イースト国際学園内偵任務 紅の章 【一ノ三】
聖アルフ歴1887年
紅がイースト国際学園に到着して一週間経過した。
(週に二回も設定されているとはね……さすがに少し慣れてきたけど重労働だね)
赤毛の男は、講義を終えて宿舎に戻ろうと歩きながら心の中でそう愚痴をこぼしていると、聞き覚えのある女子生徒の声が廊下の曲がり角から聞こえてくる。
「やっぱり先生に言わなくてもいいんじゃないかしら?」
廊下から聞こえてきたのは、初日に紅の宿舎に押しかけてきた麗の声であった。それに答えるように、別の女子生徒の声が聞こえてくる。
「駄目だよ、麗ちゃん。私が隠し事しようとしたんだから謝らないと……」
聞こえてきたもう一人の声は、桜子の声だった。二人が廊下の向うで話をしていることに気付いた紅は、落ち着いた様子で思案を始める。
(そういえば、あの二人はかなり仲が良かったね。講義でもいつも隣に座っているし)
紅がそう考えていると、曲がり角から、二人が姿を現した。
「赤坂先生。こんにちは」
焦げ茶色の髪をした女子生徒が挨拶をすると、自らの名乗った偽名で呼ばれた赤毛の男は、人柔和な笑みを浮かべながら答える。
「こんにちは。教室移動中だったかな?」
赤い髪をした男がそう尋ねると、桜子は、笑みを浮かべながら答えた。
「いいえ。今日の授業はもう終わりました。それよりも、赤坂先生に謝りたいことがあって、先生を探していた所だったんです」
長い焦げ茶色の髪をした女子生徒がそう言うと、紅は、目を丸くしながら尋ねる。
「謝りたいこと?」
赤毛の男が尋ねると、桜子は頭を下げながら答えた。
「私、自己紹介の時に魔眼の事を隠そうとしていました。そのことを謝りたくて。本当にごめんなさい」
桜子が頭を下げながらそう言うと、紅は、落ち着いた口調で答える。
「そのことは謝らなくていいよ。それよりも、どうしてこのことを話そうと思ったんだい?」
紅がそう尋ねると、長い焦げ茶色の髪をした少女は、彼女の後ろに立っている長い黒髪の女子生徒の方を僅かに気にしながら、申し訳なさそうに答えた。
「別の先生が話しているのを麗ちゃんが聞いたんです。赤坂先生の手元に生徒の詳細な情報が有って、特異体質や魔眼の有無は全て把握しているって……」
桜子がそう言うと、赤みがかった茶髪をした男性は、心の中で頭を抱えながら、口を開く。女子生徒を安心させるような口調であった。
「そう言う事だったんだね。築山さんが話さなかったことで問題が有るわけではないから気にしなくても良いんだよ」
(口の軽い教職員も居るようだね)
紅は、優しげな口調で続ける。
「指導する側としては、確かに話してくれた方が有りがたい。けれど、君が持っている魔眼のような貴重性の高い得意能力は、狙っている存在は多い。隠しておくという選択も悪いというわけではないよ」
赤毛の男がそう言うと、桜子は少し安心したような口調で答えた。
「そう言ってくださるとうれしいです。本当にありがとうございます」
長い焦げ茶色の髪をした少女が安心した様子でそう言うと、紅は、彼女の眼帯に目を向けながら口を開く。
「ちなみに、右目につけられている眼帯はまさか……」
眼帯について言及された桜子は、愛想の良さそうな笑みを浮かべながら眼帯を撫でると、複雑そうな様子で答えた。
「はい。この眼帯は医療用の眼帯に偽装された魔眼封じです。完全には制御できていないので、魔眼封じで抑えています」
「そうだったのか。変なことを聞いてごめんね」
紅がそう言うと、焦げ茶色の髪をした少女は、安堵した様子で一礼する。そのよう臼を見続けていた麗は、落ち着いた口調で桜子に話しかけた。
「桜子。そろそろ宿舎に行きましょう。食堂の良い席が埋まってしまうわ」
黒髪の女子生徒がそう言うと、少女は、友人とともに学生用に用意されている宿舎の方へと歩いて行く。
(やれやれ。夜にも予定が有るのに学生の対応もしないといけないのは大変だね……)
赤毛の男性が心の中でため息をつくと、講師用の宿舎の方向から、金色の髪をした男子生徒が走ってくる。男子生徒は、紅の前まで来ると、肩で息を切らせながら口を開いた。
