第四章:人魚ちゃん、いらっしゃい(4)
くそ、全部上手くいっていたはずなのに。苦々しい思いのまま馬に跨って一足先に廃倉庫へと向かっていた。
俺がもっと早くあの店を出ていれば、責任はアトランタ側にあるから安心なんてことはないのだ。俺たちの目標は同盟、これで軋轢が生まれてしまえば計画はおじゃんになる、そんな思いが溢れて仕方ない。
やるせない気持ちからか、不良のたまり場となっている廃倉庫を取り壊す案はでていたのにと意味もない過去まで悔やみだしてしまう。
レオナルドのことだ、貴族学校へは最短経路で向かっているはず。あの店からの移動時間を考えるとルイスたちとはもう合流しているだろう。
俺だけでは対処できない事態が起きても、ある程度時間を引き延ばせば応援は望める、そう言い聞かせていつもより早く脈を打つ心臓を落ち着かせる。
誘拐をした人間がどんな相手かわからない以上、警戒も緊張も拭えない。
廃倉庫に到着したら、音で俺がいることがバレないように少し離れた場所で馬から降りる。この目立つ場所に馬がいれば俺がいるという目印にもなるだろう。
キャロルさんから貰った眠り薬を手にもち、廃倉庫を練り歩きながらジョシュアさんを探す。何か形跡があるかもしれないと何一つ見逃さないよう視線を彷徨わせながら足を進めれば少し先の倉庫だろうか、話し声のようなものが聞こえる。
これで隠れたつもりなのか、随分と杜撰な誘拐ではないかと思いつつ、物音を立てないよう近づいていけば段々と声が大きくなる。
そして、話している内容までもがしっかりと聞こえるほど近づけば、立ち止まり、その内容に耳を傾ける。
「よぉ、お目覚めか?お嬢ちゃん」
「そんな可愛い面してどんな恨みを買ったんだ?」
「災難だなぁ、可哀そうだなぁ、あはははっ!」
下卑た声が倉庫内に反響してより一層耳障りな音になっていた。
キャロルさんから聞いた通り、誘拐犯は三人組。男の異なる声が三種類あったから。そして、推察は合っていたのだろう、ジョシュアさんを若い女だと思っている。
「……は?ここは、どういう、は?何が」
誘拐犯の声に続き、ジョシュアさんの戸惑った声も聞こえる。無事かは目視で確認できていないが、声のトーンからして戸惑ってはいるものの大怪我をしていることはなさそうだ。
命の危険は今のところないことに少し安心できた。
「何って誘拐だよ。薬中の男にお前を誘拐するように頼まれたんだ。誘拐すれば大金をくれるってな。悪いが三日はこの場に監禁させてもらうぜ」
「こんな可愛い女の子と三日も一緒にいて、金も貰えるって最高じゃねーか」
「日頃の行いってやつか?ついているもんだぜ」
男たちが話している内容とキャロルさんから聞いた内容に相違はない。
自業自得ではあるが助けないといけない。しかし、男三人に対してジョシュアさんを守りながら戦うのは現実的ではない。
ただ縛られているだけなら、レオナルドたち、特に最強のライアンが来てからでもいいのではと俺はそっと腰を下ろす。
簡単に居場所がバレるような誘拐の仕方をするなど頭のできは大して良くないらしい。こんな人間に任せて良いのかと思うものの、ジョシュアさんたちは「誘拐された事実」が欲しいだけなのでいいのかと納得する。きっと入念に準備をしたキャロルさんなら簡単に逃げ出せたことだろう。
「お前ら!誘拐するのは俺じゃない!誰が俺を攫えと言った!」
ジョシュアさんも漸く状況を理解できたみたいで、誘拐犯に食ってかかる。
逃げ出したりする様子がないのを見ると自力では抜け出せないようだ。なら、偉そうな態度はしないでほしいと眉をひそめてしまう。怒らせるのは現時点では得策ではない。
「あ?急に騒がしくなったな。不思議ちゃんの真似か?お嬢ちゃんが何を言おうが俺たちが良いっていうまで一緒だよ。あんまうるさくすんなよ、怖い目にはあいたくねーだろ?」
