イースト国際学園内偵任務 紅の章 【一ノ四】
聖アルフ歴1887年
麗が間髪入れずに放った矢を、紅は、両手に一本ずつ構えた風の刃を纏ったクナイで弾き落とす。
(矢の速度は悪くない。しかも、雷を付与して放つことで威力と弾速を底上げしているみたいだね)
矢を叩き落とした赤毛の男は、裾からクナイをさらに四本取り出すと、手に持っていたクナイを全て投擲した。
投擲された六本のクナイは、女子生徒に目掛けてまっすぐ飛ぶ。黒髪の女子生徒は、素早く弓を片付けると、腰に差していた白木造りの刀を抜き取って眼前に迫っていたクナイを刀で叩き落とした。
「やるね」
(やはり筋がいい。アレと同時にやるなら、気は抜けないかな)
紅は、素早く遠近を切り替えた女子生徒を称賛するようにそう言うと、術式を練り始める。
「風気、金気より転じ、我が身を覆いこの世との抗力を打ち消さん。風行、真空・疾風」
赤毛の男が術式を練り上げると、彼の体を薄い風の膜が覆った。
「ついてこられるかい?」
空気抵抗を無くす風行の術式を発動させた紅は、常人の目では捉えられない速さで女子生徒の後ろに回り込む。僅かな魔力を感じた麗が後ろを振り向くと、赤毛の男が、風の刃を纏わせたクナイを振りかざしていた。
「くっ!?」
黒髪の少女は、クナイを回避するために右に避けると、体勢を立て直しながら雷行の術式を練り上げる。
「雷気、木気より転じ、大地を伝い我が敵を焦げ付かす。雷行、放雷伝」
女子生徒が練り上げた術式から放たれた電撃を目で捕えた紅は、風行の術式を練り始めた。
「風気、我が敵を弾き飛ばす防壁となる。風行、風塵壁」
紅が術式を練り上げると、彼を守るように高出力の風が壁のように広がる。風の防壁が雷を弾いた所を見た麗は、小さな声で呟いた。
「防がれた?」
自らの術式が一方的に防がれた黒髪の女子生徒に、紅は素早く術式を練り上げた。
「風気、荒れ狂い、我が敵を穿つ暴風の槍と成る。風行、暴風槍」
赤毛の男が術式を練り上げると、何もない所から竜巻現れると、竜巻や槍のように麗を吹き飛ばす。
暴風槍に吹き飛ばされた黒髪の少女は、広場に用意されている観客席に叩きつけられた。女子生徒の傷を肩代わりするマジックアイテムは一気に危険域まで達する。
麗が何とか立ち上がろうとしていると、赤毛の男は、落ち着いた様子で口を開いた。
「君が使った雷行は、元々木行から派生している。そして、僕が使った風行は、金行から派生する属性だ。金剋木の特性が働いて打ち消されるのは当たり前の事だよ」
紅がそう言うと、麗は悔しそうに顔を歪めた。女子生徒の様子を見ていた赤毛の男は、口を開く。
「剣でクナイを防いだ所や初撃の弓を考慮すれば、君は間違いなく筋はいい。けれど、まだ学生の範疇と言えるね。実戦を想定したより緻密な連携や自分が不利になった時の対処が不十分だ」
「逆に言えば、これからも努力すれば君は強くなれるよ。だから、今回は此処までだ。これ以上は指輪が限界を超えて、君が傷を負うかもしれない」
そう言った紅は、女子生徒に手を差し伸べた。しかし、それを見た黒髪の女子生徒は、差し伸べられた手を取ることも払うこともなく凛とした口調で答える。
「ギブアップはしません。ここで諦めたら、私は前に進めない。だから、まだ諦めません」
麗の強い意志が籠った答えを受けた紅は、凛とした表情を浮かべながら答えた。
「そうか。ならば、申し訳ないけれど多少の手傷は覚悟してもらうよ。けれど、ルール通り、指輪が限界を迎えたら、動けなくなるはずだから、その時には諦めてもらうよ」
そう言った赤毛の男は、仕切り直すように後方へと下がる。
(正直、彼女の根性は嫌いじゃない。けれど、やはり危なげだね……)
