修羅の世界 螺旋の章 【一ノニ】
聖アルフ歴1883年
船に揺られること三日。夕焼けの港に停泊した船から降りた螺旋は、中央大陸東南部の小国に存在する港に立っていた。
「……空気が少し淀んでいるな」
港から町を見渡した螺旋は、淡々とそう口を開く。しばらくすると、町の方向から極東の隠密と同じ仮面をつけた男が歩み寄ってきた。
「お前が第五地区所属の中忍だな。本国からよく来てくれた」
専用に作られたであろう犬の仮面と共通の装備から螺旋と同じ中忍と思えわれる隠密は、籠手に覆われた手を螺旋に差し伸べる。
「ああ。およそ半年程度だが、よろしく頼む」
差し伸べられた手を握り返した螺旋は、淡々としながらも親しみのこもった口調でそう答えた。
「私たちが確保してある拠点がこの町にある。まずはそちらに向かおう」
声から三十代と思われる中忍の男がそう言うと、そのまま先導するように町の中へと進んで行く。それに付き従うように、螺旋は後を追った。
「ふむ。無事に到着したようだな」
夜の静寂が支配した町をしばらく歩くと、比較的しっかりとした城壁のような堀に覆われた建物が見てきた。
「此処がこの国に駐屯するのに伴って、私たちに提供された老朽化した軍事施設さ。建物の方には、私たちの手で最低限の改修は行っているがな」
「この小国が俺たちなんかのためにわざわざこの土地を貸しているのか?」
螺旋は訝しむ様にそう言うと、中忍は開かれた門の中へと足を向けながら、少し気まずそうに答える。
「ああ。その代わりに色々この国からも別に任務を請け負わないといけないがな。任務を請け負う代償にこの拠点を私たちは借りているんだ」
中忍が重々しい口調でそう言うと、螺旋は目を丸くしながら口を開いた。
「どんな任務を?」
螺旋の問いかけに対して、先ほど以上に辛そうに中忍の男は答える。
「大体は国境警備のサポートや魔物の討伐が主だが、この国に密入国した他国の工作員やエソロマ教の過激派やロマシア旧皇帝派を始末する任務も請け負うことがある」
「お前にも近いうちにそう言う任務も請け負ってもらう。今はこの先にある宿舎で体を休めておけ。お前の荷物も船からすぐにこちらへ届けられる。」
任務の内容を説明しながら施設の中まで案内した中忍は、そう言うと、建物の壁にもたれ掛ったまま雑談している隠密尾だと思われる人々が居る方向を指差した。
「悪いが、私が案内できるのはここまでだ。数日で任務がお前にも割り振られるはずだ。体をよく休めておけ」
それだけ言うと、そのまま中忍の男は、別の建物の方向へと向かう。
「どうなるだろうか……」
螺旋は不安をぬぐえないようにそう呟いた。
それから居住区で簡単な書類を書き終え自らに割り当てられた部屋の布団で横になった螺旋は、不思議な夢を見た。
夢の中では、自分は父親から託された船を守っている一人の少女を守っていたのである。
夢の中で血を吐きながら戦おうとしていた少女の姿に、死んだ友人を思い起こさせる夢を見た螺旋は、体中から脂汗を出しながら、布団から飛び起きた。
「疲れてるのかな。俺」
内定のか笑っているのかもわからない顔をしながらそうつぶやいた黒い短髪の青年は再度体を布団に横たえる。
「今は寝よう。寝れば少しはましになるだろう」
自分に言い聞かせるようにそうつぶやいた螺旋は、そのまま目を閉じて再度眠りについた。
螺旋が中央大陸東部の小国に派遣されてから一週間たったある日、遂に彼も含めた任務が行われることが決定し、その説明が広い部屋で行われていた。
「今回の任務は、二十人ほどのロマシア旧皇帝派の武装集団が立てこもっている街道の外れに存在する廃屋の制圧。武装集団は全て殲滅しろという指示だ」
「この国でも対処しきれないほどの魔術の使い手が一人居ることがはっきりしている。くれぐれも慎重に任務を遂行するように」
この拠点をまとめる立場である女性の上忍は、今回の任務に参加する螺旋を含めた四人に対して厳格な口調で任務内容を説明する。