「先生見つけた。槍の使い方について聞きたいことが有るんですけど、今時間大丈夫ですか?」
「一応大丈夫だよ」
紅は、すべてを諦めた様にそう言うと、男子生徒の話を聞きながら足を進め始めた。
男子学生の疑問に答えて宿舎に戻った紅は、夕食を食べると、隠密としての装備を取り出している。彼の装備は、中忍までの共通の衣を元に、胴当を魔獣の皮で出来たより軽量な物へと改良されたものであった。
(今日は、この学園の運営会議が行われる日だ。この学園や冒険者ギルドの機密情報を得られる可能性が高い、この機会を逃す手は無いかな)
隠密としての装備を取り出した赤毛の男は、自分用の装備を少し懐かしそうに眺めると、意を決したように装備を纏い始める。
(此処の設備なら、僕が転移を行えば魔力を感知される可能性が高い。地道に走るしかないか)
装備を纏った赤毛の隠密頭は、周囲の気配と同化する隠行術を無言で練り上げると、そのまま夜の闇と静寂が支配する宿舎を駆け抜けた。
宿舎から飛び出した紅は、、宿舎と校舎として使われている古城を繋ぐ橋を駆け、そのまま、古城の壁を駆け上がる。
不可視のまましばらく城壁を昇り続けた紅は、上層部に付くと、彼が昼に開けておいた、窓に素早く滑り込んだ。
(此処までは問題なしだね。ここ空気の通り道を通れば、会議場まではすぐだね)
場内に潜入した赤毛の男は、空気が通るための人が一人だけ通れそうな小さな穴に身を潜らせる。空気穴をしばらく進むと、下から光が漏れる場所に辿り着いた。
紅が中を除くと、そこには、円卓に十人近い人々が座っている大きな部屋が広がっている。
(当たりだね。クラトスも参加しているようだね)
赤毛の男が会話に耳を傾けると、猫の耳をした隻腕の男が話を始めていた。獣人族の男に見覚えのあった紅は、頭の中で除法の整理を始める。
(あの男は、この学園の学園長を担当している。獣人族の元SSS級冒険者。バルバトス・デュオ、53歳。利き腕を失ってからも若手の育成に尽力していると聞いていたけど、この学園の学園長になっていたという噂は、本当だったみたいだね)
紅が、隻腕の男についての情報を頭で確認していると、隻腕の男は、落ち着いた口調で口を開いた。
「会議の議題は、学園の警備状況についてだ」
獣人族の男がそう言うと、エルフ族と思われる耳が特徴的な男が手を上げる。顔立ちは、第三射から見ても分かるほどに神経質そうな人物であった。
「意見がございます。学園長」
「うむ。カーチス先生、どうぞ」
バルバトスがそう言うと、カーチスと呼ばれたエルフの男は、神経質そうな顔を不愉快そうに歪ませながら意見を始める。
「近日招いた臨時講師に付いてですが、何故外部の諜報員をわざわざ招き入れるようなことをしたのでしょうか? 私は、以前から反対した筈です」
エルフの男がそういうと、隻腕の男は、厳格な態度を崩すことなく答えた。
「そのことか。簡単に言えば後ろ暗いことが無いからだが、もう少しわかりやすく説明しよう」
そう言ったバルバトスは、順序だって説明するように答えた。
「このイースト国際学園は、冒険者ギルドと魔術協会の共同で立てられた学園であることは、皆も承知していると思うが、それゆえに、この学園は、両組織の最新技術法や情報を狙っている他国の諜報機関から狙われやすいことは事実だ」
「だからこそ、相手に露顕しても損害の無い情報だけを、敢えて他国の諜報機関に流すことで、相手の介入を極力減らしたいのだよ。これは運営にかかわる者の間で取り決まられている合意だ。目的までは、カーチス先生の耳に入っていなかったことは、こちらの不行き届きなので、この場を借りて謝罪したい」
獣人族の男がそう言うと、エルフ族の男は、神経質そうな顔を少しだけ緩ませながら、口を開く。
「学園長の考えは理解出来ました。しかし、そのために招いた諜報員がこちらの組織単位の情報を盗もうとした場合はどのような対応を行うのでしょうか?」
カーチスがそう尋ねると、バルバトスは落ち着いた態度を崩すくことなく答えた。
