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南の海に潜む者たち 探索編 黒の章 【一ノ四】

聖アルフ歴1887年


 異質な気配のする人気のない浜辺にたどり着いた二人は、浜辺で蠢いている四体の蛸のような怪物を物陰に隠れて観察した。


「蛸のような個体が三体と、人間みたいな手足と頭が有る個体が一体です」


 銀髪の冒険者がそう言うと、獅子の面を付けた隠密は、普段の剽軽な様子とは異なる真剣な口調で黒塗りの軽鎧を纏った女性に尋ねる。


「あんた一人だとかなり苦戦してたみたいだけど、やっぱ相手の再生力が影響してた? 前の戦いで、あいつらが雷とそれに伴う熱に弱いことは分かってるけれど、あんたの手応えも確認しておきたいんだ」


 黒の言葉を受けた銀髪の女性は、少し考え込んだ後に冷静な口調で答えた。


「大体はその通りです。私の剣だけでは、相手の回復速度を上回る傷を与えることがどうしても出来なかったんです」


 銀髪の冒険者の言葉を受けた黒は、珍しく物思いにふけるように口を開いた。


「つまり、魔術の心得がないアンタだと決定打に欠けるってわけだな?」


「はい。そうなりますね……」


 銀髪の冒険者が申し訳なさそうにそう言うと、黒は普段の剽軽な態度のまま答える。


「了解。なら悪いけど初撃はあんたにまかせるぜ。アンタが切り込んだところに、俺が雷撃を纏った一撃を叩き込むのが最適解だろうしな」


 黒はそう言いながら一対のトンファーを構える。その姿は、自分はいつでも敵に打撃を叩き込めるという意思を明確に示していた。


「分かりました。とどめの一撃はお任せします」


 戦闘態勢に入った獅子の面を付けた隠密に触発されたように、黒塗りの軽鎧を纏った冒険者は、腰に差した片手剣を抜刀しながら海魔の群れへと疾走する。


 敵の不意を突く形で肉薄することに成功した冒険者の女性は、素早い太刀筋で怪物の顔と思わしき部分を切り裂いた。


「次です!」


 銀髪の冒険者が三体の雑兵に鋭い切り傷を与えた次の瞬間、獅子の面を付けた隠密は、天を轟く雷の如き速さで冒険者の女性の背後まで接近し、既に再生を始めようとしていた怪物の切り傷を狙って、雷を帯びたトンファーの一撃を的確に叩きこむ。


「まだだぜ!」


 敵が電撃で怯んだことを確認した黒は、すかさず敵の一体を他の敵がいる方向へ吹き飛ぶように回し蹴りを入れると、次の瞬間には雷を帯びた渾身の突きを、唯一無事な人型に近い怪物が立っている方向へ吹き飛ぶように再度叩き込んだ。


「どうだ!」


 雷撃を纏った突きを受けた三体の海魔は、体を炭化させながら吹き飛ばされるけれども、人型の魔物は右側に跳躍して炭化しつつある仲間を躱したその動きは今までの怪物のような知性のない獣の行動とは程遠い物である。


「逃がしません」


 銀髪の冒険者は、素早い動作で敵に接近すると、人型の怪物に追撃をするために愛用の片手剣を振りかざした。


「……無駄ダ」


 人型の海魔は冒険者の放った一太刀を蛸の吸盤がびっしりと付いている腕で受け止めると、そのまま剣を握り潰す。


「そんな!?」


 銀髪の冒険者が自らの剣が文字通り握りつぶされたことに驚愕していると、敵の怪物は、腰の部分から先端が鋭利な二本の触手を腰から生やして冒険者の心臓を穿とうとした。


 しかし、敵の触手が黒塗りの軽鎧を貫くのよりも早く、獅子の面を付けた隠密は、女性の体を抱えて相手から一気に距離を取る。


「大丈夫か?」


 獅子の面を付けた隠密が、剽軽な態度を崩すこともなく銀髪の女性を抱きかかえたままそう言うと、銀髪の冒険者は、戦闘のために思考を研ぎ澄ませたままの状態で答えた。


「はい、私は大丈夫です、ですが……」


 岩陰に隠れた黒は、快活な様子を崩すことなく答える。


「分かってる。厄介なのは相手の蛸人間もどきだろう?」


(間違いなく紅さんの言っていた知性を持っている敵の親玉かそれに準ずる個体だ。こいつは生け捕りにしとかないと、後で平たい胸族にみっちり絞られるな)


(それに、雷行の身体活性も俺の体じゃ長時間の使用は不可能だし、短期間で一気に決めるしかねえか)


