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第6話「生まれる」

「はぁ」

「あ、ごめんなさい……高校の廊下ってこと、忘れてて……」


 溜め息が零れる。

 でも、それは、美紅(みく)に謝ってほしいが故に出てきた溜め息じゃないってことを、俺は伝えなきゃいけない。


「俺が、美紅に気を遣うのは当然」


 美紅が、独りぼっちになった俺を救いに現れてくれた救世主だってこと。

 美紅は、なんにもできなくなった俺を救いに来てくれた主人公だってこと。


「だって、美紅は彩星(あやせ)じゃない」


 どうやったら理解してもらえるのか。


「何もかもが初めての美紅に、気を遣うのは当然なんだって」


 もしかしたら|GLITTER BELLグリッターベルとして成功を収めるまで、美紅は気づいてくれないかもしれない。

 俺が美紅に対して、こんなにも感謝しているってことに。


「馬鹿にしてるとか、甘やかしたいとか、傷つけたくないからとかじゃない」


 だったら、言葉を閉じ込めることなく、ちゃんと声に出して伝えなきゃいけないと思った。


「美紅の負担を一緒に背負いたいから、俺は美紅のことを気遣うんだよ」


 人気ライトノベル作家の叶十(かなと)先生との出会いが人生に影響を与えるのなら、素晴らしい表現力ってものを身につけてみたい。

 でも、今の俺には小説に出てくるような感動的な言葉なんて、ひとつも出てこない。

 出てこないからこそ、自分の気持ちを包み隠すことなく届けたい。


「さっきの溜め息は、頭に思い浮かぶ音が多すぎて……美紅っ!」


 膝から崩れ落ちるように、美紅はその場へとしゃがみ込んでしまった。


「美紅っ! 美紅……」


 俯いたまま身動きが取れなくなったと思ったら、美紅はすぐに顔を上げて俺を見た。


「ごめん、少し怖気づいた……」


 そして、すぐに美紅は安心感を抱いた笑みを浮かべてくれた。


「威勢のいいこと言ったけど、やっぱ不安……」


 口では不安と言葉にしているのに、美紅は笑った。

 俺に心配をかけないための笑みを浮かべて、俺の視線と真っすぐ向き合う。


「できるかなって……私にできるかなって」


 美紅の肩を、軽い力でぽんぽんと叩く。


「私に、GLITTER BELLの曲が表現できるかなって……」


 今度は、ほんの少しだけ力を込めて。

 美紅の肩を叩いて、自分のありがとうって気持ちを伝える。

 気持ちが伝わったのか、それともまったく伝わらなかったのかは分からないけど、美紅の表情から無理矢理作り上げた笑顔が消えた。


「緊張してるって、言葉にすればいいんだよ」

「やだ……かっこ悪い……」


 両手をぎゅっと握り締めて、抱えている不安を誤魔化そうとする美紅。


「不安なら不安だーって、聞いてもらえばいいんだよ」

「やだ……ayaseは、絶対に言わない……」


 GLITTER BELLの曲が好きって時点で、気づいてやるべきだったかもしれない。

 美紅は、彩星がボーカルを担当しているGLITTER BELLのことも愛してくれた。

 だからこそ、抱えているプレッシャーってやつは半端ないのかもしれない。


「プロの現場、怖かっただろ?」

「んー…………うん。なんで、わかったの?」


 深く息を吐き出して、美紅は躊躇いがちに声を向けてくれた。


「最初は気づいてない。美紅の強がりは大成功」


 GLITTER BELLのボーカルに馴染むために、必死で美紅は自信を作り続けてきたんだろうなってことを察する。

 こういう隠れたところで努力するのは悪いことではないけど、こういう相方の隠された部分にも気づいてやれるようになりたい。


「仕事に集中してた藤瀬(ふじせ)を見る目、かな」


 藤瀬の声を聞いていると、俺たちが空き教室に近づいたときに聞こえてきた叫びは確実に藤瀬のもの。

 すべてのものを拒絶したかのような態度を取っていた藤瀬。

 でも、仕事の話になると顔つきが変わる。

 仕事の話になると、藤瀬は相手が自分の領域に入ることを許してくれる。


「今の美紅は部外者だって突き放してくれても良かったのに、藤瀬は美紅をチームメンバーに加えてくれた。だから、急に怖くなったんだろ?」


 何も言葉を返さない美紅を見て、髪をぐしゃぐしゃにするほど撫でてやる。


「俺は、ayaseの代わりなんて求めてない」


 恐る恐るだったかもしれないけど、美紅が情けなさを曝け出してくれて良かった。

 曝け出す相手が、相方()で良かった。


「俺は、美紅の声が欲しいんだって」


 俺の様子をただただ観察するように見つめてくる美紅。

 高校の廊下を独占するわけにもいかないため、美紅が立ち上がれるように手を差し伸べる。


「っていうか、郁登(いくと)さん、ちゃんと私のこと、支えられる?」


 せっかく手を差し伸べてやったのに、なんて言葉を返してくるんだ。

 美紅の声に反論するためにも、美紅の体をちゃんと引っ張るくらいのことはやってみせた。

 でも、足の踏ん張りがきかなかった。

 それを隠すために平生を装ってみると、それに気づいた美紅の口角が上がった。


「かっこ悪……」

「かっこいいよ、郁登さんは」


 高校の廊下で何やってんだよって互いに理解したのか、俺たちは二人で同時に笑いを溢した。


「郁登さんは、いつだってかっこいい」


 年齢を重ねていくと、教科書を読む授業ってものが減っていく。

 誰がどんな朗読をやっていたかなんて、記憶に残っているわけがない。

 喋りで感動を与えることなんてできないから、人の声ってものは記憶できない。

 それが当たり前なんだろうなと思ったりもするけど、美紅が本気を出したときの喋りには感動してしまう。


「なんで、そういう恥ずかしい言葉だけ、綺麗に発音するんだよ……」


 これだけ人の心を動かす声を発することができる相方を、生かすのも殺すのも自分次第ってところに心がわくわくしてくる。

 プレッシャーじゃなくて、高揚感。

 高まっていく熱意とやる気に、自然と口角が上がっていく。

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