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Ad limen aleae sacrae 聖なる賭場の入口で①

コンクラーヴェ到着直後、悪態をつきまくる話。

うちの推し枢機卿様の自己紹介として置いときます。


推し→プロスペロ・ロレンツォ・ランベルティーニ枢機卿(のちの教皇ベネディクトゥス 14 世)

神学者で法学者。趣味:博打カードゲーム。そしてお口の悪さでは大変定評あり。

エキサイトしがちなんで、各部屋に十字架を配置してクールダウン。

当時の哲学者界隈からモテるくらいには啓蒙主義。

お口が悪い時の1人称は『俺』設定。

 1740年3月5日・使徒宮殿前


 門の前で、プロスペロ・ロレンツォ・ランベルティーニ枢機卿――ボローニャ大司教は立ち止まった。石は相変わらず無駄に立派で、門番の顔は無駄に神妙だ。


 ――ああ、もうこの時点で腹が立つ。


 本命が死んだ。しかも、よりによって『全員が便利に悼める』死に方で。

 素晴らしい!ーーBravoブラーヴォ


 これ以上ないほど、『政治的に行儀のいい』死に方だ。教皇にしていい人間と、面白い人間は、だいたい別物だ。本命は、その違いをあまりにも見事に体現しすぎていた。これで誰も責任を取らず、誰も恨まず、全員が「残念だ」と言える。悔やみは形式通り、悲嘆は節度正しく、祈りは過不足なく整えられる。死が、完全に『使える状態』で差し出された。ローマ行きの途中で、その知らせを受け取ったとき、ランベルティーニは思わず舌を打った。祝意でも不満でもない。ただの反射だ。悪い札を引いたときの、それに近い。


 ——最悪だ。


 声に出せば、どんなに楽だっただろうか。もちろん出さない。出せるわけがない。舌が勝手に動きかけて、慌てて噛み殺す。ここで一音でも漏らせば、あとで自分が面倒になる。彼はその程度の計算はできる。できるからこそ、なお腹が立つ。

 賭場というのは、本来、入る前に条件が見えるものだ。胴元が誰で、札がどう混ざっていて、勝っても負けても、どこで席を立てるか。だが、今回のそれは違う。条件が伏せられたまま、席だけが用意されている。そして声には出さない。出せば負けだ。負けというより、余計な札を自分から切る羽目になる。彼は、そういう場でどんな顔をすべきかを、もう嫌というほど知っている。しかも、降りられない。


 ——ああ、来たな。


 行かなければ、逃げたことになる。逃げれば、その事実が札になる。ならば行くしかない。しかも最初から、詰んでいる。


 大事なことなので、もう一度確認しておく。本命は、もう死んでいる。

 これで確定した。場が荒れる。札が散る。均衡が崩れる。こういうときに呼ばれる人間は、だいたい決まっている。勝たないが、負けもしない顔。熱を上げないが、場を壊さない人間。


 ——便利な札だ。


「コンクラーヴェだぞ」と言われても、だから何だ、である。

 信仰? 神意? 結構な話だ。だが、それを口にする連中が、同時にここまで数字に正確なのは、どう説明するつもりなのか。賭け札を並べる手つきで祈るな。祈るふりをするなら、せめて下手にやれ。

 本命が死ぬ。場が空く。均衡が崩れる。そして、その隙間を『埋められそうな顔』が呼ばれる。勝たない顔。負けない顔。誰の敵にもならず、誰の味方にもなり切らない顔。


 ——ああ、実に便利な札だ。


 自分の顔が、いまどういう価値で見られているかくらい、分かる。だからこそ、余計に腹が立つ。使われることより、使えると思われていることの方が、よほど不愉快だった。ランベルティーニは、自分がこの手の場に向いていないことを、ずっと前から知っていた。向いていないが、嫌いではない。そこが余計に性が悪い。勝負事は好きだ。札が回り、流れが変わり、読みが当たる瞬間のあの感覚も嫌いじゃない。だが、これは博打ですらない。勝ち負けを決める前に、席を外す自由を奪う。それは遊戯ではなく、拘束だ。