「螺旋には、他の三人が正面から突入する間に別方向から敵が立てこもっている拠点に潜入して最終的には挟み込め」
「事前調査によって得られた敵の戦力の情報から判断して、今回の任務においては挟み撃ちにすれば効率が良いということが分かっている。よろしく頼むぞ」
上忍の言葉受けた実働部隊の隊長に相当する、一週間前に螺旋を案内した中忍は冷静に答える。
「了解した」
任務の申し送りを終えた数時間後、殲滅対象が立て籠もっている廃屋へと四人は到着した。
仮面を横にずらしている螺旋は、今回の殲滅対象が立てこもっている荒地の崖に出来た廃屋を見つめる。
(転移・飛天車のマーキングを事前に行えているクナイは九本。結界を張る係を影分身で用意することも考慮すれば、マーキングを戦闘中に行うことは難しいな)
能面のような仮面をずらしている隠密が襲撃の算段を立てていると、連絡用の法術が施された札が反応する。
『螺旋。俺たちは注意を引くことも考慮してこのまま正面から向かう。お前は段取り通り、敵が逃げられないように結界を張った上で敵の背後を突いてくれ』
『了解した。そっちが建物に入ったことを確認した後に結界を張る』
味方からの連絡に淡々とそう答えた螺旋は、脳天以外に何も模様の無い無機質な仮面をつけ直すと、術式を練り始める。
「陰気、我が影を形どり人の姿を成す。陰行、影分身」
術式が練られた次の瞬間、螺旋の隣には同じ姿をしたもう一人の自分が存在していた。
(まぁ。影分身だと隠密性と動きの精度を両方維持出来る分、一撃貰ったら消えるのが欠点だけどな)
影分身体が廃屋へと向かったのを確認した螺旋は、地面に何かしらの術式が刻み込まれたクナイを突き立てて、自分自身も敵が立て籠もっている建物へと足を向ける。
その頃、螺旋との最後の確認を終えた中忍が廃屋の入り口へと駆ける。
「敵だ!」
廃屋の入り口で見張りをしていた若い男が声を張り上げて叫んだ次の瞬間には、犬の仮面をつけた中忍は、敵の首元に素早く手裏剣を投げた。
「隊長。今回は随分派手に行きますね。」
敵の首に手裏剣が刺さったことを確認した若い猫の面を付けた中忍の男がそう言うと、犬の面を付けた中忍は当たりに気を配りながら答える。
「ああ。出来れば彼には結界を張ることに専念してもらって、敵を殲滅する役目は私たちが主に行えればいいと思ってね」
「どういうことです?」
犬の面を付けた中忍の言った意味が分からない猫の面を付けた中忍が尋ねた。
しかし、こちらに近づいてくる気配を察知した、翁の面付けた、若い隠密と同期の隠密が制する。
「無駄口はそこまでだ。水気、敵を切り裂く刃の車輪と成る。水行、車輪・水刃」
階段を下りてくる武器を持った敵にめがけて翁の面を付けた中忍は、自らの術式で作り出した大きな手裏剣のような水の塊を投げつけた。
「グアッ!?」
圧縮された水の手裏剣で体を切り裂かれた槍を持った敵が倒れると、後ろに控えていた他の敵は一瞬驚いたように固まった後に、各々の武器を構える。それに気付いた、犬の面を付けた中忍はクナイを手に取り前へ出た。
「構えろ!」
中央大陸西部に普遍的に見られる刀剣類や槍を持った敵兵は、こちらに接近しようと一斉に階段を降りようとする。
「木気、大地より無数の槍と成り、我が敵を貫く。木行、多重木槍」
犬の面を付けた中忍がすかさずに術式を練ると、先ほどの水の手裏剣で出来た水を吸った樹木が無数の槍となって階段で思ったように動けなくなっていた敵を貫いた。
「いやいや。階段で密集すればどうなるかも分からないのかな」
猫の面を付けた隠密が呆れた様にそう呟くと、先ほど水手裏剣とも呼ばれている水行の術式を使った翁の面を付けた中忍が口を開く。
「お前は何もしていないだろう」
「俺が得意な術式は火行と金行何だから、むしろここからが腕の見せ所なんだよ。次は俺がド派手に行くぜ」
