イースト国際学園内偵任務 紅の章 【一ノ二】
聖アルフ歴1887年
窓から差し込む朝日に顔を照らされた赤毛の男は、眩しそうに手で顔を隠す。部屋は、紅が持ち込んだ資料が散乱していた。
「もう朝か……。生徒の資料はまだ全部は見られてないんだがねぇ」
朝日に顔を照らされた赤毛の男は、眠気に耐えるように顔を歪めながら、今後の予定を考え始める。
(授業は午後からだから、聖との情報を確認したら少し仮眠を取るか)
そう思案した紅は、自らが講師として教鞭を取ることになる【実戦基礎演習D】の授業についてまとめられた資料を取り出した。資料には、履修している十名の情報が記載されている。
(基礎演習だけあって、第一学年の生徒が大半だね。僕の請け負っている授業を受講する生徒は、アメスリア出身が二人にアリティス公国出身が三人でシルファ教国の出身が二人。そして、大和皇国出身が三人か。)
紅は、彼が請け負う生徒の大まかな特徴が掛れた資料を見ると、今度は一人ずつの詳細な情報が記された資料を読み始める。
(西洋の国々は、一般的な武術や魔術の技術が高い若者を優先して送っているね。こういう場で若手の育成と他国へのけん制を狙っているのか?)
西洋の国々出身の学生が、剣術や槍術のような武術や魔術に長けた者が多いことに気付いた紅は、この学園に才能のある生徒を送ることで、他国への示威行為を行っているのではないかと考えた。
(大和皇国の三人は、特異能力者が二人で、戦闘力が高いのは一人か。しかも、片方は、架愚槌の獄炎を操作できる獄炎の魔眼持ちで、もう片方は、外部からの魔力を遮断する特異体質者か。国は、かなり危険な事をしていると言えるんじゃないか?)
希少価値の高い能力を持つ人物を二人以上も国外の学園に輩出しているという事に気付いた赤毛の男は、頭を抱えながらそう考えながら
(他国に生徒が拉致でもされたら、かなりの損失だね。今いる生徒を止めさせることは、今の世論では不可能だから、来年度以降に考えを改めてもらうようにしないとね。単純な戦闘力の高い子は……)
紅は長い黒髪の少女の顔が写っている資料に目を留めると、複雑そうな顔を浮かべた。
(秋川麗。話には聞いていた鴉の妹か。僕が隠密だという事は、大和皇国出身の彼女に隠すことは不可能だろう。他国の人間が居る前で食って掛かられたら面倒だね)
黒髪の女子生徒が写っている資料を見た赤毛の男は、資料を眺めながら気まずそうにそう言うと、ドアをノックする音が部屋に響く。紅が「はい」と返事をすると、若い女性の声がした。
「朝食の時間ですので呼びに来ました。部屋で召し上がることも出来ますが、いかがなさいますか?」
宿舎付きの給仕と思われる若い女性がそう尋ねると、紅は柔和な口調で答える。
「ここでいただきたいんですが、よろしいでしょうか?」
赤毛の男がそう答えると、給仕と思われる女性は、穏やかな口調で答えた。
「かしこまりました。朝食の方は、既にお持ちしておりますので入り口の横に置いておきますね。それでは失礼いたします」
給仕と思われる女性がそう言うと、廊下から足跡が響く。次の部屋へと向かったのだろうと考えた紅は、食事の前に黒髪の女性生徒の資料に再度目を向けた。
(彼女の武器は、固有マジックアイテムの弓と、白木造りの刀と投擲用の短刀六本か。術式適正は、陰、雷、金。予備程度の陽。鴉と少し似ているね)
赤毛の男はしばらく資料を無言で眺めると、机の端に資料を置いて扉の方を向いた。
「今は休もう。食事を取って仮眠を取っておかないと体が持たないな」
自分に言い聞かせるようにそう言った紅が扉を開くと。扉の横に置かれていた台には、持ち運び用の版と洋風の朝食が用意されていたのである。
それを確認した赤毛の男は、持ち運び用の版に朝食を置いて部屋へと運んだ
それから紅は、昼間まで休むと、部屋に備え付けられていた時計を確認すると、授業で使うペンなどを纏めて外に出る。
講師用の宿舎から出た赤毛の男は、校舎として使われている古城へと転移すると、彼が請け負っている授業を行う教室の場所が記された間取り図を取り出した。
「一階の南側にある第1.32号教室だね。ここが西側らしいから、少し急ぎ足で行けば間に合うかな」
間取り図を見た、紅は落ち着いた口調でそう言うと、城の南側に足を向ける。
しばらく石造りの城を紅が歩くと、間取り図に記されていた第1.32教室へと辿り付いた。
「間取り図通りなら、ここだね」
赤毛の男は、意を決したように扉を開ける。扉の向うには、資料に記されていた十人の生徒が、学園指定の白を基調とした制服を纏って席に付いていた。
紅が教室に入ると、生徒たちは、談笑を止めて教室に入ってきた男性に顔を向ける。生徒達が静かになると同時に、赤毛の男は、教卓まで向かい自己紹介を始めた。
