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暁に響く雷電 白夜の章 【一ノ五】

聖アルフ歴1887年


 敵の隠密を殲滅した白夜たちは、予定通り村へと戻り少女とその母親の身柄を保護した。


事前に村長とも交渉が終わっていたこともあって、親子はその日の昼には第三地区の土御門家の屋敷まで移動できることになったのである。


「これで今回の任務は完了ですね」


 先程まで猿の面を付けていた茶色の髪をした隠密は、牛車の後ろに備え付けられている荷車から外を眺めながら口を開く。


「ああ。だが、やはり首都のある第一地区と、旧都のある第三地区に挟まれた第二地区に内通者がいたことが引っ掛かるな」


 眉間の部分に黒い螺旋の模様が描かれていた仮面をつけていた男は、気を抜くことなくそう答えた。


「内通者は第一地区の防人総司令部に身柄を移送した後に処遇を決めるそうだ。思想犯としての側面があることも考えれば極刑は避けられないだろうな」


 狐の面を外した白夜は、淡々と裏切り者の末路を口にする。


「あの、お兄さん」


 そんな白髪の隠密に、先ほど身柄を保護したばかりの少女が話しかけてくる。


「どうした?」


「あの、怪我をしたりしてないか心配で」


 少女の何気ない心遣いに、困ったように白髪の隠密は少し顔をしかめながら口を開いた。


「ありがとう。俺なら大丈夫だ」


 感謝の意を口にした白夜は、今度は冷静さを可能な限り保ちながら続ける。


「伊織。さっきも説明したと思うが、お前は第三地区の山奥に居を構える土御門の本家に移ることになる。それ以降は、一般人としては生活できないだろう。お前が持っている心を読む能力や予知の力は狙われる可能性も高いからな」


「俺たちがやっている仕事もそう言う通常の魔術や術式の法則から外れた特殊な力を持った人間の保護を秘密裏に行うっていうことも入っている。まぁ、状況次第では憎まれ役になることもある汚れ仕事もこなさないといけないんだがな」


「加えて、これは俺の持論だが、力を持つ者にはそれを制御する義務が伴う。伊織。お前はそのためのすべをこれから学ぶんだ」


 白髪の隠密は、自らの過去を思い出しながら話を続けた。出来れば目の前の少女には、自分のように大切な人を目の前で失う苦しみを味あわせたくないと思いながら続ける。


「俺が多くを語れるわけじゃないが、それでもお前がより良い未来を得るには、お前自身が自分の道を決める必要がある。例えそれが他人とは相容れない物でも自分の信念として貫くという意思だ」


 白夜は、隠密としての自分を可能な限り表に出して、少女は重々しく口を開いた。


「はい。いつかはこうなることは分かっていました。何度も同じ夢を見ていたから。覚悟は出来ていました」


 伊織は少し寂しそうにそう口にする。その言葉を受けた白髪の隠密は、隠密としての自分ではなく、一人の人間としての言葉で少女に答えた。


「そうか。そういう風に言ってくれるのは助かる。だが、俺たちが身柄の保護を口実に君たち親子の自由を奪ってしまった点も事実だ」


 白髪の隠密は不器用ながらも申し訳なそうに答える。


「そんな悲しい顔しないでください。これを食べて元気出してください」


 白髪の隠密の言葉を受けた伊織は咄嗟に紙でくるまれた焼肉串を一つ取り出した。


「これは、あの村の屋台で売っていた食べ物か?」


 白夜の問いかけに少女は嬉しそうに微笑みながら頷く。


「村を出る前に屋台のおじさんがくれたんです。お兄さんのお友達の方の分もあるので良ければどうぞ」


 そう言いながら、伊織は紙でくるまれた焼肉串をさらに二つ取り出した。それを見た螺旋と木猿は、一瞬目を見張りながらも少女が差し出した焼肉串を受け取る。


「ありがとう。ちょうどおなかが減っていたから助かるよ」


 木猿は焼肉串を受け取りながら社交的な笑みを浮かべた。


「ああ。俺も貰おう」


 螺旋も、少しぎこちない口調ではありながらも、伊織の差し出した焼肉串を受け取る。


 白夜たちが焼肉串を食べているのを見た少女は、牛車の荷台に用意された簡易的な布団で眠っている母親に目を配りながら口を開いた。


「私はもう覚悟は出来ています。今まで隠していたこの力を使って少しでも多くの人に役立てるなら、私は大丈夫です。それに、お母さんも私が絶対に守ってみせます」


 焼肉串を食べ終えた白髪の隠密は少女の決意が込められた言葉に答える。


「そうか。伊織がその意思を捨てなければやっていけると俺は思う。無責任な言い回しだが許してくれ」


 伊織にそう返した白夜は、今までの疲れが体に出たのか、そのまま荷台の壁にもたれ掛った。


「悪いが少し休んでもいいか? 第三地区旧都の土御門本家に到着したら起こしてくれ」


 白夜が昔馴染みでもある黒髪の短髪の隠密にそういうと、無言で頷く。


「済まないな、伊織。少しだけ休ませてくれ。それとありがとう。今度は君のような少女を救うことが出来て本当に良かった」


 それだけ言うと、そのまま顔を下に向けた。


(確かに、あの裏切り者が言っていたように、この少女から平凡な日常を奪ってしまったのは俺なのかもしれない)


