南の海に潜む者たち 探索編 黒の章 【一ノ二】
聖アルフ歴1887年
雷行の身体活性で極限まで加速された黒は、凄まじい速度で怪物と軽鎧を纏った女性の間に割って入ると同時に一番近くの怪物に雷を纏ったトンファーを打ち付けた。
黒の打撃から僅かに遅れて複数の暗器が三体の怪物の触手を的確に貫き動きを封じる。
(斬撃は一応有効みたいね)
「続けます。水気、我が敵を打ちのめす猛き激流とならん。水行、激流水波」
鴉は水行の術式を練り上げ、金行で作った暗器から、金生水の原則を利用して複数の激流を生み出す。
「このまま水生木の雷撃をお願いします」
「任せろ!」
鴉の次の指示を受けた黒は、黒い軽鎧を纏った女性を咄嗟に抱き寄せながら術式を練り始めた。
「下手に離れて巻き添え食うなよ。雷気、木気より転じ、大地を伝い我が敵を焦げ付かす。雷行、放雷伝」
黒が術式を練り上げると、周辺を覆っていた激流水波の水を伝うことで強化された電撃が怪物たちを襲う。
「最初の電撃を集中させた一撃を叩き込んだ時の手応えでまさかと思ったけど、こいつら雷には弱いみたいだな」
黒は異形の敵が電撃を受けて炭化していく光景を見て得意げに言った。しかし、怪物の内の一体が咄嗟に暗器で縫い付けられた部分を切り捨てて海に向かって跳躍する。
「逃がすかよ!」
黒は咄嗟に射程の広い雷行の術式を練り上げようとした。しかし、それよりも早く、鴉は金行の術式を練り上げる。
「金気、無数の鋼の刃となりわが手より飛び立つ。金行、多重武装錬鉄」
鴉は、怪物が海に逃げ込むよりも早く、無数の手裏剣が不規則な軌道を描きながら飛来し、敵の体を貫いた。
「水気、無数の敵を切り裂く刃の車輪と成る。水行、多重車輪・水刃」
鴉が、敵の体に埋まったままの金行の手裏剣を触媒に術式を練り上げると、金生水の法則によって強化された無数の手裏剣のような水の刃が怪物の体を文字通り輪切りにする。
しかし、輪切りにされた怪物は、水の刃を吸収して体を再生させた。
「水は不利ですか。ですが、このまま逃がすわけには行きませんね」
「私の方が近いですから、奥の手を使います。黒は巻き込まれないようにしてください」
鴉はそう言うと捕縛に向いた金行の術式を練り上げる。
「金気、我が敵を捕縛し封じる金剛石の鎖とならん。金行、金剛封縛鎖」
詠唱を終えた鴉が地に手を突くと、大地から複数の金剛石の鎖が伸び、敵を捕らえた。
それを見え据えた鴉は陰陽五行式とは異なる術式の詠唱を始める。
「我、大いなる闇を司る憤怒の護法神を具現せん。大黒天・魔装」
鴉が詠唱を終えると、隠密の体を青黒い魔力の塊が鎧のように覆った。それを見た怪物は、本能のままに動かせる僅かな触手を伸ばし鴉の体を貫こうとした。
しかし、触手は青黒い魔力の鎧に触れた瞬間にたちまち無へと帰し、そのまま鴉は敵に肉数する。
「終わりです。我が身を纏いし大黒天よ。我が敵を切り裂け。大黒天・魔装ノ太刀」
敵の僅かに手前まで接近した鴉が低い声で詠唱した次の瞬間、青黒い魔力の鎧から禍々しい魔力で形成だれた太刀を持つ腕が伸びた。
そして、禍々しい太刀は、金剛封縛鎖でとらえられた怪物を凄まじい速度で金行の鎖ごと横一文字に切り裂く。
「逃がしませんよ」
鴉はそう言うと、大黒天の鎧から腕をもう一本伸ばして、敵の頭部と思われる部分が存在する部位を捕えた。
その場面を眺めていた黒は、心配するような様子で鴉に声を掛ける。
「今お前が使ったのかなり負担の大きい術だろ? 無茶すんなって」
黒の言葉を受けた鴉は、大黒天の腕で敵を手繰り寄せ終えると、何処か疲れた様に答えた。
「確かにこれは堪えますね。けれど、私の手持ちの手札ではこれ以外で敵に決定打を与えられる物が無いですから」
