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必要悪を担う者 木猿の章 【一ノ三】

聖アルフ歴1887年


 木猿は、北の山へと向かう抜け忍を追いかけていた。建物が無い山道の中で、木猿は気に紛れながら敵を追跡する。


(どこまで行くつもりだ?)


 いつでも敵の首を狩れるように暗器を構えた木猿は、確実な機会をうかがうように敵を追い続けた。


 しばらく山道を追い続けると、抜け忍は足を止める。


(止まったな。ここなら人の気配もしないし、そろそろけりをつけるか)


 こげ茶色の髪をした隠密が、後ろからクナイを突き立てるために近づこうとした次の瞬間、抜け忍は腰に差していた刀を抜き取り、木猿が隠行術で同化していた木を切り裂いた。


「何!?」


 相手が斬りつけてくるとは思っていなかった木猿は、咄嗟に木表隠れを解除して側面へと回避する。


「やはり追手がいたようですね」


 刀を構えた抜け忍は、斬撃を回避した木猿を見据えながらそう言った。


「最初から気づいていたのか?」


「いいえ。早ければ来るだろうと思っていたので、わざと人目の付かない場所に来たら僅かに殺気を感じたので剣を抜いただけですよ」


 そう言った抜け忍は、素早く間合いを詰めると再度横に刀を振るう。木猿は、跳躍して近くの木に飛び移って回避した。


 木に飛び移ることで辛うじて回避した。焦げ茶色の髪をした隠密は、すかさず手に持っていたクナイを相手の頭部に目掛けて投げつける。


 しかし、敵の抜け忍は、慌てることなく頭を横にずらして回避した。


 敵の先ほどの踏込とそこから続いた太刀筋を観察した木猿は、心の中で相手の分析を始める。


(中忍だと侮っていた。状況判断能力と技術は、間違いなく上忍相当だな)


 木猿が分析していると、刀を構えた抜け忍は冷静な口調で口を開いた。


「この第五地区にはかなり若い上忍が数人いると聞いていましたが、その一人があなたと言う訳ですか。私も高く見られたようですね」


 敵からの賞賛を受けた木猿は、顔を少ししかめた後に術式を練り上げながら答える。


「それはどうも。木気、連なり、敵対者を捕える腕とならん、木行、多重木椀」


 術式を練り上げた木猿は、自分が立っている木を触媒にして通常よりも強力な術式を練り上げた。しかし、抜け忍の男は金行の術式を練り上げ刀を強化した。


「金気、土塊を鉄へと変化させる。金行、鉄鋼変化」


 抜け忍は、金行の術式で強化された刀を使って木で出来た無数の腕を斬り刻む。それを見た木猿は次の術式を練り上げた。


「木気、大地より無数の槍と成り、鳥のごとく空を駆ける。木行、多重飛燕木槍」


 自分が立っている場所だけではなく生い茂っている周辺の木を触媒にして、ありとあらゆる方向から木で出来た槍を射出する。


「複数の方向から面で来るか。ならば、金気、我が敵を捕縛する無数の金剛石の鎖とならん。金行、多重金剛縛鎖」


 抜け忍が金行の鎖を無数に作り上げると、無数の鎖は蛇のように縦横無尽に動き木行の槍を全て叩き落とした。


 しかし、それを見越していたかのように木猿は陽行の身体強化術式を無詠唱で発動し、抜け忍に接近戦を仕掛ける。木猿の接近に気付いた抜け忍は、刀をより強く握って警戒を強めた。


 風を切るような音に反応した抜け忍は、素早く刀を振りかざす。しかし、斬ったのは焦げ茶色の髪をした隠密の投げつけたクナイだった。


 後方からの殺気に反応して振り向くと、すぐ近くまで接近していた木猿が拳を放とうとしている。迎撃をするように刀を振るうと、木猿は僅かにタイミングを逸らすかのように突進を止めた。


 刀が降られたことを確認した猿の面を付けた隠密は、跳躍して抜け忍に踵落としを叩き込もうとする。それに気付いた抜け忍は、刀を構え直しながら後方へと下がり再度刀を振りかざした。


 踵落としを回避された木猿は、踵落としを行った際の反動を利用して空中で一回転して刀を回避する。刀を避けて着地した木猿は、返す刃も屈んで避けると、左右の拳を連続で打ち込んだ。


 浅いながらも打撃を受けた抜け忍は、咄嗟に後方へと下がると、刀を上段に構え直しながら口を開く。


「体術も中々出来るみたいですね」


 抜け忍の言葉を受けた焦げ茶色の髪をした隠密は構えを解くことなく答えた。


「金行の使い手に木行だけで挑むのは愚策。体術の一つぐらいは隠密にとっても必修科目ですよ。あなたの剣術も悪くは無いですよ」


 少し嫌味が混じったような敬語で木猿がそう言うと、抜け忍は今まで見せたことの無いような憤りの表情を浮かべながら口を開いた。


「それほどの腕持った隠密を育成できるのに何故なんだ。なぜ国は人材に育成より力を入れることなく実験ばかり行っているんだ……」


 抜け忍の脈絡のない言葉に少し驚いたように、木猿は口を開いた。


「いきなり何を言っているんです?」


「君は何も知らないようですね。この国の裏で行われている研究がどれほどの物であるか……!」


 抜け忍の先程までとは違う感情の籠った言葉を受けた木猿は、言葉の意味を尋ねる。


「どういう意味だ?」


 焦げ茶色の髪をした隠密がそう問いかけると、抜け忍の男は刀を構えたまま答えた。


「ここ数年目撃例が多発しているとされている海魔。本当にここ数年だけしか目撃例がないと思いますか?」


「数百年以上前から海魔は目撃例が上がっているんですよ。この国は、百年以上昔から海魔の生態情報を入手しているんですよ。極秘事項として公開することも、対策を立てることなく実験対象としてしか扱わなかった」


「挙句の果てに、大狂騒直後に奪取した人造魔獣の技術を利用して、人体実験を五十年以上前から行っている。この事実がどれだけの国民を裏切ることとなるか……貴方に分かりますか」


 抜け忍が憤るようにそう言うと、対峙していた木猿に肉薄すると、刀を振りかざしながら続ける。


「このような実験を行うよりも、堅実に防人や隠密の人員を補充するべきだった。それなのに……」


 払うように振るった刀を回避された抜け忍は、冷静さを取り戻したように後方へ下がると、冷静な口調で続けた。


「戦闘中に取り乱してすみません。ですが、私は此処では死ねない。やるべきことが有る。」


 抜け忍がそう言うと、猿の面を被った隠密は、嫌味の混じった口調で答える。


「それが隠密を抜けた理由ですか。庶民が聞けば共感を得るだろうご立派な正義感を持ちっているようですね」


 そう言った焦げ茶色の髪をした隠密は、心の中で抜け忍を罵倒した。


(くだらない。手に入った生物の情報をいきなり公開すれば混乱が起きるのは目に見えているだろうに。こいつも結局は隠密としての素質を持ってはいない愚か者という訳か)


 心の中で罵倒した木猿は、奥の手を使うための術式を練り始める。


(動機はわかった。もうこいつを生かしておく必要もないならば、この場で砕く)


「木気、大地より生まれ、我らが外敵を打ち倒す友となる。木行、樹林活性」


 木猿の術式に呼応するかのように裏山の木々が成長していった。


                  続く


 どうもドルジです。

 今回は戦闘パート前編になります。今月末前後に続きを更新します。

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