第5話「言葉」
「俺は、彩星の読みを聞いて、もうとっくに失望してるよ。この程度で、声優目指してるのかよって」
台本なんて見たくもないくらいの状況に立たされているだろうっていうのに、彩星は台本を投げ捨てたりはしなかった。
自分の手元に、傍に、クラスメイトが頑張って書いてくれた台本を置いている。
「違う……」
散々煽った甲斐があったのか、彩星が声を返してきた。
|GLITTER BELLの初代ボーカルに起用したいって思った、あの頃の彩星の声が戻ってきた。
「失望させたくないんじゃなくて、クラスメイトの足を引っ張りたくない。私のせいで、クラスみんなの焼きそばパンを駄目にしたくない」
そんな彼女が、彼女らしいというかなんというか。
「なんだ、もう誰のために頑張ればいいのかわかってるなら心配ないな」
「…………それとこれは……」
彩星だったら心配をかけないように声を作り込むことだってできるだろうが、それをしなかった。
それだけ立たされている環境が窮屈で、声が自然と弱くなっているのかもしれない。
「来るか来ないかもわからない大人に媚び売りたいのかと思ったけど、クラスメイトが一番大切なら何も問題ない」
完全に立ち直れなくなるくらい打ちのめされているのなら、励ますための言葉を懸命に考える。
でも、まだやれるって気持ちが消えていないって分かるから、俺が力を貸す必要はない。
やっぱり彩星は、元相方なしで人生を切り拓いていくんだって寂しさと尊敬の気持ちが強くなる。
(いつだって、彩星に返せるものなんてない)
自分にできるのは、声をかけ続けることだけ。
「彩星は、彩星らしくでいいんだよ」
そんなに虚しいことはないって思っても、マンガに出てくる主人公のような強さがないのだから仕方がない。
強気なフリをして、文化祭を楽しみたいっていうクラスメイトの元に彩星を送り出す。
「私らしくやったら、作品の世界まで駄目にしちゃう……」
顔すら上げてくれない彩星のことを見守っているのは、俺だけじゃない。
クラスのみんなも、クラスの人気者彩星を心配している。
どれだけ優しい人たちが集まるクラスだよってツッコみたくなるくらい、みんながみんな大切なクラスメイト彩星のことを心配している。
「彩星は、責任感強すぎ」
「私は、文化祭の出し物を成功させたいだけ!」
「その気持ちは、すっげー立派」
責任感とか、そういうことじゃないって彩星は言う。
でも、どこからどう見ても、彩星は一人で何もかもを背負い込み過ぎている。
彩星はたった一人で、文化祭の成功は自分にかかっているんだってプレッシャーを背負っている。
「彩星」
自分の声にはなんの魅力もないかもしれないけど、彩星の名前を呼んでみた。
俺の声に気づいた彩星は、そっと顔を上げて周囲の様子を確認した。
自分がみんなに迷惑をかけているって顔をして、彩星はまたしても自分のことを追い込んでいく。
「問題。文化祭を成功させるには、何が大切?」
自分で尋ねておきながら、いくらでも答えが浮かびそうだなって自分でも思ってしまう。
「大切なこと?」
「そう、大切なのは何?」
言葉選びが下手だなとか、もっとやり方はあったんじゃないかとか、後悔の念みたいなものすら湧いてくる。
せっかく彩星を助けるチャンスなのに、不甲斐ないなーって本当に思う。
「……練習とか、事前準備をしっかりやること!」
「それも大事だけど、ハズレ」
でも、このやりとりが、俺が彩星のためにできる精いっぱい。
なるべく頑張って、伝えたいなって思う。
ただ単純に、彩星が前を向くきっかけ作りをしてあげたいって気持ちが大きい。
俺はいつも彩星に、言葉をもらってばかりの人間だから。
「俺の勝手な思い込みでもあり、俺の勝手な意見ではあるけど……」
彩星の言葉に元気をもらって、彩星の言葉に励まされて。
そんな日々を送らせてもらえたことって、凄くありがたくて幸せなこと。
日頃の恩を返したいとか、そんな偉そうな話じゃないけど。
ただ、俺は、彩星の力になれる言葉を提供したい。
「文化祭を、みんなで楽しむことかなって思ってる」
彩星も彩星で、クラスメイトのことなんて考えなくていいのに。
クラスメイトも、彩星が焼きそばパンのことを考えてくれるのは非常にありがたいと思ってるだろうけど。
その一方で、焼きそばパンが彩星に莫大なプレッシャーとなっていることにもクラスメイトは気づいているはず。
「彩星が楽しく朗読できるように、俺も練習いっぱい付き合うから」
無理に口角を上げてきたときもあったけど、今は自然に笑えてるなって自信がある。
「当日、楽しませてもらう」
いくら偉い大人たちに推されている彩星だからって、こんなに最初っから最後まで喋りっぱなしの舞台はそうそう経験できない。
経験できないなんて未来まで悲観したら駄目なのは分かってるけど、今の彩星には夢のまた夢の話だから。
だから、今回の機会、思いっきり楽しんでほしいと思う。