黒髪の女子生徒の顔を見た紅は、心の中でそう呟くと、再度クナイを手元に取り出した。
「行くよ」
そう呟いた赤毛の男は、先程と同様の速さで正面から切りかかる。
(正面から!? けれど、何処から来るのか分かれば、あの速さでも対処できる)
麗は、正面から斬りかかってきたことに驚きながらも得物を構えた。
刀でクナイの一撃を受け止めた麗は、クナイの一撃を刀で受け流す。クナイを受け流した黒髪の少女は、電撃を纏った得物を横に払って反撃した。
紅は、少女の放った刀の斬撃をしゃがんで回避すると、風の刃を纏ったクナイを投擲する。少女は投擲されたクナイを返す刃で弾くと、足元に居る赤毛の男に素早い動作で蹴りを入れた。
黒髪の少女が放った蹴りを後方に跳躍して回避した紅は、詠唱を破棄して金行の術式を練り上げる。練り上げられた多重武装錬鉄は麗を貫くために射出された。
着地をする瞬間を弓で狙おうとしていた麗は、自らに迫ろうとする鋼の刃を防ぐために術式を練り始める。
「金気、我が敵を弾く壁と成る。金行、金剛壁」
黒髪の女子生徒が術式を練り上げると、大地から鉄の壁が盛り上がり、赤毛の男が放った鋼の刃を防いだ。
(感知できる赤坂先生の魔力は動いていない。ここで決める!)
麗は、紅の魔力が先程着地したところから動いていないことを確認すると、弓に矢を番えながら術式を練り始める。
「雷気、木気より転じ、我が武器に宿り、金気、我が理解する武具へと成り無数に連なり空を駆けろ。雷包金行、蒼雷ノ雨」
術式を練り上げた麗は、金剛壁の上に跳躍しながら矢を放た。放たれた雷を纏った矢は、雷を纏ったまま分裂して紅に襲いかかる。それを見た紅は、落ち着いた様子で武具を構えた。
「……一気に勝負を付けるつもりだろうけど、大きな大砲は隙が大きい」
誰にも聞こえないほど小さな声でそう言った赤毛の男は、真空・疾風を最大で発動させると、自らに迫る電撃を纏った矢の雨を風行の刃を纏ったクナイで捌き始める。
(矢が止む一歩手間で一太刀入れれば終わりかな。そろそろも一つの方もお決着を付けようかな)
雷の矢を防ぎ続ける紅がそう思案していると、彼は、右側から僅かに殺気を感じた。
(何!?)
紅が、咄嗟に殺気を感じた方向を見ると、刀を構えた黒髪の少女が目の前まで迫っていたのである。
「……この矢の雨は囮という事か」
そう呟いた赤毛の男は、矢の攻撃範囲外へと退避して仕切り直そうとした。しかし、彼が後方へ跳躍するのと同時に、麗の放った一太刀が紅の背中を浅く切り裂く。
矢の攻撃範囲外まで下がった紅は、模擬戦用の指輪を見た。指輪の水晶は、彼が手傷を負ったことを示すように、青紫色へと変化していた。
「……どうやら、君は推測していたよりも、さらにもう一歩上手だったようだね」
紅は、女子生徒を称賛するようにそう言うと、今度は少し残念そうに続ける。
「けれど、君ももう限界だ。魔力を使い尽くしたんじゃないのかい? 顔色が真っ青だ」
赤毛の男がそう言うと、黒髪の少女は、刀を構えたまま答えた。戦意こそ失ってはいないようではあるが、青ざめた顔からは、明らかに肉体の限界が読み取れるものである。
「まだです。まだ……!」
麗は、渾身の力を絞り出して手に持っていた刀を投げつけた。それに対して紅は、一本のクナイを迎撃するために投げつける。
投擲されたクナイと刀は激突すると、それぞれ模擬戦をするための広場の外側へと弾き飛んで行った。
クナイが広場の外にはじきとばされたことを確認した赤毛の男は、黒髪の女子生徒の方向に顔を向け直す。
渾身の力を籠めて得物を投擲した少女は、力尽きた様に、模模擬戦場の真ん中で気絶していた。それを見た紅は、落ち着いた口調で他の生徒に指示を出し始める。
