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幕間3  思い出と戦いの序曲

聖アルフ歴1887年


 長い黒髪の隠密は夢を見ていた。夢の中では、まだ幼い自分自身が鬼ごっこをして遊んでいる近所の子供を物陰から見ている。


 幼い少女がしばらく遊んでいる子供たちを眺めていると、少女より少しだけ年上だと思われる黒いくせ毛の少年が少女に近づいてきた。


「お前もこの辺りに住んでるのか?」


 少女は、体を引きつかせるとそのまま何処かに逃げようとする。


「待てって。お前ずっと見てたけど、仲間になりたいんじゃねえのか? よかったら一緒に遊ぼうぜ」


 少年がそう言うと、少女は目を見開いて驚いたように答えた。


「本当にいいの……?」


 少女の不安げな問いかけに対して、くせ毛の少年は


「もちろんだ!」


 くせ毛の少年はそう言うと、少女の手を握って他の子供たちが居る方向へ走って行く。


「そういえばお前の名前なんていうんだ?」


 くせ毛の少年にそう尋ねられた少女は、少し恥ずかしそうに答えようとした。



「おい鴉。とっくに時間だから早く起きろ」


 同僚の声に驚いた隠密の女性は布団から体を起こす。


「今は何時!?」


 長い黒髪の女性が慌てた様子でそう尋ねると、起こしに来たであろう獅子の面を付けた隠密は、頭を抱えながら答えた。


「9時すぎだ。とっくに湾岸要塞に向かわないといけない時間だぜ。お前が寝坊するのは珍しいな」


 獅子の面を付けた隠密がそう言うと、長い黒髪の隠密は幾分か冷静さを取り戻した様子で答える。


「寝坊したのは私の落ち度です。取りあえず防具に着替えるので先に出ていてください。追いつきます」


 鴉が仕事をする時の口調でそう言うと、黒は少し不安そうに尋ねた。


「道は一人で分かるのか?」


 獅子の面を付けた隠密の問いかけを受けた女性の隠密は、冷静に答える。


「問題ないわ。私の失態であなたまで遅刻するわけにはいかないから先に行ってちょうだい」


 鴉がそう言うと、獅子の面を付けた隠密は何処か不安そうな様子で口を開いた。


「分かった。なら、俺は先に行ってるぜ」


 黒は、それだけ言うと部屋から出ていく。それを見ていた鴉は防具に手を伸ばしながら呟いた。


「小さい時の夢……お兄さんに私はどんな顔をして合えばいいんだろう……」


 そう呟いた黒髪の女性は、一瞬止めていた手を再度動かして身支度を続ける。



「お前も間に合ったか」


 女性の隠密が使い魔の鴉に乗って湾岸要塞に到着すると、黒が城門の前で待っていた。


「まさか私の事を待っていたの?」


 鴉がそう尋ねると、黒は獅子の面を付けたまま答える。


「まぁな。門番が二人揃わないと通せないって言ってるしな」


 黒の答えを受けた鴉の面を付けた隠密が冷静な口調で答えた。


「確認だけど、今回の任務では隠密の存在隠すために素顔で行動すると前に話していた筈だけど、それは忘れてないわね?」


 鴉がそう言うと、黒は自らの付けている獅子の面に手を伸ばしながら答える。


「面外して特務隊って名乗ればいいんだろう?」


 黒が面を外そうとすると、鴉は少し慌てた様子で口を開いた。


「今じゃなくて中に入ってからよ」


 鴉の言葉を受けた黒は、獅子の面から手を離して答える。


「了解。そんじゃ、門の番兵に入れてもらうかねぇ」


 そう言うと、黒は門番に声を掛けた。門番がしばらく二人を眺めると、正門の横に備え付けられていた小さな門が開く。


「これが要塞の中か。中でも生活出来そうだな」


 門をくぐった黒は面を外しながらそう呟いた。それを聞いた鴉は面を外しながら答える。


「時間が無いし、会議室に向かうわよ。大きな建物の一階が会議室らしいから急ぐわよ」


 面を外した二人の隠密は、第九地区の防人を中心とした海魔討伐部隊の顔合わせを兼ねた作戦会議が行われている防人の湾岸要塞の会議室へと急ぐ。


二人が会議室に着くと、所属ごとに席が分けられ作戦会議が開始された。


「うむ。作戦部隊の総隊長を任された新垣隼人上等官だ。作戦時は【千本差し】のコードネームで呼んでほしい」


 新垣と名乗った40代中頃の男性は、人当たりの良さそうな口調でそう言うと、鴉たちの方を向いて口を開く。


「君たちが第五地区から来た【特務隊】だな。敵の情報収集感謝する」


 そう言った作戦司令官に相当する男は、にっこり笑いながら続けた。


「せっかくだから、自己紹介を頼む」


 指揮官に相当する人物にそう言われると、面を外した長髪の女性が冷静な様子で口を開く。


「第五地区特務隊所属、秋川恵上等士、コードネーム鴉です。隣が第五地区特務隊石川琉(リュウ)上等士、コードネーム黒です」


 鴉が支持され多通りに簡単な自己紹介を行うと、第九地区所属と思われる若い防人が嫌味交じりに口を開いた。


「おいおい。特務隊って要するに隠密のことだろ? 隠密が面を付けてなくていいのかよ。姑息な破壊工作が本領の分際でよ」


 若い防人が嫌味交じりにそう言うと、鴉が、何かを言おうとする黒を制止して答える。


「今回は国境付近での戦闘が予見されることも踏まえ、隠密という組織自体を隠蔽する必要性から仮面はむしろ不要です」


「今回の討伐対象が仮にどの国にも属していなくとも、第三国に今回の任務を隠密として行っているところを見られるわけにはいきませんから」


 鴉が事務的に答えると、別の第九地区の若い軽装の防人が不穏な空気が漂い始めた場を抑えるために席から立つと、同僚を窘め始めた。


