暁に響く雷電 白夜の章 【一ノ四】
聖アルフ歴1887年
白夜が橋に向かった頃、村の外れでは、猿を思わせる造形の仮面をつけた一人の隠密が四人の武装を持った集団と対峙していた。
「やはり先輩たちだけじゃなく、こっちにも刺客を送ってきたか」
手頃なクナイを構えた猿の仮面を付けた隠密は、敵を観察する。
(手に柳葉刀を持っている三人はそこまで厄介ではなさそうだが。あの焦げ茶色のローブの男は少し厄介かもしれないな……)
猿の面を付けた隠密は、一人だけ鎧を付けていない男に注意を注ぐ。外見は、焦げ茶色の短髪に髪の色と同じ色のローブを纏った若い男である。
数秒ほどの静寂の後に敵の頭目と思われる焦げ茶色のローブを纏った男が口を開く。
「やっぱただで通してはもらえないっぽいか。気配消して潜り込むのも失敗したしな」
敵の頭目は気怠そうにそう言うと、三人の仲間に対して指示を出し始めた。
「お前ら、いつも通りの奴で行くぞ。俺が上でお前らが下からだ」
そう言うと、焦げ茶色のローブを纏った若い男は召喚魔術の術式を練り始める。
「我異界より我が従僕を招かん」
敵が魔術を使用するとは想定していなかった猿の面を付けた隠密は、咄嗟にクナイを投げつけた。
しかし、クナイが敵に当たるよりも早く、敵の頭目は自らが召喚した巨大な鷹のような魔獣に乗ってそのまま上空へと浮上していた。
「先手を許してしまったか」
猿の目を付けた隠密が悪態をついたその時、通信用の術式を施した呪具から通信が入る。
『木猿。そっちに異常はあるか!?』
連絡の相手が仲間だと分かった木猿と呼ばれた隠密は、敵の一人がすかさず振りかざしてきた斬撃を躱しながら通信に答えた。
『ちょうどいい所に連絡ありがとうございます。現在、シンの隠密と思わしき四人組と村はずれで交戦中です。他には気配を探知できないので、恐らくは僕が相手している相手で全てのようです』
『分かった。可能な限り早くそっちに向かう』
通信が切れたことを確認した木猿は、すかさず自分に接近していた一人を蹴り飛ばしながら距離を取るために後ろに跳躍する。
すると、着地を狙って鷹から短刀が三本投擲される。
「この程度ならば。木気、大地より槍と成り、鳥のごとく空を駆ける。木行、飛燕木槍」
すかさず、地面から木で出来た杭を射出する術式を練り上げて短刀ごと飛行型の召喚獣を貫こうとした。
「【爆】!!」
しかし、射出された木の杭が短刀に当たる直前に、敵の頭目が空から詠唱した次の瞬間、短刀が突然爆発し、木の杭を焼き尽くす。
「火行の呪術か。シン国にもまだ魔術の技術が残っていたのか」
「ならば、雑魚から仕留める。木気、連なり、敵対者を捕える腕とならん、木行、多重木椀」
木猿が術式を練って大地を手で叩くと、大地から複数の腕を模した木が生え、目視できる範囲に居る三人の敵を絡め取ろうとする。
それを遮るように四本ほどの短刀が空から降り注いだ。通常ならば、この程度の短刀で木行の腕が防がれることはありえない。しかし……
「【爆】!!」
空から詠唱が唱えられた次の瞬間、四本の短刀が突然爆発し、先ほど飛燕木槍を焼き払ったように木で出来た腕を焼き払ったのであった。
木猿は、上空の三つ目の巨大な鷹に乗った敵の頭目を睨みながら心の中で悪態をつく。
(やはり敵の頭目が厄介だな。触れたものを任意のタイミングで爆発する爆発物にとしての特性を付与する火行の呪術と、それを付与された短刀の投擲。僕の木行では、火行の爆炎には分が悪いし、僕の使える水行じゃあ敵を倒しきれない)
(加えて、西洋の召喚術式で召喚した飛行タイプの魔獣に乗った状態での上空から爆撃を繰り返すあたり余計に性質が悪い。)
心の中で悪態をつきながらも、猿の面を被った隠密は敵を倒すための策を練り続けた。
そんな木猿の心情を察したかのように、飛行タイプの魔獣に乗った敵の頭目は挑発するように口を開く。