「こんにちは。僕が今日から一か月程臨時講師を請け負う。赤坂龍之介です。よろしくお願いするかな」
慣れた様子で偽名を織り交ぜた自己紹介を行った紅は、社交的な笑みを浮かべながら、生徒を観察し始める。
(十代中頃の学生としては、かなり落ち着いているね。前に国内の汎用学校に潜入した時は、もっと落ち着きのない生徒が多かったけれどね)
年齢以上に落ち着いた生徒を観察しながら、柔和な笑みを浮かべた紅は、生徒たちに自己紹介を促した。
「ちょうどいい機会だから、自己紹介をしてもらっていいかな? 僕から見て右側に座っている金髪の男子生徒からお願いしてもいいかな? 使う武器の種類と魔術や術式の適性も一緒にお願いするよ」
赤毛の男がそう言うと、彼が指名した男子生徒は、自分から立ち上がると、はきはきとした口調で事項紹介を始める。
「アメスリア出身。ダリル・スミスです。使用武器は両手剣。魔術の属性は、火と土です」
ダリルと名乗った男子生徒がそう言うと、紅は、朝確認した彼の戦闘能力面での情報とのズレが無いことを確認すると、心の中で安堵した。
(よし。情報に間違いはないみたいだね)
ダリルが自己紹介を終えると、彼の横に座っていた生徒から順々に自己紹介が行われる。ダリルのちょうど反対側に座っていた大和皇国の生徒に自己紹介の順番が回ってきた。
大和皇国の生徒で最初に自己紹介を始めたのは、右目に医療用の眼帯を付けた、長い焦げ茶色の髪をした女性生徒である。
「大和皇国出身の築山桜子です。使用武器は槍で徒手空拳も多少心得が有ります。術式適正は、基本的には西洋式の土から派生する木と、聖アルフ教の光に近い物です」
長い焦げ茶色の髪をした少女は、そう自己紹介すると満面の笑みを浮かべながら続けた。
「一か月間よろしくお願いしますね。先生」
一礼しながらそう言った長い焦げ茶色の髪をした少女は、席に着く。彼女が席に着くと、彼女の後ろに座っていた男子生徒が、席から立って自己紹介を始めた。少し短めの黒髪以外には、あまり特徴の無い容姿の男子生徒である。
(さっきの女子生徒が魔眼持ちで、彼が魔力を打ち消す体質を持って生まれた少年か)
「大和皇国出身。芦屋健一です。使用武器は籠手です。魔術は、外部からの魔力を遮断する体質の副作用で、自己回復と自己強化以外使えません。魔術が使えない代わりに、武器と体質のメリットを利用した徒手空拳を得意としています。」
男子生徒が自分自身の能力を正直に言ったことに驚いた紅は、目を見開きながら口を開いた。
「自分からそう言うことを話して大丈夫なのかい!?」
赤毛の男が驚いた様子でそう尋ねると、男性生徒は、慣れた様子で答える。
「隠してもしょうがないですから。それに、先生にきちんと指導していただくためにも、能力を隠すわけにはいきませんから」
男子生徒がそう言うと、紅は少し気まずそうに答えた。
「そうか。気遣い感謝する」
そう言った男子生徒が席に座ると、最後まで残っていた長い黒髪の女子生徒が席から立ち上がる。
(遂に彼女の順番が来たか)
紅が神妙な顔で女子生徒を見据えると、長い黒髪の女子生徒は、落ち着いた口調で自己紹介を始めた。
「大和皇国出身。秋川麗です。使用武器は弓と刀です。術式適正は、西洋式での雷と錬金術と基礎暗黒魔導です」
長い黒髪の女子生徒は、紅の顔を僅かに見据えた後に落ち着いた口調で続ける。
「それと、赤坂先生と二人きりでお話ししたいことがありますので、放課後に時間をいただいてもよろしいでしょうか? 誰にも聞かれたくないので」
黒髪の女子生徒がそう言うと、教室全体が僅かにざわついた。それを抑えるように、赤毛の男が口を開く。
「分かりました。非常勤講師専用に貸し出されている宿舎でお話しするという事でいいかな?」
紅が、地の口調が僅かに顔を出しながらもそう言うと、黒髪の女子生徒は、無言で頷いて席に着いた。それを確認した赤毛の男は、気を取り直すように口を開く。
「それじゃあ、自己紹介の後は、僕が講師を行っている間のカリキュラムについて軽く説明して今日は終わりにしようか。それじゃあ、席に一つずつ用意してある資料を開いて」
紅がそう言うと、生徒は指示され通りに資料を開いた。それを確認した赤毛の男は、資料に基づいた解説を始める。
「この授業では、模擬戦形式を取り組んだ冒険者ギルドで活動できる冒険者に慣れるだけの戦闘能力を身に着けるための基礎を身に着けることが目的になっている。細かい予定は、次のページに書いてあるかな」
それから資料の内容を大まかに説明して、授業は終了した。
授業を終えた紅は、疲れ切った様子で宿舎の椅子に座っていた。
「疲れた……これなら、影としての事務仕事や直接戦闘任務の方が楽だね……」
赤毛の男は、荷物から一枚の資料を取り出しながら、頭の中で思案を始める。
