必要悪を担う者 木猿の章 【一ノ五】
聖アルフ歴1887年
抜け忍を始末する任務を終えた木猿は、古式術式による肉体への負荷を癒すために四日ほど静養するのと並行して、報告書に書く内容の下書きを行っていた。
(あの男が言っていたことは気になるが、報告書にまとめるのも、危険かもしれないな)
報告書の下書きをまとめていた焦げ茶色の髪をした隠密は、しばらく思案した後に、書きかけていた一文を横線で消す。
木猿が報告書の下書きに横線を引くと同時に、扉を叩く音が部屋に響いた。それに気付いた木猿は、愛想笑いを浮かべながら口を開いた。
「どうぞ」
こげ茶色の髪をした隠密がそう言うと、扉が開いて中忍までに配給される防具を纏った男性が部屋に入る。焦げ茶色の髪をした青年が入ってきた人物の顔を見ると、部屋に入ってきたのは、彼に良く馴れ馴れしく話しかけてくる中忍の男だった。
「オッス! 元気か?」
部屋に入ってきた中忍がそう言うと、木猿は筆を机に置いて頭を抱える。
(またお前か。うっとうしい)
心の中で毒突いた焦げ茶色の髪をした隠密は、人当たりの良さそうな笑みを浮かべながら答えた。
「ああ。体の方も大分回復して、明日には復帰できそうかな」
(体調のことは言ってやったんだから、さっさと失せろ)
木猿が表面的には人当たりの良さそうに振る舞いつつ、心の中でそう毒突くと、部屋に置いてある椅子に座った中忍の男は、少し悲しそうに口を開く。
「お前、俺のことを本当は嫌ってるんだろ?」
中忍の男がそう言うと、焦げ茶色の髪をした隠密は驚いたように目を見開いた。
(こいつ何を言っている? 思っていることを表に出すような失敗はしていないはずだが……?)
木猿が困惑していると、中忍の男は少し気まずそうに口を開く。
「お前みたいに、心の中で本音を言うような奴が俺の知り合いにいて、そいつと同じような態度だから、まさかとは思ったんだが……」
中忍の男がそう言うと、木猿は、相手の発言には明確な物証がないと判断したのか、幾分ながらも余裕を取り戻したかのように口を開いた。
「古い馴染みに似ていると根拠も物証もなく勝手に決めつけないでくれますか? そんなだから、貴方は鬱陶しい馬鹿なんですよ」
木猿がそう言うと、中忍の男は苦笑いしながら答える。
「いやぁ。根拠無く決めつけるなって言うのは分からなくもないんだけど、嫌ってない相手に鬱陶しいなんて普通は言うか?」
中忍がそう言うと、焦げ茶色の髪をした隠密は、虚を突かれたように固まった。焦げ茶色の髪をした隠密は、しばらくすると少し伊田埒が混じったような口調で口を開く。
「僕を嵌めたのか?」
「そういうわけじゃない。ただ、元々白黒はっきりしてないのが好きじゃないだけだ」
中忍がそう言うと、木猿は神妙な面持ちで相手を見据えた。神妙な面持ちをした焦げ茶色の髪をした隠密を見た中忍は、続けた。
「そういうわけで、改めて聞きたいんだけど、俺の事嫌って理由をできれば教えてくれないか? 同年代で顔をよく合わせる相手に嫌われてるのも、いいことでは無いだろうしさ?」
中忍がそう言うと、木猿は、観念したかのように口を開く。その口調は、幾分冷静さを取り戻したものであった。
「簡単な話だよ。貴方を始めとした最近の若い隠密には心構えが足りていないことが問題なんだ」
「そもそも隠密は、かつては一族単位で国や領主に仕え、国から請け負った任務を、どのような犠牲を払ってでも全う必要悪だ」
木猿がそう言うと、中忍の男は苦笑いしながら答える。
「いや。お前が今言ってることは、下忍時代に学ぶことだけど、お前もまだ22歳で若いだろ?」
中忍がそう言うと、焦げ茶色の髪をした隠密は、少し不機嫌そうに答えた。
「僕の年は関係ないだろう」
木猿がそう言うと、中忍は苦笑いしたまま答える。
「じゃあ質問帰るけど、お前の言う必要悪である隠密が取るべきである理想の行動と考え方ってのは何だ? 俺に教えてくれよ」
中忍の男がそう尋ねると、焦げ茶色の髪をした隠密は、冷淡な口調で答えた。
「まずは、活動の徹底的な秘匿と、万が一の場合においての情報規制を徹底することは重要だろう。付け加えて言うなら、隠密としての任務を全うするためには、多少の犠牲は当然だ。犠牲を出さない方法とやら考える暇があるなら、確実により速く敵を始末する方が、結果的により多くの命とやらを救える」