「もう降参か? 今あの小娘を差し出せば、お前等だけは助けてやるぜ。俺たちにも魔術やそれに関係する知識が残っていることはよく分かっただろう?」
勝ち誇るように上空の敵が言い放った相手を見下すような言葉に怒りを覚えながらも、こちらに接近する気配を感知していた猿の面を被った隠密は、冷静に口を開く。
「悪いが、僕はお前たちに降伏する気はない。それに逃げた方がいいのは君たちじゃないかな?」
猿の面を被った隠密の言葉を受けた上空の敵は苛立ち交じりに答えた。
「馬鹿が。何を根拠に――」
敵が勝ち誇ったように口を開こうとした次の瞬間、今までこの場に居なかったはずの男の声が響く。
「雷気、木気より転じ、轟雷、天に轟く。雷行、轟雷震」
法術の詠唱がその場に響いた次の瞬間、今まで何もなかったはずの空から、上空を飛んでいる敵に向けて、一筋の雷が迸った。
しかし、呪文に気付いていた敵は咄嗟に魔獣から飛び降り、雷撃は魔獣のみを焼き尽くす。
鷹のような姿をした魔獣が空から落ちるのと同時に白夜が岩陰から現れた。
「白夜さん助かりました。これで厄介だった敵の使い魔を倒せました」
木猿の言葉を受けた白夜は、冷静に腰のポーチからクナイを取り出しながら答える。
「礼はいい。今は目の前の敵を仕留めるぞ」
それだけ言った白夜は、すでに着地していた敵の頭目に素早い身のこなしで距離を詰めた。
「馬鹿が。お前ひとりで何が出来る」
敵の頭目は、冷静に大陸由来の柳葉飛刀を複数投擲する。
「土気、外敵を塞き止める壁と成る。土行、土壌壁」
それを防ぐために、白夜は大地に手を当てて土行の壁を生み出した。
「馬鹿が。【爆】!!」
土壌壁に短刀を防がれたことを確認した頭目が呟いた一言の詠唱のみで短刀が大規模な爆発を起こす。
短刀が爆発することを見切っていた白夜は、すでに土壌壁から離れ、至近距離まで近づいた敵に対してクナイで貫こうとしていた。
「水気、我が敵を打ちのめす激流とならん。水行、水流波」
木猿は援護するために、爆炎をある程度打ち消せる広範囲を飲み込む水の激流を生み出す術式を繰り出す。
しかし、敵はそれらの攻撃を見越していたかのように、あえて、白髪の隠密に接近し、爆炎を消しながら自らに迫る水流を敵の体を盾にすることで術者である猿の面を付けた隠密に解除させるように仕向けた。
水流が止まりただの水になったことを確認した頭目は、先ほど投擲した短刀と同じものを、今度は一瞬投擲する振りをして手に持ったまま白夜に突き立てる。
フェイントを織り交ぜていたことも相まってか、短刀を突き立てるまでの動きは一方的な物であった。
「俺の勝ちだ」
しかし、次の瞬間には敵の頭目が短刀で貫いたはずの白夜の体は、何もなかったかのように消えた。
「何!?」
敵の頭目は驚きを隠せない様子で固まった次の瞬間、先ほどは水の術式で白髪の隠密を援護していた猿の面を付けた隠密の声が響く。
「木気、大地より槍と成り、鳥のごとく空を駆ける。木行、飛燕木槍」
白夜の体で死角になっていた場所に立っていた木猿が、詠唱をしながら大地を叩くと、地面から瞬時に数本の木の杭が生えて敵の頭目に向かって射出された。
敵の頭目は、横に跳躍し自らを狙って矢のように射出された木の杭を回避すると、忌々しい様子で口を開く。
「てめぇ。さっき突っ込ませたのは分身だな」
焦げ茶色の衣を纏った敵が苛立ち交じりでそう言うと、何処からともなく表れた何時の間にか仮面を外していた白夜は、淡々と答えた。
その姿は援軍として現れた時とは違い、白い二本角を頭部から生やした鬼そのもののような姿である。
「五行以外の属性の一つ、陰の気を帯びた影分身だ。西洋の召喚術や陰陽五行式を習得しているお前には別に珍しいものじゃないだろう」
両手には血に塗れたクナイを持った状態の白夜は冷淡に続けた。
