第三章:作戦開始で大暴れ(2)
ヘレナリアさんと話をした翌日にはバネッサさんが陸に来た。大変スピーディー。嬉しいが流石に早い。嫌々来られるよりはずっといいがそのテンションに追いつけるか不安になってしまう。
バネッサさんはオレンジの髪が鮮やかな人魚。ショートカットと気さくな笑顔が素敵でバイタリティーに溢れた女性。
はきはき喋る彼女は確かに接客業に向いていると出会って数分で理解できるほど。
移動で疲れているなら休憩と提案してみるが不要!と元気に断られたので早速店は小さめだが、人通りの多い道に面した建物を紹介する。
こちらも嬉しくなるくらい大喜びされて、その店を即決する様子は見ていて気持ちがいいほど判断が早い。
この店に面する大通りは商店街のようになっていて、立地は最高なのに飲食、服、雑貨など基本的な種類の店が全部揃っているため、新しい店を開きたくともこの道に面した建物は選ばれないのだ。そのため、この建物も長らく空き店舗だった。
海底の便利ショップは新ジャンルのため、他の店と被ることもないだろう。比較的安い賃料で契約ができてバネッサさんも俺たちもホクホクした。
お店を早く開きたい!と気合い入っているバネッサさんは「開店準備手伝って!」と俺たちの首根っこを掴んで引きずっていった。手伝うのは全くもって構わないのだが、力が強すぎて抵抗できなかったことが地味にショックである。
五人で店内の掃除をしつつ、バネッサさんの人となりを知りたくて手を動かしつつ、口も動かしていく。
「バネッサさん的に陸で店を開くのはよかったんですか?その、ヘレナリアさんのお願いを断れなかったとか」
一番聞きたかったことを窓ガラスを拭きながら尋ねてみる。
俺とライアンは掃除の経験は余りないが勝手は知っているので掃除用具を手に取って自ら動けたが、ルイスとカーターについては「掃除とは何か」という討論から始めようとしていたので一番簡単そうな埃取りを手渡した。埃を絡めとるふわふわ部分に案の定カーターは触診を始めてしまったので問答無用でふわふわ部分を埃にダイブさせた。「噓だろ、お前……!」と俺が人でなしであるかのように責められたがスルーした。何もわからないルイスが真似をしてしまうのだ、手本になれ。
「え、寧ろありがたくて食い気味に肯定したわ。アトランタで店を開いても利益が見込めなくて諦めていたんだけど、兄弟子のロイさんから『師匠と二人きりになりたいから出ていけ』って日々圧を感じていたのよ。助かったわ~」
病み深い話を聞いてしまった。果たしてバネッサさんが陸に来てよかったのだろうか、主にヘレナリアさんの身の安全のために。
今のところ陸のヤンデレ代表がルイス、海のヤンデレ代表はロイさんだと思っている。この代表が代わってほしい気もするがこの二人以上の存在がでてくればヤンデレで国が滅ぶこともありそうで夜眠れなくなりそうだ。
「ちなみに何の商品を売るんですか?」
ライアンは濡れ布巾を片手に尋ねた。
横目でルイスとカーターの様子を確認するが、普段しないことだからか埃を取ることに夢中になり、黙々と埃取りを動かしている。
カーターが「埃もふわふわ……?」と気がついてはいけないことに気付きだしたが、ルイスが止めていたので、あの役目はルイスに任せたいと思う。
「えーっと、最初は海で取れる材料でつくったアクセサリーとかインテリア雑貨とかかしら。後は陸でも使えそうで海にしかない雑貨ね。例えば貝殻とか石とかを簡単に加工できる道具とか水に常時さらしても色落ちしにくい染料とかね。薬系は材料を聞かれたときとか安全性とかを聞かれたときに答えられないからまだ販売はしないわ」
え、俺もほしい。主に石の加工とか楽しそうだろ。
海の中ということは錆びにくい、色落ちしにくい技術は陸よりもありそうだ。これは後で議事録に記載しなくてはなるまい。
「後で販売する商品を見せていただきたいです。開店をしたら店主は俺たち四人の知り合いで行きつけとして口コミを広げようと思っています」
「あら、助かるわ。そしたら商品の一覧があるから掃除が終わったらお渡しするわ」
店内の掃除を粗方終えた俺たちは商品の一覧を受け取って帰路につく。
後はバネッサさんが店内を採寸し、好きなように店内の模様替えをしたり、外装を整えたりすることになる。力で敵うかわからないが男手が必要であれば呼んでくれと声はかけた。
