第3話「春」
『王子様!』
感動のラスト……と言いたいけど、感動というよりは爆笑のラストかな。
そこに流れてくるのは、なんとも心地のいい音楽。
感動のラストを装うには十分な効果を発揮しそうな癒し成分を含んだ音楽に、ほんの少し涙腺が揺さぶられそうになる。
(演劇をやる人たちのために作られた曲……作曲者の、演劇を楽しんでほしいって気持ちが伝わってくる楽曲……)
名前も知らない同業者の仕事ぶりを耳にして、人の心を動かす力を持つっていうのは本当に凄いことだと改めて実感する。
『姫! これ以上、僕に近づいてはいけません』
もっと聴いていたい。
『僕は、姫のことを昔からお慕いしておりましたっ!』
もっと、この時間に身を委ねていたい。
『え!? いやいや、ストーカーだなんてとんでもないっ!』
もっと、声の芝居を活かすための音楽を作りたい。
『僕は姫を愛して愛して愛してやまないだけの、ただの隣国の王子ですっ!』
もっと。
もっと。
もっと! 音楽の力で人の心を動かしたい!
美紅と彩星の応援をしていたはずが、朗読劇にほとんど関わることができなかった嫉妬と未来への展望へと変わっていく。
「お疲れ」
「暑い……」
スポットライトを浴び続けたことを、熱演……って言っていいのか分からないけど、朗読劇に全力を出せたおかげで彩星の体は汗で凄いことになっていた。
「良かったよ」
「郁登くんに褒めてもらえて光栄かな」
今は真夏なんじゃないかと勘違いさせるほどの暑さに、彩星の頭はぼーっとしてきてしまっているらしい。
「出演者の人たち! 運動部が使っているシャワールーム、行ってきて大丈夫だからっ! 優先はライブを控えてる美紅ちゃんで!」
生徒会役員の人たちから、出演者たちに恵みの声がかかる。
「郁登くん……」
「ほら、汗、拭かないと風邪引くぞ」
彩星の涙腺を揺さぶっているのは、クラスのみんなで一つの舞台をやり遂げることができたっていう達成感。
そして、長いようで短い準備期間でずっと背負ってきたプレッシャーから解放された。
そんな気持ちが入り混じっている彩星の姿を見て、胸が熱くなってくるのを感じる。
「俺! 感動した!」
「結果発表、期待できるっ」
「マジで優勝狙えるって!」
クラスには、笑顔ってものが広がっていた。
(彩星の芝居は……みんなのために貢献できた……)
誰かの笑顔は、こんなにも幸せな気持ちを与えてくれる。
物凄い勢いで心の中が、幸せって感情で満ち溢れていくような気がする。
「彩星、良かったよ」
「お疲れ様っ」
「すっごく良かった」
クラスメイトたちからの賛辞を受けて、瞳いっぱいに涙を溜め混んでいる彩星。
そんな彩星の姿を見て、幸せって感情が自分の心に満たされていることを自覚する。
「ほらほら、彩星、泣かない! 打ち上げはあとでちゃんとするから!」
クラスメイトに泣くなと言われるけれど、別に彩星は公の場で大号泣はしていない。
だけど、幸せで満たされるって感覚に戸惑いすぎて、泣きそうになっている彩星がいるのは本当のことだった。
「三年一組の人は、文化祭終了まで自由行動ねー」
委員長の声が辺りに広がると、早速文化祭を楽しもうとするクラスメイトたち。小道具を別の場所に移動させる人たち。そしてシャワールームに向かう人たち。それぞれの目的に向かって、みんながみんな解散していく。
「ちょっと、寂しいね」
彩星が最後に零した一言は、誰に向けられた言葉なのか分からなかった。
これが高校生活最後の文化祭ってことが寂しいのか、それともほかに理由があるのか。
「…………俺は」
俺は、ほかに理由があるような気がしてしまった。
だから、誰に向けたか分からない独り言のような彩星の言葉に反応してしまった。
「もっと、彩星に甘えてほしかった」
返事なんて、いらなかったのに。
いつも通りで良かったのに、彩星は《《ごめん》》と一言だけ返してきた。
「っ」
俺は彩星から言葉を受け取ると、シャワールームに向かうために足を運ぶ。
幸せって感情に浸りすぎていて、今の俺なら彩星のどんなに些細な言葉や行動にも泣いてしまう自信がある。
そう思った俺は、急いで会場を後にした。
「美紅の様子を確認して、一緒にステージに戻って……」
文化祭の余韻に浸っていたい。
正直なことを言えばそうだけど、何せ自分には時間がない。
この後に大事すぎることが控えているせいか、このあと優先すべきことへの順番を組み立てるので頭の中はいっぱいいっぱいだった。
(でも、文化祭のこの空気、いいな)
あれほどクラスのみんなと盛り上がってしまったせいで、文化祭を開催している高校から卒業する日が近づいていることが物凄く寂しくなってきてしまった。
(高校生らしい文化祭を過ごしてこなかったもんな……)
仕事がある高校生は仕方がない。
確かに、それはそうかもしれないけど、高校生という限られた時間にしか経験できないことも経験してみたかった。
予算が限られた文化祭の割に、意外とドラマやアニメに出てくるような文化祭が再現できているから困った感情が生まれてきてしまう。
(もっとクラスに馴染んでみれば良かったんだろうけど……)
去年の文化祭にも、一昨年の文化祭にも参加した。
けど、高校の文化祭らしいことに参加したのは今年が初めて。
余計に、この文化祭の空気に染まりたいって気持ちが強まっている。
(でも、時は止まっても、戻ってもくれない)
体育館からは、盛大な拍手。
教室には、作品や展示物の数々。
飲食を取り扱うクラスからは、食欲をそそる香ばしい香り。
友達同士だけでなく、他校から来たお客さんや家族と写真を撮り合う姿や笑い声が絶えない光景。
五感で感じられるすべてが、次に生まれる音楽の構想へと繋げてくれる。
(文化祭を楽しみたいのに、早く帰りたいとか……矛盾しすぎて、楽しい……!)
中庭にはテントが設営されていて、体育祭でもないのに休憩所があることに驚かされた。
疲れてはいるものの、満足そうな表情の生徒たちがテント下に集まっている。
その文化祭らしい雰囲気に気を取られたおかげで、俺はテントの隅っこで蹲っている陰を見つけることができた。
「美紅?」
中庭に通じる扉を見つけて、彼女の元へと駆け寄る。




