必要悪を担う者 木猿の章 【一ノ二】
聖アルフ歴1887年
焦げ茶色の髪をした隠密は、第五地区南部の大規模な港町に到着すると、まずは町を歩いている民間人を対象に聞き込みを三日ほど続けた。
「突然すみません。私防人第五地区特務隊の者ですが、この魔導写真に写っている男性に見覚えは有りませんか?」
木猿は、道を歩いていた30代ほどの女性に特務隊としての身分を示す名刺と第二地区から提供された抜け忍の顔写真を見せながらそう尋ねる。
「私は見たことないわね。ごめんなさい。」
道を歩いていた女性は魔導写真に写っている男性の顔をしばらく見た後にそう言った。
「そうですか。お手数をおかけしました」
木猿がそう答えると、女性は町の喧騒中に去っていく。それを見送ったこげ茶の髪をした隠密は、海から吹く潮風を受けながら近くにあったベンチに座った。
(いくら脱走したとはいえ隠密としての技量は確かだな。なかなか見つからない)
木猿は、脱走してからの目撃情報について記された資料を取り出すと、頭の中で情報を整理し始める。
(そもそもこの町は防人の大規模な基地がある防人のお膝元ともいえる町だ。お尋ね者が簡単に滞在し続けるのは極めて困難筈だ……)
(やはり協力者がいると考えるべきだな。そうなると、既にこの第五地区からも脱出している可能性も考えられる。いいや、下手をすれば国外へ逃亡している可能性も……)
木猿が考え込んでいると、船乗りと思われる男が隠密の男に声を掛けてきた。
「兄ちゃん、見かけない顔だけど防人かい? なんだか考え込んでいるよううだけど、どうした?」
船乗りの言葉を受けた木猿は、頭の中で打算を立て始める。
(こんな時に一般人が関わって来たか。根拠はないが、この男が情報をあるいは知っているかもしれない)
頭の中で計画を立てなおした木猿は、船乗りの男に人当たりの良さそうな笑みを浮かべ名が口を開いた。
「人を探しているのですがなかなか見つからなくて困っていたんです。そうだ、この男性を探しているんですが、心当たりは有りませんか?」
木猿が魔導写真を取り出してそう尋ねると、魔導写真を見た船乗りは、目を丸くしながら答える。
「こいつなら知ってるぜ。この町の西端に住んでる人助けを無償でやってる変わり者だ」
船乗りの言葉を受けた木猿は、虚を突かれたように驚いた様子で目を丸くした。船乗りの男は、それに気付いていないようで話しを続けた。
「最近この町に来たらしいが知り合いなのか? 他の奴がこの町に来る前は何をしていたのか聞いても何も言わないらしくて、どんな奴のなのかまではわからないらしいんだよ」
船乗りがそう言うと、木猿は意を決したように資料を片付けると、船乗りに手頃な貨幣を手渡して西側に走る。
「おい、防人の兄ちゃん! いくらなんでもこんなもの受け取れねえよ!」
船乗りが大きな声で叫んだけれども、そのまま隠密の姿は船乗りの男からは見えないところに消えた。
木猿が三十分ほど西に歩いて行くと、町の西の境目に到着する。茶髪の隠密が辺りを見渡すと、先程まで聞き込みをしていた中央の湾港と比較しても明らかに人が少なかった。
「この辺りらしいが、町外れは流石に人が少ないな。かといって人が全く居ないわけでもないようだが」
周りに小さな一戸建ての建物が多く点在していることを確認した木猿は、頭の中でさらに思案を続ける。
(廃れきっていないが、適度に閑散としている町は潜伏するのに調度いいという事か。ここの周辺で便利屋でもやればこの町の人間も味方に出来ると言った所か)
木猿がそう思案していると、建物の陰から人の気配が近づいてきた。それを察知した木猿は咄嗟に近くの木造建築の建物に近づくと、即効性を重視してか、詠唱を破棄して木表隠れの隠行術を使用する。
(近づいてくるか……)
木猿が気配のする方向に意識を集中させていると、建物の陰から二人の男性が現れた。その片方が、今回の任務での抹殺対象である抜け忍だったのである。
(情報通りこの近辺に潜伏していたか。今は情報を盗み聞いておいた方が賢明だな。ここで襲撃すれば人目に付く)
木猿は、任務が第三者の目に付くことによるリスクを回避することを選んで、隠行術で隠れてより情報を得ることを選んだ。
こげ茶色の髪をした隠密の想定通り、何も気づいていない二人は、談笑を始める。
「アンタが来てから町外れの山に住んでる魔物を上手く避けれるようになって助かったよ」
この辺りに住んでいると思われる男性がそう言うと、抜け忍の男は、落ち着いた口調で答えた。服装は、今の時代の平凡な民間時が着るような衣服であったが、腰には平凡な服装とは対照的な業物であることが見ただけで察することの出来る刀が差してある。
「此処で厄介になっている者として、当然の責務を果たしているだけですよ」
抜け忍の男は、清廉さまで感じさせるような口調で続けた。
「それに私は、表では名を出せない仕事を行い、手を血で汚してきました。逃げ出した私には、そのうち追手が現れるでしょう」
「ここに住まわせてもらっているだけでもとてもありがたいことです。だから、私は、少しでも恩を返すために剣を振るっているだけですから気にしないでください」
抜け忍の男がそう言うと、隣で歩いている男性は、少し複雑層に口を開く。
「やっぱり追手がそのうち来るのか? アンタは何も悪くは無いだろう?」
男性の言葉を受けた抜け忍は、一瞬だけ考え込むと真剣な面持ちで答えた。
「はい。恐らくは後二週間もすれば確実にこの町周辺に現れるでしょう。ひょっとしたらもうこの町を捜索しているかもしれない」
抜け忍の言葉を受けた男性は、食い下がるように口を開く。
「でも、この町には防人の大規模な基地が存在することを踏まえれば、後ろ暗い奴は足を踏み入れないって考えるんじゃないのか?」
男性の言葉を受けた抜け忍は、申し訳なさそうに答えた。
「確かに、この町に逃亡犯は逃げ込まないと大半の追手は思うことの方が多い。そこを突いて今ここに居るのは事実です」
「ですが何事にも限界はあるし、人の口にふたはするのにも限界はある。その時には皆さんには迷惑をかけられないので、他の街に逃げますよ」
抜け忍の言葉を受けた男性は動揺を隠せないように下を向く。それを見た抜け忍は気まずそうに口を開いた。
「今日は北の裏山を少しだけ探索してから戻りますので、すみませんが先に戻っておいてくれませんか。申し訳ありません」
抜け忍の言葉を受けた男性は、少し間を置いて首を縦に振った。それを確認した抜け忍は素早い身のこなしで北へ走っていく。
それを見ていた木猿は、咄嗟に隠行術を切らずに抜け忍の後を追った。
続く
どうもドルジです。
新年ギリギリになりましたが、今月の予定していた更新分を書き上げれました。来年もよろしくお願いします。