陰の魔力で編まれた大黒天の鎧を解いた鴉は、そう言うと冷静な口調を崩すことなく口を開く。
「それよりも、黒は生存者の簡単な手当をお願いします。私は残った敵の頭から情報を少しでも抜き取ります」
「了解。アンタはこっちで手当だ」
黒がおどけた態度でそう答えた。
「ありがとうございます。でも私の怪我は大丈夫ですので……」
「軽傷でも怪我してるんだから、そんな風に気張らなくて良いって」
黒が軽鎧を纏った女性の手当を始めたことを確認した鴉は、今にも崩壊しそうな敵の頭部に手を当て、記憶を読み取る術式を練り上げる。
「陰気、我が敵の心を読みほどく。陰行、思考回想」
鴉が術式で敵の記憶を読み取ると、彼女の頭には深い海底のイメージが流れ込んできた。その風景は何処か曖昧な物である。
(これがこいつらの本能に存在する情景? もう少し深く心を読まないと情報が足りない)
鴉がより深い情報を読み取ろうした次の瞬間、死に体だった蛸の怪物は突然触手を伸ばして抵抗した。
鴉は咄嗟に術式を解いて跳躍するが、触手は、そのまま手当をしていた黒が付けている獅子の仮面を弾き飛ばす。蛸の怪物は今の一撃にすべてを込めていたのか、限界を迎えたかのように、触手ごと跡形も無く炭化した。
「黒!?」
鴉は珍しく慌てた様子で黒の立っていた方向に顔を向ける。
「大丈夫だ。仮面を弾き飛ばされただけで特にダメージは……」
「馬鹿ですか!? 隠密が任務中に素顔を見られることがどういうことか分かって言っているんですか!? どうしてあなたはそんな猪馬鹿なんですか!? 信じられない」
鴉が捲し立てるようにそう言うと、黒は顔を引き攣らせながら答えた。
「あ……確かにこれやべえな」
「本当に度し難い大馬鹿ね、貴方は。」
鴉は呆れ果てた様にそう言うと、流石に反論出来ないのか、黒は目線を逸らしながら口を閉ざす。
「あの。黒と呼ばれていた方にお聞きしたいのですが」
静寂を破ったのは先ほど二人が助けた漆黒の軽鎧を纏った銀髪の女性だった。黒は慌てて仮面を付けながら答える。
「えっと何!? 悪いけど今回の事は内密にしてほしいんだけど……」
「それはかまいません。その前に一つ見てほしいものが有るのですが、よろしいでしょうか?」
銀髪に黒塗りの軽鎧を纏った女性がそう言うと、黒は仮面の上からでもわかるような人当たりの良さそうな口調で答えた。
「あんまり力になれるかは分からねえけど、いいよ」
黒がそう答えると、女性は少し嬉しそうに、古ぼけた資料を取り出した。そこには若い男の顔が描かれている。
「これ、十年ぐらい前の冒険者ギルドの個人情報か?【雷天・武御雷】とか使う術式や体術の型が乗ってるだけだろう……!?」
黒は一瞬訝しむようにそう言うと、資料には、自分と瓜二つの男の顔が乗っていることに気付いた。
「これは十年前に死んだ恩師の資料です。私は師匠の足跡を追って大和皇国を定期的に探索しています」
「この人物に心当たりは有りませんか? 貴女が師匠に瓜二つであることを見込んでいるんです」
銀髪の女性がそう言うと、仮面を付け直した黒はさっぱりした口調で答える。
「悪い。俺の親戚に冒険者ギルドに所属してる奴は今まで一度も居ないはずだ。少しぐらいなら俺も探すのを手伝うぜ」
黒がそう言うと、銀髪の女性は少し嬉しそうに微笑んだ。それを見ていた鴉は少し呆れた様子で口を開く。
「黒。本気ですか?」
鴉がそう尋ねると、黒は竹を割ったような口調で答えた。
「もちろん。さすがに長く見積もって一週間程度で、後は俺たちの本来の任務に戻らないとな」
黒がそう答えると、鴉は少し考え込んだ後に呆れた様子で口を開いた。
「仕方ないわね。一週間だけよ」
