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サヨナラ*セカイ

作者: 咲留

 『君が望む結末は、セカイは望まない』と。そう嘲笑気味に囁いた彼女は、今日のことを予知していたのだろうか。そんな逡巡をするほどに、今日という日は彼女の言葉にそぐっていた。少し、僕は自嘲しつつ、空を仰いだ。

 空はなんだか、柔らかな毒に犯されたような雰囲気を醸し出しているのだけれど、たぶんそれは僕の現在の心情によっての印象だろう。もし、他の人がこの空を見てからの感想を質疑されたら、”いつも通り”だと安易に答えるだろう。僕としては、そんな風に答えるのはどうかと思うのだけれど。それほどにまで、僕の心情は特異なものだと思う。

 僕の心情に突き刺さるもの、それは今朝の『セカイ滅亡宣言』だと断定して、公言できる。

 もし、今日がエイプリルフールだとしても、いくら嘘を吐いていい日だとしても、そんな言葉を世界中の偉人が、お偉いさんが口を揃えて吐露するのはどうかと思う。いや、僕は駄目だと思う。

 セカイが滅亡する、なんて虚実は、言葉は許されない。

 まぁ、大前提として今日は4月1日ではない。つまりは、年に一度嘘を吐いてもいい日ではないのだ。

 今日は、もし『セカイ滅亡宣言』が嘘ではないなら最後の1日である今日は、9月27日である。

 9月27日、何かあったかすぐに思いつかない、つまり僕個人としては特筆する日ではない。いや、なかったと言い換えるのが正答なのだろう。だって、今日はセカイが滅亡するのだから。…信じたくないのだけれど。

 こんな風に様々な考えを浮かんでは沈ませつつ、僕は海へと向かう。塩水を湛えているあの大きな水溜まりに、だ。足取りは、どちらかと言えば重いほうだ。

 なぜ、海へと向かうのか。その理由は単純で明確、単に呼び出されただけだ。それはもう、簡単に電子機器を使って。

 呼び出しの本人、それは僕に対して嘲笑を渡した彼女だ。メールで、たった一言彼女に『今すぐ海に来て』と陳列させられただけだ。

 ある意味理不尽的だと捉えられる文章であろうと、僕は足を海へと向ける。本能的にそれをすべきだと言っているのか、それとも。なんて、今考える余裕はない、彼女はなかなかの自由人で短絡的なのだから。

 足早に向かえば、すぐ目前に海。眩いくらいに輝き続ける海は今日という日を知っているのだろうか、このセカイが終わるのだと。

「あ、」

 どこからか、少し間抜けだけれどそう言ってしまうと、どうしても身の危険を覚えてしまうのだけれど、とりあえず僕の口からはこぼれない音が、声が聞こえた。できることなら、耳を塞ぎたかった。

「案外、遅かったね。いや、でも間に合ったからよしとはしておくね」

「葉澄、さん」

「苗字じゃなくて、さんでもなくて。可愛らしく”ふみちゃん”とでも呼んでほしいな、神乃くん」

 はずみ、ふみか。葉澄文枷。僕が苦手だと、そしてメールの一文で僕をここまで駆り出させた彼女。名前について言うのはどうかと思われるけれど、文枷の枷の字のごとく、枷のような人物だとふと思ってしまう。

 僕、とうざきかんの。冬咲神乃とは、クラスメイトで、そしてそのクラスの人全員から一目置かれつつも、浮いている彼女。そんな葉澄さんをはっきり言えば、僕は嫌いだ。

 授業の際、見ているところはいつも窓の外。放課後は図書室の奥深くで本に埋もれながら、睡眠を貪る。時折、発言したかと思えばよくわからない、なのに納得できてしまう。そんな、不思議な葉澄さんは、どうして嫌悪を与えられないのだろうか。まるで、びくびくする僕が馬鹿みたいじゃないか、と。そんなことを知らしめさせられる存在で。だから、僕は彼女のことが嫌いなのだ。

「なんで、僕をここに呼んだんだ」

「なんでって、セカイが滅亡するんだよ?そんな瞬間を、神乃くんに見せてあげないと」

「見せる?僕に、葉澄さんが?」

「うん、私にはその義務がある」

 セカイが滅亡する瞬間、それを見せるのが、僕に見せるのが義務だと彼女は言った。確かにそう言葉を並べた。でも、どうしても腑に落ちないことがあって、ありまくっていて。

 冗談だと、笑えない。ぎこちなく口角も上がらない。そんな僕を葉澄さんは、嘲笑しているのだろうか、僅かにほくそ笑みながら言葉を続けた。

「言っておくけど、セカイは神乃くんが思っている程、あからさまに滅亡しないんだ。もっと、見えるところでは見えるけど、見えないところでは見えないような、そんな滅亡のメソッドを踏むんだよ」