「もっとも、お前が俺の影分身に気をとられているおかげで、他の連中を全員始末することが出来たがな」
白夜は縦に割れた瞳孔の赤い瞳で敵を見据えながらそう言った。
「お前ら最初から俺の部下を先に始末する気だったかのか? それだけの連携が出来るってことかよ」
頭目が改めて部下が居たはずの場所に目をやると、二人は白夜が手に持っている物と同じ形のクナイを首に突き立てられ、もう一人は、陽の気による身体強化を施された木猿の拳で頭部を粉砕されていた。
(ドジったな。援軍に気を取られて部下にまで気が回らなかったか。おまけにあの白髪の奴は魔族の混血かよ)
忌々しいようにそう吐き捨てた敵の頭目を冷徹に見据えながら白夜は答える。
「ああ。俺の分身に気を取られていたのも相まって、始末するのは容易だった」
「俺も第二段階まで力を解放しているんだ。逃がしはしない」
一瞬不愉快そうに口元を歪めた敵の頭目は、そのまま手を前にかざし、召喚術の詠唱を行い始める。
「我異界より我が従僕を招かん」
敵の詠唱を止めようと、二人の隠密は咄嗟にクナイを投げつけた。しかし、焦げ茶色の衣を纏った敵はそれよりも早く召喚術を完成させ、先ほどとは異なる巨大な蛇のような姿をした魔獣を召喚する。
「お前らはこいつの相手をしてな」
蛇の体でクナイを防いだ敵の頭目は、自らの部下が全員倒されていることを確認すると、そのまま思考を巡らせながら逃げ始めた。
(あの召喚獣なら敵の素早い攻撃をすり抜けられる上に、巨体を利用して、俺を狙った攻撃の盾にも使える。部下もやられたとなると、ここは一旦逃げるしかないな。第一、魔界に住んでる鬼人族の混血なんざまでいる状況で戦えるかよ)
近くの岩に隠れながら、敵の頭目は冷静に今後の算段を建て始める。
(どさくさに紛れて後であのガキを拉致するか。幾ら勝ち目がなくても任務に失敗してシンに戻れば、最悪俺とお袋が殺される)
敵が蛇の巨体に身を隠しながら岩陰に逃げたのを見た白夜は、そのまま猿の面を被った隠密に指示を出した。
「下がっていろ、木猿。俺が初段で敵の頭目を余波で巻き込める規模の上級術式を敵の召喚獣に放つ。お前は俺に続いて蛇の止めを刺せ。頭目は俺がやる」
蛇のような魔獣を注視する白髪の隠密は、右手を前に掲げ法術の詠唱を開始する。
「雷気、木気より転じ、轟雷、異界の獣を象り、天に轟く。雷行、轟雷・弧哭」
詠唱を終えると、天から狐のような魔獣を象った雷の塊が現れ、次の瞬間には、狐のような魔獣を象った雷は蛇型の魔獣に音速以上の速さで襲いかかった。
獣を象った雷が敵の蛇に当たった次の瞬間、凄まじい爆発が起こり、辺りの障害物になりそうだった岩の塊までをも薙ぎ払う。
「そこか!」
衝撃で吹き飛ばらせていた敵の頭目を補足した白夜は、すかさず、腰の後ろに仕込んでいたクナイが百本仕込まれている巻物を二本ずつ取り出し、敵の頭目に向けた。
「雷気、木気より転じ、陰の雷、暗器に宿る、武装封印術・解!」
白髪の隠密が詠唱と同時に巻物を開くと、やや黒みがかった電撃が付与されたクナイが巻物から射出される。
爆風で弾き飛ばされ全身を地面に打ちつけた敵の頭目は、射出されたクナイに気付き、何とか立ち上がりながら手で地面に触れながら口を開いた。
「させるかよ!【爆】」
敵の頭目はすかざす手元の地面に呪術を付与し、そのまま自分の少し前の地面に小規模の爆発を起こし、クナイを爆風で弾き返す。
「雷気、木気より変じ、陽の雷、我が身を循環し、天に轟く雷の如き速さを生む。雷行、雷迅・飯綱」
しかし、恐ろしい殺気に敵の頭目が気付き後ろを振り向くと、そこには射出されたものとは別のクナイを手に握った赤い眼を光らせ、全身に青白い雷を纏った白髪をかき乱しながら襲いかからんとする鬼人の姿が存在した。
(こいつ、何時の間に俺の後ろに回り込みやがった!?)
