第1話 ③
ホームルームが終わり、私たちは始業式が行われる体育館に向かうため、廊下を歩いていた。
そんな私の足取りは重い。
澄夏に胸囲的な……違う!
驚異的な格差をまざまざと見せつけられ……
いや、胸囲的格差も認めるしかないか……。
だって横を向けば、私の目の前には澄夏のそれは見事なものがあるんだから……
立っていても座っていても、私の精神を破壊しにくる澄夏。
しかも本人はすごく可愛くていい子なのが、なおさら始末が悪い。
「なに暗い顔してんの?」
同じ女子ハンド部で小学生の頃からの友人、水谷碧が声をかけてくれた。
「うん……ちょっとね」
そう言いながら、私は横を歩く澄夏の顔を見上げる。
私の視線に気づいた澄夏は、ニコッと最強美少女スマイルを返してくれた。
それだけで、碧は察してくれたらしい。
聡い子だねぇ。
「木全さん、すごいよね。同じ学年……いや、中学生離れしてるよねー」
澄夏にも聞こえる声で、私に言う。
それに澄夏が反応して、
「ん?なになに?」
と、碧に話しかける。
「うん。木全さんって背も高いし綺麗だから、モデルさんみたいだよねーって話」
と、笑顔で応えていた。
それを聞いた澄夏は少し照れたように、
「そんなことないよー……うーん、あたしって4月2日生まれだから、みんなより少し成長が早いだけだって」
と謙遜するけど……
少なくとも、私の知る中三の先輩方にも、澄夏みたいな最強ボディの人はいないよ。
そんな私を置いてきぼりに、
「へぇ〜、なら木全さんはもう14歳なってんだ……そうそう、さっきは自己紹介してなかったね。私は水谷碧。あさひと同じ女子ハンド部だよー。碧って呼んでくれていいからね」
と、自己紹介までナチュラルにしてしまう碧。
コミュ力たっか!
「うん。よろしくね、碧。私も澄夏でいいよ」
と、これまた澄夏もコミュ力高いなぁ……
わたしも見習っていかなきゃね。
そう決意していると、碧が小声で、
「ねぇ、また永山……ほら、早速、神崎くんに……」
と、私たちの後方に視線を送る。
私もつられて同じ方を見ると、神崎くんが永山と、その取り巻きの町田と山口――
一言で言うとクラスのやんちゃ枠の連中に囲まれて、何か言われていた。
「はぁ……永山達も変わんないねぇ……どうせ帰りのホームルーム終わってから、いつもの場所でしょ。てか、なんでいきなり転入生の神崎くんに因縁つけてんのかな?」
呆れた口調で、私はため息混じりにつぶやいた。
同じく呆れた顔の碧が、
「本当にいつになったら気づくのやら……永山も不憫っちゃ不憫よね」
と、やはりため息をつく。
……なに言ってんだろ?
「ねえねえ、なんかあるの?」
澄夏は興味津々のようだ。
碧がスッと澄香の横に並び、耳打ちを始める。
「あのちょっといきがった男子、永山っていうんだけど……小学校の頃からあさひのことが好きでさ、あさひの隣の席になった男子に、ああやって毎回、因縁つけるのが恒例なのよ」
「なるほど……そうだよね。あさひってめっちゃかわいいから、好きな男子からしたら隣の席ってだけで嫉妬しちゃうもんね。私も男子なら、あさひに惚れちゃうよ」
「あらら……ここにも無自覚なのが」
うーん、よく聞こえないけど、さすがコミュ力強者同士。
打ち解けるの早いなあ。
内緒話が終わったのか、碧が――
「で、どうする?神崎くん助けるの?」
と、ちょっと真剣に聞いてきた。
ぶっちゃけ私は関係ないから放っておいていいかもだけど……
気づいちゃったし、神崎くんとは隣同士だし、腐れ縁とはいえ昔から知ってる永山が迷惑かけるわけだしなぁ……
「うん。まあ、見に行くだけ行ってみますか」
渋い顔でそう言うと、それを聞いた碧はニヤニヤして、
澄夏は――
「私も行っていい?」
と、なんかノリノリだ。
そんなこんなで、始業式も、その後の帰りのホームルームもつつがなく終わり、放課後となった。
私と澄夏は早々に教室を出て、永山一味の定番スポットである体育館裏に先回りする。
体育館の壁に張り付いて、永山達と神崎くんが来るのを待つ。
……しかし、呼び出しが体育館裏って、めっちゃベタすぎん?
