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第5話「甘え」

「甘えてほしい、頼ってほしい。美紅みくを嫌う人たちがいる一方で、美紅を愛してくれる大人はいっぱいいるから……」

「甘える?」

「は?」


 思わず、そんな言葉が出てきてしまった。

 言葉を途中で遮られたことにも驚いたけど、そもそも美紅が提供してきた言葉の意味が分からない。


「え、文脈、可笑しい……」

郁登(いくと)さんが、私に甘える? って意味」


 ごく一般的な先輩後輩の間柄では、先輩が後輩に甘えるっていう展開はあるのかもしれない。けど、自分たちの場合だけは絶対に違うと思った。


「甘えないよ」

「強がり」

「強がらせてくれよ、俺、一応は先輩なんだから」


 俺は甘えさせてもらうばっかりで、彩星あやせは俺に甘えてくるということはしなかった。

 一方的すぎる甘えに戸惑っているうちに、彩星はGLITTER BELLグリッターベルを卒業していった。


「それが、郁登さんなんだね」


 本当は俺だって、彩星に甘えてもらえるような強い存在になってみたい。

 頼るばっかりじゃなくて、頼ってもらえる側の人間になってみたい。


「だって俺は、美紅の相方になる人間だから」


 なるべく先輩ぶった表情を見せて、美紅に告げた。


「でも、いつでも美紅に甘えられると思ったら、肩の荷が下りたよ。ありがと……」

「郁登さん、泣きそうになってる」


 それは、彩星に頼りにされていないから出てくる涙なのか。

 それとも、彩星から頼りにしてもらえない情けない自分を悔しく思うから出てくる涙なのか。


「泣いてもいいんだよ」

「泣かない」


 美紅との、こういうやりとりを。

 俺は、いつまで続けさせてもらえるのか。


「相方が強くなりすぎたら、相方の意味がなくなっちゃうよ?」


 そう言って美紅は、また笑う。

 俺が大好きだと思う満面の笑みで、美紅は俺のことを励ましてくれる。


「美紅」

「うん」

「俺、できない自分が悔しい」

「……うん」


 その人の力になりたいと思ったところで、その人の力になることはできない。

 そういう歯痒い思いをしている人たちは、多分俺だけではない。

 たくさんの人たちが、大切な人のために自分が何をしてあげられるかってことを常に考えている。


「ただ、必要とされたいだけなんだけどな」

「必要とされるって、難しい」

「だよなー」


 大切な人のために、何ができるか。

 そんな想いがお節介になってしまうことだってある。

 だから、人間関係って難しいよなって思ってしまうことだってある。

 でも、そういう経験をたくさん積ませてくれる人たちがいてくれるから、俺はガンガンと前に進ませてもらいたい。甘えさせてもらいたい。頼りにしたい。


「私、郁登さんと出会うまでは、できない自分だったから」


 いつかは自分にしてもらったことを、いつか大切な誰かに返しにいけるように、今は力を蓄えさせてほしい。


「郁登さんの気持ち、わかるよ」


 俺に新しい毎日をくれた相方が、『わかるよ』って言葉を返してくれたことが何よりも心強かった。


「誰だって、できる自分になりたいって思ってるよ」


 椅子に座って、美紅の声を想って、美紅の声だけに集中して、曲を書き続けるって幸福に浸りたかった。

 幸せに浸かり切っているのは楽で、このまま楽をくれる美紅と未来を作っていけたら、更なる幸せを得られるって確信が持てる。


「悪い、行ってくる」

「謝らなくていいのに」


 和らいだ表情で送り出してくれる年下美紅に、少しは年上らしいところを見せたい。でも、そこまでできた大人じゃないから、焦りが生まれてしまう。


「待たせるのは悪いことだろ?」

「私は郁登さんに会いに来た。待つのは苦じゃない」


 廊下は走るなって言うけれど。

 今は誰も歩いていない廊下だから、今日だけは思いっきり走らせてください。


(俺は自分の作品で、その人の人生を支配したい)


 想いが溢れるって、こういうことなのかもしれない。

 気持ちを抑えきれないって、こういうことなのかもしれない。

 普段は隠しておきたい本音が、次から次へと溢れ出してくる。


「命ある限り……やれることは無限にある!」


 こんなにも階段を往復する機会なんて、人生最初で最後かもしれない。

 階段を上るって感覚を焼きつけていると、今度は足が重いなってことに気づいた。

 軽い足取りだった自分はどこに行ったってくらい、階段を上る足が重い。


(でも、これくらいの重さがちょうどいい)


 人間、誰だって楽をしたい。

 けど、目標がある人生も、悪いものじゃないって思う。


「うちの声優部って、こんなもんって伝えたかったんだ」

「そりゃ、どうも」


 屋上に繋がる出入り口は防音でできていないため、声優部が活動している声が扉から漏れ出てくる。

 その音を耳にいれながら、谷田川(やたがわ)は手元のノートパソコンをかたかたと音を立てながら動かしていた。


「声を出すこと自体が恥ずかしい人もいるんだよ」

「声優目指してんのに?」

「そこだよ。声優目指してない奴が、声優部に入ったって文句はないだろ」

「あ……」


 野球部に入部する人たち全員が、プロ野球選手を目指しているわけではない。

 サッカー部に入る人たち全員が、プロサッカー選手を目指しているわけではない。

 声優部だって同じことが言えて、全員が全員プロの声優を目指しているわけではないってことを、矢田川は伝えてくる。


「けど、立花(たちばな)は凄いな。屋上から、あれだけ大きな声を出せる」

「プロ志望だから、当然だろ」


 そんな風に言葉を返すものの、プロを目指している割に彩星の声は相変わらず心に響かない。


「プロを目指しているから当然ってフィルター、外してやったら?」


 谷田川の視線はパソコンに向いたままで、屋上の出入り口の扉に手をかける俺のことなんて見向きもしない。


「多分、そのフィルターを外したら、俺、彩星のことが手放せなくなる」


 最初はなんて小さな声だと思っていた彩星の声だったけれど、彩星の声はだんだんと変化を見せていく。

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