第2話「青」
「ayaseのところに、行かないの?」
「あいつはクラスメイトから愛される存在だから」
本当は、自信を喪失している彩星の様子が気になっている。
気になりすぎて、気になりすぎて、今すぐにでも彩星の傍に寄り添いたい。
だけど、クラスメイトの幸せを誰もよりも優先する選択を選んだ彩星の邪魔をするわけにいかない。
「俺は、俺に与えられたことを優先しないと」
たかが励ましにいくくらいで、彩星の時間を奪うことには繋がらないとは思う。
でも、俺の感覚と他人の感覚は違う。
「より良いステージ発表したいって気持ちは、みんなが一緒だから」
俺にとっては、たいした時間ではないかもしれない。
でも、今の彩星は一分一秒を争う戦いをしているかもしれない。
人によって感じ方が違うからこそ、俺は彩星のことを邪魔できない。
邪魔になる可能性が、ほんの少しでもあるんだったら、俺は彩星の元に行くことはできない。
彩星の邪魔になるようなこと、今度は絶対にしたくない。
「ayaseには……」
「ん?」
「私以外に、代わりはいない!」
完成度を気にせずに、台本に書かれてあるセリフを読むだけだったら誰にでもできる。
だけど、彩星と美紅がクラスのみんなから託された仕事はセリフを読むことじゃない。
「そう思ってもらえるくらいの朗読、披露してほしい」
「……だな」
クラスメイトが書いてくれたキャラクターに命を吹き込むこと。
「……ほかの誰かに任せられるような仕事じゃないってこと」
美紅の、声の出し方が変わる。
「伝えられたらいいなって思ってる」
美紅の瞳に、熱が籠もる。
「他校の朗読劇のこと、頼んだ」
たかが高校の文化祭の出し物なのに、仕事って称する美紅の真面目さに怖くなる。
美紅は、ひとつひとつのプレッシャーを処理しきれるのかって不安になる。
(でも、美紅が俺を頼らないのなら、俺は美紅を信じる)
美紅が俺を頼ってきたときは、全力で応えてやりたい。
「美紅にしかできない芝居……楽しみにしてる人たちは大勢いるから」
美紅のことを信頼して、託してくれた人たちクラスメイトがいる。
焼きそばパン目当てだろうと、そんなきっかけとなった物なんてどうでもいい。
理由はどうであれ、美紅はクラスメイトから信頼をいうものを託された。
「だったら、その期待に応えないといけないね」
「かっこいいよ、美紅は」
クラスメイトの信頼と期待にも応えられない人間が、世間の人を魅了する声なんて発することはできない。
「三年一組の人たち、準備お願いします」
本当は、お姫様がメインの眠れる森の美女。
だけど、今回は面白可笑しくクラスメイトが物語を新しく書き上げた。
(まずは、第一声……)
第一声で、観客全員の聴覚を引き込む力。
(今の彩星には、ない)
そんな力があったら、ここまで彩星のことを心配したりしない。
力がないからこそ、不安になる。
|GLITTER BELLでは力を分け与えることはできても、今日の朗読劇で俺は彩星のことを見守ることしかできない。
『王子が姫の誕生パーティーにいらしただと!?』
さっきまではクラスメイトが美紅のために作ってくれた衣装に俺が恥ずかしさを抱いて、美紅はどんな気持ちでステージに立てばいいんだよって思ってた。
だけど、いざステージを前にすると……この王子風の衣装を着られることに喜びのようなものが生まれてきた。
『これは、これは……わざわざ姫のためにありがとうございます』
もうすぐで彩星は、王子役を任せてもらえる。
GLITTER BELLとして仕事していたときは決して手に入ることのなかった、主人公という立場の役を手にすることができた。
『姫様』
たった一言。
そのたった一言に、どれだけの熱量を込めることができるか。
ほんの一瞬だけ観客の人たちがどよめいてくれた気もするけど、それはほんの一瞬の出来事に過ぎない。
彩星の声に反応したのか、彩星の容姿に反応したのか、彩星の衣装に観客が反応したのか確かめる術はない。
『姫の生誕祭に、どうして僕を呼んでくださらなかったのですか?』
彩星の読みは相変わらず普通だけど、今必要なのは技術じゃない。
ステージ上には、クラスのみんなが全力を尽くして制作してくれた小道具の数々。
そして、一緒に共演する美紅やほかのクラスメイトのみんな。
みんなで一つの作品を作り上げるんだって気持ちを高めていくこと。
その気持ちが、今は一番欲しい。
『せっかくですから、僕にも大切な姫のために贈り物をさせてください』
クラスのみんなはプロと同じステージに上がれるぞーと盛り上がっていたけど、彩星は大人たちの陰謀に巻き込まれた一声優部員でしかない。
彩星一人が頑張ったって、それは独りよがりの芝居にしかならない。
文化祭を成功させるには、クラス全員の力が必要。
『この糸を紡げばいいのかしら?』
美紅の声が、体育館全体に響き渡る。
最初はマイクを通して自分の声が響くってことに、驚いていた美紅が今では懐かしい。
それくらい、たった一声だけで観客を惹きつけた美紅の表現力はさすがだった。
『駄目です! 姫様に、そんなお手を汚させるような仕事をさせるわけにはいきません!』
『王子様?』
美紅だけが活躍する朗読劇になってしまったら、それは誰の心にも刺さらない作品になってしまう。
クラスのみんなが朗読劇って楽しいものなんだってことを感じてもらうために、美紅は常に彩星やクラスメイトの読みに気を配っていた。
『こんなものは、下々の者にやらせておけばいいのです!』
『私が、王子のことを助けに参ります!』
それは、美紅にとっては遠慮ってものにあたるのかもしれない。
遠慮した芝居なんて、美紅にとってはつまらないかもしれない。
それでも美紅は、主人公である王子を立てるために言葉を紡いでいく。
『そんなことをする必要がどこにある!? あの王子は、おまえに呪いをかけようとしていたんだぞ!』
高校三年のときにやった文化祭が、一番楽しかった。
後々の思い出話で、そんなことを思ってもらえるように。
俺は舞台袖で、美紅と彩星の活躍を見守る。




