第1話「交わる」
「これ、私の声?」
窓から差し込む春の柔らかな太陽の光は、誰にでも平等に与えられるもののはずなのに。
他校の生徒が独占してしまっているように見えるくらい、太陽の光を味方につけた彼女は教室中の視線を今日も独占していく。
「録音した声って、自分の声に聞こえないよな」
「うん……驚いた……」
ヘッドフォンを装着して、机に置かれたパソコンに集中していた視線が、隣で作業をしていた俺の元へと帰ってくる。
「感動」
「そこは、感情込めてくれよ」
「ちょっと恥ずかしい……」
照れくさそうに笑った美紅を見て、自分の心に喜びの感情が押し寄せてくる。
「ありがとな」
「んー……まだ早い気もするけど、郁登さんの気持ち、受け取りたい」
「いつかは躊躇わずに、受け取ってくれ」
美紅は無言のまま頷き、パソコンに映し出された楽譜に目を向けた。
(ボーカルが入るだけで、本当に空気が一変するんだよな)
彩星が、|GLITTER BELLのボーカルを担当する前。
美紅が、GLITTER BELLのボーカルを希望する前。
音楽だけで成功した時期がわずかながらでもあるはずなのに、今ではもうボーカルなしのGLITTER BELLは考えられなくなった。
(小さな世界を広げてくれるのが、ボーカリスト)
胸の奥からこみ上げる温かさを感じながら、自分の作った音楽に声を乗せてもらえる幸せを噛み締めていく。
「本当に、自分の声じゃないみたい」
「俺も、自分が作った曲とは思えない」
「え?」
違う高校の生徒美紅が自分の学校生活に混ざり込むようになって、それは異様とも違和感とも言える。
それなのに、積み重ねていく時間は自分の日常へと美紅を溶け込ませていく。
「自分の楽曲が、美紅の声に馴染んで良かったなって」
「私の声に合わせてくれたんじゃないの……?」
「美紅の声に合わせられるほど器用じゃない。俺は、俺が作りたいように作ってるだけ」
他校の高校三年が使用している教室に入ってくるのに、それなりの勇気がいると思う。
でも、美紅は俺のクラスメイトさえ味方につけてしまう人懐っこさ。
互いが向かい合いながら椅子に座っている様子は、クラス全員に受け入れられている。
「美紅のことは考えた。でも、美紅の声が俺の曲に馴染むかって不安は、ずっとあったよ」
二人で同じパソコン画面を覗き込みながら、新生GLITTER BELLの楽曲を確認していく。
二人の間を流れる空気の新鮮さが、また自分に新たな発想力を運んでくれる。
(また、書きたい。もっと、書きたい)
彩星がいたときも欲深かったとは思うけど、美紅と出会ってからはもっと欲深くなった気がする。
「あとは……」
アニメ・ゲームソング業界で生き残るためなら、どんなことだってやっていきたい。
そんな欲で塗れていく自分すら、今は心地よく思えてくる。
「ファンに認めてもらえるかどうか」
二人の声が重なる。
今の自分が抱えている感情を言葉にすることができないのが悔しいけど、なんだかいい感じだなってことだけは分かる。
「っていうか、初ライブが俺の高校の文化祭で悪いな」
「町おこしっぽい」
「いや、まあ、地域振興なんだけど……」
俺はこれから、美紅のいいところを曲で魅せていかなければいけない。
そう思っているのに、なんで地元を盛り上げるって負担を美紅に押しつけないといけないのか。
(今度は、ちゃんと守りたい)
ヘッドフォンを装着しながら、楽しそうな笑みを浮かべている美紅。
これから新しいことが始まるってことに期待感もあるだろうけど、GLITTER BELLのファンをやってきたからこそのプレッシャーもあるはず。
美紅の小さな変化にも気づきたいと念を送っているのがばれたのか、パソコンに目を向けていた美紅と視線が交わった。
「郁登さん、文化祭で何やるの?」
「萱野、聞いてくれ」
どうして俺のクラスメイトは、俺の相手をしていた少女の苗字が萱野だということを知っているのか。
そんな疑問を片付ける暇もなく、クラスメイトは一歳年下の美紅と親交を深めていく。
「西島は、クラスの出し物には不参加になるんだ」
「不参加……?」
「高校生で仕事を抱えるって、そういう忙しさがあるってことらしい」
同じ学校に通うこともできなければ、同じ学年になることもできない美紅のため、クラスメイトは自分たちが抱えている気持ちを吐露し始めた。
「音楽を担当してもらいたかったのに……してもらいたかったのに……」
他校の一歳年上の先輩を慰めるために、美紅は俺のクラスメイトの背中を撫でていく。
だが、その美紅の優しさに乗っかったクラスメイトは、泣き真似を始める。
「個人で出し物やるとか言うから……!」
「個人じゃなくて、仕事だよ。ライブ。美紅と」
この、泣き真似をしているクラスメイトを誰か止めてくれ。
クラスメイトの名前を把握できていないことが災いして、俺は美紅と会話を進めていく彼女を止めることができない。
「あーーーー!!!!」
クラスメイトたちが、どうして泣き叫んでいるのかは分からない。
ただ、高校三年の忙しい時期に文化祭の出し物を演劇に選んだことを後悔しているってことだけは伝わってくる。
「郁登さ……」
「クラスの出し物をないがしろにしてるとかじゃなくて、俺は美紅とのライブに集中したいんだよ」
最後の高校生活ってことに美紅が気を遣ってくれているのは、なんとなく察した。
俺の将来とか、俺の学校生活とか、美紅なりに気にしてくれているのは十分伝わっているから。
だからこそ、俺は気持ちを包み隠すことなく言葉にして美紅に伝えた。
「……余裕そうだな、西島」
クラスメイトに恨まれることはしていないと思っていたのに、あまりにも鋭い視線が突き刺さってくる。
「余裕じゃなくて、緊張をほかのことをやって誤魔化してるだけ」
「そうか、大変だよな」
相方と、ちゃんと話し合いたい。
そう思っているのに、俺の言葉に返してくるのは同じクラスになったばかりのフレンドリーなクラスメイト。
なんだか、辺りの空気が暗くなっているのを感じる。
「郁登くん!」
そこに、クラスのムードメーカである彩星がやってきた。
俺の背後を狙って、全体重をかけて覆い被ってくる彩星。
こいつは俺よりも遥かに身長が高いってことを、まだ理解できていないのか。
「彩星っ! 俺の小柄さに対する嫌味……」
バスケットボール部に入っていれば、かなり重宝されるんじゃないか。
そんな期待感ある高身長に押し潰されながらも、抵抗を示すために声を上げようとしたときのことだった。