 ——ローマなんぞ、どうでもいい。


 本気でそう思う。

 だからこそ、来てしまった自分が腹立たしい。枢機卿だからだ。こういう時に限って、逃げ道は用意されていない。祈りは自由でも、席は指定席だ。

 ボローニャには、講義がある。学生がいる。書きかけの注釈も、未整理の写本も、山ほど残っている。学問に金を回す人間が必要だ。神学は、沈黙では育たない。議論され、噛み砕かれ、疑われてこそ生きる。沈黙で殴り合う連中の面倒を見る暇はない。ここにあるのは、議論じゃない。沈黙の配分だ。時間の浪費と、責任の押し付け合い。それでも、行く。分かっている。ここで席を蹴れば、その行為自体が次の札になる。逃げた、という札だ。


 ——ああ、クソ。最初から詰んでいる。


 彼は十字架に視線を投げ、ほんの一瞬だけ目を閉じた。祈りではない。罵りを飲み込むための動作だ。

「……落ち着け」

 呟いてから、ふっと口角が歪む。

 落ち着けだと? 自分に?

 まるで、下手な勝負に乗る前の常套句じゃないか。


 ——これは賭けじゃない。

 ——だが、賭けの顔をしている。


 最悪の場だ。そして、最悪なことに——彼は、そういう場の匂いを、よく知っていた。彼は、ゆっくりと息を吐いた。深呼吸ではない。悪態を、再び飲み込むための呼吸だ。


 ——最悪だ。


 声には出さない。代わりに、心の中で札のように、何度か転がす。


 最悪だ。最悪だ。

 ……笑えないほどに、最悪だな。


 ——で、その尻拭いするのが俺か。


 喉の奥で、汚い言葉が列をなす。罵倒、悪態、下世話な比喩。どれも今すぐ吐き出せそうで、どれも吐いたら終わりだ。ここで一言でも滑れば、教義以前に、人生が投了する。

 いけない、いけない。ここは神の家だ。少なくとも、そういう『看板』が掲げられている場所だ。口を開けば、即座に『不適格』の烙印を押される。もっとも、今さら押されても痛くも痒くもない。笑わせるな。最初から適格だと思って来た覚えはない。呼ばれたから来ただけだ。それだけの話だ。だいたい、だ。死んだ本命は、派手に金をばら撒き、芸術だ文化だと騒ぎ、愛人を抱え、子を作り、敵も味方も増やしすぎた男だ。どう考えても、教皇の椅子に座らせていい人間じゃない。


 ……いや、面白い人間ではあったが。そこは大いに認める。大いに。


 だが、面白いからといって、神の代理人にしてよい理由にはならない。むしろ逆だ。そんな男を担ぎ上げようとしていた時点で、周囲の神経の方がどうかしている。それを今さら、もっともらしく言い直している――その身振りが、何よりも不快だった。最初から分かっていたはずだ。不適格だと。それでも担いだ。利用価値があったからだ。それを、死後になって整理する。称賛を判断に、判断を原則に、原則を神意に仕立て直す。失敗を、最初から予定されていた慎重さだったかのように語る。――苦虫を噛み潰したようなものを、歯の奥で始末した。舌の裏で息を殺ろす。ここまで来てなお、己の手は清潔だと装うつもりか。不適格だったのは、あの男だけではない。そう扱うと決め、そう扱い続けた連中の判断そのものだ。それを今になって言い換える。それを、さも冷静な検証だったかのように並べる。その態度こそが――何より、忍耐を試す。そして、試されているのは、今に始まったことではない。死んだ途端に、「惜しい人物だった」「偉大な才能だった」と来る。


 ……便利だな。


 生きているうちは都合よく使い、死んだ瞬間に評価を整える。


 不適格?笑わせるな。


 不適格だったのは、あの男じゃない。不適格だと知りながら『聖ペテロの後継者』に担ごうとした連中の方だ。


 ――まあ、確かに面白かったけどな。そこだけは、否定しないが。


 才気はあった。目は利いた。金の使い道も、夢の見せ方も派手だった。退屈だけは、決してさせなかった。


 ——結構なことじゃないか。


 だが、面白いという一点で、すべてが免罪されるほど、この世界は甘くない。少なくとも、神の代理人を選ぶ場では。無念なのは、死んだ本人だけだろう。


 ……いや、どうだ?

