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必要悪を担う者 木猿の章 【一ノ四】

聖アルフ歴1887年


 木猿が術式を練り上げると、裏山に生い茂っている樹木が急速に成長しながら木猿の姿を隠し、抜け忍に襲いかかり始める。


「今更木行の術式を使うとは私を馬鹿にしているのですか?」


 金行で強化した刀で長大な樹木を切り刻み続けながら抜け忍がそう言うと、木猿は何も答えることなく別の術式を練り始めた。


(これは、僕に有利な足場を作りつつ狙いを気取られないようにするための囮。ここからが本番さ。)


 樹木に身を隠した木猿は、木行の隠行術で姿を隠したまま、練り上げ続けていた陽行に分類される古式術式を発動させる。


「我、天の手で苦難を引きあけ、我、命を結び生み出さん。天手力あめのてちから高御産たかみむすび


 こげ茶色の髪をした隠密が二つの古式術式を発動させた次の瞬間、隠行術が解除されると同時に、高密度の魔力が膨れ上がった。


 異常に膨れ上がった魔力を感知した抜け忍は、魔力と殺気のする方向へと刀を振り払う。しかし、刀は空を斬り何も斬ることが出来なかった。


(速い。身体能力強化系の法術を使ったようですね)


 抜け忍が刀を構え直した次の瞬間、魔力の塊が彼の後ろに飛来する。抜け忍が咄嗟に横に跳躍すると、先程とまでたっていた場所には、大きなクレーターが出来ていた。


(正面から受けるのは危険ですね。しかも、最初に使った木行の術式で成長した樹木を利用して移動し続けているようです。まるで木の上で生活する猿そのもの)


 抜け忍は、分析しながらさらに後方に下がると、金行の術式を練り始める。


「だが、たとえ動きをとらえきることが出来なくとも、魔力を感知することは可能。金気、無数の鋼の刃となりわが手より飛び立つ。金行、多重武装錬鉄」


 抜け忍が術式を練り上げると、無数の暗器が木猿の魔力が発せられている方向へと射出された。


 それを樹木の陰から見た猿の面を付けた隠密は、対して気にする様子もなく樹木から飛び出す。


(この程度なら、少し邪魔だが躱すまでもない)


 樹木から姿を現した木猿は、暗器の弾幕を無視して抜け忍へと突撃した。それを見た抜け忍は、より強力な武具強化の術式を練り上げ始める。


「さきほどよりも重いですよ! 金気、我が手に収まりし武具を覆え。金行、鉄鋼硬化」


 最初に使った鉄鋼変化よりも上位の武装強化術式を刀に施した抜け忍は、暗器の弾幕で僅かに速度の落ちた木猿が現れるだろう場所に目掛けて刀を振り下ろした。


 焦げ茶色の髪をした隠密は、抜け忍の振り下ろした刀の軌道が自らの体を捕えていることに気付くと、胴体と頭部が斬られないように軌道を修正する。


(流石に動きが直線的過ぎたか、腕の一本は止むを得ないな)


 そして、抜け忍の振るった刀は、木猿の左腕を斬り飛ばした。


 しかし、腕を斬り落とされた木猿は、痛みを気にすることなく斬り飛ばされた腕を拾って切断面にくっつけると、腕が一瞬で接合したのである。


 それを見た抜け忍は、目を見張りながら口を開いた。


「まさか、高御産の回復能力と、天手力の身体能力強化を同時に発動させているのですか……!?」


 抜け忍が驚きの混じった口調でそう言うと、腕をくっつけた木猿は、構えを取りながら答える。


「流石に見切ったようだが、もう遅い。隠密らしからぬ戦術ではあるが、この身体能力と回復力が有れば、アンタを殺すには十分だ」


 木猿がそう言った次の瞬間、猿の面をした隠密の姿が消えた。姿を見失った抜け忍は、額に僅かに汗をかきながら思案を始める。


(高御産の超回復能力に天手力による驚異的なパワーとスピード。目では動きをとらえきれないが、魔力の探知は容易。相手は、天手力の驚異的な身体能力を生かすために、先程のような高御産の回復に頼った防御無視の突撃を行う筈)


(後は、相手の攻撃と回復のスピードに私が対応してカウンターで頭部の脳を破壊出来るかどうか。単純ではあるが難しいですね)


 抜け忍は、相手の対策を頭にまとめると刀を立てて右手側に寄せて構えた。樹木が生い茂った視界の悪く障害物の多い場所での戦いに対応するための構えであることが分かる。


「来い……!」


 抜け忍が刀を構えると、先程までの戦いが嘘のような静寂が場を支配した。


(神経を集中させろ……鉄鋼硬化の武器強化を行った刀なら、天手力で強化された肉体に刃は通せる。魔力を感知すれば方向と大まかな間合いは測れる)


 抜け忍は心の中では緊張しながらも、刀を構えたまま木猿が踏み込んでくるのを待ち続ける。


 天手力と高御産の同時発動によって増幅していた木猿の魔力がさらに膨れ上がった。


「来るか!」


 抜け忍の刀を握る力が増す。しかし、抜け忍が魔力を感知した次の瞬間、刀と右腕が砕け散った。


「ガッ!?」


(反応できなかった!? さっきよりも数段速い……!)