 獅子の面を付けた隠密は、心の中で悪態を突きながら漆黒の鎧を付けた冒険者に残りの武装を尋ねた。


「アンタの残りの武装は幾つだ?」


 獅子の面を付けた隠密の問いに対して、漆黒の軽鎧を纏った冒険者は冷静さを保ちながら答える。


「短剣二本です。ですが今からが私の本領です。問題は有りません」


 銀髪の冒険者がそう言うと、黒は虚を突かれたように答えた。


「相手の隙を突ける策が有るのか?」


 黒の言葉を受けた銀髪の女性は、首を縦に振ってから続ける。


「敵に気配と挙動を読まれないように短剣を扱うのは、私の十八番です。一太刀は私が入れますので、止めの二撃目をお願いします」


 銀髪の冒険者はそう言うと、形状の異なる二本の短剣を取り出して構えた。それを見た隠密の青年は何かを思いついたように懐から小さな巻物を取り出しながら口を開く。


「気配を消すのが得意ならちょうどいい。俺が合図したらこの巻物を開いてくれ。火が出るから気を付けろよ」


「初心者は詠唱が必要ってこと以外は、物を仕舞うためのマジックアイテムに少量の魔力を通すのと同じだ。詠唱は、【術式封印術・解】だぜ」


 獅子の面を付けた銀髪の冒険者に巻物を渡された冒険者の女性は、敵から目を逸らすことなく巻物を手に取りながら答えた。


「了解しました。ならば、まず私が切り込みます」


 そう言った銀髪の冒険者が岩陰から姿を現すと、敵の蛸人間に向かって一目散に疾走する。


「馬鹿メ。何度ヤッテモ同ジナノダ!」


 自らに接近する冒険者の女性を見据えた蛸人間は、嘲笑うように腰から生えた二本の触手を振るった。


 しかし、触手の隙間を掻い潜るように躱した冒険者の女性は、敵の怪物に肉薄して正面から短剣を突き立てようとする。


(短剣手にした途端動きのキレが変わったな。単純な速さなら俺でも負けないけど、あんなふうに殺気と気配を殺して相手に挙動を読ませないようにする奴は見たことねぇ)


 黒が目の前の敵に接近する冒険者の不規則な動きに感嘆しながら心の中でそう呟いた。


「調子ニ……乗ルナ……!!」


 それに逆上したように怪物は、腰からさらに触手を二本生やして冒険者の体を串刺しにしようとする。しかし、銀髪の冒険者は増えた触手の攻撃を後方に下がって回避すると、そのまま触手が地面を突き刺した時の砂埃に紛れて姿をくらました。


「何処ダ?」


 人型の海魔が砂埃の中で冒険者の姿を探す。次の瞬間、冒険者の女性は、気配をまるで感じさせることなく敵の後ろに捻りこむと、そのまま首元を双振りの短剣で挟み込むように切り裂いた。


「グギッ!?」


 人型の海魔が首元を斬りつけられ怯んだ次の瞬間、黒い雷が常人の目には映らない速さで敵の胴体を打ち抜く。


「オノレ……!」


 人型の海魔は、肉体に電撃を込められたトンファーの一撃を受けながらも、咄嗟に腰から生えている四本の触手を再度振りかざして抵抗した。


「暴れんなよ、タコ野郎。俺の故郷を穢すんじゃねえ!!」


 しかし、獅子の面で顔を隠した隠密は、再度天に轟く雷鳴の如き速さで姿を晦ますと、敵の後ろに回り込んで雷を纏った双振りのトンファーを、目にも止まらない速度で叩き込み続ける。


「グアアアアァァァァァァ!!」


「追加のでっかい花火だ。喰らいやがれ、化け物!」


 双振りのトンファーに集中させた雷を相手に打ち込んだ獅子の面を付けた隠密が止めの一撃を叩き込んだ。強力な電撃を直接打ち込まれた海魔は、腰から生やした四本の触手を必死に振るいながら抵抗する。


「お前らの再生力なら、これを喰らっても死にはしないだろ? 巻物を解放しろ!」


 そう叫びながら、獅子の面を付けた隠密は敵の顔面に相当する部位を蹴り飛ばしながら後方に跳躍する。


「術式封印術・解!」


 合図を受けた冒険者の女性は、敵が立っている方向に巻物を開くと、巻物からは大きな火の玉が発生した。火の玉はそのまま感電して動けない蛸人間を飲み込む。


「ヤメロォ!火ハヤメテクレェ!」


 雷を触媒にさらに勢いを増した炎に焼かれ続ける海魔は、もがき苦しみながら地面に崩れ落ちた。


「これで一丁あがりだな。木生火の法則は雷行でも応用出来るんだよ。たこ焼き野郎」


 黒は、全身黒こげになった人間と同じような骨格をした蛸の怪物を見据えてそう言うと、先ほど銀髪の女性に渡した物とは別の巻物を取り出す。


「それにしても喋れるってことはかなりデカイ収穫だな。悪いがてめぇを殺すわけにはいかねえから、生け捕りにさせてもらうぜ。」


 獅子の面を付けた隠密は、巻物に封印されている自前の拘束具で敵を縛り付けるながらそう言うと、銀髪の冒険者の顔を見ながら口を開いた。


「こいつは俺たちの拠点に運んで調査要員に渡す。その……さっきの短剣術すごかったぜ。動きがまるで読めなかった」


 黒はそう言うと、ばつが悪そうな様子で続ける。


「後、厄介払いするみたいで悪いけど今日はもう帰ってろ。他の隠密や防人に見つかると厄介だし、情報収集は今後も続けるからさ。悪い」


 獅子の面を付けた隠密の言葉を受けた冒険者の女性は、首を縦に振るとそのまま町の方へと走って行った。



「今日は疲れたぁ……」


 隠密の中でも後処理専門の部隊に生きたサンプルを渡した黒は、部屋の布団で横になっていた。


「そう言えば風呂まだ入ってなかったな」


 思いついたようにそう言った黒が浴場の扉を開けると、そこには長い黒髪に中央大陸西部から取り寄せたタオルの上から見ても希望がまるでない平坦な胸をした女が立っていたのである。


