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第2話「期待」

「朗読劇って何……朗読劇って何……朗読劇って……!」


 独り言を呟いているようにしか思えないくらい小さな声だったはずなのに、その小さな声は次第に自分の感情を訴えるための強さを帯びていく。


「朗読劇って何!?」


 少し厚めの台本のようなものを握り締めた彩星あやせが、今にも泣きそうな表情で、俺の顔を覗き込んでくる。

 高校生にもなって涙目を浮かべているってことは、それだけ彩星(あやせ)に深刻な出来事が起こっているのだと察する。


「朗読劇って何!?」

「朗読劇って言うのは、そのままの意味だろ! ほら、小学生のときに朗読とかやっただろ? それをステージ上で披露するみたいな、そんな感じだって!」


 もう少し上手い説明もできなくもないけど、とりあえずは彩星を自分から引き剥がすのでいっぱいいっぱいだった。


「無理! 無理! 無理! 絶対に無理!」


 彩星は台本を机の上に置いてしまって、今度はクラスメイトではなく彩星が泣き崩れる真似をする。


「西島には言っていなかったが、うちのクラスの出し物が朗読劇に変わったんだ」

「は?」


 俺の苗字を覚えてくれている奇特なクラスメイトは、なんの魅力もないセリフを操る彩星に命運を託した。


「まあ、察しているとは思うが……小道具作りに全力を出し過ぎた結果だ」


 現実逃避とは無縁の日々を送っているだろうクラスメイトが、急に俺から目線を逸らして話を進めていく。


「そこで、ステージ上での動きを完全に封じた朗読劇へと移行したわけなんだが……」

「棒読み続出で、話にならないんだよなー」


 近くを通りかかった別のクラスメイトが、フレンドリーなクラスメイトの話に乗ってくる。そして、こんな恐ろしいことまで言ってくるのだった。


「もう、西島くんの講演会でいいよって話にもなったんだよ?」

「西島の握手会とかでもいいんじゃね、とかって話にもなって……」

「誰に需要があるんだよ! 誰に!」


 何人かのクラスメイトが新しく輪の中に入ってきて、もう誰がなんて苗字なのかも分からなすぎて混乱する。

 それなのに、おとなしくクラスメイトたちの話を聞く他校在籍の美紅(みく)はめちゃくちゃ大物なんじゃないかって思えてくる。


「それに、そんな暇ないんですけど!」

「美紅ちゃんがいれば、お客さんが山のように来るって!」


 何を言っているんだ?

 なんて、恐ろしいことを言ってくるクラスメイトたちなんだ?


「別に高校の出し物なんだから、棒読みも売りにしろよ!」


 懸命に訴えてみるものの、俺の声では誰一人として心に訴えを届けることはできないらしい。


「そんな手抜きしたら、ステージ部門の優勝を狙えないだろ!?」

「は? 優勝」


 俺のささやかな抵抗に、さっきまで遠くにいたはずの更に別のクラスメイトが力説を始めることで否定した。

 もう何人のクラスメイトが俺の机に集まっているのか、もう人数を数えるのも面倒になってきた。


「俺たちは、優勝したクラスだけが貰える焼きそばパンが食べたいんだー!」


 どこの誰か……いや、クラスメイトの男子がそんな声を上げると、今度はクラス中に焼きそばパンコールが広がり始めるのだった。


「……焼きそばパンなんて、購買で売ってんだろ!」

「西島っ! おまえに、俺たちの気持ちがわかるか?」

「は?」


 文化祭の準備で盛り上がるクラスメイトたちの士気を下げたくない気はあっても、声優部に入部したての彩星にすべてを背負わせるのは厳しすぎる。

 なんとかクラスメイトたちを引き留めようと声を上げるが、クラスには嵐のような活気が広がっていく。


「俺たちは、文化祭で優勝した暁に貰える焼きそばパンが食いたいんだよっ!」

「もう仕事で稼いでいるおまえに、俺たちの気持ちが分かるか!?」


 嫌な予感しかしない。


(あれ? そういえば、彩星はどこに……)


 俺を助けてくれる彩星の姿が見つからないと思って、目の前にいる美紅に視線を向ける。

 すると、綺麗な顔が台無しですよと声をかけたくなるくらい鋭い目つきで美紅は彩星のことを睨んでいた。


「そこで、声優部の出番だろ!?」

「あー……」


 クラスメイトの語尾には、まるでハートマークが付いているようだった。


「我がクラスには、声優部所属の彩星がいる! 感動巨編の朗読劇が完成するんだ!」


 クラスが一丸となった瞬間だった。

 いつの間にか、クラスには拍手喝采と言わんばかりの光景が広がっていた……。


「いや、あの、彩星の朗読は聞いたことある……」

「朗読劇は、練習がいらないんだろ?」


 それは大きな間違いです!

 プロが練習しないと、本気で思っているのか!?

 そう、クラスメイトたちに訴える気力も今の俺にはなくて……。


「絶対に優勝するぞー!」

「おう!」

「って……んなわけあるかーーーー!!!!」


 俺の声は教室中に響き渡ったが、その声を気に留める人はここにはいなかった……。


「何、もう、この豪華な小道具たち……」


 時は流れて、演劇で使う予定だった小道具たちが教室に運ばれてくる。


「情熱だけは一番」

「小道具のクオリティ高すぎだろ!」


 劇に参加するはずだったクラスメイトたちが全力を尽くしただけあって、ステージに飾られる舞台セットは想像していたよりも遥かに豪華な仕上がりだった。

 呆然としながらも、俺と美紅は感嘆の声を上げるという、なんだか真逆の出来事が同時に起こって体がついていかない。


「練習に力が入らなかった人の気持ちがわかるでしょ?」


 クラス替えが行われたばかりのはずなのに、こんなに距離を縮めて話しかけられる女子高生パワーに言葉を失ってしまう。


「まあ、うん……限られた予算の中で、すっごい努力したんだろうなってことは……」


 小道具作りにすべて費やしたクラスメイトたちは、満足げな表情を浮かべている。

 一方の朗読劇の主人公に抜擢された彩星は、今や台本を読み込む作業へと集中していた。

 焼きそばパンのために必死なっているクラスメイトの力になりたいっていう彼女の気持ちが伝わってくる。


「クラス全員が、焼きそばパン目当て……凄い頑張り……」


 他校の生徒である美紅の言葉を無視する人はクラスにおらず、お客様である彼女を精いっぱいもてなそうと動き出す。


「ついでに加えるなら、クラスで分け合う駄菓子の詰め合わせもある」


 美紅の学校では、どんな文化祭が開催されるのか。

 そんな呑気で平和な話を繰り広げてみたいけど、俺は目の前で不安に覆われている元相方彩星を励まさなければいけない。

 今のままだと、悲惨な朗読劇が開催されるのは容易に想像できる。

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