 背後にいた国か?

 金を注ぎ、夢を見せ、都合よく担ごうとしていた連中か。


 都合よく担ぎ上げ、都合が悪くなれば距離を取り、最後は「惜しい人物だった」と綺麗に畳む。


 ——本当に、見事な幕引きだ。


 舞台の外に立っている者にとっては、だが。観客席にいるぶんには、拍手もできる。批評もできる。「あれは時代が悪かった」「才能は疑いようがない」と、安全な距離から好き勝手に語れる。どちらにせよ、俺の知ったことじゃない。


 ……本来なら、な。


 だが、幕が下りた瞬間、舞台装置はそのまま残り、役者だけが一人、いなくなった。場が荒れた。札が散った。均衡が崩れた。そして、誰かがその空白を埋めなければならなくなった。——拍手をしていた連中の手が、いつの間にか、次の札を探し始める。その視線が、こちらに向くまで、さほど時間はかからなかった。


 ——はい、次に便利な札はこちら、か。


 ふざけるな。冗談じゃない。選挙人は補修材じゃない。壊れた梁の下に放り込んで、「まあ、これで持つだろう」と安心するための楔でもない。


 ……いや、違う。そう思われているから、ここにいる。


 分かっている。分かっているから、腹が立つ。使われることより、使えると思われていることの方が、ずっと不快だ。口が勝手に動きそうになる。


「冗談も大概にしろ」

「勝手に死んで、勝手に混乱して、勝手に片づけ役を探すな」


 ——ああ、言えたらどれだけ楽か。


 だが言わない。言えば、全部が札になる。怒りも、正論も、正しさも、全部だ。ここでは、黙っている方が、よほど重い。俺は深く息を吸い、ゆっくり吐いた。祈りじゃない。神に聞かせる気はない。ただ、口から出かけた毒を、もう一度胃の底に沈めるためだ。

「……落ち着け」

 ほとんど息と一緒に、喉からこぼれた。誰に言った?俺にだ。他に誰がいる。落ち着いたところで、状況がマシになるわけでもないが、暴れたところで、良くもならない。最悪だ。本当に、最悪だ。それでも、門はそこにあり、俺は今、ここに立っている。逃げない。入らない。ただ、まだ——動かない。


 ……クソ。


 ローマなんて大嫌いだ。空気は薄いし、言葉は濁るし、全員が自分を賢いと思い込んでいる。特に厄介なのは、『決めないこと』を徳だと信じている連中だ。慎重だと自称し、分別があると胸を張り、責任を回避する技術を賢さだと思い込んでいる。決断を避け、態度を曖昧にし、時間を消耗させることを、あたかも高等な精神修養のように扱う。違う。それは徳じゃない。徳目の皮を被っただけの、処世術だ。責任を引き受けずに生き延びるための、洗練された逃げ方だ。決めない。動かない。だが、口だけはよく動く。しかも、決まって柔らかい言葉を選ぶ。「時期尚早だ」「均衡を見極める必要がある」「もう少し情報を集めよう」


 ――情報?

 何を、今さら、集める?

 足りないのは情報じゃない。覚悟だ。


 彼らは何も選ばないのではない。現状を選び続けているだけだ。しかもその選択を、自分では選択だと認識していない。そこが、いちばん始末が悪い。決めなかった結果、誰かが削られ、その時間の分だけ、死が積み重なる。それでも彼らは言うのだ。「我々は慎重だった」と。慎重とは、刃を研いでから振るうことだ。刃を鞘に入れたまま、永遠に眺めていることじゃない。ローマでは、沈黙が美徳になる。だがその沈黙は、祈りのそれじゃない。計算の沈黙だ。誰が先に疲れるか、誰が先に折れるか、誰が先に責任を背負わされるかを待つための沈黙。そして、その沈黙を『神の御心』などと呼ぶ。


 ――ああ、反吐が出る。


 もし本当に神がここを見ているなら、さぞかし退屈しているだろう。同じ顔、同じ言葉、同じ躊躇。永遠に結論へ辿り着かない議論ごっこ。それでも彼らは、それを賢しさだとおもっている。何も決めず、何も賭けず、それでいて『最も安全な場所』に立っていると信じている。……ああ、なるほど。だからこそ、この場所は腐るのだ。


 ——慎重?

