南の海に潜む者たち 探索編 黒の章 【一ノ五】
聖アルフ歴1887年
黒が人型の海魔を生け捕りにした三日後。三人は町はずれで聞き込み調査を行っていた。
「地味だな」
獅子の面を付けた隠密は、気怠そうにそう言うと相方の隠密に声を掛ける。
「なぁ。一回調査を区切って休もうぜ。この三日間は一回に海魔に遭遇した以外何にもなかったし、手がかりもあれ以外一個も見つからなかったし退屈なんだけど」
黒がそう言うと、鴉は呆れた様子で答えた。
「手がかりは多い方が良いでしょう?」
「へいへい。でもそろそろ休憩ぐらいはしようぜ。昼飯も食べてないしよ」
黒が気怠そうな様子でそう言うと、鴉は、一瞬考え込んだ後に答える。
「仕方ないわね。昨日聞いたのだけど、ちょうどこのあたりに私たちのような隠密が食事を取るのに調度良い場所が有るらしいから、そこに行きましょう」
「そこなら情報を整理するためにも落ち着けますしちょうどいいでしょう」
鴉の冷静な言葉を受けた黒は、肩をすぼめながら口を開いた。
「食事中でも情報整理かよ。まぁしょうがねえか」
「場所は探索の前に調べてあるので私が分かりますので付いて来てください」
鴉は、銀髪の冒険者に対して礼儀正しい口調でそう言うと、彼女の手を掴んで町の路地裏の方向へと進んで行く。
「おいおい、俺置いて行くなよ」
獅子の面を付けた隠密は、先へと進んで行く女性の後を追いながらそう言った。
中央大陸西部の建物に似せた構造の喫茶店に到着すると、鴉は、店員の一人に声を掛ける。
「他の客から話を聞かれない三人分の席をお願いします」
鴉がそう言うと、若い男性店員は慣れた様子で三人を奥の部屋へと案内しながら口を開いた。
「店員用の部屋でしか他人に聞かれないように話せる場所がありませんので、お手数ですが付いて来てください」
男性店員は、そう言いながら店員以外は入らないように書かれた扉を開いく。しばらく廊下を進んで別の扉を開くと、ソファーが印象的な応接間のような部屋に辿りついた。
「ここなら問題はないはずです。コーヒーなどを頼むときは呼ぶための道具を使ってください。私は失礼します」
男性店員は、ボタンが付いたマジックアイテムを置きながらそう言うと、そのまま部屋から立ち去る。一連の流れに驚いた様子で冒険者の女性は口を開いた。
「あの……この喫茶店は二人の組織と何か関係が有るのでしょうか?」
銀髪の冒険者の問いかけに対して鴉の面を付けた隠密が答える。
「ええ。ここは私たち隠密や防人への協力の代わりに国からの支援金を受け取っているんです。店長も元防人なんですよ」
「この国にも公的機関に援助をする見返りに支援を受けている商人や職人はたくさん存在していますから。ここもその一つなのですよ」
鴉が丁寧な口調でそう答えると、黒は不満そうな様子で口を開いた。
「俺と話す時とは違って随分丁寧な対応だな」
黒の言葉を受けた鴉は、仮面の上からでも分かるように目を細めながら呆れた様子で答える。
「男のくせに細かい所を意外と気にするのね」
「いやいや。普段お前の方が気にする方だろう!? 顔を合わすたびに小言を何回俺が言われてると思ってるんだよ!?」
獅子の面を付けた隠密の返答を受けた鴉の面を付けた隠密は、冷静な口調のまま答えた。
「それはあなたが同期としてあまりにもだらしないからよ。大体、貴女が第五地区に移動した理由も、隠密になってすぐに問題を起こしたからでしょ」
鴉の言葉を受けた黒は、一瞬体を固まらせると、気まずそうに目を逸らす。その光景を見ていた銀髪の冒険者は少しでも場を収めようと声を掛けた。
「あの、問題と言うのは?」
銀髪の冒険者の問いかけを受けた黒は、少し考え込むと問題について答え始める。
「俺は元々この第九地区の隠密だったんだよ。けど、新人の時に上司の中忍を殴っちまって、隠れた最前線って言われてる第五地区に左遷されられたんだよなぁ」
獅子の面を付けた隠密の言葉を受けた冒険者の女性は、疑問を持った彼の言葉について問いかけた。
「隠れた最前線?」
銀髪の冒険者に【隠れた最前線】という言葉の意味を尋ねられた黒は、飄々とした態度を崩すことなく答える。
「そう。俺たちが本来勤務している第五地区は、シン国東端のリ半島からかなり近いから、北端の第八地区と、この第九地区に次ぐ激戦区だって言われてるんだよ。」
「問題を起こした俺は、晴れて前線勤務ってわけだ。元々生まれ故郷を守りたかった俺からすれば、最初は精神的にきつかったなぁ」
黒が身の上話を続けていると、鴉は、少し低い音色の声で口を開いた。