「お前落ち着けって。今回の任務の下調べしてくれた相手にそんな言い方は無いだろう?」


 軽装の防人に制された防人は、不満げなようで答える。


「うるさい。俺は隠密何て呼ばれて影のヒーロー気取ってるあいつらが気に入らないんだよ。大体、俺たちだけでも新種の魔物ごとき倒せるはず――」


 最初に嫌味交じりの発言した防人が発言を続けようとすると、最初に発言した隠密の頬を槍が掠った。若い防人は顔を引き攣らせたまま固まる。


「表に出ろ、木下二等士。貴官を今回の作戦から外す。お前のような短慮で視野の狭い兵士が組織を破綻させる」


 短槍を投げつけた当人である新垣上等官は、会議の最初とは異なる冷厳な口調でそう言った。


「高野二等官。この視野の狭い馬鹿を会議室から放り出せ」


「了解しました」


 高野と呼ばれた眼鏡をかけた副官と思われる男は、冷静な口調で答えると、そのまま若い防人を拘束するために近づく。


「木下二等士。貴官を今回の作戦から外します。正式な処分は後ほど伝えます」


 高野と呼ばれた防人の男にそう言われた若い防人は、一瞬だけ鴉と黒が座っている机を睨みつけた後に観念したように顔を下に向けた。


 木下二等士が会議室から出たことを見届けた新垣は、仕切り直すように作戦対象の無人島が描かれている地図を指差しながら口を開く。


「さて、本題の作戦会議に戻ろうか。今回の作戦では未知の怪物が巣くう無人島への襲撃である。私が直接指揮を執る第九地区から選抜した主力船団で最初は正面から切り込んだ後に、第672機動部隊と第五地区特務隊で構成された別働隊が後方から奇襲をかける」


 新垣上等官がそう言うと、高野二等官が付け加えるように話した。


「特務隊の事前調査から、連中は火行の炎や雷行に弱いことが分かっています。火行使いが多い672機動部隊の活躍がこの作戦の要となるということです」


 作戦の要になり得るだろう要素について高野二等官が言及すると、新垣は満足気に口を開く。


「そういうことだ。会議資料には全員の得意術式や得物の種類が明記されている。各々二日後の作戦当日までに頭に入れておけ」



 そう言った新垣は、何かを思いついたように第672機動部隊の構成員が座っている席の方向に視線を向けた。


「会議を終了する前に確認するが、先程私の金行で作った槍と同時に術式を練ろうとしたのは第672機動部隊の構成員だな? 立て」


 新垣上等官が厳格な口調でそう言うと、黒いくせ毛に胴だけに防具を付けた若い防人の男性が自分から立ち上がる。それを見た長い黒髪の隠密は愕然としたように目を見開いた。


「所属と階級を含めて名乗れ」


 司令官に相当する新垣上等官の言葉を受けた若い防人は、毅然とした態度で答える。


「第672機動部隊所属上杉真人上等士です。」


「貴官は、なぜ私の不肖の部下に対して自分の直属の部下と言うわけではないにも関わらず攻撃しようとした?」


 新垣がそう尋ねると、上杉と名乗った若いくせ毛の防人は少しつまりながらも答える。


「いえ、その……木下二等士の言い方はかなり一方的で、今回の作戦に必要な下調べを第五地区の特務隊が、小規模な第九地区の特務隊に代わってわざわざやってくれたことを無視していることが許せなかったからです」


 上杉の言葉を受けた新垣は、少し考え込んでから口を開いた。


「そうか。以後はより冷静さ保つように努力するように」


「他の者も呼びとめて済まない、今日は解散して各自の宿舎で休憩をするなり自主訓練を行うなり自由にしてくれ。以上だ」


 作戦隊長に相当する新垣がそう言うと、会議室に集まっていた防人たちは、肩の力を抜いて談笑を始める。



 会議が終わると鴉は会議室の外に出ていた黒いくせ毛の防人に声を掛ける。


「待ってくださいお兄さん」


 長い長髪の隠密が呼び止めると、お兄さんと呼ばれた上杉上等士は人当たりの良さそうな様子で答えた。


「四年ぶりだな、恵しばらく見ない間に綺麗なったな」


 上杉上等士が人当たりの良さそうな笑みを浮かべながらそう言うと、本名を呼ばれた鴉は顔を少し赤くしながら答える。


「お兄さん。こんなところで本名で読んだり歯の浮くような事を言ったりするのはやめて。他の方に聞かれたら大変なことになりますよ!?」


 鴉が敬語と地の口調でそう言うと、少し落ち浮いた様子で続けた。


「あの、ありがとうございます。私たちの事を庇おうとしてくれて」


 鴉の感謝の言葉を受けた上杉は、少し気恥ずかしそうに答える。


「俺は防人として当然のことをしただけだ。それと、改めてよろしくな、恵背中は預けるぜ」


 そう言った上杉は、自分の部隊の仲間が既に会議室から出ていることに気付くと、そのまま会議室のある建物から出て行った。


「……お兄さんは相変わらず優しいなぁ。私に背中を預けるなんて言ってくれるなんて」


 上杉の後姿を眺めていた長い黒髪の隠密は、誰もいない廊下でそう呟くと、作戦会議中に寝ていた同僚を起こすために会議室に足を向ける。



                         次章へ




 こんばんわドルジです。更新が遅くなってしまい申し訳ない限りです。

 今回は、海魔を襲撃するための作戦そのものの発令と、鴉の過去に限定的に触れるお話となります。

 次回から一話分の導入を挟んでの戦闘パートになる予定です。

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