などと考えていると、神崎くんと永山達がやってきた。
そして神崎くんを、町田と山口が左右から取り押さえる。
正面に立った永山が、なにやら因縁をつけているようだ。
うーん……なに言ってるんだろ?
永山って意外と慎重だから、凄んでも大声は上げないのよね。
小心者とも言うけど。
よく見れば神崎くんも、唇の片方を上げて、あのニヒル?な笑みを浮かべてる。
……ああ、彼は重度の患者さんだったわ。
そんなふうに私が呆れていると、永山が神崎くんに向かって手を振り上げた。
その時、私の隣から――
「やめなよ!」
と、すごく澄んだ天使のような声が響いた。
声のした方を見ると、なんと澄夏が体育館の陰から飛び出して、永山と相対していた。
ええ!?
あの子、美少女でナイスバディな上、男前やん!
盛りすぎだって!
なんて思っていると、永山があろうことか、澄夏の胸ぐらを掴むつもりなのか、手を伸ばしていた。
しかし、その瞬間――
澄夏の左脚が大きく上がり、風切り音と共に振り上げられる。
そして、その足先は、見事に永山の右顎の寸前で止められていた。
……甘かった。
澄夏は、私の思っているより、さらに設定もりもりだった……
あの動きは多分、空手だよね。
しかも結構な実力者だ。
茶帯ぐらいかな?
……あれ?
でも、あそこであんな高く足あげたら……
私は、永山の後ろにいる神崎くんと、その両腕を左右から掴んでいる町田と山口に目をやる。
町田と山口は、顔を真っ赤にして固まっていた。
そして神崎くんは、そのニヒル?な笑みを浮かべたまま――
……おい!鼻血出とるぞ!
つまり、あの3人は見てしまったのだ……
澄夏の短いスカートの奥にあるものを……
多分、永山は近すぎるのと、女の子に舐められたと昂っているから気づいていないようだけど……
澄夏さんや。
ちょいとサービスがすぎますよ。
……って思ってたら。
逆上した永山が、あろうことか澄夏を突き飛ばしていた。
片足で立っているのに、澄夏はすごくバランス感覚がいいんだろうな。
ケンケンの要領で後方によろけながら数歩、下がっただけだったが。
それを見た私は、頭に血が昇ってしまったんだろう。
気配を殺し、音を立てずに永山の背後に回り込むと、その右手首を捻り上げていた。
「永山ぁ……あんた、女の子に手をあげるような下衆だったんだぁ」
冷たい目で永山を睨みつけながら、私は言った。
「あさひ!?いや、だってこいつらが!」
永山は喚くが――
「そうやって人のせいにすんな!」
そう言って、昔おじいちゃんに教えられた、手首にあるツボ?的なのを押してやる。
「アギィっ」
悲鳴を上げて、永山は膝をつく。
私も屈んで、永山に囁くように――
「これ、前も体験したよね。正中神経を圧迫してんの。このままもっと強く押すと、どうなるかも知ってるよね。小6でも恥ずかしかったのに……中2にもなって、うんこ漏らしたくないでしょ?」
……と言ってやった。
まあ、本当にそれが正中神経なのかは知らんけど。
前に見た映画で、デンゼル・ワシントンが似たようなことして、そう言ってたから、そうなんだろう。
永山には、小6の時にも同じようにわからせてやったことがあるのに……
ほんと、懲りない奴だなと思う。
泣きそうになりながら、永山は――
「わかった!わかったから!もうしないって」
と叫んでいた。
それを聞いて、私は手の力を抜いた。
その時――
なんだか背中の方に、すごく嫌な気配を感じた気がした。
慌てて振り返ると、神崎くんを取り押さえていた町田と山口が、気を失って地面に横たわっていた。
……何事!?
目を見開くと、神崎くんが――
「フッ……さすがに、あんな刺激の強いもの見せられては、こいつらでは耐えられなかったようだな」
と、髪をかきあげながら、倒れた2人を見下ろしていた。
……まあ、鼻血は垂らしたままだけどね。
思わず私は、神崎くんの両肩を掴み――
「やっぱり!神崎くんもガッツリ見ちゃったんだよね?」
掴んだまま、神崎くんを揺さぶる。
あのニヒル?な笑みを再び浮かべて、神崎くんは一言。
「フッ……紫だ」
「なん……だと……」
そんな大人すぎでしょ。
私は神崎くんの肩を掴んだまま、膝から崩れ落ちた。
そんな私達の後ろで、澄香は――
なにもわかっていないような顔で立っていた。
そして、この状況のため、私は――
さっき感じた嫌な気配のことを、すっかり忘れてしまっていた。