「彼女を医務室に運ぶから、その間に此処の片づけを頼んでいいかな。彼女を運び終わったら僕も戻るから」
赤毛の男がそう言うと、生徒は無言で頷いて片づけを始めた。その様子を眺めていた紅は、気絶している女子生徒の元に歩み寄ると彼女が一度話していたことを思い出した。
(【強くなければ、大切な物を失う】か。確かに、世界にはそんな側面もある。けれど、この子は、同年代の学生と比べても腕が良いし、何より純粋すぎる。力を求めて外道に落ちなければいいけれど……)
心の中でそう呟いた紅は、先程クナイが弾き飛ばされた方向に目を向ける。
「そろそろ、もう一つの方も終わりかな?」
その頃、模擬戦を行っていた広場を眺めることが出来る建物の陰に、一人の男が潜んでいた。外見は30代前半ほどで、皮のジャケットを纏い、腰には取り回しに優れた短剣が差されている
「やっと模擬戦が終わったか。これで任務に移れる」
そう言った男は、模擬戦が行われた会場の片づけを始めた生徒の一人に顔を向けた。
「芦屋健一。外部からの魔力を遮断する特異体質者か……正直、いくらボスが求めている特異体質者だとしても、男を拉致しても楽しくないしな。」
男はやる気がまるで感じられないようにそう言うと、ため息をつきながら続ける。
「クナイまで飛んできたし、とっとと仕事を終わら――」
「何でクナイが飛んできたのか知りたいのかい?」
自分の声を遮るような声に驚いた男は、声がした方向を見た。そこには、女子生徒を医務室に運んでいるはずの赤毛の男が立っていたのである。
「てめぇ何時からそこに!?」
男がかなり動揺した口調でそう言うと、紅は、落ち着いた口調で答えた
「さっき転移してきたんだ。この辺りにクナイが飛んできただろう?」
赤毛の男がそう答えると、男は、腰に差していた短剣を抜き取って構える。
「やる気かい? 自慢じゃないけど、僕は君より強いよ」
紅が呆れた様子でそう言うと、男は眉間にしわを寄せながら答えた。
「やってみなけりゃ分からねえだろう。それに、さっきお前が戦っている所なら見て――」
男が自慢げにそう言うと、突然彼の片腕が弾け飛ぶ。赤毛の男が模擬戦の時よりもさらに早い速度ですれ違いざまに腕を切り飛ばしたのだ。
「ガァッ!?」
男は切断面を抑えながらその場に蹲っている。
「模擬戦を除いていたと言っていたが、まさか、生徒相手に本気を出すと思ったのかい?」
紅は、蹲っている男を見下ろす形で続けた。
「大体、僕は君がここに潜んでいることには、模擬戦形式の授業を始める直前には気付いている。君が影人と呼ばれている組織の構成員だということも掴んでいる。君にはいろいろ聞きたいこともあるし、生け捕りにさせてもらうよ」
赤毛の男がそう言うと、腕を切り落とされた男は、諦めたように口を開いた
「分かった。俺の敗北は認めるから、最後に一つだけ聞いていいか?」
男がそう言うと、紅は、得物を仕舞うことなく答える。
「何かな?」
「さっきまで女子生徒を医務室に運んでいた筈だ。タイミングを考えれば、いくら転移が出来ても、体が二つ無いとあのタイミングで現れることは不可能の筈だ」
男がそう尋ねると、赤毛の男は、少し呆れた様に答えた。その様子は、極めて淡々したものである。
「そんなことか。簡単な話自分自身分裂体を疑似的に作る影分身っていう術式を利用しただけさ。君にはあまり馴染みがないようだけどね。最も、君がそれを知ったところで手遅れだけどね」
そう言った紅は、無詠唱で捕縛用の金剛鎖を練り上げた。
続く
どうもドルジです。
今回の話で紅の内偵任務も、次で最後の終盤を迎えることになります。これからもがんばっていきたいです。