「おいおいおいおい!? 何でお前が俺の部屋の浴室に居るんだ――」


 黒が言葉を放ち終わるよりも早く、鈍器のようなものが青年の意識を刈り取った。



「私の部屋の浴室で使われてる道具の調子が悪かったの。勝手に使ったことは謝るわ。ごめんなさい」


 意識を取り戻した黒に対して、鴉は申し訳なさそうにそう言うと、短めの黒髪の青年は苦笑いしながら答える。


「いや……俺もお前の裸を不可抗力とはいえ見たわけだし、そんなに謝らなくても」


 頭を下げる同僚の姿に目を丸くしたまま黒がそう言うと、部屋の椅子に座っている鴉は、申し訳なさそうに目を伏せながら口を開く。


「いいえ。この部屋はあなたに与えられたものだから、事前に一言ぐらいは何か言うべきだったわ。金行で作った鈍器で顔面を殴ったりしたことは、明らかに私のやり過ぎだったし、ごめんなさい。責任はとるわ」


 かなり申し訳なさそうな様子で鴉が謝ると、黒は剽軽な態度で口を開く。どうにかして普段の自分が知っている状況に戻したいことが、誰が見ても分かるものであった。


「もう良いって。俺は傷が出来ようが気にしないしな。それよりもお前の収穫はどうだった?」


 黒がそう尋ねると、鴉の名を持っている長い黒髪の女性は、普段の冷静さを取り戻した口調で答える。その様子は、いつにもまして真剣さが表に出ている物であった。


「大当たりだったわ。南方の無人島に飛行タイプの召喚獣に乗って偵察に行ったら、あの怪物が目視できる範囲でもかなりの数が無人島に蔓延っていたわ」


「加えて、あの怪物は少なくともシン国とはあまり関係の無い可能性も大きくなったわね。私が偵察している時に、漁船に偽装したシン国の工作船をあの怪物が集団で襲っている所を偶然発見したから」


 鴉の言葉を受けた黒は、以外にも驚いた様子を表すことなく話を聞き続ける。


「おそらく、事前に言われていていた【人類共通の敵】という可能性もある程度大きくなったと思っていいわね。場所も分かったことだから、近いうちに防人を中心とした討伐部隊を形成されることになるでしょうね。上にも報告は済んでるし」


 一通り話を終えた鴉は、黒に対して問いかけた。


「あなたの方はどうだったの? 本来の任務に関する手がかりは見つかったの?」


 鴉の問いかけに対して、黒は複雑層に答える。


「探索していた途中に海魔と交戦したな。一体は人型で喋ることも出来るみたいだった。幸い生け捕りに出来たから、今は後処理部隊経由で研究班に回したぜ」


 黒が淡々とそう言うと、鴉は冷静な口調で答える。


「生きた海魔を生け捕りに出来たのは、かなり大きな収穫ね。もう一つの請け負った任務の方はどうかしら?」


「一応手がかりは見つかったぜ。第三地区の山奥に何かしらの手がかりが有るかもしれないらしい」


 黒の言葉を受けた鴉は、机に置いてあった資料の一部を手に取りながら口を開いた。


「そう。だったら、明日からの第九地区の探索には私も同行するわ。私と貴方の調査の結果が纏まって討伐部隊が編成されるまでは、恐らく大きなことも起きないでしょうから。少なくとも、二か月以上はこの第九地区を出られないでしょうし」


 黒はあくびをしながら答える。その様子は冬眠前の熊のようでもあった。


「了解。そんじゃ今日は俺もう寝るわ。お休み」


 そう言った黒は、布団にもぐりこみ僅か2秒で眠りにつく。その様子を部屋の出入り口に向かいながら見た鴉は、何処か羨ましそうでありながらも残念そうでもある口調で呟いた。


「……お兄さんに似ている所も有るけど、やっぱり根っこは別人ね。言っちゃ悪いけど大馬鹿で能天気だわ。でも、そういう所が正直羨ましいと思ってるなんて、本人には言えないわね」


 少し複雑そうな口調でそう言った後に、黒がイビキをかき始めると、耳をふさぎながら冷え切った口調で続ける。


「でも、絶対こんなデリカシーの欠片も無さそうな猪はあり得ない。絶対無い。何時か修正しないと……」

     

                                 続く



 こんばんわドルジです。やっと更新できました。

 今回は戦闘パートと最後にこの時点での情報の整理を半分ほど行いました。次の話では残り半分と、この話から見て三か月後に相当する冒頭の時間に戻る予定です。

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