第五章:いざ同盟なり(2)
いつもより少し文字数が多いです
どうしてメディーナ王女が部屋にいない。
自発的に出ていった?その可能性はなくはない。でもわざわざ侍女や騎士を避けさせてこっそりと?
いや、怪しいのは先ほど話しかけた侍女が言っていた「メディーナ王女に頼まれたから人よけをしてくれ」と頼んだ侍女だろう。
俺は大慌てで部屋からでると先ほどの侍女に早口でまくし立てた。後ろで足音がするのでルイスたちも付いてきているのだろう。
「さっき言っていた、メディーナ王女に頼まれたから人よけしろと頼んだ侍女は誰だ!今どこにいる!」
「え、は、はい!彼女はメロディです!この時間ならこの先の部屋で掃除をしているはずです」
口調がキツイことも分かっていたが今は冷静さを繕える余裕すらない。
彼女はバタバタと慌ただしく駆け出すと「メロディは!どこにいるの!」と周りにも声をかけていた。
数名の侍女に確認をするが皆「今日は一時間前から見ていない」と口をそろえて回答する。
なら、自発的に出て行ったのではない、「誘拐」という二文字が思い浮かぶ。
「ルイス!どうすれば、今回ばかりはやばい、まずは王妃殿下に……」
ルイスたちに意見を聞こうと後ろを振り返ったときだった。
「は?おい、カーター、どうした……」
全員顔色が悪いが比較できないくらい断トツでカーターの顔色が悪い。ガタガタと震えるその様子は異常、ルイスもライアンも、まさかと疑いの目を向けていた。
「違う、本当に違う、こんな計画じゃなかった、どうしよう、どうしようっ」
必死に何かを言い訳するようにカーターに後ろめたいことがあるのは誤魔化しようもない事実。
「おい!しっかりしろ!どういうことか説明しろ!」
気が動転している様子を正すように肩を鷲掴み、必死に揺さぶれば、泣きそうな瞳と視線がかち合う。
「な、内務大臣に泊まる部屋も今日のスケジュールも全部漏らした、でも、誘拐するつもりなんてなくて、本当で、王妃殿下に会いに行く前に内務大臣の手の者が無礼な作法とか教え込むって、それで王妃殿下を怒らせて婚約を失敗させるもりだったのに……」
裏切りのような言葉にショックを感じる余裕もなかった。
メディーナ王女は内務大臣の部下に誘拐されたことが確定した。最悪なことに相手はあの内務大臣。協力者でもカーターを騙すような男はきっと婚約を失敗させるのに「無礼な作法」を教えるよりも確実な方法を見つけたのだろう。
「ふざけるな!」
ルイスは怒りをあらわにしてカーターの頬を殴った。これほど感情を露わにしたところも、怒りのまま誰かに手を挙げるところも見るのは初めてだった。
「ごめん、ごめんっ、でも、本当に誘拐するつもりはなかったんだっ、どうしよう、何かあったらっ」
震える声で懺悔をするカーターはパニック状態に陥っている。
いや、ルイスも負けず劣らずパニック状態を起こしている。
今この二人に判断を任せることはできないと、いつも以上にはやる鼓動を何とか落ち着かせようと意識しながら場を取りまとめる。
「落ち着け!下手をすれば国中を捜索することになるぞ。すぐにでも国王陛下のところに向かおう、騎士団と治安維持隊を動かしてもらう以外ないだろ!」
駆け足で国王陛下の執務室に飛び込んだ。
ノックをすることも、三人がついてきているか確認することも思考から抜けて落ちていたが、どうやらライアンが不安で手一杯の二人を無理やり引きずるようにして連れてきてくれたらしい。
「国王陛下!緊急事態が!」
部屋には国王陛下だけでなく、王弟殿下と軍務大臣が集まっていた。誰一人として無礼を咎めることなく、ただ深くため息を吐くだけ。
「やっと来たか、やれやれ、結局事が起きるまで気がつかなかったのか」
部屋の主の呟きは俺の耳まで正確に届かなかったこともあり、声に被せるようにして叫んでしまう。
「メディーナ王女が内務大臣の手のものに誘拐されて……」
「知っていますよ」
俺の言葉を遮ったのは軍務大臣だった。優雅にティーカップを飲むその際は場違い感が凄い。自分が異様に焦っているからか目の前であまりにも余裕気な様子を醸し出されて少しイラっとしてしまう。それもあってか、軍務大臣の言葉に食って掛かってしまう。
「知っているって、まさか!」
「少しは落ち着いて話を聞いてください。四十分前にメディーナ王女が内務大臣の手下に誘拐されましたが、騎士が数名一緒に追いかけています。もう誘拐された場所も特定していますし、王女は無事ですよ」
よく言葉を理解できていないのに軍務大臣の最後の「王女が無事」という言葉だけに反応して体から力が抜け、その場に座り込んでしまう。
「内務大臣よりも我々の方が一枚どころか数十枚上手です。あなた方にもこのレベルになっていただかないと。さぁ、王女を迎えにいきますよ。馬車も手配しています」
ソファから立ち上がり、俺たちの横を通り抜けて部屋から出ていく大臣に見失わぬよう慌てて後をついていく。玄関口に向かっているのだろう、迷いなく歩くその背中が酷く頼もしく見えた。
手分けして乗った馬車には俺とルイスと軍務大臣、後ろの馬車にはカーターとライアンが乗っている。
三人もいるのに空気は重く、息が詰まるような居心地の悪さがあった。それはカーターの裏切りのような行動がショックだからか、内務大臣の件も軍務大臣たちの件も気がつかなかった不甲斐なさだろうか。
