第九地区南部海魔討伐作戦 襲撃編 鴉の章 【一ノ五】
聖アルフ歴1887年
青黒い魔力の塊が膨れ上がると、今までとは異なる手足が全て揃っていることに加えて禍々しいながらも流麗な顔立ちの巨人を象る
「許せない……貴方だけは殺す……!!」
鴉が感情をむき出しにするようにそう叫ぶと、手に太刀と盾を持った2メートルほどの巨人が饒舌な海魔に太刀を振り下した。
「何っ!!」
海魔は腕を硬化させながら回避しようとするけれども、大黒天の太刀が腕を切り飛ばす。
「逃がさない」
鴉がそう叫ぶと、大黒天の魔人は後方へ下がろうとする海魔を追うように、隠密の体から離れて独自に動き始めた。
「おのれ!?」
鴉から分離して活動する大黒天を見た海魔は、焦ったように斬り飛ばされた腕を再生しようとするけれども、鵜ではなかなか切断面から生えてはこない。
独立して行動する大黒天が太刀を振るおうとした次の瞬間、強大な三本のタコ足が割って入った。それを見た魚面の海魔は、驚愕したように叫ぶ。
「やめろ! 母体であるお前がやられたら意味がないのだぞ。下がれ」
体格に優れた海魔が肉塊の方向に向かってそう言うと、タコ足は鴉に殴り掛かろうとした。しかし、魔人は盾を持った腕を伸ばして巨大なタコ足を防ぐ。
「……邪魔しないで」
鴉が殺意の籠った低い声でそう言うと、大黒天の背中から腕が二本生えた。手に装備されている剣は、盾に弾きかれて体制の崩れたタコ足を切り裂く。
大黒天の補腕に装備されていた剣に切り裂かれたタコ足は、しばらく残ったタコ足をばたつかせた後に、あっけなく炭化した。それを見た鴉は膝を地面に付くと、青黒い大黒天は一気に出力を弱め霧散しようとする。
「このクソ女がっ!!」
自らを怪力敏捷体と自称した海魔は、大黒天が弱まったことを確認した次の瞬間、怒りで顔を歪ませながら硬化させた拳を鴉に振りかざした。
しかし、鴉に拳が届くよりも早く炎を纏った小太刀が、硬化されていない腕の側面を斬り飛ばす。
「お前、俺の事完全に忘れていただろう?」
応急処置を済ませたくせ毛の防人がそう言うと、地面に倒れ込んだ海魔の腕に出来た切断面に小太刀を突き立てた。
「内側からなら防ぎようがないだろう? 火気、大地を走り万物を焼き尽くす。火行、流炎業火!」
上杉が術式を練り上げると、小太刀から敵の体内へ高出力の炎が流れ込む。あまりの苦痛に敵は凄まじい断末魔を上げた。
「ギャアアアアアア!!」
敵が内側から焼き尽くされ、上半身の一部以外燃え尽きたことを確認した上杉は、膝をついている鴉の方向へと駆け寄る。
「大丈夫か恵? 今お前が使った術式ってまさか……」
黒いくせ毛の防人がそう言うと、鴉は肩で息をしながら答えた。
「……無我夢中だったから制御できていたとまでは言えないけれど、多分、怒りのあまり大黒天の第三段階を無意識に引き出したんだと思う」
鴉がそう答えると、上杉は不安そうな口を開く。
「肩を貸すぜ。あの肉塊が多分海魔の親玉だ。もうひと頑張りするぞ」
上杉がそう言うと、鴉は無言で頷いた。そんなやり取りをしていると、上半身しか残っていない海魔が突然口を開き始めた。
「これで終わりではないのだ……我らが世界を取戻すまで我らは不滅……あの方たちがお前達人間を――」
そう言った海魔は力尽きたように、残りの上半身も炭化していく。
「後はあの巨大な肉塊を消しさればいいだけね……これ以上邪魔が入る前に私の大黒天で消し去ります」
「……止めても聞かなそうだな。悪いが俺は魔力が切れかけだ。任せるぜ」
そう言った鴉は、再度大黒天の魔人を無詠唱で形成した。先程よりは幾分小柄ながらも巨大な盾を手に持った青黒い巨人は肉塊に目掛けて手裏剣に見立てた盾を投げつけようと構る。
「我が意を象りし大黒天よ。敵軍を切り刻め。大黒天・魔装手裏剣」
地面に膝をついている鴉がそう詠唱すると、大黒天は手裏剣に見立てた盾を肉塊へと投げつけた。すると海から複数のタコ足のような触手が現れると、肉塊を庇うように巨大な触手が翻る。