(この任務が終わってからは事務仕事も多めにあるんだったねかぁ。木猿の境遇を決めないといけないね。それに、第五地区の造船所で開発されている竜種搭載可能騎母の情報を盗みに来る可能性も有る。この手の工作員は秘密裏に始末しないといけないね)
紅がこの任務が終わってからの事を思案していると、扉をノックする音が部屋に響いた。
「どうぞ」
(そういえば、彼女も来るんだったね)
赤毛の男性がそう言うと、扉が静かに開く。
「失礼します」
扉が開いて部屋に入ってきたのは、先程の授業で紅と二人きりで話したいことが有ると言った女生徒だった。紅は、愛想の良さそうな笑みを浮かべながら口を開く。
「わざわざ、僕の宿舎にまで来て話したいことは何かな?」
紅がそう尋ねると、長い黒髪の女子生徒は、真剣な口調で答えた。
「話したいことは一つだけです。隠密頭の影であるあなたなら、隠密になった私の姉の事を知っている筈です。教えてくれませんか?」
真剣さがにじみ出るような口調で女子生徒がそう言うと、紅は、笑みを絶やすことなく答える。
「……何の事かな?」
赤毛の男がそう言うと、長い黒髪の女子生徒は僅かに苛立ちが混じったような口調で口を開いた。
「とぼけないでください。貴方が第五地区の赤い風と恐れられている、最速の影だということは知っています。そして、姉さまは、第五地区の隠密になった。つまり、貴女の部下だという事ですよね?」
女子生徒がそう言うと、紅は、ため息をつきながら口を開く。
「君の推理が正しいとして、それを僕が素直に話すと思うかい?」
赤毛の男性がそう尋ねと、長い黒髪の女子生徒は、僅かに目を逸らしながら答えた。
「いいえ。ですが、貴方が教えてくれないならば、私は隠密の実情をこの学校中に……」
黒髪の女子生徒がそう言うと、紅は、先程までの柔和さからは想像できないほどの鋭い目つきで相手を射抜きながら口を開く。その眼付と口調には、明確な殺気が込められていた。
「それを僕が許すと思っているのかい? 君が隠密の組織大家を話すよりも早く、君の意識を刈り取って記憶を操作するよ」
紅が警告するようにそう言うと、長い黒髪の女子生徒は、額に汗を浮かべながら答えた。
「そう言うと思っていました。ですので、代わりにお願いしたいことが有るのですがよろしいでしょうか?」
女子生徒がそう言うと、赤毛の男性は、先程よりは殺気を抑えた口調で答える。
「内容によるかな? 話してみてくれるかな」
紅がそう言うと、女子生徒は、先程隠密の組織大家の暴露をほのめかす発言を言う時よりも早く答えた。
「一対一の模擬戦闘をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか」
黒髪の女子生徒の要望を聞いた紅は、抱き程まで殺気立っていた姿とは対照的な虚を突かれたような様子で答えた。
「そんなことでいいのかい? しかも、言いよどむことなく今の要望を言ったという事は、こっちが本題なのかい?」
紅がそう言うと、長い黒髪の女子生徒は、落ち着いた様子で答える。
「そうです。駄目でしょうか?」
「授業の一環としてなら構わないけれど、理由だけは教えてくれないかな?」
赤毛の男が理由を尋ねると、長い黒髪の女子生徒は、先程の暴露をほのめかす発言をした時以上に挙動不審になった。しかし、数秒ほどすると、意を決したように口を開く。
「弱かったら大切なものは手から零れ落ちる。何も守れない。私が弱かったから、姉さまも私の手から零れ落ちました。だから、私は、大切なものを零れ落ちないようにするための力が欲しいんです」
黒髪の女子生徒がそう言うと、紅は、少しだけ考え込んだ後に口を開いた。
「……分かった。二週間後の授業で言った位置の模擬戦を行えるように調整しよう」
赤毛の男性がそう言うと、長い黒髪の女子生徒は、嬉しそうな表情で口を開く。その表情は、ほとんど変化の見られなかった表情から想像できない何処か子供っぽい物だった。
「ありがとうございます。それでは二週間後よろしくお願いします」
そう言った黒髪の女子生徒は、一礼だけして宿舎の部屋から立ち去る。女性生徒の後姿を見送る形になった紅は、頭を抱えながらボソリと呟いた。
「……また面倒なことになったかな。何で引き受けてしまったのだろう……」
続く
こんばんわドルジです。
今回から、紅の臨時講師生活と、それに伴う内偵任務が始まりました。次の話では、内偵任務と講師としての活動を描く前半と、女子生徒、秋川麗との模擬戦前篇を後半に描きたいと思います。
ちなみに、この物語の中で出た【騎母】とは、簡単に言えば、飛行できる魔獣や竜種を乗せるための母艦としての能力を持つ軍艦になります。空母に近いものをイメージしていただくとわかりやすいと思います。