一つ目の作戦は順調、次は二つ目の作戦に移ろうと俺たちはルイスの知り合いである小説家に会いにいくことになった。
ルイスが既に手紙を出し、会う約束まで取り付けたというので王宮から馬車に乗って小説家の家まで移動する。一体どんな小説家か説明が一切ないので少しドキドキする。拘りの強い人間でなければいいと思いながら馬車に揺られること数十分。
「ほ、本当にルイス様が目の前にいる!はわわ、キラキラしてりゅ」
目の前にはぶっ壊れた有名作家が教会でお祈りするように両膝をつき、ルイスを拝みだした。何?何が起きているの?俺が知らないだけでルイス教でもあるの?ありそうで怖い。ルイスも「全く自由だなぁ」くらいのほほんとした顔をしていることが怖さに拍車がかかる。
「その、この人に依頼をするのか……?」
十歩くらい後ろに下がったルイス以外の人間を代表して俺は尋ねた。
安直ではあるが丸眼鏡をして、インクの匂いが漂う部屋にいる彼は作家の理想像を体現しているよう。目の前にいるのはベスティアン・ローザガリア、この国では知らない人間がいないほど有名な作家。恋愛、ミステリー、ファンタジーなんでもござれなタイプで、心理描写に長けた表現は今回の依頼にピッタリだろう。
心配なのは能力値ではなく、意思疎通が果たして上手くいくだろうかと不安になる。
「大丈夫だよ、彼は僕のファンクラブにも入っているくらい僕を推しているらしい」
「あ、推しに認知されている!死!」
控えめに言ってダメだと思う。床に水たまりができるぐらい号泣しているのだ。これ以上関われば小説を書く前に脱水症状であの世へと飛びたってしまいそうだ。
でもルイスは容赦なかった。あいつはメディーナちゃんとの結婚のために犠牲をいとわない覚悟を決めていそう。
ベスティアンの手をそっと包み込むと、あの何カラットかわからないくらいの顔面を近づけて囁いた。野郎が野郎にハニートラップしているが、ルイスの顔面は完璧なので絵面はむさ苦しくなるどころか美しかった。まさしく悪魔の囁き。
「あなたにしか頼めないお願いがあるんだ。貴族の人間と平民の人魚の悲恋物語を書いてくれないだろうか。人々の心に残るような物語はあなたにしか書けない。依頼代は勿論、払う。僕を助けてほしい」
「おしにふぁんさされてる」
非合法な行いが今、目の前で行われている。止めるべきか、見なかったことにすべきか非常に難しい選択が迫られているが、俺は心を鬼にして見ないふりを選んだ。
ベスティアンの声も思考も顔も溶けている。このまま昇天しそうだ。その場合の死因は何だろうか、推しの過剰摂取、つまり推し中毒とかになるのか。
「ダメかな……」
「やります」
悲しそう、いや、大切な人に見捨てられた寂しさを堪えるような顔を推しにされたベスティアンの判断は早かった。ダメか、くらいで食い気味に返事をする反射神経は恐るべき。
絶対にルイスのあれは演技であり、内心は「メディーナちゃんと結婚するためにさっさと頷け!」と威圧感たっぷりな表情で腕を組んで仁王立ちして見下ろしているに違いない。
まぁ、それでも喜びそうな年季の入ったファンである。
「ありがとう。とても助かるよ」
思考が溶けているのが丸わかりなのにルイスは何食わぬ顔で契約書を出した。ハニートラップの恐怖を実感した今日この頃。美形には気を付けなくてはならないと胸に刻んだ。
酒や薬で酩酊したときの契約はアウトだけど、推しにファンサをされて溶けているので合法、なはず。これはルイスにしかできない手法。
「あの、もしよろしければ貴族の人間のモチーフをルイス様にしてもよろしいでしょうか!あっ、すみません、気持ち悪かったですね、最悪だ、今すぐ死にます」
「別に問題ないよ」
「え!いいんですか!推し公認のルイス様モチーフの恋愛小説!命をかけて書きます!え、でも解釈違いが起きたら、いや、こんな依頼二度とないぞ、やる、やってやる!」
背景に燃え盛る炎が見えた。燃えに燃えているのか、萌えに萌えているのかはわからないがやる気になってくれたのはありがたい。
「早速取り掛かります!」と叫んで紙にガリガリとペンを走らせ始めたので俺たちは任務完了とベスティアンの部屋を後にした。
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