「さっきのタコ足、まだ残ってたのか!?」
上杉は悪態をつきながら火行の術式を練り始めた。
(今の俺に残っている魔力を考慮すれば、上級術式を使えば高い確率で俺は死ぬ。それでも……)
大黒天の手裏剣はタコ足を切り裂きながらも、僅かに軌道がそれて肉塊の側面を僅かに切り裂くと無人島の逆側へと飛んでいく。
「舐めないで……!!」
しかし、鴉はそれを見越していたかのように隻腕の大黒天に太刀を装備させると、そのまま流麗な顔立ちをした魔人を肉塊へと突跳躍させた。
「恵!?」
生命力を魔力に変換しようとしていた上杉は、驚きのあまり術式を練り上げるのを止める
鴉から離れた青黒い魔人は、突進の勢いを利用して太刀で肉塊を貫くと同時に肉塊に張り付く。魔人は、霧散しかけた足を絡ませると、太刀を一度抜き取ってから再度太刀を別の部位に刺した。
大黒天の太刀で二か所を貫かれた肉塊は、全身を震わせながら大黒天を振るい落とそうとする。しかし大黒天の魔人をはぎ取ることが出来ずに、柱のようにそびえ立っていた肉塊は、崩れ落ちた。
(終わった……後はあいつの体の一部を取って帰るだけね……)
肉塊が炭化を始めたことを確認した鴉は、上半身以外が霧散しかけていた大黒天に魔力を回して、肉塊の一部をもぎ取らせる。鴉の意を受けた魔人は肉塊の一部を腕に掴むと、腕を地面に膝をついている鴉の方へと伸ばして肉片を差しだした。
それを確認した鴉は、気力を振り絞ると、懐から秘匿と書かれた大型の巻物を取り出すと、巻物に仕込まれていた封印術を練り上げる。術式を練り上げ始めるのと同時に巻物が自動で開いた。
「我、秘匿すべき万物をここに封じる。秘匿封印術・封」
長い黒髪の隠密が巻物の術式を起動すると、巻物に肉片が収納される。それを見た鴉は、緊張が抜けたのか、意識を失った。
鴉が目を覚ますと、船の上に居た。
「目が覚めたか」
上杉の声を聴いた鴉は、少し安心した様子で尋ねる。
「作戦は成功したんですね?」
鴉がそう問いかけると、上杉は真剣な表情で頷いた後に口を開いた。
「作戦は成功だ。死者も少数に抑えることが出来たし、お前もあの怪物の一部を手に入れたっぽいしな。任務だったんだろう?」
最後に上杉がそう尋ねると、長い黒髪の女性は無言で頷く。それを見た黒いくせ毛の防人は少しだけリラックスした口調で口を開いた。
「約束してた話は第九地区から引き上げるときにするから、今は休んでろ。大黒天の負担でボロボロらしいからな」
上杉がそう言うと、鴉は再度無言で頷いて目を閉じる。疲れがたまっていたのか、黒髪の女性はすぐに眠りについた。
第九地区の襲撃作戦が収束したその頃、何処とも分からない薄暗い建物で二人の人間と一体の影が話し合っていた。
「我らが大陸に近い島国に拠点を作ろうとしていた同胞が死んだ」
冷厳な口調で大柄な男はそう言うと、貴族のようなドレスを纏った女性が答える。
「母体以外は小粒の筈でしょう? 問題はありませんわね」
貴族のようなドレスを纏った女性が冷淡にそう言うと、影のような姿をした何者かが嗜めるように口を開いた。姿こそは誰から見てもよく分からない物であったが、その声は若い男性ものである。
「そう言うな。お前たちもかつてはすべてを失う痛みを味わったことが有るのだろう? 我らの貴重な拠点になり得る場所が人間に一つ壊され、仲間を殺されたことは事実だ」
影がそう言うと、ドレスを纏った女性は言い返せないのかしばらく黙りこむと、大柄な男性が怒気を籠った口調で独り言を始めた。
「30年私は耐え続けてきた。あの男は私が殺す……」
それを見ていた顔の無い影は、本来ない筈の口元を不気味に釣り上げる。
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どうも、ドルジです。少し更新が遅れ気味なってしまいました。
今回で第九地区遠征篇はほぼ終了しました。次に投稿する話で、エピローグt次章へのつなぎを描きたいと思います。