「そろそろ身の上話はやめてちょうだい? 機密事項もペラペラ話しそうで不安だから」
「おう。なんか悪かった」
獅子の面を付けた隠密がそう言うと、鴉は肩をすぼめながら答える。
「まったく、そろそろ情報の整理を始めますよ。まずは私たちが本来追っている海魔についてです」
鴉は気を取り直すように敢えて固い口調でそう言うと、懐から巻物を取り出した。それを見ていた黒は茶化すように口を開く。
「お前、巻物を使うの好きだよな。便利なのは確かだけど」
黒の指摘を受けた鴉は、平然とした様子で答えた。
「金行の術式や暗器を主軸にしていれば当然のことです。それよりも、先日の交戦を通して、敵は炎や雷のような高熱に極めて弱い一方で、水を吸収することで生命力を引き上げることが可能なことが分かりました」
「このことは、二人も確認は出来ていますね?」
鴉の確認するような問いかけに対して、黒は付け加えるように話す。
「付け加えておくと、雷行よりも火行の方が良く効くみたいだったぜ。一度交戦した時に火行の術式を封印してあった巻物を彼女に解放して確認した」
黒がそう言うと、鴉は少し驚いた様子で口を開いた。
「そうだったんですか?」
鴉の面を付けた隠密の問いかけに対して、銀髪の冒険者は落ち着いた様子で答える。
「はい。ただ、私は巻物に封印されているらしい火の魔術を解放しただけで、大したことはしてないですよ」
冒険者の女性がそう言うと、鴉の面を付けた隠密は丁寧な口調で答えた。
「いいえ。貴方の活躍が有ったからこそより速く敵の弱点を知ることが出来ました。貴方が居なければこの情報を得られなかったかもしれません」
鴉がそう言うと、冒険者の女性は少し嬉しそうに微笑む。そんな様子を眺めていた黒は剽軽な様子で口を開いた。
「海魔に関係する情報は、人型の個体が存在するということぐらいだな。後はアンタのお師匠さんについての情報を一応まとめておこうぜ」
黒はそう言うと、小さな紙を取り出して続ける。
「えっと、アンタの探してる人は理由までは分からないけど俺に顔が似てて、本州の第三地区に居たらしい俺の親戚が関係あるかもしれないってことが分かったぜ」
獅子の面を付けた隠密がそう言うと、鴉は少し怪しむような様子で口を開いた。
「何処でそんな情報を得たのよ」
鴉の問いかけを受けた黒は、気まずそう答える。
「あ、親戚にちょっと確認したんだよ」
黒の気まずそうな言葉を受けた鴉は、咎めるような口調で口を開いた。
「隠密としての任務を親戚に聞く? 本気でやったの?」
「いやぁ。俺に顔似てるなら、親戚に聞いたら何か分かるかなって思ってさ。任務内容は言ってないから別にいいだろう」
黒の返答を受けた鴉は、呆れたようにため息をつきながら口を開く。
「もういいわ。極力民間人を巻き込まないようにしてちょうだい」
呆れ果てた様な目を同僚に向けた鴉は、目線を銀髪の冒険者の方向に変えると、丁寧な口調で話しかけた。
「確認したいのですが、今までこの国で探索した回数は難解ですか?」
鴉の問いかけに対して、銀髪の冒険者は手帳を取り出して答える。
「今回で9回目です。ちょうどこの第九地区を探索したことで、この国の全ての地域を回ったことになります」
冒険者の女性の返答を受けた鴉は、冷静さを損なうことなくさらに問いかけた。
「今後はどうするつもりですか?」
「近日中に第三地区に行ってみるつもりです。あの、それでお願いが……」
銀髪の冒険者は改まった様子で続ける。その様子はド国家申し訳なさそうな物だった。
「謝礼は払います。ですので、一週間この第九地区を探索するというお願いを早めに切り上げさせてもらえないでしょうか? 無礼極まりないことは承知していますが、どうかお願いします。」
改まった様子で銀髪の冒険者がそう言うと、鴉の面を付けた隠密の女性は気まずそうに答える。
「いえいえ。謝礼はいいですから。代わりに、最初に言った通り今回の事は、他言無用ということでよろしくお願いしてもいいですか? 私たちは外国向けには存在しない組織となっていますので」
鴉の面を付けた長髪の隠密は、相手を元気づけるように続けた。
「それに、こちらもアナタの申し出は都合が良いんです。恐らくこれからあの海魔に関連する調査で忙しくなることが想定出来ていたので正直助かります」
鴉の言葉を受けた冒険者の女性は、一瞬目を丸くしながらも何処か安堵した様子で答える。
「本当に良いんですか?」
