第6話「過去」
『幼なじみなんて、大っ嫌いーー!!』
彩星の声は、少しずつ本物の叫びへと近づいていっているような気がした。
だけど、男子生徒からのダメ出しは相変わらず続いていく。
「めちゃくちゃ甘やかすと思う。ごり押しにも平気に乗っかって、彩星の精神が駄目になるくらい……やらせに加担していく」
「いいんじゃないか、責任を取るのは大人たちなんだから」
パソコンに意識を集中させているはずなのに、返してくる言葉は嫌に現実を語ってくるから笑いすら溢れてきそうになる。
「その責任を取ってくれなさそうだから、俺は彩星を甘やかしたりできないなって」
「矛盾してるな」
彩星の叫びなんて、初めて聞いた気がする。
むやみな叫びは、喉の負担に繋がる。
正しい発声ができてこその叫びは、次第に熱を帯びていく。
「大人たちが立花を利用するってわかってんなら、守ってやればいいのに」
「調子に乗って、たいして上手くもないのに天狗になっていく彩星を見たくないってだけ」
彩星の声が響くたびに、心臓の鼓動が高鳴っていく。
屋上に繋がる扉を開くと、広がる夕焼け空が目に飛び込んできた。
(彩星の声だ……)
彩星の声が、叫びと呼べるようなものになってきた。
彩星の声は、彩星が声を担当しているキャラクターの叫びに近づいてきている気がする。
「藤瀬」
「どうかしましたか……」
藤瀬の手元にノートパソコンの類は見られなくて、藤瀬の視線は相変わらず彩星に向いたまま。
「いい作品作るために、手を貸してほしい」
「言われなくてもやります……こんな低レベルの声優部が絡んでくるとは思いますが……」
低レベルの声優部と称する割に、声優部の見学をしている藤瀬は随分と立派に見えてくる。
「俺も藤瀬と気持ちは一緒だよ。関わってほしくないに決まってんだろ。下手くそなんだから」
誰にだって、初めてってものがある。
下手だろうとなんだろうと、初めてを乗り越えなきゃ次へと繋がらない。
その初めての経験で、どれだけ人の心を掴めるか。
でも、彩星は、初めての芝居ってものに戸惑っている状態。
「……元相方に対して、ぼろぼろに言いますね」
「だから、俺は新しいボーカルを推す」
躊躇うことなんて何もなかったから、藤瀬の前で堂々と宣言した。
「元相方……応援しないんですか……?」
「しないって宣言を、谷田川にしてきたばっか」
変な間を作ることなく答えられたと思う。
だが、さっきまで彩星に向いていたはずの藤瀬の視線は俺に向いてしまった。
「彩星を奮起させるために、俺を呼んでくれたことには感謝してる」
「はい、あの普通っぽさなんとかしてほしいと思って……」
「でも、役に立てない。悪い」
藤瀬と見つめ合ったところで、彩星の演技力を向上させるための案は浮かんでこない。
「相手のことを知りすぎると、辛くなるときもありますが……」
言葉を繋ぐことができなかった俺を見かねて、藤瀬は言葉をくれた。
人間不信みたいな生き方をしている藤瀬が、俺の視線を逸らすことなく会話してくれてるってことが奇跡みたいに思える。
「未来に、知らないところがいっぱい待ってるって素敵なことですね」
藤瀬は俺に言葉を伝えると、再び彩星に視線を戻した。
「素敵……かな」
これから声優としての道を歩んでいく彩星のことを、彩星の人生の歩み方を、俺は知らないまま生きていく。
道を違えた者同士、そうなるのは仕方がないと思っていた。
でも、藤瀬は、その知らない同士になることを素敵と表現した。
「だって、これから知らないところが増えていくんですから……」
ライトノベル作家ならではの表現に、感嘆の声すら上げたくなる。
「これからも一緒に、まだまだお互いの知らないところを探していけるってことじゃないですか」
中途半端に付き合いが長くなった相方彩星に後悔したこともあったけど、藤瀬みたいな考え方があるんだってことを学ばせてもらう。
「……間に合うかな」
何に、間に合うのか。
俺は何に間に合うと尋ねているのか、自分でも自分のことがよく分からなくなる。
「何に間に合うかどうかは分かりませんが……」
藤瀬に、当然の言葉を返される。
俺が理解できていないことを、話し相手の藤瀬が理解してくれているわけがない。
それなのに、藤瀬は言葉を返してくれた。
「間に合いますよ」
随分と適当な返事を。
「……ありがとな」
でも、藤瀬の言葉をありがたいと思った。
この言葉を言ってくれる誰かを、俺は待っていたかのような。
そんな気持ちで、心が満たされていく。
「本気になればなるほど、辛いことが増えていきますから……」
長い前髪の向こう側の藤瀬の瞳は、一体何を見つめているのか。
「本気になればなるほど、痛いって思うことも増えていきます」
「……知ってる」
俺と藤瀬は、まだお互いのことを何も知らない間柄。
それなのに、お互いのことを理解しあっているような会話が成り立ってしまうのは、高校生という年齢で好きなことをやって稼いだ経験がある同士だからかもしれない。
「郁登も、何か叫んでみたらどうですか……?」
「俺が?」
体を丸めた姿勢を崩すことなかった藤瀬の背筋が、ほんの少しだけ伸びる。
相変わらず前髪が長いなーって思うし、何を考えているか分からない藤瀬の目が見えてこないのが今は本気で狡いと思う。
「これ、叶十先生が書いた作品の一部だろ?」
「どうでもいいです……」
長すぎる前髪の向こうに隠れた瞳で、藤瀬は何を見ているのか。
姿勢悪く体を丸めた藤瀬は、投げやりな声を向けてくる。
「声優部志望でもなければ、声優を目指しているわけでもない俺が加わったこと、後悔すんなよ」
「どうぞ、お好きに」
藤瀬は俺のことを見てはくれないくせに、俺のことを挑発してくる。
俺には関心がなさそうなのに、叶十先生の中では何かしらが組み立てられているんだろうなって期待を抱かせるところはやっぱり狡い。
「思いっきり叫ぶと、結構、気持ちいいものらしいです」
彩星に目を向けたままの藤瀬は、そんなことを言ってくる。
「何を叫びます……? 幼なじみなんて、大っ嫌いなんだから……に、続くセリフがいいと思います」
「ラノベ作家様が、そこまで手伝ってくれんの?」
走馬灯ではないけれど。
今まで彩星と過ごしてきた日々が駆け抜けていくかのように、俺の脳に訴えを起こしていく。
「……だけど、俺は、おまえのことが好きだーみたいな感じ?」
「はい、いいと思います」
彩星の叫びを普通と評価したが、俺は俺で空気を凍りつかせるほどの棒読みを披露することになる。
演技ど素人だから許されるとは思っていても、言葉を発する前から棒読みすると分かってしまったら言葉はなかなか声になってくれない。




