幕間4 それぞれの思惑
どうも、ドルジです。
今回で第九地区への遠征作戦編は終了で、次回は木猿が主人公のお話となります。
聖アルフ歴1887年
襲撃作戦が終了した数日後、第九地区から引き上げる大672機動部隊の船に乗せてもらえた二人の隠密は、本州へと移動していた。
鴉が長い黒髪をたなびかせながら海を眺めていると、黒が仏器某な様子で声を掛ける。
「大黒天を酷使して体がぼろぼろだって聞いたんだが、体は大丈夫か?」
黒がそう尋ねると、鴉は冷静な様子で答えた。
「ええ。二日ほど休めば大分楽になったわ。あなたの方はこれといった傷はなさそうだったけど、作戦中はどうだったのかしら?」
長い黒髪の隠密がそう言うと、短髪の隠密は剽軽な態度を崩すことなく答える。
「まぁ、俺の方は大したことは無かったぜ。火行を打ち込んでから島に上陸して生き残りの雑魚を始末するだけだったからな」
そう答えた短髪の隠密は思い出したように続けた。
「そう言えば上杉上等士がお前の事探してたぜ。多分、お前に割り当てられた部屋に居るだろうから戻っとけ。無理するのも良くないしな」
黒がそう言うと、鴉は名残惜しそうに海を眺めた後に答える。
「分かったわ。ありがとう」
そう言った鴉は、船内へと入って行った。それを見ていた黒は腕を頭の後ろに組みながら呑気な様子で呟く。
「あいつもなんだかんだで青春してるねぇ。学生じゃねえけどな」
鴉が部屋に戻ると、黒いくせ毛の防人が椅子に座って本を読んでいた。
「戻ったか。まだ寝てないと駄目だろ」
上杉がたしなめるようにそう言うと、鴉は少し不機嫌そうに答える。
「自分の体調管理ぐらいは自分で出来ます。何時までも子ども扱いしないで」
鴉がそう言うと、上杉は少し気まずそうに苦笑いを浮かべた。くせ毛の防人は、しばらくすると意を決したように口を開く。
「そうだったな。けど横にはなってろ。その方が回復も早いからな」
上杉がそう言うと、鴉は少し不満層ながらも首を縦に振って布団に横たわった。
「今日は、約束してたお前の妹についての話をしようと思ってな」
上杉がそう言うと、鴉は明らかに興味を示すように、上半身を布団から起こしながら口を開く。
「あの子は元気にしているの? 香奈子は使用人として上手くやってるの?」
鬼気迫る口調で鴉がそう尋ねると、上杉は少し驚いた様子で黒髪の女性を制止した。
「そう急かすなって。時間はたっぷりあるんだからな」
そう言った上杉は、順序立てるように口を開く。
「まずは妹の麗についてだな。あの子は、お前を連れ戻すこと自体は諦めてないみたいで、元々習ってた弓術とは別に、香奈子に剣術を教わる傍ら独学で手裏剣術を練習してたな」
「ただ、今年親の方針で、5年間に中央大陸南東の島国に設立された【イースト国際学園】に進学したな。入学試験に備えて剣術や術式の指南役を香奈子と二人でやったりもしたかな」
上杉の言葉を受けた鴉は、驚いた様子で口を開いた。
「あの自分の所有物だって認定した者を手放せない陰湿な男が国外への進学を許すとは思わなかったわ……」
「まぁ。その学校は冒険者ギルドと魔術協会が共同で作った結構レベルの高い学校らしいから、娘を進学させて恥ずかしくないところだと思ったんじゃないかな?」
上杉が推測するようにそう言うと、鴉は真剣に考え込み始める。
「ちなみに、香奈子は麗の専属使用人として学園に付いて行ったから、今は屋敷には居ないぞ。まぁ、二人とも基本的には元気にやってるってことかな」
上杉がそう言うと、鴉は少し安心したように肩を撫で下した。
「体を労わらないといけないのは、恵の方だぞ。夕食が出来たら起こすから今は寝ておけ。伊藤三等官が広域の魔力探知をしてるから、不意打ちの心配もないしな」
上杉がそう言うと、鴉は首を縦に振ってから布団に起こしていた上半身を横にして瞼を閉じる。
第672機動部隊が本州へ移動している頃、第九地区の湾口要塞で、新垣上等官は作戦の報告書をまとめていた。
横で報告書の整理を手伝っていた高野二等官は、口調こそ冷静ながらも何処か憤りが混じったように口を開く。
「新垣上等官。私も出来る限り考えないようにしていたのですが、なぜ今回の作戦において、他の地区を拠点とする部隊や隠密を中心とする作戦立てられたのでしょうか?」
「今回の作戦での殲滅対象は確かに未知の存在であることは事実ですが、我が第九地区を中心とした大規模部隊を構成したのでもよかったのではないでしょうか?」
副官からの指摘を受けた新垣上等官は、少し気まずそうに口を開く。
「……なるほど、確かに普通の作戦ならば、地域ごとの部隊を中心とする作戦となることが多い。だが、今回の事はお前が懸念していることも踏まえていくつかの問題がある」
「まず、お前が懸念していることとは別だが、上層部は敵の海魔の生態サンプルが欲しいらしい。隠密や他の地位から防人の部隊が派遣されている何よりの理由は、これだ」