「つーか、顔もだけど声も可愛いな」
「なぁ、三日も一緒ならちょっと俺たちと面白いことしよーぜ」
案の定、誘拐犯の気に障ったようだ。思わずため息がこぼれてしまう。
俺とジョシュアさんの身の安全のためにライアンが来るまで荒事は避けたいが、そうも言ってられないらしい。
武器としては心もとないが地面に転がっていた細い鉄の棒のようなものを握りしめる。
「だから!誘拐すべきなのは俺じゃなくてキャロルのことだ!この役立たずめ!」
挑発するのはやめろ!状況が理解できないのか?軍務大臣だろ、思わず舌打ちをしそうになるが細い息を長く吐き、何とか心を落ち着かせる。
「はぁ?なんだよ、こいつ」
「状況わかってねーだろ」
「どっちが上かわからせないとダメみたいだな」
何をするつもりかは分からないが助けに入る頃合いらしいと一歩踏み出した瞬間だった。
「は?おい!服を脱がそうとするな!何するつもりだ!」
ジョシュアさんの悲痛な叫び声が響き渡る。
え、命の危険じゃなくて貞操の危険なの?四十歳すぎのおっさんが?俺の足は戸惑いから止まってしまう。
「えー、そんな偉そうな態度なのにわかんねーの?可愛いじゃん」
「んなの決まっているだろ、エロいことだよ、エロいこと」
「三日もあるんだ、楽しもーぜ」
なんかヤバいことになっている。その美少女が可愛いのは外側だけなのだ。
服を脱がしたところでいい事は一つもない。
本当に女の子であれば果敢に助けにいっただろうが、自業自得のおっさんだし、誘拐犯たちも自分たちより年上の男と知ればショックでぶっ倒れてくれるかもと思ってしまう。
「は?俺は男同士でする趣味はない!」
「……は、何言って」
「だから!俺は!今年四十五歳のおっさん!お前らはそんな趣味なのか!」
「いや、犯されたくないからってそんな噓は……」
「ワンピースの裾をめくってみろ!ちゃんと付いている!」
分かりやすく誘拐犯は戸惑っていた。信じたくないくらい可愛いワンピースが似合っているのだ。本当に確認しているのか、それとも自分の心と戦っているのか、少しの空白の時間が流れる。
「本当に付いている、野郎だ……」
そして悲痛さを閉じ込めたような震えた誘拐犯の声が聞こえる。
ざまーみろー!愉快すぎて心の中の俺は満面の笑みでタンバリンを両手に持ち、ジャラジャラと音をかき鳴らしている。
「だから言っただろ!誘拐するのはおっさんの俺じゃなくて一緒にいた若い女だと!」
「いや、おっさんの他に若い女いなかっただろ、全員野郎だって」
誘拐犯は必死だった。きっと今後は性別を信じられなくて人間不信になってしまうからだろう。
「緑の長髪の女がいただろ!」
「うっそだろ!緑長髪男が一番のイケメンだっただろ!」
普通にショックなんだが。誘拐という問題に飽き足らず幼気な心にも怪我を負わせた。
ライアンがきたら俺の代わりに精一杯力を込めて殴ってもらう。
「噓だ、何も信じられない、こんな好みドストレートのぴちぴち美少女が四十代のおっさんだなんて。こんな見た目も声も好みなのに……!」
「おっさん、なんでそんな紛らわしい格好しているんだよ!この恋になりかけた心をどうしてくれんだよ!」
「最悪だ、こんなのなしだろ……」
「俺の顔に一番似合う格好だろ」
「「「ふざけんな!」」」
別の意味で修羅場になっている。なんか、もう、助けるのはいいかな。その場に座り込んで空を見上げる。
お空綺麗~!雲がソフトクリームみたい!あっちは綿あめだ!
そんな現実逃避をしてれば、深刻な顔をしたレオナルドたちがやってきた。先ほどのふざけた会話を共有すれば、そんな深刻な顔もできるまい。念のため誘拐犯たちにはバレないよう俺たちは丸くなってコソコソと小声で会話をする。
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