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第3話「手放す」

「はいはい、二人の仲の良さは分かったから」

「仲良くありません」

「仲良いよ! 凄くいいよ!」


 自分に立花彩星(たちばなあやせ)オタの気質はないと思ってはいるが、きちんと身だしなみを整えれば即芸能界入り間違いなしの高身長と容姿をしている彩星。


(彩星はなんで、夢を手放すんだろ……)


 たとえ相方だろうと同級生だろうと、彩星がかっこよく見えてしまう。

 芸能界という環境下も、高校という環境下も、彼女のかっこよさを引き立てるには最高の場らしくて困ってしまう。


(俺は、まだまだしがみつきたい……)


 これから長い人生をかけて夢を叶えていくのではなく、まだ高校生って年齢で夢を叶えることができた。

 それは褒められるべきことなのかもしれないけど、その職業で死ぬまでずっと食べていくことの難しさを知ってからは毎日が苦しい。

 必要とされる人間になるって、自分が考えていた以上に難しい。


「ここで西島に、重大発表があります」


 遠峯さんが、いかにもこれから重要な話をすると言わんばかりの威厳ある声を発する。


「|GLITTER BELLグリッターベルからボーカルが脱退する以上に、重大な話はありますか」

郁登(いくと)くん! それがあるんです!」


 含みを持ったように話す遠峯さんに、自信満々に期待を持たせるような発言をする彩星。

 今後の展開がまったく読めない俺の心臓は、物凄い速さで音を鳴らし始める。

 何か重篤な症状が出ているんじゃないかって勘違いを起こさせるほど、心臓が馬鹿みたいな速さで動き出す。


「郁登くんに、女性声優ユニットをプロデュースしてほしいの」


 心臓が止まった。

 ような、気がした。


「…………アイドルのプロデュース?」

「ううん、女性声優ユニット」


 自分の心臓が変な動きをし始めているのに、事の中心人物にいる彩星の心臓は落ち着いているように見えた。

 心臓の動きが目に見えるわけないのに、彼女の心臓は強張った音を奏でてこない。


「ほぼ同じだろ。昨今、若手声優もアイドル並みのことやってんだから大差ない……」

「違う。私たちが目指しているのは、一生っ! 声の仕事で食べていくことのできる声優」


 言葉に、意志が宿る。

 力が芽吹きだした彩星の言葉に、俺は零れそうになった自身の言葉を慎む。


「郁登くん、今の言葉に違和感なかった?」

「……何が」


 突然、彩星の顔を直視できなくなった。

 彩星の発する言葉には強さがあるのに、俺の発する言葉はただただ弱かった。

 そんな現実を情けなくなったのか、一人だけ先の世界に行こうとする彩星に見せる顔がなくなってしまったのか、今の俺には分からない。


「ユニットのメンバーが目指しているのは、一生声の仕事で食べていくことのできる声優」


 俺は彩星から視線を逸らしたくなってるのに、肝心の相手彼女は俺の目をしっかり見ようと真っすぐな目線を向けてくる。


「私が所属することが確定している声優ユニットのプロデュースを、郁登くんにお願いしたい」


 頭が、彩星の言葉を理解しようと動き出す。

 理解したくないって思う自分もいるけれど、大切な相方の言葉を聞き逃したくないって気持ちもある。

 二つの意思が格闘する間もなく、彩星は言葉を続けていく。

 俺の理解が追いつかない速さで、彩星は俺に言葉を与えてくる。


「声優を目指すためにGLITTER BELLの活動を辞めるのに、どうしてアイドル活動を辞めるのかって言いたいんだよね?」


 彩星の目を見ることができずに俯く自分。

 でも、彩星は、視線の中に俺を入れてくれてるんだろうなってことが分かってしまう。


「アイドル活動するくらいなら、GLITTER BELLで活動を続けた方がプラスになるのはわかってるよ」

「……どう考えたって、GLITTER BELLの知名度の方が高い」


 その言葉に関しては、その現実に関してだけは、唯一自信を持つことができる。

 女性声優業界は、アイドル業界を舞台にした作品への出演を夢見る人たちが多い。

 作品内に登場するキャラクターソングを歌唱するライブが人気で、ステージに立ちたいと願う若手声優は後を絶たない。


「人気だって、GLITTER BELLの方が高い。始まる前から、結果なんてわかりきってる」


 物語が備わっていない女性声優ユニットが始動したところで、声優ファンの記憶にも残らずに終わるのは目に見えている。


「だったら……」

「立花が所属する事務所の都合、って言えば理解は早いよね」


 俺たちの会話を見守っていてくれた遠峯さんが、ここで彩星を助けるために言葉を挟んできた。

 GLITTER BELLの所属事務所で交わしている会話なのだから、遠峯さんも事情を知っているということ。

 このあとの会話の流れも、遠峯さんなら把握できているということ。


「私がGLITTER BELLを卒業したあとに所属する事務所は、アルコイリス・エンタテインメント」

「……声優事務所じゃなくて、大手芸能事務所」

「うん。新しく声優のマネジメントを始めるんだって」


 GLITTER BELLでの活動が認められたからこその、スカウト。

 そういう事情は察することができたけれど、彩星が歩み始める声優人生は茨の道だってことも察することができてしまって悔しい。


(彩星には、ちゃんとした声優事務所に入ってもらいたかった……)


 彩星の発した言葉通り、一生声の仕事で食べていくことのできる声優を目指してほしかった。


「私は……所属者第一号になるってこと」


 声優のマネジメントを始める環境が整ったからこそ、大手芸能事務所のアルコイリス・エンタテインメントは声優の育成に動き出した。

 芸能事務所で声優業を取り扱うところはあるにはあるけれど、そこから有名声優や人気声優を輩出しているかというと微妙。

 成功している事務所と、さっさと声優マネジメントを諦めた芸能事務所の二つに分かれる。


「それで、私がセンターを務める声優ユニットが始動するの」


 芸能事務所に所属するってことは、一生声の仕事で食べていくことのできる声優になるっていう夢が叶う可能性自体が低い。

 芸能事務所がマネジメントをちゃんとしていないとかそういうことではなく、声優業界の仕事情報がどれだけ芸能事務所に入ってくるか……俺は情報の質の低さを懸念している。

 声優事務所に所属しないってことは、彩星には、それ相応の覚悟があるということ。


「センターだけは、やらせってことか?」

「……うん」


 大きなプロジェクトが始動しているってことが想像できる。

 多額の金が動いているってことも想像できる。

 でも、女性声優ユニットは上手くいかない。失敗に終わる。

 そんな予感も、あながちハズレではないと思う。

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