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イースト国際学園内偵任務 紅の章 【一ノ一】

聖アルフ歴1887年


 大和の南方に位置する、かつて傭兵王と呼ばれた男によって開拓された島、イーストに到着した紅は、港から町に向かって足を向けていた。


 港町を行き交う水夫や冒険者の姿を見た紅は、感慨深そうに口を開く。


「流石は冒険者ギルドの総本山と言える町だけは有る。活気にあふれているね」


 そう言った赤毛の男は、誰かを探すように辺りを見渡しながら続けた。


「ただ、港に向かいが来ていると聞いていたのだけど、見当たらないね」


 紅が、車輪の付いたカバンを引き摺りながらそう言うと、赤毛のとこは、街並みを眺め始める。


「やはり、西洋で一般的な石とレンガで出来た建物が大半だ。文化の違いって言うのかな?」


 石造りの建物が立ち並んでいる景色を楽しむ様に紅がそう言うと、建物の陰から赤毛の男に向かって一筋の風が走った。


 それに気付いた赤毛の男は、何もない空間から両刃の短刀を呼び出すと、自らに接近する何かに短刀を振りかざす。


(人目の付くところで戦うのは不本意ではあるが、仕方ないか)


 紅が短刀で自らに迫る何かを切り払うと同時に、周りを歩いている冒険者や水夫の姿に焦るように心中でそう言った。


別方向から発されている殺気に気付いた紅は、短刀をさっきの放たれる方に構える。


(止むを得ないか……!)


 赤毛の男が短刀を構えると、殺気が放たれた方向から声がした。殺気はすでに消えている。


「見事だな……」


 声のした方向から、漆黒の鎧を纏った黒髪の男が現れた。背中には身の丈ほどの大きさをした片刃の大剣を背負っている。


「往来で攻撃することになってすまない。ただ、我らが冒険者ギルドの威信をかけて作った学校の講師となる者の実力を、どうしても見ておく必要があったのだ」


 そう言った黒髪の男は、紅に手を差し伸べた。


「私は冒険者ギルド所属のクラトスだ。貴方の案内を行うように仰せつかっている」


 黒髪の男がそう自己紹介すると、紅は差しのべられた手を握り返しながら答える。


「一か月ほどになりますけれども、どうかよろしくお願いしますね」


 紅がそう言うと、クラトスと名乗った男は、落ち着いた口調で答えた。


「大和に九人しかいない諜報員が教鞭を取るということは、滅多にない。貴殿の国で産出されるマナ結晶で作られたクロガネの鎧を愛用している身としても、興味深い話だったからな」


「そろそろ移動しよう。私が原因ではあるが流石に人目を集めすぎたようだ」


 クラトスがそう言うと、二人の周りにはちょっとした人だかりが出来ていたのである。


「そうですね」


 赤毛の男がそう言うと、黒髪の男は手を一度話して町の東側に向かい始めた。紅もそれについて行く。



 しばらく歩くと、港町の冒険者ギルド支部に辿り着いた。


「ここから空間転移を行える。ついて来てくれ」


 クラトスがそう言うと、紅は無言で頷く。黒髪の男について行く形で奥へ行くと、典型的な転移術式を行うための設備が施された部屋に到着した。


「すぐに転移を行う。私が良いと言うまで部屋からは出ないでくれ」


 赤毛の男にそう言ったクラトスは、中心に備え付けられた水晶に手をかざす。すると、部屋の壁や天井に描かれた魔方陣が青白く発光を始めた。


「転移、イースト国際学園」


 黒髪の男が転移先の名を告げた瞬間、水晶が魔方陣と同じ青白い光を放つ。


「……転移完了。もう出ても大丈夫だ」


 そう言ったクラトスは部屋の扉を開けた。扉の先は、先ほどまで二人が居た冒険者ギルドの建物とは異なる、古い城のような建物である。


 一歩前にでた黒毛の男は、冷静な口調で話を始めた


「説明する必要はないのかもしれないが、この転移術式は、同じ間取りの部屋に同じ転移術式を施すことで、部屋のズレを極力減らしていることが転移術式の重要な部分だ」


 黒髪の男は、歩きながら続ける。


「学園の主な建物は、人魔戦争末期の古い城を利用している。大きさも考慮すれば、一から新しい建物を作るよりも効率的だからな。大和で良く行われていると言われている、再利用という奴だな」


