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短編小説

乾いた街

作者: ネムのろ

こんなお話、知ってるかい?


ある所に男の子と女の子がいた。

男の子はいつも乾いた地面を見る。

太陽もない機械のプロトコルな空を眺めて

暑くもなく寒くもない街を 彷徨った


女の子はそんな世界に納得できなかった

乾いた世界は身も心も乾かしていくような気がして

そこから逃げ出したかった

図書館で見つけた 雨空というものに 憧れていた


乾いた世界を潤してくれる雨

その身体で雨に打たれてみたかった。

男の子と女の子はいつも一緒だった

だからその町の秘密を知るのも一緒だった。


『この街は機械でできていて、私たちを閉じ込めている』


彼女は言った。


『どうして閉じ込める必要があるの?』


彼は聞いた。


【確かめよう】


何のために皆はここにいるのか

何故ここにこうして偽物の空まで造っているのか。


二人は手を繋いだ。それは恋人つなぎだった。

二人は恋仲で、いつかここではない場所で

ずっと一緒に住もうと契りを交わした。


ウンザリした顔で街中を走り回る

女の子はとうとうその街から出られる手段を得た

男の子の手を引き、彼女は言った


『行こう!』


男の子は相津を打った

二人はある一本の太く大きい機械でできた塔へやってきた。

歯車だらけのその塔は、とても大きくとても高い。

てっぺんは地面からじゃ、見えなかった。


誰も二人の行動に気づかない

ほんのちっぽけな二人に気づかない


“行くな”


そんな声が聞こえたような気がした

男の子は後ろを振り向く。

黒い影が追っているような感覚がした


『前を見て』


女の子は強く彼に言った。

惑わされるなと。強く自分の意思を持てと。


暗い通路を幾度も曲がり 階段を上り、下る。

この先に本物の世界があるのだろうか

弱虫な男の子は少し泣きそうだった

女の子は彼の手を強く握った。

私が居るから大丈夫。絶対大丈夫。そう呟いた。

それは彼にいっているようで、彼女自身にも言って聞かせてるようだった。


徐々に先に進むにつれて雨音が聞こえてきた

それは破壊の音か、救いの音か。

そんなのは二人には分からない。

ただ、潤されたいと強く願う二人がいるだけ。


鈍く光るボタンを押す 開いていく通路


“行くな”


そんな声がまた聞こえたような気がした。

男の子はまた振り返る。影は数メートル先にいた。


“行くな”


また聞こえた。気のせいではなかった。

影は何かを伝えてきた。彼は大きく目を見開いた。


『そんな事、あるハズがない』


そう言うと、彼は強く硬く決心した。

必ず望む場所へ行き着いて見せると。


影の方をチラリと振り向く。影は手を振っていた。

悲しそうに手を振っている。何か喋っている。

途端に彼女に手を引かれた。


“サヨウナラ”


彼は怖くなった。これは正しい事なのか?

彼女の背中はとても力強く、信頼できる

でも、これからしようとしていることは…イケナイ事?

先に待っていたのは錆びた小さな扉。


『開くよ』


彼女の声に 震えながら『うん』と答えた

二人は【乾いた子】だったゆえ 止まらなかった

錆びているのに その扉は難なくあいた

雨音と一緒に雨の匂いがした


そこに広がるのはしっとりと濡れた大地。

本物の泉、石、生き物、お花畑そして、空。

蒼い蒼い、綺麗な青空。しとしとと降るのは…雨。

二人は大喜びで駆け出した。雨の中で踊った。

潤された世界に心から来てよかったと 手を繋ぎながら


そして


家が恋しくなった二人は、手を繋ぎながら塔へ近づこうとした。

素晴らしい事実を、教えてあげようと。

しかし、足取りが重い。上手く動けなかった。

繋いでいた手はまるで そこになかったかのように。

感触が…無くなった。


隣を見ればにっこりと笑いながら涙している女の子


『どうして泣いているの?』


彼は聞いた


『    』


口を動かして何かを言おうとしている彼女。

しかし、彼女の声はもう聴くことは無かった。

聞こえる事ができなくなった。


繋いでいたはずの手は、すでになくなっていて。

彼女は彼を思いっ切り押し、塔へいけと指をさす。

けれども、もう、そこに、指は無くて。

彼女も跡形もなく消えてしまった。


『乾いた街』の住人は、誰一人として、そこから出る事を禁じられていた。

どうしてなのかは誰も知らなかった。

しかし、時々【乾いた子】がそこから抜け出した。


何人も、何人も。数えきれないほど。

誰も気にしない。そこは乾いた街だったから


『潤される』ことは『救い』でもあり『死』でもあった。

彼らの皮膚は潤ってはいけない。

何故なら氷のような皮膚だったから。


『雨に打たれてはいけない。消えてしまうから』


影は男の子に伝えていたのだった。

だが、それを彼は信じなかった。

信じようとしなかった。愛する人を信じて前に進みたかった。


しかし彼らは『乾いた子』だった。

潤いを求めて這い歩く彼らは、潤されなければ…いずれ狂い死ぬ。

崩れゆく己の身体を見つめ、空を仰ぎ見た彼。

満足そうに微笑んだ。


雨音は止まない。


虫(無視)の声が遠く聞こえる。


錆びたドアはいまも静かに佇んでいる。


『乾いた街』は今日も掟通りに廻る。


だれも、彼も、乾いている。

時々掟を犯す者もいたが

人々は気づかない。


否。


気づいていないふり。


男の子と女の子はそのまま帰ってこなかった。

何の支障もなく世界は廻っている。

只一つ違ったのは、雨音が止まない世界に

二輪の花が咲いたこと。


まるで手を繋いでいるように

二つ仲良く枯れることなく

ずっとずっと、そこに

佇んでいた。


終わり



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― 新着の感想 ―
[良い点] 文章表現が、巧く驚きました。 [一言] 私も小説を書いているので、評価か感想頂けると嬉しいです。 http://ncode.syosetu.com/n4991bz/
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