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第2話「卒業」

「ちゃんと話し合った結果、ってことでいいのかな」

「はい」


 指から、熱が引いていく。

 何度か指を擦り合わせて熱を取り戻してみようと試みても、なかなか熱は戻ってきてくれない。


「声優になるっていう、彩星(あやせ)の夢を応援するって決めました」


 自分でも、なんていい子ちゃんの発言だろうなって自画自賛。


「彩星……立花(たちばな)さんが嘘吐いていなければ……俺はそれで」

「嘘?」

「|GLITTER BELLグリッターベルの活動が不快だったとか……」


 世の中には夢を応援できる人と、そうでない人がいる。

 友達や仲間の夢を応援するのは当然のことだと思って生きてきたけど、いざ友人でもあり、仲間でもある彩星を送り出すってなると、上手く笑みが浮かべられなくなる。


「そういう、立花さんに心の傷を負わせての卒業じゃなければって意味です」


 自分は、心の狭い人間。

 自分は、器の小さい人間。

 そんな単語が、どちらも相応しい自分に対して笑いが零れ出てきてしまう。


「そういう後ろ向きの卒業なら、やり合おうとか思ってたんですけどね」

「もやしっ子の西島には、無理でしょ」

「もやし言わないでください」


 いつも通りを装いたいのに、そのいつも通りがどんなだったか思い出せない。

 遠峯さんに西島らしくないって指摘されないってことは、自分の装いは意外と上手くできているのかもしれない。


「本当に声優を目指すっていう……前向きな卒業だって聞いているので」


 俺は彩星がいなくなった毎日でも、いつも通りに振る舞うことができるんだって安堵する。


「だから俺は、大丈夫です」


 でも、相変わらず、指に熱が戻らない。


「彩星が卒業したあと、仕事をいただけなくなりそうですけどねー」


 ボーカルの立花彩星が加入する前は、自分独りでやっていた音楽活動。

 だけど、GLITTER BELLの知名度を上げてくれたのは、彩星という一人のボーカリストの存在が大きい。俺は彩星の声に、ほんの少しの音を添えただけにすぎない。


「弊社の売れっ子が弱音?」


 マネージャーから売れっ子という賛美の言葉をもらって、どうしたらいいか分からなくなる。

 分からなくなるけれど、ここで俺がとるべき行動は駄々をこねることではないってことだけは理解できている。


「アニソンの力で、世界を救うって言ってなかった?」


 マネージャーの前では、良い子を演じる。物分かりがいいフリをする。

 でも、本当はマネージャーの前で思いっきりわがままを言ってみたい。



『立花彩星を引き留めてくださいって』



 俺の心の叫びは、ただそれだけ。

 それを口にしてはいけないことくらい分かってる。

 それを口にしてはいけない身分だってことくらい、分かってる。


「西島は、まだ高校生なんだから」


 遠峯さんの、まだ高校生なんだからって言葉が重たい。


「次のチャンスが巡ってくるように、これからも挑んでいこう」


 まだ若いから、いくらでも挑戦できるっていう前向きな気持ちを伝えてくれいるっていうのは、なんとなく察することができる。

 でも、現役高校生にとって、まだ高校生って言葉は半端なく重い。


(現役高校生なんて肩書、あと半年もすればなくなる……)


 あと半年で、結果を出さなければいけないんじゃないかって焦り出す。

 誰も、そんな厳しいことを口にしていない。

 それなのに、頭の中は半年で結果を出さなければ見限られてしまうという発想に置き換えられていく。


「西島?」

「え、あ……大丈夫です」


 大丈夫という魔法の言葉を唱えると、大抵の人たちはこれ以上、干渉しないでくれるようになる。

 そんな狡さと逃避を知ってしまった自分は、もう子供として生きることは許されない。

 成人年齢が引き下げられたって、子どもは子どもでいたいって気持ちを大人たちは分かってくれない。


「……次、どんなことをやっていきましょうか」


 作曲家が次の機会を得るためには、立花彩星ボーカルの存在が必要不可欠。

 新しく夢を描くには彼女の存在が必要なのに、立花彩星は音楽ユニットGLITTER BELLの卒業を決意した。


「西島は、どんな音楽を作りたい?」

「……俺は」


 仲間が本当の夢を叶えるために動き出したっていうのに、自分の人生だけは時が止まったかのように動きを見せてくれない。

 進んでいく時計の針を見つめ続けるだけの自分を悪だと評することはできないはずなのに、止まったままの自分を恥じてしまうのはどうしてなのか。


「すみません! 遅くなりました!」


 初めて彼女の声を聞いたとき、あ、この人は俺の楽曲を唄うために生まれてきてくれた。

 そんな大袈裟で馬鹿げた錯覚を起こしてしまうくらい、俺は彼女の第一声に魅了された。

 そのときの感覚を、今も忘れることができない。


「郁登くん……なんで、補習が終わるまで待っていてくれなかったのかな……」


 ふてくされたような声を上げる彩星だけど、こっちにはなんの否もないないのだから怯んでばかりはいられない。


「打ち合わせくらい、俺一人で大丈夫だと思ったから」

「それじゃあ同じ高校に通っている意味がないよ? 一緒に同じ高校に進学しようって約束したよね?」


 よほど慌てていたのか、立花彩星彼女の髪の毛は悲惨な状態になっていた。

 けど、髪型を直す余裕がないくらい、彼女が急いで事務所に駆けつけてくれたってことが分かって嬉しくなった。

 そんな風に思ってしまう自分は、よっぽど立花彩星ファンということかもしれない。


「その、同じ高校に進学したはいいけど、ユニットを卒業したら意味ないからな」

「意味はあるよ! これからも郁登くんと善き関係を築いていくという意味が!」


 他人俺を喜ばせる言葉を知っているくせに、GLITTER BELL俺たちの未来は変わらないなんて、ある意味では残酷な性格をしていると思う。


「どうせ勉強教えてほしいとか、俺が予習したところを丸写ししたいとか、邪な気持ちが混ざっているのは明白……」

「あー! あー! 遠嶺さんに、ばらさないで!」


 彩星のすべてを理解しているわけではないけど、感情表現豊かなところとか、くるくる変わる表情とか、今どきの女子高校生っぽくないところが武器だと思った。

 自分の気持ちを隠すことなく、他人に見せることができるところが、彼女の感性に繋がっていると信じてきた。


(俺は、自分の気持ち……隠してばっかだから)


 早く大人になりたい自分と、等身大の自分で美しく表現できる彩星。

 正反対の同士が集ったからこそ、GLITTER BELLグリッターベルは夢を叶えることができたのかもしれないって今なら思える。

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