第四章:人魚ちゃん、いらっしゃい(6)
移動した先は国王陛下が来賓と話をするのに使う応接間、存在は知っていたが身内であれば執務室に呼べばいいので自分には縁がなく入ったことがなかった。
国王陛下の好みなのだろうか、作りはシンプルなのに飾られたものは一級品であるから、その良さが際立つ品のある部屋。いるだけで何だかんだ背筋が伸びるような気持ちになる。
九人いてもゆとりがあるどころか空きスペースがあるので一体何人想定しているのやら。
「では同盟について具体的な内容を決めようか。お前が話を進めなさい」
「かしこまりました」
国王陛下はルイスに視線を向ける。場数を踏ませて経験を積ませるためだろう。
ルイスは気後れすることなく、しっかりとした返事をするとエイデンさんに向き直った。
「まずは私からいくつか述べさせていただきます。まずは互いに身の安全を保証できるよう人身売買等の非人道的行為をしないことを明言したいと思っています。また、万が一の可能性を考え、観光などで互いの国に入国する場合、沿岸にある異文化交流センターを経由することを義務付けたいです。センターは本日貴族学校の前に紹介した場所のことです。文化の差を学ぶだけでなく、互いの国で必要な物資を購入でき、センターで入国者を把握することで事件にあった時に迅速に動くことができると考えました。センターでは人間だけでなく、人魚の雇用もできれば嬉しいです」
「その提案はこちらとしても安心できるものですね。文化の差を今回の視察で痛感いたしましたので入国前に異文化交流センターを通ってから、はいいと思います。入国者の把握にも賛成です。人魚の雇用に関しては問題ないのですが、実際に人魚が働くのには少し工夫が必要かもしれません。建築や雇用などに強い人魚を今度伺わせてください。私としましては今後交流が増えることで陸で生活する人魚、海で生活できる人間がでてくると思いますので……」
二人は白熱した議論を酌み交わしていた。
時々、国王陛下や宰相、クロエさんが補足をしているが殆どがルイスとエイデンさんの知識や言葉で同盟が現実化していく。
父である宰相が書面に内容を残しているため不要かもしれないが、俺も経験のために彼らの話を記録として残せるくらいの丁寧さでまとめていく。
時間はどれくらい経っただろうか、内容は濃いが悩むことなく意見がでてくるので案外それほど時間は経ってはいないかもしれない。
徐々に話し合いから談笑へと変化しており、エイデンさんは全て話ができただろう、和らいだ表情で紅茶を飲みながら会話に花を咲かせる。一方、ルイスはまだ何か考えているような顔をしていた。
ルイスにしてはえらく口ごもり、言おうか言わないでおこうか、悩んでいるように見える。しかし、覚悟をしたのだろう、そっと口を開いた。
「最後の内容になります。貴国の貴族であるメディーナという女性と婚約したいのです。まだ本人には婚約したい旨を伝えていません、しかし、この場であなたから了承を得られるのならメディーナ本人には私から伝え、必ず了承を得たいと思います」
ルイスはエイデンさんを真っ直ぐ見つめた。「婚約してもいい」という答えを貰えるまで絶対に諦めないと言っているようだった。
エイデンさんは予想外だったのだろう、パチパチと瞳を瞬かせると不思議そうな顔でルイスを見返した。
「それは私の妹のことでしょうか」
「え、本人は王族ではなく貴族と言っていましたが……」
「妹には知らない相手に王族の身分を明かすと危険なので、貴族で誤魔化すように言い聞かせています。水色の髪と瞳で黒い尾ひれでしたか?」
「あ、はい、そうです」
メディーナちゃんまさかのお姫様!ここで実の家族から婚約の承諾が貰えるのは力強い後ろ盾になるぞ。
同盟と同時に王族が結婚するのは縁起がいいし、国は違えど王族としての教育はされているはずだといいニュースが舞い込む。
「なんだ、毎晩どこかへでかけていると思ったらあなただったんですね。あまりにも幸せそうにしているので誰かと知りたかったんですよ。婚約者もまだいませんし、私個人としては問題ないので帰ったら父にも了承を得たいと思います」
一番の難所と考えられていた家族からのオッケーがあっさりでて肩透かしを食らう。
メディーナちゃんもルイスに対して悪い感情はなさそうなので本人からも王太子の婚約者になると快い返事が貰える可能性が高くなった。
「あ、ありがとうございます。でも、そんなあっさりといいのですか?」
あっさり事が進みすぎて狼狽えるルイスは嬉しさと困惑が入り混じっている。