心臓がぎゅっと握られたような痛みから目を逸らすように俺は軍務大臣に話しかける。
「……あなたは味方だったんですね」
「はい?それはどういった意味でしょうか」
とぼける、というよりは俺の質問が漠然としすぎて真意を読み取れない、といったニュアンスが含まれているように聞こえた。
「ずっとアトランタと同盟を組むことを反対していたので、内務大臣と手を組んでもおかしくないかと思っていました」
何一つ気がつかなかった敗北感からか本心を隠そうという気にもなれず直球な質問を投げる。どのみちこの男の前では取り繕うことも無意味だと思わされていた。
「それはあり得ませんよ。アトランタの王女を誘拐なんてすれば本格的に人魚と敵対することになってしまいますので」
軍務大臣はあり得ないことだと即答した。
どういうことだと顔にでてしまえば、呆れたような視線を返され、思わず背中を丸めてしまう。自分にある最後のプライドだろうか、ダメな人間と烙印を押されることはまだ怖いみたいだ。
「内務大臣は『差別意識や敵意』があり、私は『警戒心』があるという前提で話を聞いてください。人魚という存在も文化も尊いもので、人間と優劣はありません。しかし、軍務大臣という立場上、国を、国民を守らなければなりません。たった一人でも人魚が人間に対して害意を持っていたらどうでしょうか。漁船をひっくり返したり、海に引きずり込まれたりして溺死する可能性があります。人間が敵わない力がある以上、私はずっと警戒し続けなければいけません。それと同時に我が国が恨まれる、要は戦争の火種になる出来事も避けなければなりません。内務大臣の誘拐が成功していれば人間に敵対する人魚は増えていたでしょう。そうなれば漁業はもうできなくなり、国力は削がれる一方、その後の未来はわかりますね?」
自分たちが如何に至らなかったかを実感し、肩にずしんと重しが乗った感覚がした。
否定的な意見をすべて悪だと思ってしまっていた。必要な、寧ろ重要な視点だったのに。あんな反発をしたことが酷く恥ずかしい。
「色々と誤解していて、すみませんでした」
「いい勉強になるだろうと説明しなかった私にも責がありますので」
怒ることもなく、あっさりと受け流す様子に憧れのような眩さをぼんやりと感じる。
何年経っても追いつけなさそうな凄さを実感したからだろうか、あぁ、こんな大人を目指したいと湧き出た気持ちを素直に受け止められている。
「国王陛下たちはいつから内務大臣の件を気がついていたのですか?」
「内務大臣が娘を妃候補に上げたときからずっとですね」
それはこの一年どころの話ではない。
水面下で行われていた静かな戦いに俺たちは気がつくことすらできていなかった。
「そんな前からですか……?」
「野心があるのは結構、しかし、あり過ぎる人間は常に警戒しておくべきです。なぜ王太子殿下の婚約者が婚約者候補で止まっていたかわかりますか?」
「それは貴族学校で交流が深まる可能性があるからと」
「おかしいと思いませんか?本来婚約者は国王陛下と王妃殿下が決めるはずなのに、それでは王太子殿下の意見を重要視するということではありませんか」
「……ぁ」
説明されて漸く辻褄のあわない矛盾に気がつくことができた。
ヒントはあったのに自分はそれを不思議に思うこともなくあっさりと受け止めていた。
大人の言うことを簡単に信じる子供であるのだと力不足を痛感するばかり。
「婚約者候補が五名選出された瞬間、内務大臣は水面下で他の婚約者候補の家に圧力をかけました。辞退するようにと。いくら国王陛下と王妃殿下が指名しようと婚約者候補の実家が『うちの娘は王妃になる器ではない』と断れば強制はできません。だから『貴族学校という権力に屈しない場所で王太子殿下が直々に選んだ』という理由を使い、婚約者を公平に選ぶための内務大臣対策だった訳です。ただ、婚約者が選ばれても内務大臣が諦めるとは思えないので国王陛下から直々に婚約者ができた場合、守るように仰せつかっていました」
「ずっと内務大臣を見張っていたんですね……」
「えぇ、ただ見張りだけでは不十分です。相手を知って予測することも必要になります。内務大臣も私たちを警戒していたのでしょう、言葉にすることなく文字のやり取りをし、依頼者に見せたら即座に燃やすことを徹底していました。そのため、誘拐以外の対策も立てないといけなくて大変でしたよ。まぁ、誘拐して傷物にすることが確実に婚約者にはなれなくなる方法なので選んだのでしょう」
俺たちは拳を握ってしまう。国王陛下たちが気づかなければ手遅れになっていた。婚約の有無の前に計画に巻き込まれた女の子の人生を壊すところだったのだ。
何が計画が順調だ、重大なことを見逃していたじゃないか。不甲斐なさや自己嫌悪で場もはばからず叫びたくなる衝動を、爪を立てて拳を握ることで必死に耐える。
「ただ杞憂な心配でしたよ、王太子殿下が選んだお嬢さんは確かに王妃としての素質があるらしい」
落ち込む俺たちを励ますつもりなのか、軍務大臣の声にはほんの少し優しさがあった。
「それはどういう……」
「さて、着きました、気になるなら実際に目で見た方が早いと思いますよ」
いつの間にメディーナ王女がいる場所に到着したらしい。
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