「はい、死んだ恩師は貴女にとって大切な人なんですよね? ならその人の足跡を追うと決めたなら、手掛かりを追うのは当然ですよ。私は、正直そう言う生き方は羨ましいです」
二人が会話をしていると、今まで話にあまり参加できていない獅子の面を付けた隠密が、気まずそうに口を開いた。
「あの、俺置いてきぼりなんだけど」
獅子の面を付けた隠密の言葉を受けた鴉は、冷静な様子のまま答える。
「あなたは頭を使うことは苦手でしょう。後貴方に出来るのはあの海魔との戦闘が有った場合の対処よ」
「分かったよ」
面倒くさそうにそう答えた獅子の面を付けた隠密は、銀オ発の冒険者に顔を向けて口を開いた。
「ってことは適度に食事を取ったらもうこの第九地区から去るのか?」
黒の問いかけに対して冒険者の女性は、少し目を細めながら答える。
「そうなりますね。本当はこの地域の海ももっと見たかったのですが、今までにない手がかりを見つけた以上は仕方が有りません」
銀髪の冒険者の言葉を受けた獅子の面を付けた隠密は、先程よりは機嫌が良い様子で答えた。
「それじゃ仕方ねえか。なら、さっさと食事済ませちまおうぜ。早く食べればそれだけ早く本州の船に乗れるからな」
獅子の面を付けた隠密は、陽気にそう言うと店員を呼ぶための道具のボタンを押す。すると、店員はすぐに駆けつけて注文を取る準備を始めた。
「この店の日替わりセット三人分よろしく!」
喫茶店の奥の個室に豪快な青年の声が響く。
食事を終えた二人の隠密は、冒険者の女性と別れて拠点へと戻った。
そして時間第九地区を訪れた三か月後に戻る。拠点の談話室で夜空を眺めている黒は、遠見の術式で上司から受けた指令を思い出した。
【報告ありがとう。二人にはこのまま南方討伐任務に第五地区特務隊の名目で参戦、及び観測を行ってほしい。上には話はすでに通してある。】
上司である紅の言葉を思い出した黒は、獅子の面を手で弄りながら口を開く。
「やっぱり他国の生態兵器の可能性もぬぐえないんだっけ? 俺はいっそそっちの方が戦いやすいんだけど」
気怠そうに黒がそう言うと、長い黒髪の女性が冷静な口調で答えた。
「私たちは、防人に合流して他国に私たち隠密の存在を悟られることなく任務を全うするだけでしょ? この際だから言うけれど、他国の生態兵器だろうと、人類共通の脅威だとしても私たちの任務には関係ない筈よ」
長い黒髪の女性は、机に置いてある鴉の面を眺めながら続ける。その様子は普段の彼女とは違う雰囲気を帯びていた。
「最も、後者なら対策を一から練り直さないといけないことも確かだけれど、今回の作戦で組むことになる防人の部隊に迷惑をかけられないわね」
そう言うと、三日後に行われる作戦の資料を取り出して部隊構成を見ながらさらに続ける。
「正面からこの第九地区直轄の装甲船団が突入しつつも、私たち第五地区特務隊と、第六、第七地区を担当している【防人第672機動部隊】が後ろから回り込むそうね。黒も作戦資料は頭に入れておいた方が良いわよ」
そう言った鴉は、黒に作戦資料を手渡す。
「ありがとな。顔合わせは明日だっけ?」
黒の問いかけに対して、鴉は少し動揺した様子で答えた。
「ええっ。そうね……」
黒は、心がここにない様子でそう答えた鴉を不自然だと考えると同時に、なぜ様子が変なのかを心の中で考える。
(今回の作戦で組む相手に会いたくない奴でも居るのかねぇ。こりゃ、むやみには聞けないな)
しばらく考えた黒は、詮索することは止めて部屋に戻る準備をしながら口を開いた。
「俺はもう部屋に戻って寝るぜ。俺だって普段馬鹿みたいだけど、この第九地区とその自然を守るために命張ってるからな。お前も元気出せよ」
短髪の青年が得意げにそう言うと、黒髪の女性は先程よりは落ち着いた様子で答える。
「分かってるわよ。貴方もヘマしないようにしなさいね」
鴉の言葉を受けた黒は、獅子の面を手に持ったまま答えた。
「分かってる。まかせとけ」
黒はそう言うと、談話室から出て行く。それを眺めていた鴉は、自分用にとっておいた作戦資料を見ながら独り言を呟く。
「防人第672機動部隊……お兄さんの所属してる部隊だ。私はお兄さんにどんな顔をして合えばいいだろう……」
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どうもドルジです。今回は少し更新が遅くなりました。
今回の話で探索編は終わりで次からは一話分の幕間を挟んだ後に戦闘を中心とした襲撃編に入ります。
蛸のような海魔(仮)の正体も襲撃編を通して少し出てくる予定です。