新垣上等官の言葉を受けた高野二等官は、納得がいかない様子で反論する。
「それならば、この地区の隠密が行えば良いではないですか?」
そう言われた新垣は、痛い所を突かれたように顔を曇らせると、苦々しい様子で答えた。
「確かにそれは私も考えたさ。ここから話すことが第二の理由だが、残念な話、お前が懸念している通り本州の上層部は我らをあまり信用していない。極端な話は第九地区の防人が組織単位で他国と繋がっていると考えている者も、上層部の中には居るだろう」
「しかし、それも仕方ない側面もある。80年程前の大狂騒の時やそれ以前からこの第九地区はシン国の大和皇国への工作を行う拠点として潜伏していたことも事実なのだ」
新垣の答えを受けた高野は、普段の理知的な態度からは想像出来ないほどの怒りを目に宿しながら口を開く。
「しかし、それは第九地区の住民がスパイを引き入れたというわけではない筈です。そのようなことが有ったという記録は、本州にも数件分しかありませんでした」
「それに加えて、そのような少数のスパイも既に処分が下されているということも記録されていました。言いがかりとしか考えられません……!!」
怒りに満ちた高野の言葉を受けた新垣は、申し訳なさそうに顔を歪ませた。しばらくすると重い口を開いて答える。
「実際に工作員の手引きをするような連中は、確かに居たが少数だった。だが当時の第九地区の人々は、大狂騒が起きるまで自分の最低限の生活さえ保障されるならどうでもいいと、ほとんど何もしなかったことも事実だ。資料としてそのような傾向を伺えるものが存在することは事実だ」
「私が若い時に生きていた老人に一度聞いた話では、そのような態度も本州の人々を憤らせる要因となったそうだ。今回の作戦で肝心の部分に我らが関われないことは仕方ないことではあるが、割り切って戦働きで信頼を勝ち取るしかあるまい」
新垣の重々しい言葉を受けた高野は、悲壮な顔をしながら口を開いた。
「そんな……では、今後は我らは重要な任務では主戦力として扱われないということになるのですか……?」
普段れ性沈着な部下が、あまりにも悲壮な顔を浮かべたことに流石に焦りを覚えた新垣は、部下の懸念を否定するように口を開く。
「そこまで悲観することではない。恐らく今回の一件で幾分は信頼を得たはずだ。恐らく上層部の息がかかった者が今回の作戦の参加者にも居ただろうからな」
「その監視役は、特務隊名義の隠密でしょうか?」
高野問いかけに対して、新垣は首を横に振った。
「いいや。これはあくまで私の勘だが、恐らくあの隠密は、敵の調査が主な任務でこの第九地区の監視が目的ではない、別の部下に調べさせたが、片方はこの第九地区出身で、先ほど述べた大狂騒直後のこの国の動乱に関係のある者が身内に居るということも掴んでいる」
「恐らく第672機動部隊がこの第九地区の監視を行っていたのだろう。それも末端の隊員ではなく……」
新垣が部下と資料政策をしていた頃、第五地区の隠密指令室で紅は、とある男性と通信用のマジックアイテムで連絡を取っていた。
「なるほど、今回の作戦に参加した第九地区の防人の中には内通者は居ない可能性が極めて高いわけだね。何時もすまないね、津島二等官」
紅がそう言うと、連絡用のマジックアイテムから津島二等官の声がする。
『まぁ。あんまり身内を売るような事は御免だがしょうがない背景もあるからな。今回の海魔が身内の起こした不祥事の可能性も低いってことで追加調査頼んだぜ。俺はあんたらの掴んだ情報を元に敵を叩くからよ』
「了承した。これからも部下共々よろしく頼むよ」
赤毛の優男は人の好さそうな口調でそう言うと、通信用のマジックアイテムを切った。連絡が切れたことを確認した紅に、指令室に控えていた木猿が声を掛ける。
「良かったんですか? 第九地区の監視を防人に任せても」
木猿がそう言うと、紅は人の良さそうな態度を崩すことなく答えた。
「今は良い。鴉や黒に任せるにはまだ隠密としての経験値が不足しているからね。それに、黒は第九地区出身だ。彼に身内を売るようなことをさせるのは酷だからね」
紅がそう言うと、猿の面を付けた隠密は、少し不満そうに答える。
「何だかんだで甘いですね。そこは【第九地区出身は信用できないから任せられない】が正しい答えですよ。これは下忍でも学ぶ隠密の国家組織としての鉄則です」
木猿がそう言うと、紅は、苦笑いしながら答えた。
「痛い所つくね。まぁいい。」
そう言った紅は、真剣な顔をすると、任務内容を話し始める。
「君に単独の任務を頼みたくてね。第二地区所属の中忍が一人勝手に脱走した。この抜け忍を速やかに始末しろ」
紅から任務内容を告げられた木猿は、一瞬の間を置いて答えた。
「了解しました。」
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