第二章:始めまして人魚ちゃん(6)
「ロザリア、あなたからも言ってちょうだい」
「お母様、申し訳ないけど私は人魚のお嬢さんもいいと思っていますの」
意外なことにロザリア王女はあっさりと人魚の嫁を迎えることに肯定的だった。これはありがたい。王族に連ねる女性としての意見は大きいはずだ。
現実的なところで最良の判断ができるロザリア王女の「賛成」はかなり大きな一言になる。
「何を言っているの!」
だからこそ王妃殿下も力強い味方が消えたことに益々冷静さを欠いて、言葉に感情が乗ってしまう。こんな王妃殿下を見たことがないが、今まで手がかからないどころか王太子として完璧だったルイスが初めて自分の意見を優先させているからこそ冷静でいられないのか。
しかも、その意見が日常の些細なことではなく、国の中枢に関わる「王太子の嫁」ときた。ルイスの味方であるのは変わらないが、心労をかけていると自覚できる内容。
「だってあのルイスが結婚する相手が人間だなんて思えないじゃないですか」
凄い参考にならない理由。ロザリア王女の意見に便乗してやる……!と意気込んだが肩透かしを受けた。分かるけど、俺も思ったけど、今は心に留めておいてほしかった。
「何馬鹿なことを言うのよ……!」
「なら真面目な話をするとルイスの恋愛感情は国にとって利になるからです。王族の夫婦に恋愛感情が必要かは意見が様々あると思います。政治を疎かにする場合なんかはご法度でしょう。でも、ルイスは人魚のお嬢さんを愛することで動けるタイプみたいですね。きっと愛していないご令嬢であればルイスは淡々と業務をこなすだけでしょう。でも、愛するお嬢さんが傍にいてくれるのなら国の治安も安泰もお嬢さんのために頑張れると判断しました」
ロザリア王女の分析すげぇ、そんな反論思いつかなかった、居たたまれない。
流石の判断力に心の中でロザリア王女を勝手に胴上げしていく。現実でしたら不敬罪、想像だけなら無罪。
「姉上、ありがとうございます」
「別に。ただ、私が口を挟むのはここまでよ。ここでお母様くらい説得できなかったら人魚を嫁になんてできないと思いなさい」
さっきの発言だけでも十分な援護射撃である。
ロザリア王女は一仕事終えたと、今まで一切手を付けられていなかったケーキをのんびりと食べては、紅茶で喉を潤しだす。本当にお疲れ様です!
「母上、姉上の話の通りです。あの子は僕に力をくれる存在です。彼女のためにもより一層国をよくしたい、王太子という責務からではなく初めて自分の意思で思えました。今ここで母上から許可が貰えなくても諦めるつもりはありません」
今日ダメだと言われても絶対に諦めないと言葉以上にその目が表現している。
そうなのだ、友人としての立場でも分かったのだから、王妃殿下も気がついているはずだ。自分の意識など持たず、ただ周りが求める正解に基づいて行動するだけの国がオーダーメイドした神様が人間になっていると。
友達だから嬉しい気持ちもある、でもこの国の王としても喜ばしいはずだ。ルイスに近しい人間は「いつか潰れてしまうのでは」とずっと危惧していたのだから。ルイスの癒しとなるお嬢さんを迎えいれることはこの国のためになると王妃殿下も理解しているはずなのに。
「そもそも相手は人魚なのよ!人でない生き物なのよ!王族の血と交わるなんてとんでもない!同盟ですら譲歩しているのに婚姻だなんて気味が悪いでしょ!」
思うようにいかないせいで切羽詰まったような王妃殿下は苛立ったようにルイスとロザリア王女を見ながら吐き捨てた。
あぁ、なるほど、結局のところ種族が人でないから認められないからの抵抗だったのだ。
ヘレナリアさんが懸念していたのはこういった人のことなのだろう。王妃殿下以外の全員が差別発言に険しい顔をしてしまう。
「母上、どうか今の発言を考え直してください。この場が身内のような人間の集まりでよかったですが、もし人がいる場所での発言であればどのように取られていたか」
差別的な発言を聞いたからか、その返事も語気が強く、感情が揺さぶられていることが伝わる。しかし、深呼吸を一度すれば直ぐに冷静な態度に戻る様にこんな事でと思うが、王としての器があるのだと勝手に思ってしまう。
王妃殿下もルイスの雰囲気につられたのか、落ち着きを取り戻し、自分の発言がどれ程危ういものか理解をしたのだろう。表情が曇った。
「母上が王族の血を神聖視していることも王妃という立場に誇りがあることも王妃としての活躍も全部知っています。その姿勢は見習うべきことが多く、尊敬しています。でも、今の発言と考えだけは王妃として相応しくないかと思います。あの子は、メディーナは人間と人魚を差別しませんでした。どちらが上か下かもありませんでした。同盟は両国が発展することだと喜び、人間と人魚の婚姻は交流や文化が広がる素晴らしいことだと受け止める広い視野があります。婚姻をしたいのは僕のわがままです。でも、同盟については『薬の発展と海の遭難者の救助』という我が国にとって多大な恩恵があります」
