Ad limen aleae sacrae 聖なる賭場の入口で②
コンクラーヴェ到着直後、悪態をつきまくる話。さらにエキサイトします
うちの推し枢機卿様の自己紹介話
推し→プロスペロ・ロレンツォ・ランベルティーニ枢機卿(のちの教皇ベネディクトゥス 14 世)
神学者で法学者。趣味:博打。そしてお口の悪さでは大変定評あり。
エキサイトしがちなんで、各部屋に十字架を配置してクールダウン。
当時の哲学者界隈からモテるくらいには啓蒙主義。
お口が悪い時の1人称は『俺』設定。
「教皇聖下」だと?
呼ばれたところで、何が増える?時間は減る。自由は消える。口は縛られる。勝手に増えるのは敵だけ。味方は、条件付きになる。毎朝、祈る前に札を数え、夜になれば、その札を「神の御心」と呼び直す。降りる権利のない卓に座り続け、自由だけが先に没収される。そんな勝負を、誰が好きこのんで打つ?しかも、それが死ぬまで続く。辞め時はない。引き際もない。病でも、老いでも、後悔でも、席は空かない。降りる方法は一つだけ――棺に入ることだ。生きているあいだは役目。死んでからようやく免除。これを仕事と呼ぶなら、神の冗談も相当悪趣味だ。
ランベルティーニは、無意識に肩をすくめた。外套の襟に指がかかり、思わず強く引く。息が詰まるほどではない。だが、身体が先に拒絶していた。嫌だ。本気で、嫌だ。「やれと言われてやる仕事」じゃない。「逃げられない仕事」だ。辞表もない。任期もない。失敗すれば世界が騒ぎ、成功すれば次を期待される。そして最後は、墓だ。
……笑えない。
俺は学者だ。議論は好きだ。異論も嫌いじゃない。だが、それは引き返せる場所があるから成立する。誤りを認められる余地があるから、学問は続く。だが教皇は違う。誤れば罪。黙れば怠慢。動けば政治。
――どこに逃げ道がある。
ランベルティーニは、門の前で靴底にかかる石の感触を確かめるように、わずかに足を動かした。逃げるためじゃない。身体が『まだここだ』と確認するための、ほとんど癖のような動作だ。
なりたくない。なりたくない。絶対になりたくない。
胸の奥で、はっきりとそう言い切る。だが同時に、別の声が浮かぶ。
——だから呼ばれる。
その事実が、胃の底を冷やした。嫌がる。逃げ腰。野心がない。ああ、なんて都合のいい札だ。ランベルティーニは、思わず歯を噛みしめた。危ない。このまま考え続けると、顔に出る。
……落ち着け。俺は、まだ門の外だ。
まだ、選ばれていない。
まだ、名前は呼ばれていない。
まだ、賭け札にはなっていない。
そう自分に言い聞かせながら、彼はもう一度、深く息を吐いた。祈りじゃない。ただの、拒絶だ。
――いや、待て。そもそも俺が候補になるわけがないだろう。
何をどう間違えたら、誰が好んで、こんな口の悪い学者を、神の代理人に据えるのか。祈りより議論が先に出て、沈黙より皮肉が口を突く人間だぞ第一、野心がない。これが致命的だ。あの椅子に座る人間は、例外なく『欲しい顔』をしている。俺にはそれがない。あるのは、帰りの算段と、講義の予定に未整理の原稿だけだ。
――大丈夫だ。俺は札じゃない。少なくとも、今は。
再びそう言い聞かせて、胸の奥で小さく息を吐く。自分に向かっての説得だ。誰よりも信用できない相手を、どうにか納得させるための。だが、説得は長くもたない。理屈は整っている。状況も、確率も、冷静に見れば分かる。それでも、胸の底に沈めたはずの衝動が、じわじわと浮き上がってくる。計算では押さえきれない、ただの本音だ。
――嫌だ。
短く、はっきりとした感情。論理でも、神学でも、政治でもない。身体の側から先に出てくる、逃げたいという意思。心からの願い。
