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第7話「二人」

「みんな、発声練習に付き合ってもらえる……?」


 俺の元から旅立つ覚悟を決めた彩星あやせは、先へ先へと向かっていく。

 俺を頼らないところは昔から変わらなくて、やっといつもの彩星が戻ってきたことに安堵する。


彩星(あやせ)、私も手伝うよ」

「私も、私も」


 セリフを割り当てられているクラスメイトたちは、彩星の元へと集合し始める。

 不安を分け合うことで、クラスの団結力はより一層、高まったような気もする。


(もう大丈夫か)


 まだ何も始まってないけど、心が喜びを感じている。

 もちろん彩星自身に頑張ろうって意欲があってこそ、彩星は前を向くことができた。


(彩星は俺なんかより、愛される性格してんだから)


 俺が直接、彩星の役に立ったわけではない。


(でも、やっぱり嬉しい)


 人にほんの少しでも影響を与える言葉を伝えることができたのなら、それはやっぱり自分にとっての大きな喜びへと変わっていく。


ayase(彩星)のせいで、一人になった……」

「悪かったって」


 誰かの力を借りる必要のない美紅みくはクラスメイトたちから放置されてしまったらしく、ゆっくりとした足取りで俺の元へと戻ってきた。

 文句を言いつつも、満足そうな顔を浮かべているところが印象的だった。


「俺たちも、仕事に戻るか」

「うんっ」


 普段の明るい彩星が戻っていることを確認して、俺と美紅はこっそりと教室を後にした。


「彩星のこと、助かった」

「私は、憧れの人のかっこ悪いとこ、見たくないだけ」


 拗ねたような言い方をするのが年下っぽいとは思うけど、美紅のおかげで未来が変わってるなって感じていることは多々ある。

 美紅は未来を変える力を持つ存在って思うと、年下ってところで線引きをしてはいけないなってことを痛感する。


「欲しいもの持ってる人って、簡単に手放しちゃうから」


 彩星は持っていて、美紅が持っていないものはたくさんある。

 美紅だけが持っていて、彩星は持つことができないものもたくさんある。

 これから美紅が何を手にしていくのかって考えるだけで、未来が楽しみなものになってくる。


「甘えるか?」


 横を歩く美紅に、そっと声を投げかける。


「……郁登(いくと)さん、それって」


「美紅が前、声かけてくれたやつ……」


 賑やかな廊下に、ぽつりと零れた小さな声。

 聞き取ってくれたことに感謝しながら美紅の顔を見ると、物凄く嫌そうな顔をしているから面白い。


「……甘えるって、難しいね」


 甘えてもいいよって声をかけたところで、人間はそう簡単に甘えられないってことを俺たちは知っている。


「人間、強がりたい生き物だよなー」

「うん……」

「でも、なんかいいなって」


 歩きながら大きく腕を伸ばして、凝り固まった体を解していく。


「何が……?」


 眉をひそめて、何を言ってるのか意味分からないような顔をした美紅。

 こういう年下らしいところをいっぱい見たいけど、そう簡単に気を許せない大人の世界に巻き込もうとしているところが申し訳ない。


「独りじゃないって、無敵だなって」


 思うように体を動かせるようになると、とぼとぼと隣を歩く美紅と視線が交わった。


「まあ、甘えたり、頼ることができるかって言ったら、別問題だけど」


 視線が交わって、美紅は思いっきり目を見開いた。


「独りの時間が減って、すげー救われてる」


 俺が言葉をかけると、自然と瞬きの回数が増えていく。


「今もボーカルが見つかってなかったら、確実にやる気なくしてたと思う」

「私も……!」


 高校三年になったばかりなのに、これから控えている体育祭や文化祭の準備で校舎のあちこちは賑わっていた。


「独りじゃなくて、良かった……」


 美紅の声なんて簡単にかき消されてしまうはずなのに、俺には美紅の声がよく聞こえる。


「なんで|GLITTER BELLグリッターベルのボーカルを辞めるのとか考えて、ずっとayaseのこと恨んでたと思う」


 そんな特別なことなんて起きてもいないのに、美紅と言葉を交わすことで俺の聴覚は喜んで反応を示す。

 こんなにも自分が単純な人間だったとか、いろんな意味で驚かされる。


「私も……アニメショップで郁登さんと出逢えて……良かった……」


 十何年間付き合っている心と体なのはずなのに、美紅と接していると新たな自分が見えてくる。それが不思議で楽しくて堪らない。


「ありがとう……」

「どういたしましてって、ほどのこともやってないけどな」


 苦笑いを浮かべながら、俺は美紅に言葉を返す。

 こういうところで、なんかかっこいいセリフでも言ってみたい。

 けれど、自分の格好を装う余裕なんて微塵も生まれてこないから残念すぎる。


「ううん! 郁登さんは凄い!」

「そんなことないって」

「ファンの心を動かすきっかけは、郁登さんがくれた」


 普段は表情を動かさないくせに、今だけは満面の笑みを浮かべているなんて狡いと思う。


「GLITTER BELLのこと、好きすぎて怖いわー……」

「怖いくらい、私の愛、重いよ」


 廊下のど真ん中で、一体、なんて恥ずかしい言葉を交わし合っているのか。

 お互いに、同じことを思ってしまったのかもしれない。

 俺と美紅が笑い声を上げたのは、ほぼ同時だった。


「悪い……何も可笑しくないんだけど……つい笑って……」

「ううん……楽しい……」


 自然と、嬉しそうに笑ってくれる美紅が傍にいると安心する。


「憧れの郁登さんが笑ってくれて、私、嬉しい」


 さすがは美紅っていうのか。

 美紅の笑い声はすぐに落ち着いて、その場には俺の笑い声だけが取り残された。

 美紅と笑いのツボが同じだったことが楽しすぎて、幸せすぎて、俺の口角はなかなか通常に戻ってくれない。


(つい最近まで、赤の他人同士だったのに)


 この変わりようを、過去の俺にぜひとも伝えてやりたい。


「郁登さん」


 名前を呼んでもらえることの幸せ。

 慣れていることが、こんなにも幸せを感じ取るものだとは思わなかった。


「本当にありがとう! GLITTER BELLを残してくれて。アニソンを愛してくれて」


 言葉は人の心を傷つけることもできるけど、人の心を救うことだってできる。

 そんな名言? みたいなのをよく耳にするけど、まさにそうだなって思う。


「GLITTER BELLが主題歌を担当してくれて、作品、凄く盛り上がったよ」


 人から与えてもらう言葉の威力。

 美紅が俺に与えてくれる言葉一つ一つが、自分の力になっていくような気がする。

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