鴉はそう言うと、女性の方へと顔を向ける。
「報酬は不要ですので、今回の一件については他言無用。加えて、こちらが現在行っている調査任務に外部協力者として特例で支援するというなら、私も貴女の提案を受け入れましょう」
鴉がそう言うと、銀髪の女性は嬉しそうに口を開いた。
「分かりました。ありがとうございます」
女性がそう言うと、黒は普段の調子で得意げに口を開く。
「俺たちに任せろって。やれるだけの事はやってアンタの恩師の手がかりぐらいは見つけてやるさ」
黒がそう言うと、鴉が銀髪の女性に対して声を掛けた。
「それじゃあ、今日は町まで俺らが送るぜ。宿は何処かに取ってるんだろ?」
黒の問いかけに対して、銀髪の女性は丁寧な口調で答える。
「はい。町の方に一室」
「なら途中までは俺らも通るし、なおさら都合良いな。行こうぜ鴉」
そう言った黒は、町の方向へと繋がっているであろう小道へと向かい始めた。それに残された二人は着いて行く。
銀髪の女性を町の宿まで送り届けた二人は、二日後に町の中央部に存在する門の前で黒が落ち合うという契約を交わし、拠点に戻っていた。
「それにしても意外だねぇ。お前だったら【本来は、貴女の記憶を操作するか、貴女を始末して私たちの痕跡を消すことが鉄則ですので、特例であるということをよく覚えておいてください】ぐらいの事は言うと思ってたんだけどな」
武装を外している黒の言葉に対して、鴉は、冷静さを損なうことなく答える。
「私は、あの女性の口を封じるよりも、力を借りた方が効率的で労力もいらないと判断しただけよ」
「それにあの怪物との戦闘を行ったという事実は大きいわ。彼女の知恵を借りるというのも悪くは無いと思っただけ」
そう言った鴉は、冷静さを欠くことなく続けた。
「それよりも、別れ際の打ち合わせ通り、貴方は二日後からこの第九地区本島周辺を探ってちょうだい。私は、数日前に奉行人で構成された調査隊が消息を絶った南の孤島を単独で偵察してみるから」
鴉がそう言うと、黒は何時もの剽軽な態度とは違う口調で口を開く。
「お前一人で大丈夫なのか? 召喚獣に乗って移動するから二人以上は行けないってお前の説明は理解したけど、一人じゃ危険じゃねえか?」
黒がそう言うと、鴉は珍しく楽しげに微笑みながら口を開いた。
「私の事心配してくれるの? でも大丈夫よ。私一人で出来る事なんて、たかが知れてることぐらいは分かっているから。あくまでも偵察よ」
鴉はそう言うと、そのまま布団に体を横たえる。
「今日は休むわ。あなたも自分の部屋に戻って休んだ方が良いわよ」
体を布団に横たえた鴉にそう言われた黒は、そのまま部屋を去ろうとした。黒髪の青年が扉を開こうとした時に、黒髪の女性は少しボソリとつぶやく。
「……今回の連携はそれなりに上手くいきました。猪なりには頑張ってましたよ」
「へいへい。次はもう一段階早くするぜ。後、猪はやめろ」
黒は慣れた様にそう言うと、部屋を後にした。
続く
こんばんわドルジです。
今回は探索編その2になりますが、今回で探索編でメインになる登場人物はすべて揃いました。
黒は、良くも悪くもフランクで気さくな人物として設定しています。ちなみに以外に身長も高いです。
鴉は、親しい相手と私的な状況で接する場合以外は、誰に対しても敬語で接するるという周りとある程度壁を作るという特徴に加えて、良くも悪くも真面目であると同時に、ある程度は柔軟な対応も出来る女性というイメージです。
そして、今回本格的に出てきた銀髪と、髪の毛とは対照的な色の鎧をまとった冒険者の女性は、実は、私の過去に書いた作品出たことがあります。気が向いたら探してみてくださると、うれしいです。
次回は、主に黒と銀髪の女性がメインになる予定です。