猫の面を付けた隠密がそう言っていると、上から木槍の間を掻い潜るように敵が降りてくる。
「流石に腐っても元正規兵というだけはあるな。今の水生木の法則で強化した多重木槍だけでは倒しきれないか」
「なら俺のとっておきでやります。火気、大地を走り万物を焼き尽くす。火行、流炎業火!」
猫の面を付けた隠密は術式を得意げに練ると、地面を高出力の炎が走り、木槍ごと敵に燃え移った。
「ほぉ。やれば出来るじゃないか」
翁の面を付けた隠密がそう言うと、犬の面を付けた中忍が冷静に指示を出す。
「今の炎で階段がふさがれた隙に、別ルートから向かうぞ」
部隊長に相当する犬の面を付けた中忍の指示を受けた二人は、首を縦に振ると、そのまま三人は廊下を進んで行った。
一方で螺旋の影分身体は、結界を貼るのに適した建物の屋上に到着すると、そのまま敵が外に逃げ出さないことに適した結界術式を練り始める。
「火気、大地を囲い、自らの内なる脱走者を阻まん。火行結界術式、裏・火炎陣」
屋上で術式を練ると、屋上に到着する前に建物の周辺に施した結界術式の支柱になる棒から炎が立ち上り、棒から発生した建物を炎が覆った。
(この結界なら俺一人でも張れるけど、触れた相手は焼き殺せるけど、触れなきゃ助かるこいつじゃ本当の意味で足止めにしか使えないからな……)
術式を練り終えた影分身体の螺旋は、足元に先ほどと同じ術式が刻まれたクナイを突き刺す。
「何だ、あれは」
魔力の消費を防ぐために影分身体が消えようとした次の瞬間、非戦闘員としか思えない若い女性や子供が螺旋の貼った結界に触れて燃えている光景を目の当たりにした。
「おい。何で民間人がここに居るんだよ?」
その光景を見た脳天の螺旋以外に特徴の無い仮面を付けた隠密の影分身体は、自分の何かが壊れた様にその場に蹲った。
廃屋の二階に相当する部分の広間には、十人近い老若男女の死体が転がっている。
「奥以外は片付きましたね。一応は」
猫の面を付けた隠密が金行で作り出した刀を手に持ったまま先ほどまでの軽い様子とは違う真面目な口調でそう言った。
「ああ。だが……」
翁の面を付けた中忍が不快な様子で顔を歪める。先程まで無口だった翁の面を付けた隠密は憤りを隠せないように口を開いた。
「今回の任務。おそらくだがロマシア旧皇帝派の武装集団を掃討するという題目は正しいが、同じ場所にその武装集団の血縁者が生活しているということか」
唯一この任務における殲滅対象に一般人も混じっていることを知っていた、犬の面を付けた中忍は重苦しい様子で口を開く。
「ああ。さっき話していた新人には結界を貼らせるだけで、後は俺たちだけでこの任務を達成するという話もこれが理由だ」
犬の面を付けた中忍は、自分の近くで死んでいる戦闘員とは思えない非武装の子供を憐れむ様に見ながらそう答えた。
「そう言う事情なら、最初の方針通り俺たち三人で奥の連中も始末しましょう。隊長が任務の内容を決めたわけじゃないですし、そのことを恨んだりしませんよ」
猫の面を付けた中忍は強がるようにそう言うと、犬の面付けた隠密は少し安堵したように答える。
「ありがとう。ただ、既に結界を貼っているとはいえ逃げようとする者もいるはずだが、逃げようとする民間人を見て、この任務の本質に気付かないと良いんだが……」
続く
こんばんわ。ドルジです。
まずは、更新が大変遅くなってしまい申し訳ありません。一か月近く経過してしまったことは、言い訳の使用がありません。
内容面では、今回はこの章の主人公格が衝撃的な光景を見てしまったお話です。おそらくこの現実ではめったに見れない(見れる状況になったらいけない)ものです。
エグイ展開になったなぁとは思いましたが、同時に程度はあれど過去の人類が行ってきた歴史から考えればこの手のことはよくあることでしょうとも思いこの展開にしました。
次の更新はおそらく来週の木曜日になりそうです。