頭目が悪態をつきながら右に避ける。赤い瞳を光らせる白夜は雷を帯びた右手のクナイで敵の右肩を貫いた。
青白い雷撃を纏ったクナイで肩を貫かれながらも辛うじて攻撃を躱した敵の頭目は、もはや口を開く余裕も無い様子で白髪の隠密に意識を集中させる。
「俺にばかり集中していていいのか? 周りをよく見てみろ」
白夜の言葉を受けた次の瞬間、敵の頭目にめがけて先ほど爆風で弾き飛ばした筈の二百本のクナイが凄まじい速度で襲いかかってきた。
「何!?」
敵はボロボロの体で逃げようとするが、爆風で弾き飛ばした筈の黒みがかった微弱な雷を帯びた目では数えきれないほどのクナイは、敵の頭目にめがけて通常の投擲ではありえない軌道で飛ぶ。
そして、飛来する二百本のクナイは遂に敵の体を貫いた。
「馬鹿な」
敵は全身をクナイで貫かれそのままその場に倒れこむ。
「電撃は磁力としても応用が利く。陰の電気を付与された巻物から射出されたクナイが、俺が手に持っていたクナイで肩を貫かれたことによって陽の電気を付与されたお前の肉体と引き合ったのさ」
敵が倒れたことを確認した白夜は、鬼人の力を抑えながら一言だけ言うと、仲間の方へ眼を向けた。
「木気、水を糧とし大地より生まれ、我らへの大いなる恵みとなり、我らが外敵を打ち倒す友となる。木行、樹林創造!」
木猿が両手をまるで拝むかのように合わせながら詠唱する。すると、先ほどの水流によって生み出された水を吸い上げた、巨大な樹木が大地から大量に生え、瀕死の召喚獣を縛り付ける。
「ぐっ」
本来の力量を超えた、巨大な呪僕を複数想像し制御する術式を練り上げている木猿は、苦悶の声を上げた。
「まだだ……!」
猿の面を付けた隠密が自ら奮い立たせるように合わせていた手をさらに前に掲げると、樹木は瀕死の召喚獣をさらにきつく縛り上げる。
敵の召喚獣が縛り樹木で縛り上げられたことを確認した白夜は、仮面付けながら全身を二百本ものクナイで貫かれた瀕死の敵に淡々と言葉を続けた。
「どうやらお前の召喚獣も完全に片付いたようだな。お前からも色々情報を――!」
白髪の隠密は敵の頭目の魔力が急激に膨らむような感覚を感知し、自らの直感に従い後方へと跳躍する。
次の瞬間、全身をクナイで貫かれた敵の頭目と、巨大な木の根に締め上げられていた敵の召喚獣が爆発した。
「自爆か」
一瞬目を見張りながらも、白夜は自らに駆け寄る仲間に顔を向ける。
「白夜さん。取りあえずは敵を殲滅出来たようですね」
木猿は、自爆して燃え上がっている敵の頭目と使い魔を見ながらそう言った。その声には僅かながらも自爆した
「ああ。取りあえず多少のトラブルはあったが、このまま明日には任務通りに彼女とその母親の身元を保護する。他国の斥候や隠密が狙っているとなれば話はよりスムーズになるだろう」
白夜は、朝日が東の空から昇り始めるのを眺めながらそう答えた。
続く
どうもドルジです。
今回は戦闘がメインです。この話を各段階から敵には何かしらの物を爆発させる能力を持っているという設定を持たせるつもりでした。
ちなみに、魔界の鬼人の力を限定的に引き出した状態はあまり長く維持すると自我を失う可能性も存在します。