 抜け忍が、驚愕しながら左腕で粉砕された右腕を抑えながら振り向くと、後ろには、猿の面を付けた木の上に立っている。


(まさか、こちらが反応できないほどの速度で踏み込んで、刀ごと右腕を弾き飛ばしたのか)


「まだだ、金気、我が理解する武具へと成りわが手に現れ――!?」


 抜け忍が、破壊された刀の代替え品を術式で作りだそうとすると、今度は左腕が。本来は曲がらない方向に吹き飛んだ。


 激痛に耐えながら、抜け忍が魔力を感知できる方向を振り向くと、そこには、猿の面を付けた隠密が別の木の上に座っていたのである。


 抜け忍が、破壊された腕から血を流しながら逃げ出そうとすると、木猿は、木の上から飛び降り抜け忍の前に立ちふさがった。その動きは、先ほどまでの抜け忍の目では捉えられなかった動きとは異なる動きである。


「その気になれば戦闘に特化した中忍の反応速度を超えて動ける。両手を破壊されたアンタじゃ、逃げ場も勝ち目もない」


 猿の面を付けた隠密は冷淡な態度を隠すことなく続けた。


「そもそも、この木々が生い茂った場所は、僕が地の利を得る領域だ。剣術の腕前と観察力は良かったが、それだけで勝てるわけではないよ」


 木猿がそう言うと、抜け忍は、血を流しすぎたのかその場に座り込む。顔には明らかな死相が出ていたけれども、目には強い意志が宿っていた。


「まだだ……国が行っている隠蔽を暴くまで死ねない」


 抜け忍がそう言うと、猿の面を付けた隠密は相手を見下ろす形のまま口を開く。


「愚かな男だ。何処で知ったかは知らないが、アンタの知ったことが万が一にでも国外に流出すればどうなるかも分からないのか? 国が同じような研究をしていたとしても、この大和が悪者扱いされる。だからこそ国家機密として扱われるんだろうに」


 木猿がそう言うと、抜け忍は悔しさが混じったような顔で隠密の男を見上げた。


「国家機密である事はわかっている。それでも……私は……」


 それを見下ろす形になっている木猿は、冷淡な態度のまま続ける。


「まだわからないのか。理屈では分かっていても感情では納得できないとでも言いたいのか?」


「まあいい。どうあがいてもお前は裏切り者。抜け忍として正規の手段を使わずに脱走したお前には死んでもらう。その傷なら放っておいてもすぐ死ぬだろうが、楽にしてやるよ」


 そう言った木猿は、クナイを取り出して抜け忍の心臓に突き立てた。心臓にクナイを突き立てられて絶命する直前の抜け忍に、焦げ茶色の髪をした隠密は、虫でも見るような目で見つめながら口を開く。


「お前が抱いたような義憤は隠密には不要。我らは防人や奉行人とは違い民を守るのではない。国を守るために影から暗躍する畜生ちくしょう。綺麗事や理想論を振りかざすな」


 そう言った木猿は、相手が死んだことを確認すると、その場に座り込んだ。


(天手力と高御産の反動が……天手力の負荷を高御産で回復できるのはいいが、後で激痛だけが一気に来るのは慣れないな)


 抜け忍の死体が眼の前にある町の裏山で座り込んでいる木猿は、激痛に耐えながらも長距離連絡用のマジックアイテムを取り出す。連絡用のマジックアイテムを発動させると、木猿は人当たりの良さそうな口調で口を開いた。


『こちら木猿です。対象の抜け忍の始末が完了したので、後処理専門の部隊と救護班をお願いします。手傷事態は無いですけど、古式術式を使用した反動で、長距離を動けそうにないです』


『こちら隠密第五地区、要請承りました。隠行術を利用してその場で待機してください』


 連絡を終えた木猿は、連絡用のマジックの通信を切ると、西の空に沈み始めている太陽を眺める。


「やれやれ、同業にも平和ボケした愚か者が多くなったな。前に白夜先輩の任務でも第二地区の隠密が裏切ったが、探りを入れる必要があるな」


 焦げ茶色の髪をした隠密は、近くの木までなんとか辿りつくと、そのまま木の表面に紛れ込んだ。


(あの男がペラぺラ喋っていた秘密とやらも、個人的には気にならなくもないが、今の僕が不用意に深入りすればまずい案件ではあるだろう。だが、一応は帰ってから報告書にまとめておくか……)


             続く



 どうもドルジです。今回で木猿の章の戦闘パートは終了になります。

 次回の更新は、出来るだけ早く行えるように頑張りたいと思います。

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