木猿がそう言うと、中忍は先程までとは異なる怒りが混じったような口調で焦げ茶色の髪をした隠密に尋ねる。
「今言った、【命とやらを救う】ってところは申し訳程度に付け加えたおまけで、本当は。誰かが死んでも任務の為なら当然っていうのが本音だろう?」
中忍の男がそう尋ねると、木猿は冷淡な態度を崩すことなく答えた。
「だったらなんだ? 第一任務で誰かが戦死することなんて今でこそ減ったにせよ珍しいことではないし、そもそも民衆は愚かだ。はっきり言って、どの国でも支配層の人間は、民が何人死んでも代わりはいくらでもいるからね。この国の帝はまだしも、施政者はこういう連中だろうね」
「そもそも、大狂騒直前にシン国のスパイが行ったプロパガンダに煽られて、国防を担う国家組織や国そのものに楯突くことが正しいなんて馬鹿げた価値観を植え付けられて国を売ろうとしたのは誰だい?」
「挙句に、シンが勝手に逆切れして大狂騒を起こした後は、手のひらを反して国に媚びて被害者面するようなゴミを何で僕らが救わなきゃいけないんだ? 工作に引っかかるような愚民なんだから、何も知らずに愚かなまま生きている方が幸せだろう?」
木猿が民衆そのものを全否定し、愚民のままでいる価値しかないと断じると、中忍の男は、明確な怒りを顔に浮かべながら口を開く。
「要するに、お前が言う隠密の有り方って言うのは、まず民衆は愚かで無価値だから国に支配されていたら良くて、国の手足になるのが隠密だってことか?」
怒気が籠った口調で中忍がそう言うと、木猿は、まったく悪びれる様子無く答えた。
「思ってたよりは理解力が有るじゃないか。力を持たない民なんて、大狂騒時のように敵国の兵に殺させて世論を強硬路線に煽らせる以外に使い道なんてないだろう?」
「君も思ったより頭の働く隠密ならばわかるだろう? 自分の都合で主張を平気で変える連中が民衆だけではなく、国家機関にも多すぎる。それを無くして国益を最大限にすることが隠密の本来なすべき職務の筈だ」
焦げ茶色の髪をした隠密がそう言うと、中忍の男は相手を心底軽蔑した目で見据えながら口を開く。
「一緒にするな。後、それを民間人の前で絶対言うなよ。最低だ。第一、民衆を捨て駒にして世論を煽ろうなんて、シン国と変わらないじゃねえかよ。」
「第一、お前の言ってることは、ただの選民思想じゃねえか。そんな何でもかんでも都合よく誰かへの思いやりを捨てて、歯車みたいに生きていける人間なんているわけないだろう」
中忍の男がそう言うと、木猿は先程よりは幾分冷淡さを抑えた口調で答えた。
「前者に関してはその通りだよ。そもそも、隠密は正義の味方なんかじゃない。他国を蹴落とすために暗躍する組織だ。必要ならば手を汚すことは当然だろう」
「それに、僕はすべてが終われば絞首台に行くことも当然だとも考えている。今僕が言ったことは民衆からすれば間違いなく許されないことだという事は分かってはいるさ。だからこそ、隠密は必要悪なのさ」
木猿がそう言うと、中忍の男性は焦げ茶色の髪をした隠密は、を気味が悪い物でも見るかのような目で見ながら口を開いた。
「お前、まさか自分が善人じゃないって自覚してたら、何をしてもいいなんて思ってるのか?」
中忍の男がそう尋ねると、木猿は落ち着いた口調のまま答える。
「そこまでは思っているつもりはないけど、そう思いたいなら好きにすればいい。いちいち訂正するのは面倒だからね」
木猿がそう言うと、中忍の男は、気味が悪い物を見るかのような目のまま部屋を去った。それを見ていた焦げ茶色の髪をした隠密は、淡々とした様子で報告書の下書きの続きを化掻き始める。
(またか……鬱陶しいのを厄介払いできたのはいいが、僕の考えを理解はしてくれなかったか)
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どうもドルジです。
今回は、木猿の章の最終話になりますが、我ながらこれはひどい。こういうのも物語の彩り的には必要なのかなとも思いますが、書いてて、自分の考え方に酔っているようにも思えてきますね。