ああ、ボローニャに帰りたい。今すぐにでもだ。あの街は、石が冷たくない。朝の空気は尖っていないし、陽はちゃんと人の高さまで降りてくる。陰鬱にはならない。湿り気さえ、どこか柔らかい。冬でも凍りつく前に話し合えるし、夏は日陰が生きている。赤い屋根と回廊は、人を追い立てない。歩けば、議論が始まる。止まれば、続きをやれる。急がなくても咎められず、遅れても置き去りにされない。声を荒らせば、ちゃんと眉をひそめられるが、理屈が通っていれば、最後まで聞いてもらえる。講義室はうるさい。学生は遠慮なく口を挟み、質問は的外れで、反論は生意気だ。だが、あれでいい。間違いはその場で叩かれ、正しさは試され、議論は終わらなくても、必ず何かが残る。金が入れば、祭壇ではなく書庫に消える。香より紙、沈黙より書き込み。聖遺物より、余白のある写本だ。
――ああ、寄付はしているとも。
安心しろ、帳簿はきれいだ。だが奇跡を着飾らせる金と、思考を増やす金なら、俺は迷わず後者に突っ込む。神は信じている。だが、無言で飾られる神より、書き込まれて擦り切れる神の方が、ずっと生きている。夜になれば、カードを切る。イカサマは許さないが、運には正直でいたい。負けたなら負けたで、笑って席を立てる自由がある。
――それでいいじゃないか。なのに、ここは何だ。
あそこには、役目より生活がある。肩書より顔があり、沈黙より声がある。祈りはあるが、祈りだけで全てを誤魔化したりはしない。それに比べて、ここは何だ。空気は重く、言葉は濁り、誰もが自分を『慎重な理性』だと思い込んでいる。暖かさはなく、あるのは温度管理だけだ。人が生きるための気候じゃない。人を並べ、減らし、黙らせるための環境だ。そして誰も札を切らない。誰も賭け金を明かさない。全員がイカサマをしているくせに、誰一人として『勝負』を名乗らない。勝っても勝ったと言わず、負けても負けたと言わず、ただ「慎重だった」「時ではなかった」「神の御心だ」と、札の裏に祈りを貼り付けて逃げる。ランベルティーニは、無意識に拳を握り、すぐにほどいた。石の壁を殴るほど愚かではない。だが、何かを掴んでいないと、今にも叫びそうだった。
……帰りたい。本当に、心の底から。
ボローニャの石畳を踏み、議論に巻き込まれ、講義の時間を押し、夜更けにカードを切りながら、「今日は負けたな」と言える生活に。ここでは、それすら許されない。いればいるほど、自分が『便利な静けさ』に削られていくのが分かる。
怒るな。喋るな。立つな。目立つな。
――黙って、座って、減っていけ。本当に、ふざけるな。
喉の奥まで「帰らせろ」という言葉が込み上げてきて、ランベルティーニは慌てて歯を食いしばった。祈りの言葉に化ける前の、むき出しの本音だ。
神様、頼む。いや、頼んでいる場合じゃない。だが、他に言う相手もいない。
今すぐでなくていい。今日でなくてもいい。だが、終わったら――この馬鹿げた選挙が終わったら、頼むから、何事もなかった顔で帰らせてくれ。カードのある机に。学生のいる講堂に。負けても笑える夜に。ここは、俺の席じゃない。彼は、ゆっくりと肩で息をした。深呼吸には程遠い。逃げたい衝動を、無理やり胸の内側に押し戻すための呼吸だ。
帰りたい。帰りたい。――帰りたい。
その願いだけが、この石の塊の中で、やけに生々しく脈打っていた。少なくとも俺は、牙を抜いて「善人のふり」をする趣味はない。笑顔で祈り沈黙で人を潰し、あとになって「やむを得なかった」と肩をすくめる――そんな器用な真似、最初から身につけていない。怪物で結構。吠えるし、噛むし、嫌な顔もする。だが、どこで血が流れているかくらいは、ちゃんと見ている。善人ぶる連中ほど、始末が悪い。自分の手が汚れていないと信じている分だけ、人が一人減るたびに、祈りを一段丁寧にする。あれは清潔さじゃない。罪悪感の漂白だ。ランベルティーニは、鼻の奥で短く笑いそうになり、慌てて唇を噛んだ。いけない。ここで笑えば、『不敬』という便利な言葉が飛んでくる。怪物扱いされるのは、慣れている。学問に金を突っ込みすぎる。議論で手加減をしない。カードの席で顔に出す。口が悪い。感情が顔に出る。
――ああ、確かに、聖人向きじゃない。