 クラトスがそう言うと、紅は柔和な笑みを浮かべながら答えた。


「確かにこれほどの大きさの建物ならば、崩落の可能性がある部分を改修すれば、十分使えますからね」


 紅がそう言うと、黒髪の男は周りを見渡しながら答える。


「そう言うことだ。そろそろ講師に用意されている寮に到着する」


 クラトスがそう言うと、目の前には大きな渓谷と反対側につながる大きな橋が立っていた。


「この橋の反対側が講師寮だ。橋の反対側には、小規模な転移術式を使う事でも簡単に行き来出来る。橋を渡ってもいいが、時間が少しかかるからな」


 黒髪の男がそう言うと、橋の手前へ足を向ける。彼が向かう先には、先程の転移術式を行うための部屋に置かれていた、水晶が取り付けられた石の台が備え付けられていた。


「これに手をかざせば一瞬だ。私が今からやるようにすればいい」


 そう言ったクラトスが水晶に手をかざすと、黒い鎧を纏ったお琴の姿が消えたのである。


「……なるほどね」


 赤毛の男はそう言うと、水晶に手をかざした。次の瞬間、周りの景色が水晶に吸い込まれる。


 全ての景色が吸い込まれると、今度は別の景色が水晶から吐き出された。


 吐き出された景色が定着すると、石造りの建物の前に立っていた黒髪の男が口を開く。


「転移したようだな。貴殿の部屋もこの近くになる」


 クラトスがそう言いながら石で出来た建物の扉を開くと、中は比較的小規模な応接間になっていた。


「応接間の入り口から見て右側の通路に入ってから、一番手前の部屋が貴殿の部屋だ。道案内は此処までだ。明日からよろしく頼む」


 黒髪の男は少し申し訳なさそうに続ける。


「事前に地図も配布することと成るから大丈夫だと思うが、講師としての授業を行う時に道に迷わないように気を付けてくれ。講師が道に迷うことも珍しいことではないからな」


 そう言ったクラトスは、宿舎から立ち去った。それを見届けた紅は、最後に話していた情報から部屋を見つけだして部屋に入ったのである。



 部屋に運び込まれていた僅かな荷物を整理した赤毛の男は、机に広げた資料を読んでいた。


「さっき僕を案内した男は、やはり隠密の事に気付いていたか。わざわざ国に九人しか居ないなんて言ったことを考慮すれば、そう考えた方が良いな」


 そう言った紅は、資料の一つを取り出して中の情報を読み始める。資料は冒険者ギルドの構成員の経歴が記されたものであった。


(クラトス・ヒューゴ。アリティス公国出身三十一歳。冒険者としての階級は、上から二番目に高いss級冒険者で、性格は実直で下位の冒険者からの信頼も厚い)


(普段は支給品の片手剣を使っているが、本来の得物である身の丈ほどの堅牢な大剣と、土属性の魔術を併用する、攻防のバランスが取れた、堅実な戦い方に定評がある)


 紅は、先程自身の道案内を請け負った黒髪の男の情報が載った資料を見ながら思案を続ける。


(仮に内偵でイースト国際学園の状況を逐一記録していることが露呈すれば、間違いなくこの男とも戦わなければならないが、こういう無駄が無い堅牢な戦い方をする相手はやり難い。出来れば相手をしたくない系統の戦士だ)


 心の中で資料に記された戦士の情報を整理した紅は、別の冒険者の資料を取り出した。


(内偵の期間中にイーストに留まっているSS級冒険者は、もう一人居るみたいだね)


 資料に移された、金髪に派手な赤いコートを纏った男性の顔を見ながら。心の中で相手の情報を整理し始める。


(シーザー・レオーニ。シルファ教国出身二十七歳。冒険者としての階級は、クラトスと同等のSS級冒険者。性格は、自信家ではあるが、下位の冒険者や民間人への思いやりも持ち合わせている)


(冒険者ギルド所属以前より愛用している、固有マジックアイテムのレイピアを得物にしつつ、高レベルの火属性の魔術と、聖アルフ教の術式を併用する、脇を固めつつも攻撃に重きを言置いた戦い方に定評がある)


 資料に記されている戦闘能力に関連する記述を読んだ紅は、最後の一行に目をやると、痛々しい物でも見るかのようにタメ息をしながら、最後の一行を読んだ。


(……そして、自分で【華炎剣】なんて、はっきり言って痛い二つ名を名乗っているらしい……)