 目を閉じた白夜は、雷が鳴り響き雲の隙間から僅かに太陽が顔を出していたあの明け方に見た、【地獄】を思い浮かべる。


(だが、俺はもうあの夜明けに見た惨劇を繰り返させるわけにはいかない。アイツを救うことが出来なかった俺が、次に同じことが起きそうになった時に、たとえその他を切り捨てることになろうとも、俺は止めないといけない。今の俺にはそれしか出来ない)


(鬼の混ざり物の俺にはうってつけだろう……)


 白髪の男は自らの心の中で自分を否定するようにそうつぶやくと、眠りに落ちた。



 白夜たちが牛車で第三地区へと移動している頃、生け捕りにされた内通者は第一地区の防人総司令部へと護送されていた。


 馬に引かれている護送車の周りには、五人ほどの兵士が護衛を行っている。


「何で俺たちが犯罪者の護送をやらなきゃいけないんだよ。犯罪者の取り締まりは奉行人ぶぎょうにんの仕事だろう?」


 腰に刀を差した若い兵士がそう言うと、弓矢を携えた兵士が嗜めるように口を開いた。


「そう言うな。こいつは敵国の工作員を招き入れた裏切り者だ。本来なら俺たちが戦うはずだった相手を、隠密の連中が事前に始末してくれただけありがたいと思っておけ」


 弓矢を持った兵士の言葉を受けた腰に刀を差した兵士は、肩をすくめながら答える。


「確かにそれはそうだけどよぉ。正直こんな奴の護送するぐらいなら、自主訓練でもやった方が絶対にいいと思うんだが……」


 腰に刀を指した兵士がそう言うと、他の兵士よりも何処か荘厳な鎧を纏った男が口を開いた。


「自主的に訓練をすることは良いことだが、情報を事前に制することも重要だぞ。それにこいつの体は、シン国の外法で魔物と融合されているらしい。調べれば面白いことが分かるかもしれないからな」


 荘厳な鎧を纏った兵士がそう言いながら馬に引かれている護送車を眺める。


「三等官殿。貴方が元々がいくら術の開発が専門とはいえ、そのような人体実験を連想させる発言は危険かと」


 薙刀を持った女性の兵士がそう言うと、荘厳な鎧を纏った兵士は手を振り回しながら答えた。


「何を言う! 裏切り者に人権が有るわけがあるまい。どうせ死罪になることが決まっているならば、その前に多少体を弄ったところで問題は無いだろう。そうは思わないかね? 三好一等士よ」


「後、別に私の事は佐伯と呼んでくれて問題ない。他の部隊員も同じだ」


 荘厳な鎧を纏った兵士は悪びれる様子もなくそう口にする。


 兵士たちが会話をしていると、護送車の中で裏切り者の元隠密がボソボソと喋っていた。


「何故だ……私はただ自分の正しいと思ったことをしただけで……」


 護送用の荷車の中に押し込められている裏切り者の男がボソボソと何かを話していると、手に十文字槍を持った防人の兵士は苛立ち交じりの様子で怒声を上げる。


「さっきからボソボソ話してんじゃねぇぞ! まさか仲間に何か伝えようとしてんじゃないだろうな!?」


 手に十文字槍を持った兵士がそう怒鳴ると、先ほどの荘厳な鎧を纏った兵士がたしなめた。


「落ち着け小林一等士。仮に外にいるかもしれない仲間に情報を発そうとしているのだとしても、この呪的防護機構を備えた護送車の中から情報を出すことなど――」


 比較的協力そうな鎧を纏った兵士が得意げに喋っていたと思うと、突然兵士の首がはじけ飛んだ。


「敵襲か!?」


 十文字槍を持った兵士がすばやく臨戦態勢に入ると、他の兵士たちも武器を構える。


「部隊長クラスの三等官が一撃でやられただと!?」


 手に取り回しの良い大きさの刀を持った兵士が歯ぎしりしながらそう言った次の瞬間、緋色の衣を纏った何者かが刀を持った兵士に一瞬で近づき、手に持っている双振りの剣で首を切り落とした。


「野郎!」


 野太刀を両手に持った兵士が、緋色のフードが付いた衣を纏った敵に剣を振りかざそうとする。しかし、野太刀が振り下ろされるよりも早く、緋色の衣を纏った敵は、がら空きの胴に肩を打ち付ける。