だがな、と彼は心の中で吐き捨てる。牙を隠している連中より、最初から剥き出しの方が、よほど誠実だろう。少なくとも俺は、『決めないことで人が死ぬ』と分かっていて、それを美徳だとは呼ばない。怪物でいい。吠える怪物でいい。だが、牙を抜かれておとなしく檻の中で数えられる側に回るつもりはない。
……もっとも。
そう思った瞬間、胸の奥に、嫌な感覚が走る。ここでは、吠える怪物より、静かな家畜の方が、長く生き残る。その事実を、俺は、もう知ってしまっている。ランベルティーニは、舌打ちを噛み殺し、視線を門に戻した。怪物だろうが何だろうが、結局――ここに立っている。そして、立っている以上、誰かにとっての『都合のいい存在』になり得る。
……クソ。
それが、この場所でいちばん腹の立つ現実だった。外套の内側で、十字架に触れる。冷たい。金属が指に食いつく。その冷が、逆に腹の底を焦がす。ああ、助かる。神を思い出すためじゃない。口を開かないための、ただの重石だ。指先がわずかに震える。怒りだ。それとも笑いか。どちらでもいい。今は区別がつかない。ここで一言でも漏らせば、終わる。正論でも、悪態でも、皮肉でも同じだ。この場所では、言葉はすべて札になる。切った瞬間、他人の手に渡り、都合のいい形に並べ替えられる。
——だから黙る。
——だから噛む。
——だから飲み込む。
それを『信仰』と呼ぶなら、盛大に笑ってやる。これは祈りじゃない。生存戦略だ。無様で、卑怯で、だが一番確実なやつ。
……落ち着け
今度こそ喉の奥で呟く。声になりかけて、慌てて飲み込む。また舌を噛む。少し痛い。いい。この程度の痛みで済むなら、いくらでも要る。最初から決まっている。落ち着く。暴れないために。笑ってしまわないために。笑ったら終わりだ。『嘲笑』は、この場で最も嫌われる贅沢だから。
門の向こうから、鐘の音がした。一度。少し間を置いて、もう一度。ああ、分かってる。呼ばれている。祈りの合図か、それとも祝福か。冗談じゃない。「厄介な卓に座れ」という命令だ。しかも、立ち上がる自由も、席を蹴る権利もない卓。肩が、無意識に強張る。背中が重い。足先に、わずかな逃走の衝動が走る。
——今なら、振り返れる。
——今なら、何も見なかったことにできる。
だが、しない。逃げれば、それが札になる。『逃げた』という札は、長く場に残る。何度も切られ、何度も使われ、死ぬまで返ってこない。ランベルティーニは、低く息を吐いた。深呼吸じゃない。吐き捨てだ。肺に溜まった毒と、悪態と、笑いを、まとめて外に追い出す。
——いいだろう。
行く。座る。黙る。そして、見てやる。だが、覚えておけ。
これは信仰じゃない。神意でも、使命でも、救済でもない。ただの、下手くそな博打だ。勝っても呪われ、負けても逃げられず、降りることだけが、最初から禁じられている。そんな賭けを「聖なる儀式」「神の御業」「責任ある選択」 と呼ぶ連中が、俺は心底、気に食わない。自分たちは賭けていない顔をして、他人にだけ札を握らせる。血を流さず、手も汚さず、「慎重だった」と言える位置に立つ。
——上等だ。
なら、俺は俺のやり方で立つ。牙は抜かない。笑顔も作らない。敬虔な沈黙のふりもしない。黙るのは、選択だ。逃げじゃない。門は、まだそこにある。俺は、まだ動かない。それだけで、十分に抵抗だ。
鐘は鳴り続ける。世界は急かす。だが、俺は知っている。
——一番嫌われるのは、
——急がない人間だ。
そして今、この瞬間だけは、その役を引き受けてやる。
笑え。祈れ。帳面を整えろ。
俺はここで、最後の悪態を飲み込んだまま、動かずに立っている。
そして、ランベルティーニは門を見た。見上げもしない。ただ、そこに『ある』ものとして認識する。開けば、戻れない。だが、開かずに済む選択肢は、最初から与えられていない。それでもなお、彼は一拍だけ、間を置いた。誰のためでもない。神のためでもない。ただ、自分が自分でいる時間を、これ以上削らせないために。次に動くのは、足ではない。覚悟でもない。ましてや信仰でもない。
——ただの、順番だ。
そう『理解』した瞬間、ランベルティーニはようやく、門へ向かって一歩、踏み出した。