 ——分別?

 ——聖慮?


 笑わせるな。それはただの先延ばしだ。しかも、全員で手を汚さないための、だ。集団的な卑怯。一人で決めれば責任が生じる。だが、全員で決めなければ、責任は霧散する。誰の手にも血は付かず、誰の名も記録に残らない。残るのは、「やむを得なかった」という便利な言い訳だけだ。彼らは知っている。決断は、必ず誰かを切り捨てる。だから切らない。切らないことを、慎みと呼ぶ。違う。それは慎みじゃない。覚悟の放棄だ。神を盾にするのも、いつもの手だ。「神の御心を待つ」「時が熟すのを待つ」――都合のいい言葉は、いくらでもある。


 だが、神が沈黙しているのは、彼らが動かないからじゃない。彼らが、聞く気がないからだ。本当に恐れているのは、神じゃない。失敗した自分だ。間違えた自分だ。選んでしまった自分だ。だから選ばない。選ばないまま、時間を差し出す。他人の寿命と、忍耐と、信仰を削りながら。


 ——それを、聖なる慎み、と呼ぶのか?


 ふざけるな。そんなものは、ただの臆病だ。しかも、自分では臆病だと認めない臆病。最も厄介で、最も卑劣な種類のそれだ。ローマが嫌いなのは、この街が汚れているからじゃない。権力があるからでも、歴史が重いからでもない。卑怯が洗練されすぎているからだ。


 祈りは正確、動線は完璧、食事は均等。


 誰一人、順番を誤らない。

 誰一人、列を乱さない。

 誰一人、声を荒らさない。


 そして、人が一人ずつ減っていく。騒ぎは起きない。名も大きく呼ばれない。ただ帳面の端に、小さな空白が一つ増えるだけだ。

 おお、なんと秩序正しい、殺し方だろうか!

 誰の手も汚れず、誰の名も呼ばれない。血も出さず、剣も抜かず、祈りと規則と善意だけで、人を静かに消していく。


 ——神よ、あなたは本当にこれをどう見てるのか?

 ——それとも帳面だけ確認して、「規則通りだな」と頷いて、あとは丸投げか?


 また、舌が動きかける。喉の奥に、言葉が列をなす。言葉を噛み潰す。どれも下品。だが正確で、ここには相応しくない。危ない危ない。激情は失点、皮肉は攪乱、正しさは最も嫌われる。駒でいるうちは、まだ盤から落とされない。削られもせず、使われもせず、ただ配置され、待たされているだけの駒。


 ——それが、今いちばん安全な立場だ。


 だから、噛む。言葉を噛む。舌を噛む。感情を噛む。歯が触れた瞬間、鈍い痛みが広がる。血の味まではいかない。そこまでやれば、顔に出る。いい。これで黙れる。祈りは続く。動線は崩れない。食事はいつでも等分だ。そしてまた、静かに、誰かが減る。自分は、教皇になりたいわけじゃない。断じて、ない。そんな考えが浮かぶたび、ランベルティーニは喉の奥で短く息を詰まらせた。笑いかけて、すぐに引っ込める。笑える話じゃない。冗談にしてしまえば、うっかり現実になる。そういう種類の冗談が、この街には多すぎる。あんなものは、権力と責任と呪いを、一つの袋に放り込んで縛った『粗悪な賭け札』だ。持った瞬間に、指が汚れる。切った瞬間に、背後が空く。 勝っても地獄。負けても地獄。――どう転んでも、損しかしない。

 そもそもだ。あれを欲しがる人間が、まともなわけがない。欲しがらない人間が選ばれるなら、それはそれで災難だ。どちらにしても、碌な話じゃない。

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