同盟して婚約できるのが一番目指すことだが、アトランタを知れば知るほど同盟するメリットが見えてきた。
治療薬が見つからずに苦しむ人間が一人でも救われるかもしれない、海難事故で亡くなる人間が一人でも減るかもしれない。
他国への移動のため、漁業をするため、はたまたクルージングのためとこの国は船で海にでることが多い。嵐や海賊のせいで遭難や沈没をして、帰らぬ人となる事件は少なくない。
同盟さえできれば、時間はかかるかもしれないがルイスの婚姻の件だって希望がある。
でも、王妃という立場の人間が差別をすれば、可能性すらなくなってしまう。
「人魚に誰一人として会っていないのに下に見て決めつけることはどうかおやめください」
「っ、そうね、私の立場として口にしてはいけない発言だったわね。悪かったわ」
ルイスの諭すような言葉に王妃殿下は口をまごつかせるが、長い息を吐くと気持の整理ができたのだろう、ただ自分の非を認めた。元来真っ直ぐなお人であるから、自分の発言が許せないのだろう、表現は俯きがちなまま。
「今日の今日で承諾していただくのは難しいかと思います。同盟もまだ決定ではありませんので。可能であるなら人魚という存在について知ろうとしてほしいです。僕もそんなに知識がある訳ではありませんので、一緒に知り合いの人魚から話を聞く時間を作りましょう。僕の中で隣に立つ女性はあの子以外ありえません」
「そうね、少し冷静になって考えるわ」
「突然の話題ですし、母上が慎重になる気持ちも理解できます。急な話でしたことは反省します」
「今の私は賛成も否定もできないわ。その前に私自身の人魚に対する否定的な気持ちがあるようね。だから正式な婚約までにその人魚のお嬢さん以上に国益になる結婚があれば私はそのお嬢さんを推薦してしまうと思うわ。それをどうか念頭に置いて動いてちょうだい。言えることはそれだけね」
きっとこれが今の王妃殿下にとってできることを最大限に詰め込んだ言葉なのだろう。自分が否定的だからこそ、それを念頭に置き、警戒して動くようにと。
ただ拒絶するよりも、投げやりに認められるよりもずっとずっと真摯に向き合った言葉であると感じられる。
「……かしこまりました」
落ち着くところに落ち着いたのだろうか、言い争いをしていた両者は力んでいた肩の力が抜けたようだ。親子そろって同タイミングでティーカップを持つと、体に染み渡らせるようにゆっくりと紅茶を飲んだ。
「それと秘密裏でもいいから婚約したいという人魚のお嬢さんに会わせてちょうだい」
ごもっともな言い分である。さっきルイスが自ら提案した「知り合いの人魚から話を聞く時間を作る」を直ぐに実践しようとするのは流石の行動力。
だけど、ルイスの提案したのはヘレナリアさんのことだろう、メディーナちゃんはまだルイスを王族と知らないはずなので王妃殿下が出てきたらひっくり返ってしまう。
「あ、申し分ないのですが、まだ王太子であることを明かしていないですし、付き合ってもいないんです。今じわじわと包囲しているので少々お待ちください」
王妃だけじゃない、ロザリア王女もドン引きされとる。俺も引いた。
美女二人のドン引き顔なんて早々見られるものではないレアな表情。まぁ見たくないものだが。俺とカーターとライアンはそっと下を向いた。
「え、あなたたちは付き合っているんじゃないの?」
あんな熱烈に嫁にしたい!素敵な人なんだ!とプレゼンをしたからには恋人同士だと誤解されてもおかしくない。あの熱量でまだ片思い中です。最悪、「あなたのことを異性として見ていない」と最後の最後で振られる可能性が残っていることからは全力で視線を逸らす。
「まだですが安心してください。王太子だと伝えても結婚すると言ってもらえるよう、どんな手段を使ってでも惚れさせて、必ず捕獲します。逃げ場は与えません」
なんでそんな自信満々なの?
王妃殿下、こっちを見ないで、ごめんなさい、もう俺では止められないんです。そんな泣きそうな視線を向けられると罪悪感で胸が痛い。
王妃、王太子云々の前に親として息子が片思いの女の子を捕獲しようとしていたら親心で止めたくなるだろう。良い感じにまとまったのに敵を増やさないでほしい。
この胃の痛くなる話から現実逃避をして、果たして同席が必要だっただろうかと考える。ルイスとロザリア王女だけでもよかったかもしれない。本気でロザリア王女に弟子入りしたくなった。
「今結構意識し始めてもらえているんですよ。嬉しいと尾ひれがゆらゆらして可愛いんです。かじりたくなるので困っています」
ルイスよ、黙ってくれ。今ならその頬をぶっ叩いても不敬罪にはならないだろう。
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