 最後の一行を読んだ赤毛の男は、精神的に疲れた様にSS級冒険者の情報をまとめた資料を机に置く。資料を置いた紅は、天井を眺めながら頭の中で除法の整理を始めた。


(正直、こういう腕は確かだけど、自信家で隙を突きやすい相手の方がまだ戦いやすいな)


 赤毛の男は、残っている資料に目をやりながら続ける。


(S級やA級にも、厄介な冒険者は結構いる。万が一戦う場合は、撤退戦になることを踏まえれば、全員の顔と能力を覚えておいても損は無いだろうね。流石に1万人以上の情報を頭に入れるのは一苦労だけど、仕方ないか)


 紅は、残りの資料に手を伸ばすと、残りの資料を読み始めた。



 同じ頃、紅がイースト国際学園に移動する途中でも通った冒険者ギルドの一室では、クラトスと赤いコートを纏った男が話をしていた。


 赤いコートを纏った男は、黒髪の男に話しかける。


「今回の講師はどうだったクラトス? この華炎剣の目をしても満足させられるほどの使い手なのかい?」


 赤いコートを纏った男が地震に満ち溢れた口調でそう言うと、クラトスは落ち着いた口調で答えた。


「腕試し代わりに土属性の魔弾を撃ったが、簡単に対処された。少なくとも、冒険者ギルドでの評価基準に置き換えれば、我らと同等の戦闘力は持っていると見て良いだろう」


 クラトスがそう言うと、赤いコートを纏った男は満足そうに答える。


「それは喜ばしいことだ。早速で悪いが、明日にも模擬戦を行いたいのだが構わないか? 僕の華麗なる剣捌きに、どこまで付いてこられる使い手か見たいだのが……」


「駄目に決まっているだろう、シーザー。第一、相手は我らを監視するために来た密偵の可能性も有るんだ。リーダーが承認しなければ、絶対に入れてはいけない類の相手なんだぞ」


 クラトスがそう言うと、シーザーと呼ばれた男は、余裕をにじませるような態度で答えた。


「そこは知っている。だが、ボスは我らが作り出した学園の健全さを、敢えて密偵を入れることで見せつけるのが目的だろう? 僕が模擬戦を行うことで、後ろ暗いことが無いこと示せると僕は思うのだがね」


 赤いコートを纏った男がそう言うと、黒髪の男は、少し呆れた様に答える。


「ボスの考えは、その通りだ。そうでなければ私は反対だった。だが、お前が模擬戦を行うことで、何故後ろ暗い所が無いことを証明できる?」


 クラトスがそう尋ねると、シーザーは自信に満ち溢れた様子で答えた。


「実力を出し切って剣を交えれば互いの腹の内は容易に読み合えるようになる。そうなれば我らに野心が無いことも分かるはずだ。僕は本気で剣を交えた相手の事は分かる」


 シーザーがそう言うと、クラトスは重々しい口調で答える。


「……不確かなものを重視するのは、どうかと思うが」


 クラトスの言葉を受けたシーザーは、先程までの余裕にあふれた態度を僅かに崩すと、苦笑いしながら口を開いた。


「それは否定できないね。君はいつも僕の痛い所を突く」


 赤いコートを纏った男がそう答えると、黒髪の男は、少し考え込むと、落ち着いた口調で口を開く。


「……一応は、リーダーと学園長に確認はとってみよう」


 クラトスがそう言うと、シーザーは嬉しそうに答えた。


「本当かい!? ぜひともそうしてくれると助かるよ」


 嬉しそうにそう答えたシーザーは、喜びを隠せない様子のまま扉に手をかける。


「良い返事を聞けて良かったよ。そろそろ遅い時間だから、僕は失礼するよ。おやすみ」


 赤いコートを纏った男が、そう言いながら部屋から出ていくのを見届けた黒髪の男は、壁際に建てられている大きな振り子時計を見ると、頭を抱えながらため息をした。


                                  続く


 こんばんわ。ドルジです。

 今回は隠密頭と呼べる存在である影の一人である、紅を中心に置いたお話になります。傾向としては、あくまで潜入調査が主になるので、戦闘描写そのものがメインにはなりません。(まったく戦闘描写が無いわけではありません)

 今回少し出てきた冒険者のランク付けは、下から、C、B、A、S、SS、SSSの順になります。

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