「じゃあ、そのメソッドってのは、もう始まってる…とか?」

「ううん、まだ。でも、あと10分もすればなるだろうね。その、メソッドを踏む瞬間が」

「それこそ、セカイ滅亡…か」

「うん、そう。もう、今から10分後には、滅亡へのメソッドを踏んで、セカイが終わる」

 そんな言葉を、笑みをこぼしながら言うところが、とてつもなく彼女らしい。本当に、僕は葉澄さんが、嫌いだ。大嫌いだ。

 そんな彼女とこれから10分間も話し続けるなんて、途方もなくそして、できることなら辞めたいのだが。それを許さないのも彼女だ。

 枷のような、性格の彼女だからだ。



 案外、10分なんて短いのかもしれない。そうふと逡巡していたとき、葉澄さんは目前を見据え、日頃の双眸とは違い輝きに満ちた目で見据え、僕にチョコレートを与えたのである。…どうやら、このチョコレートはセカイが滅亡する前に嚥下しなければならないらしい。これが最後の晩餐となるのだろうなんて、少し切ないのだがこれは回避できない。

「もうすぐ、セカイ滅亡の瞬間なんだよ。そう、考えたらわくわくしてきた」

「葉澄さん、」

 彼女はこうも、高揚している。いつも通り、笑って済ませることができるならいいのだけれど、今回のは何度も言うが滅亡だ。セカイ滅亡だ。

「ほら、早くそのチョコ食べてよ。じゃないと溶けるでしょ」

「あ、うん」

 溶けるとか、そんな概念があるのだろうか。このチョコレートは、溶けないとこが売りだというのに。けれど、葉澄さんに急かされてしまっては食べるしかないのだろう。僕は一口それを含んで咀嚼した。甘い。

「!、か、神乃くん!!早くそれ、飲んで!」

「…っん、どうした、葉澄さん?」

 こう、食べることも嚥下することも急かされては少しむっとしてしまうのだけれど、通常とは言い難い葉澄さんを目視してしまっては、何も言えなくなった。

 彼女が見据える海と空の狭間、地平線はなんとなく、なんとなくだけれど確認できるのは、少しぼやけていること。どうやら、これが先程会話の花としていた滅亡へのメソッドだというのだろう。だんだん、そのぼやけが大きくなり、そして鮮明に確認できるものへと変貌した。

「?!な、なんだこれ…!」

「これが、滅亡。セカイの終わる瞬間だよ、神乃くん!」

 ゲームのし過ぎなのかもしれない、でもこれはそう見えて仕方がない。そうとしか、僕は表現の仕方を知らないのだ。

 それが、葉澄さんに伝わったのか、それはわからないのだけれど、葉澄さんが口にした言葉は僕が想像しているものとまるで一緒だったのだ。

「ゲームの世界が、セーブデータが消えるみたいでしょ?」

「うん、電子的なデータが全てデリートするときの、情報が単なる欠片になるみたいだ」

「ははっ、何だかゲームクリエイターみたいだよ、神乃くん」

 この上なく嬉々している葉澄さんを余所に、僕は崩れる地平線を目に、双眸に焼き付ける。どうやら、この崩壊は海だからこそ見えるもので。本来なら一瞬で終わるのだと、そう彼女は見解を示していた。

 そして。この滅亡現象が見ることができるのは1分間、約それ程の時間らしい。もう、どれくらい過ぎたのか、僕にはわからない。

「もう、終わるね」

 切なげに葉澄さんは呟く。やはり、彼女にも人らしさは欠如していなかったようで。どこか郷土を振り返るように彼女は一直線に地平線を見詰めた。そして、僕にその真っ直ぐな視線を寄越した。僕はそんな彼女とふと、目線をかち割った。

「一言、神乃くんに伝えたいんだ」

 そう葉澄さんが言い放ったとき、崩れる地平線が放つ白に近い青の光が尚更強くなっていた。僕は眩しくて双眸を薄くしか開けず、視野が狭まっていて。でも、彼女の表情は鮮明に目視できた。

 まるで、葉澄さんがこのセカイとは相容れぬかのように。

「私、実はこれを体験するの、二度目なんだ。…そして、前も神乃くん、いやそうとは言えるけれど、言えない人とこれを見たんだ」

 光がさらに、強く。僕は言葉を選べず、そして何も語れずに彼女を見続ける。

「でね、前にこれを見た人に伝えたかったことがあるんだけど、伝えきれなかったから。だから、今度は伝えるよ」

 セカイが終わる前に。そう、葉澄さんは呟く。いや、呟くというかは僕にむけて言葉を紡いでいるのだから。

 もう、ほぼセカイが滅亡するのだろう。光が背景全てを呑み込んだ。何も、葉澄さん以外何も目認できない。

「私、実は──」

 ああもう、と。僕は感嘆に似たことを思いながら、光に包まれる。双眸を、瞑る。

 暖かいような、冷たいような。うるさいような、閑散しているような。全てのものが混ざり合って、混沌して。どうやら、セカイが滅亡したらしい。

 僕は一言。意識が消える前に、一言だけ葉澄さんに初めて伝えたいと思った言葉を、心で悪態を吐くかのように吐いた。


─また、葉澄さんの、文枷の言葉を最後まで聞けなかったよ。


 そうして僕は、また。心の奥深く、潜在意識となかだろうか。それで、セカイを望んだ。

 また、滅びる前のセカイを。 

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