っている様が目に浮かびますよ。共倒れして悶え苦しむさまが目に浮かびますね」
細身な男が、下品な笑みを浮かべながら粘着質な口調でそう言うと、オールバックの男は、細身な男とは対照的に無機質な口調で答える。話し方こそ落ち着いていたが、その口元は僅かに吊り上っていた。
「ふむ。カーチスを始めとした能無したちには、私たちの事を捉えることは出来んさ。私たちが頂点に立つためにも、奴らを引きずり下すには、苦しめ、貶め、辱める必要がある。愚かな愚民どもの信頼とやら盗み取った上でな」
エルフ族の男がそう言うと、細身の男は下品な笑みを浮かべながら口を開く。
「素晴らしい。話は変わりますが、今回捉えたクライアントの駒はどうします?」
細身な男が小声でそう尋ねると、オールバックの男は、悪辣な笑みを浮かべながら答えた。
「表向きは、留置所に移送されるが、そこは当然私の息が掛っている。元々、A級賞金首で人体実験の材料にしても困らん部品だ」
エルフの男がそう言うと、細身の男は、見張りの冒険者に聞こえることも気にすることなく高笑いを上げる。二人の話を物陰に隠れて聞いていた紅は、感情に呼応して魔力が漏れていることに気付かないほどの怒りに震えていた。
(こいつらは、自分の名誉や欲望のために無法者に金と武器をばらまき、死を撒き散らしているのか……!!)
赤毛の男が怒りに震えていると、オールバックの男は、紅が隠れている柱に顔を向けて火の玉を放つ。
「どうされました!?」
見張りをしていた冒険者が驚いた様子で二人に駆け寄ると、エルフの男は、落ち着いた口調で答えた。
「そこの柱に鼠がいた気がしたのだが、どうやら気のせいだったようだな」
粉砕だれた誰も居ない柱の跡を見据えながらそう言うと、見張りの冒険者に、地下牢への入場許可を取り始めたのである。
その頃、模擬戦場としてよく使われる広場を見渡せる建物の影になっている場所に、赤毛の男は座り込んでいた。
(危なかった。十日前に転移術式のマーキングをしていなかったらやられていた)
肩で息を切らせながら紅は、周辺の魔力感知を始める。
(周辺に学生以外の魔力は無いか……どうやら、僕は、かなり危険度の高い情報を得たみたいだね)
周辺に脅威となり得る存在が居ないことを確認した赤毛の男は、先ほどのエルフの男たちが話していたことを思い返しながら思案を続けた。
(いずれにせよ、敵の腹の中に居るうちに動くのは危険過ぎる。大和に戻ってからどうするか考えないとね)
思案を終えた紅は、目立たないように周辺を見渡しながら、講師用の宿舎へと足を向ける。
それから時間は過ぎ、紅は、大和皇国に帰る日を迎えた。
「龍之介先生、ご指導本当にありがとうございました。先生の教えてくださったことを生かして俺たちも頑張っていきます」
紅が請け負った生徒を代表して、授業で最初に自己紹介もしたダリルがそう言うと、紅は柔和な笑みを浮かべながら答える。
「こちらこそありがとう。僕も君たちの成功と幸福を祈っているよ」
そう言った紅は、帰りの船に乗り込んで行った。荷物を客室に片付けると、彼は、甲板へと足を運ぶ。
船が出港すると、赤毛の男は、甲板のデッキから生徒たちが見えなくなるまで手を振り続けた。
「これからが忙しくなるかな」
生徒たちの姿がかなり小さくなってくると、紅は小さな声でそう呟く。しばらくして、港が見えなくなると、彼は、客室へと戻り、今後の予定を構築し始めた。
(竜種搭載型騎母の完成が近いことを踏まえて、造船所の警備を強化する必要もあるね。以前から頼まれていたことだし)
紅は、表面に機密と書かれた巻物を読みながら思案を続ける。
(それに、以前から調査している海魔や他国の工作員対策と合わせて、今回新たに名が出た影人という組織を調査する必要が出てきた。人員を割り振る必要があるね)
巻物をしばらく読み進めていた赤毛の男は、最後のところに目をやると、忌々しそうな様子で顔を歪めた。
(ただ、前に第二地区で交戦したシン国の工作員とその内通者はある意味面倒だ。何処に潜伏しているかが分からないし、他の地区に潜伏していたら、その地区の隠密に任せるしかない)
巻物に記された任務の情報を読み終えた紅は、客室の窓から海を眺めながら数日前に聞いた会話を思い返す。
「木猿の今後を踏まえて、チームワークを養えるような任務を回す必要もある。あの二人みたいな人間にならないようにしないと」
海を眺めながらそう呟いた赤毛の男は、海から目を戻して巻物をしまった。
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こんにちは、ドルジです。少し更新が遅くなってしまいました。
今回のお話で内偵任務は終了となります。次回以降の舞台は従来のお話に近い形になります。
ちなみに、この章で少し名前が出てきた騎母というのは、簡単に言えば、グリフォン(軍用ヘリ)やワイバーン(ジェット戦闘機)を搭載する空母に近い軍艦をイメージしていただくと適切です。