「ゴフッ!?」


 野太刀を手に持っていた兵士は口から血を吐きながら近くの木まで弾き飛ばされた。


「シン国の刺客か!」


 弓を持っていた兵士は何時の間にかつがえていた矢をすかさずに緋色の衣を纏った敵に放つ。


 しかし、緋色の衣を纏った敵は平然と矢を回避すると、術式を練り始める。


「火気、我が敵を焼け」


 緋色の衣を纏った敵がそう唱えた次の瞬間、炎が弓矢を持った敵に向かって地面を駆けた。


「馬鹿な。陰陽五行式だと!?」


 シン国の刺客が陰陽五行式を使ったことに驚愕した弓を持った兵士は、炎に対しての対応が遅れる、


 そして、地面を駆ける炎にまとわりつかれた。


「いい加減にしやがれ! この野郎!」


 小林と呼ばれていた兵士が、十文字槍を振りかざす。しかし、緋色の衣を纏った敵は素早く槍を躱すと、手に持っている双剣を首に振りかざす。


 小林と呼ばれた兵士は、咄嗟に槍の付けで首元に振りかざされた双剣を防ぎそのまま柄で殴ろうとした。


「詰めが甘いですよ」


 今まで沈黙を貫き緋色のフードで顔を隠していた敵は僅かにそう言うと、無詠唱で発動させたと思われる炎を剣に纏わせる。


 そして、兵士が水行の術式を発動させるよりも早く十文字槍の柄を、炎を纏った双剣で切り裂いた。


「至近距離ならば、魔術や長物よりも剣と拳の方が早い。これで終わりです」


 追撃を行おうとした次の瞬間、緋色の衣を纏った敵の首に目掛けて左右から刃が降りかかる。


「邪魔ですね」


 緋色の衣を纏った敵は、追撃として放たれた双振りの刃を双剣で受け止めた。


「先ほど私の鉄山靠を受けた野太刀使いと、先ほどから護送車の守りを固めていた女性兵士ですか。あなたたちでは真っ向からでは私には勝てませんよ?」


 緋色の衣を纏った敵はそう言うと、すかさずに刃を双剣で受け流し、素早く双剣を服の裾に仕舞い、元から傷を負っていた野太刀使いに正拳突きを心臓の近くに叩き込む。


「グガッ!」


 野太刀使いが吹き飛ばされたことを確認した緋色の衣を纏った敵は冷淡に口を開いた。


「今の掌底であの男の心臓は破壊しました。残るは貴女ともう武器を持たない足手まといだけです。こちらにも目的が有りますので、ここで死んで貰います」


「冗談ではない。例え最後の一人と成ろうとも戦い抜くことが我ら大和の防人の戦いだ。80年前のシン国が行った蛮行を忘れはしない」


 最後に戦闘能力持ったまま残った女性の兵士は、薙刀を構えたままそう答える。


「そうですね。大狂騒もそれ以前の工作も我が国の利権のために行ったことです。それに、ここで死ぬ貴方にはもう関係ないでしょう」


 冷淡にそう言った緋色の衣を纏った敵は、服の裾に仕込んでいた双剣を再度取り出してそのまま正面から薙刀を持った女性兵士に接近した。



 裏切り者が護送車の中で鉄がぶつかり合うような音を聞きながら様子を伺い続けていると、護送車の扉が開いた。


「どうやら、思ったよりも無事みたいですね」


 扉を開いた者の声を聴いた裏切り者の男は、安堵の表情を浮かべながら護送車から出てくる。


「ありがとうございます。まさか本当に助けに来てくださるとは思いませんでした」


「いえいえ。あなたが護送車の側面に穴をあけて地面に髪の毛を落とし続けていたおかげですよ。あれが有ったおかげで、奇襲による先手を取ることが出来ました」


 緋色の衣を纏った襲撃者は、フードを外して素顔を露わにしながらそう答えた。容貌は比較的整った若い男性のそれである。


「情報が漏れることもあってはならないことでしたし貴方にはまだやって貰わなければならないこともありますからね」


 そう言うと、緋色の衣を纏った青年は裏切り者の男に手を差し伸べた。


「行きましょう。私はあなたを重用しますし、我が国の同胞のようにあなたを捨て駒としては扱いません。裏切り者だとしても働き次第では私はあなたを見捨てません」


 緋色の衣を纏った男が手を差し伸べながらそう言うと、裏切り者は嬉しそうに手を取りそのまま獣道へと消えて行ったのである。


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 お久しぶりですドルジです。

 今回の物語では、彼は一般人として村に潜り込み、一般的な能力とは異なる特殊な能力を持つ少女と接触し、最終的には保護するという任務を請け負うという話となりました。

 彼自身も螺旋同様に内心では今回の任務である、少女とその血縁者の身柄を一方的に確保するという任務には疑問を抱いてこそいると同時に、自分自身の任務として割り切っている部分も半分はあるというイメージで書きました。

 ちなみに、この章のタイトルは、受信した電波をそのまま利用しました。後に考えた設定としては、白夜のトラウマに相当する情景をタイトルが表している設定です。

 次の幕間の後書きで今回少し登場した防人さきもりの階級と、隠密の階級が防人の階級にあてはめた場合の簡単な解説入れたいと思います。

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