第7話「叫び」
「幼なじみなんて、大っ嫌いっーー!!」
「っ……」
彩星の後に続く自信がない。
彩星に圧倒されている?
それとも、単に恥ずかしい?
「セリフって思うから、戸惑うのかもしれませんね」
「だって、これはセリフ……」
「痛くないですか?」
藤瀬が、心臓のあたりを軽くトントンと叩く。
「心、痛くないですか?」
彩星のセリフを、俺は本気で捉えている?
あれだけ彩星の読みを馬鹿にしていたのに、俺は彩星のセリフを真に受けてしまっている。
藤瀬に指摘されることで、やっとそんなことに気づくことができた。
「郁登が、彼女に伝えたいことを伝えればいいんですよ」
長い前髪の向こう側の瞳は、相変わらず見えてこない。
でも、藤瀬の言葉に、心が動くのを感じる。
「だってこれは、郁登と彼女の会話ですから」
めちゃくちゃ悔しい。
彩星の声に翻弄されているのが悔しいのか、彩星が夢に近づき始めているってことが悔しいのか。
(わからないけど、とにかく悔しい)
悔しすぎて苛々してくる。
この苛々も、どこから来るのか分からない。
これが青春か?
これが青春ってやつなのか?
「幼なじみなんて、大っ嫌いっーー!!」
「もう一回」
こんな青春感を味わうことになるなんて、そもそも校舎の設計が良くないとかいちゃもんをつけたくなる。
なんでこんなにも夕陽が鮮やかに見える設計の屋上なんだとか、すべての現象とすべての環境に対して悔しくなってくる。
「幼なじみなんて、大っ嫌いっーーーー!!」
「もう一回」
これが、何回目の叫びだろう。
これが、何回目のやり直しだろう。
それでも挫けないって、凄すぎだろ。
「幼なじみなんて、大っ嫌いっっーーーー!!」
「もう一回」
これが、プロを目指す人の覚悟ってやつなのかもしれない。
声優を目指している人たち全員が、プロの声優として食べていけるわけじゃない。
そんな過酷な現実を理解していても、彩星は声優を目指すと決めた。
「…………っ」
心配になる。
みんながみんな、そんな厳しい世界を目指さなくてもいいのに。
怖くなる。
みんながみんな、幸せになれるような世界じゃないんだって……。
それなのに彩星は、みんなは、自分たちの夢を叶えようと先へ先へ歩いていく。
「………はぁー」
込み上げてくる不安と恐怖は、一体何に対してのものなのか。
彩星が、俺の心を揺さぶってくるから?
俺だけが未来に向かう覚悟がなくて、今に取り残されているような気がするから? でも、それに応えは出さなくていいと思った。
「幼なじみなんて、大っ嫌いっっっっーーーー!!」
自分の人生だって、そりゃあ大事に決まってる。
だけど、俺は伝えなきゃいけないと思う。
だけど、俺は伝え続けたいと思う。
彩星が夢の実現を目指して頑張ってくれるなら、俺は彩星の夢が叶うように応援していきたい。
自分の人生も大事だけど、俺は俺を支えてくれた人たちの人生も大切に想っているから。
「俺は、おまえのことが大好きだっ!」
俺が叫ぶと同時に、屋上にいた全員の視線が俺に集まってきた。
想定していた事態に突入したけど、この際もう恥ずかしいとかは言っていられない。
叫び出したら、もう最後までやり切らなきゃいけない。
「何があっても、どんなことが起きても……」
素人の叫びなんて、声優志望者からすればいまいちの響きなのだろう。
そんな自身にがっかりしつつ、俺は彩星に向けた止めの一撃をありったけの気持ちを込めて叫んだ。
「俺は、おまえのことが大好きだからっ!」
何があっても、俺の夢を支えてくれた人たちがいた。
どんなことが起きても、俺の夢を支えてくれた人たちがいた。
叶わない可能性が高い夢を、応援してくれた人たちがいた。
「俺、おまえの夢が叶うように頑張るからっ!」
だから、今度は俺が支える。
してもらった分を返さなきゃいけないとか、そういうことじゃない。
俺が、彩星の支えになりたい。
ただ、それだけのこと。
「世界中に、彩星のいいところ、全部ぶつけてこい!」
不安なことだろうと、愚痴だろうと、どんなことだって受け止めてやる。
彩星がそれで夢を叶えるための力を得られるなら、俺はなんだってやってやる。
「俺は、新しい相方をシンデレラにしてみせるっ!」
俺にできることは限られている。
俺にできることなんて、たかが知れている。
「必ずシンデレラになれるんだってこと、俺が証明する!」
だけど、俺は彩星の夢を支える。
叶わない夢だって揶揄されたって、俺は絶対に叶うって言い続けたい。
大切な元相方が、いつか夢を手にできるように。
「絶対に後悔させてやるからな! |GLITTER BELLを卒業したこと!」
そんな、重苦しくて励みになる言葉を伝えていきたい。
「…………はぁ」
屋上全体は静まって、グラウンドで活動している運動部の声で屋上が満たされていく。
自分は自分で言いたいことを言うだけ言って、一方的に叫びまくったおかげで凄くすっきりしてしまった。その分、恥ずかしさは付き物だけど……。
「彩星……」
屋上の入り口付近に立つ俺の存在にやっと気づいた彩星は、目を丸くして俺の方を見てくる。
交わる視線が、これ以上恥ずかしいものはないってことを訴えてくるけど俺は逃げない。
目を合わせるだけで何が伝わるってわけでもないけど、俺たちは瞳を逸らすことなく互いを見た。
「………幼なじみなんて、大っ嫌いっっーーーー!!!!」
彩星の叫びが、夕焼けで真っ赤に染まる空に広がった。
この叫びに繋がる前後の文章なんてものは何も理解していないのに、このセリフが美しいものに思えた。
そして、紅色の空と彩星が重なる景色を綺麗だと思った。
「っ」
カメラがあったら写真に収めたいくらいの衝動に駆られているって言うのに、自分の脳と心にしかこの瞬間を焼き付けられないなんてもどかしすぎる。
もっとたくさんの人に見てもらいたい。
もっとたくさんの人に、彩星のことを知ってもらいたい。
「立花彩星! それだ!」
もう一回としか口にしていなかった男子生徒は、彩星のセリフにようやく納得がいったようだった。
「スタジオ行くぞ!」
彩星のセリフが納得いく最高のクオリティになってしまったものだから、その男子生徒は彩星を連れて物凄い勢いで屋上を去って行ってしまった。
「……えっと」
彩星と、いい感じの時間を過ごしたいというわけではない。
二人きりにしてくれとか、そういうことを言いたいわけではない。
だけど、こう、もう少し余韻のようなものが欲しいと思ってしまったのは自分だけなのだろうか。
「俺の叫び、役に立ったか……?」
「さあ? どうでしょうか」
屋上にいた藤瀬と、屋上に入ってきた谷田川の反応はまったく同じで、これはこれで腹立たしいような気もしてくる。
「一人だけ、恥ずかしい想いをしたような気がする……」
「気にするな、気にするな」
叶十先生たちの方を見るけれど、二人は俺の方を向いてくれない。
俺のことを無視して、屋上の片づけを始めようとしている。
「新しいボーカルと、旧ボーカル……どっちがセリフパートを担当するのか楽しみだな」
谷田川の強い力で肩を叩かれる。
痛いって声を上げることもできたけど、その声はなんとか抑えた。
「GLITTER BELLを再始動させたいから、俺は美紅を推す」
その、肩を強く叩かれた瞬間。
なんとなく、未来が始まっていく予感がした。