「その場合は、致し方ないが、相手には消えてもらうしかないだろう。冒険者ギルドの情報や魔術協会の研究が外部に洩れれば、新たな戦乱の火種に十分なり得る」
学園長の言葉を聞いたカーチスは、先程までの神経質そうで何処か苛立ちが混じった顔をほころばせて、安心したような口調で答える。
「そうですか! それならばこの一件に関しては安心いたしました。我らが魔術協会の研究が漏れる事だけは有ってはならないことですからね。もちろん、優れた学生の人命はさらに大事ですがね」
カーチスの発言を聞いていた紅は、顔を僅かに歪ませながら心の中で毒づいた
(自分たちの実験と成果さえ無事なら、生徒の命や冒険者ギルドの情報はどうでもいいと言いたげな態度がにじみ出てるね。もっとも、ああい言う手合いは、そういう傲慢な考えが当たり前で、言っても治らないだろうけどね)
苛立ち交じりながらも、相手の人間性も観察していた紅は、第五地区に残っている猿の面を付けた隠密の事を思い出す。
(そういえば、彼も自分の職務を完遂できれば他はどうでも良いって考えだったね。彼は身内だから、処分をよく考えないとね)
紅が、部下の処遇について思案していると、会議が別の議題に移行し始めていた。
「今回の本題だが、三日ほど前に、この学園周辺に影人と呼ばれているありとあらゆる国々の犯罪者や反体制を掲げる者の寄合で出来た組織の構成員が潜入しているとの情報が入った」
バルバトスがそう言うと、会場がざわつく。それを嗜めるように隻腕の男は厳格な口調で口を開いた。
「だが、心配はいらない。現役の冒険者数人が既に調査に乗り出している。細かい規模や目的もすぐにわかるだろう。私の誇りにかけてこの学園の生徒には触れさせないと約束しよう」
獣人族の男が残っている方の腕を掲げながらそう言うと、会場に歓声が響き渡る。しばらくして歓声が落ち着くと、バルバトスは厳格な口調で口を開いた。
「今回の会議は以上だ。質問、または意見の申出が有る者はいるか?」
隻腕の男がそう言うと、クラトスが手を挙げた。
「学園長。シーザーが臨時講師としてこの学園に滞在している、コードネーム紅との一対一での模擬決闘を希望しているのですが、希望は通るでしょうか? ギルド長は了承しています」
黒髪の男がそう言うと、銃持続の男は、頭を片腕で抑えながら答える。
「あの戯けには明日学長室に来るように言っておけ。答えは分かっているだろう」
「……はい。せめて半殺しで抑えてくださると幸いです。あの男も優秀ですので」
クラトスがそう言うと、会議に参加していた人々が笑い始めた。一連のやり取りを見ていた紅は、拍子抜けした様子でそれを眺めながら情報を頭の中でまとめている。
(どうやら、この学園自体にはあまり裏はないだろうけど、大元には、表に出したくない裏も多少あるみたいだね)
(……ただ、この学園自体には緊急を要する問題は無いみたいだね)
会議を監視していた、紅は、拍子抜けした様子で、空気の通り道を抜け出ると、来た道を戻っていったのであった。
会議の監視を行ってから一週間。遂に麗と約束していた模擬戦の実施日が訪れた。
一人の生徒を特別扱いすることは出来るだけ避けたいと考えた紅は、自分の請け負っている生徒全員を対象に模擬戦を行うことを前提として場を整えたのである。
模擬戦を行える広場で赤毛の男と対峙する、長い黒髪の女子生徒は、手に黒い弓を構えていた。それと対峙する赤毛の男は先ほどまでの連戦の疲れを見せることはない。
「それじゃあ、今日は君で最後だ」
弓を構える女子生徒と対峙する紅は、表面的には柔和な態度のまま手にクナイを構えながらそう言った。
(飛天車は無し。それ以外は本気で戦うのが、彼女の意思に答える無難なところだろうね)
紅がそう思案していると、審判を任されている亜麻色の髪をした女子生徒が、戦闘開始の合図を出そうとする。
「それでは、模擬戦、開始します!」
審判役の女子生徒がそう宣言すると、麗は、間髪入れずに弓を放った
続く
こんばんわ、ドルジです。
今回は先生らしいことをしている所と、内偵を行っている所をそれぞれ描くことになりました。次回は戦闘(模擬戦)パートになります。