「あなた、いえ、あなた方には一つ感謝していることがありまして、勝手に信用しているんです。兄としてもあなたでしたら寧ろ妹をお願いしたいと思います」
良い空気が漂っているが俺とカーターとライアン、国王陛下はルイスのヤバい言動を知っているので「お願いしない方がいいよ!止めた方がいいのかな?どうしよう?」と視線だけで会話をする。
「……ありがとうございます。絶対に幸せにします」
ルイスの声は少し震えていた。エイデンさんはそんなルイスを優しい顔で見ていた。
「可愛い妹なのでお願いします。次の同盟を実際に結ぶ日には父上と共にメディーナも連れてくるようにしますね」
最後は互いに握手をし合い、俺の役目は終わったと王宮から自宅へと帰っていく。同盟、そしてルイスとメディーナちゃんの結婚はもう目前まで迫っていた。
今宵は満月、辺りは街灯一つないが月の光が包み込むような優しい光が暗闇を照らしてくれる。
奥まった場所にひっそりと存在する小さな海岸には美しい人間の男と美しい人魚の女が愛おしそうに見つめ合っていた。秘め事のように大きさの違う手が絡み合う。
人魚にとって人間の体温は熱く感じるのに、それでも触れ合って、その体温を感じたかったのだ。
淡い月明かりがスポットライトのように二人を輝かせ、さざめく波の音はトクトクと早まった鼓動を幾分かゆっくりにさせる。そこにある全てが幻想的で、いじらしくて、美しい。
「ルイス、会いたかったわ」
月明かりに照らされた黒い尾ひれは星屑を散らしたようにキラキラと輝いているように見える。
「僕も会いたかったよ、メディーナ、いや、お姫様かな?」
揶揄うような男の言葉に先ほどまで嬉しそうにしていた女の顔はバツの悪そうなものに変わる。
「お兄様に聞いたの?」
「うん、君の話をしたら妹というから驚いたよ」
「ごめんなさい、噓をつきたかった訳ではないの、怒っている?」
女は不安になったのか水面に出ていた顔をちゃぽんと目の下まで沈めてしまった。
その様子が何だか可愛かったのか、男は目尻を下げる。
「怒ってないよ、理由はよくわかるし、僕も謝らないといけないから」
「あなたも悪いことをしたの?」
「うん、僕もこの国の王太子なんだ」
「あなた王子様だったの!」
大きな瞳を更に見開き、ビックリしたと体でも表現しているのか尾ひれが水面をパシャパシャと叩く。
でも、表情はお揃いなのが嬉しいのかにこにことした笑みを携えている。
「ねぇ、メディーナ、毎晩こうやって会っているけど、僕は欲張りだから足りないと思ってしまうんだ。話をして、食事をして、苦楽を共にしたい。いつも僕の横にいて欲しい。それも簡単には離れられない結びつきで」
言葉だけじゃない、表情が、声色が、視線が、繋がれた手が、全てが女を愛おしいと表現しており、女は落ち着かないのかユラユラと尾ひれと視線を揺らす。小さな耳も手も人魚にしては熱を疑われるくらい熱を帯び、心臓はドクドクと脈を打つ。静かなこの場所では心音が男の耳に入っているのではないかと心配になる程。
「な、なんだか愛の告白みたいよ、ルイス」
笑って逃げようとする女をただじっと見つめる男はもっと直接的な言葉が必要かと更に言葉を重ねる。
「みたいじゃない、プロポーズしているんだ。メディーナ、君を愛してる。僕と結婚してくれないか」
「で、でも、私、人魚だし、尾ひれは黒いし、だから」
「この国の国王陛下にも君の兄にも許可をとった。後は君の返事だけなんだ。君がいい。君じゃないと嫌だ。メディーナと結婚するために同盟も頑張ったんだ。苦労することは多いと思う、でも一緒に支え合いたい。正直な気持ちを教えてくれないか」
逃がす気がないと繋がれた手はきつく握られる。
熱いのは繋がれた手だけではない。人魚は自分を射抜く身を焼き尽くすような熱がこもった視線にものぼせそうだった。
「陸のことをよく知らないから迷惑をかけると思う。でも頑張って勉強するから。ぁ、あなたと結婚したい、です」
潤んだ瞳が月明かりを反射した水面のようにキラキラと輝いている。男は繋いだ手を解くとひんやりとする頬を掴み、そっと唇を重ねた。
月と星だけが今二人を祝福している。
「いよいよ約束の日が近づきましたね。王太子の意中の人魚が数日後に訪れます。王太子の相手はあなたの娘であることを私も支持します。つきましては作戦を実行できればと思います」
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