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第5話「躍動」

「あの……」


 あのって言葉を発するだけで、この教室中の視線すべてが美紅みくに集まる。

 ここには叶十(かなと)先生と俺しかいないのに、三つの視線が美紅に集まるってだけで緊張が走る。


「私も」

「私も?」


 言葉に詰まる美紅が、次の言葉を言えるように促してみる。


「一緒に、いい作品を作りたい!」


 藤瀬だけは美紅から視線を逸らしたが、俺と谷田川は二人で顔を見合わせて笑った。


「私も|GLITTER BELLグリッターベルのボーカルとして、作品作りに協力したい!」


 熱意を伝えるために、最適な言葉。

 そんな言葉は何通りもあって、協力したいって言葉は最もシンプル。

 文学的には、最も稚拙な言葉と言えるかもしれない。


「スポンサーだけじゃなくて、ファンの人たちを納得させる歌が唄いたい」


 でも、美紅は言葉に気持ちを込めていく。

 そんなやり方、社会に出たら通用しないと言われるかもしれない。

 それでも、言葉に気持ちを乗せることで伝わるものはあるんだってことを、美紅の声が伝えてくる。


「みんなの力に、声を添えたい!」


 言い切った。

 誰から何の言葉が返ってくることもなく教室が静まり返ったけど、後悔はなさそうに見えた。


「へえー、かっこいいな。新しいボーカルは」

「新しいボーカルじゃなくて、萱野美紅かやのみく」

「悪い、悪い」


 音楽ユニットのボーカルと声優を志望しているだけのことはあって、美紅が本気を出し始めたその声は抜群に響きがいい。

 たった一瞬で、聴覚全部持っていかれてしまう。


「……って、悪い! 新しいボーカルって紹介してなかった……」

「他校の生徒で、郁登いくとに付いてプロジェクトの説明を聞いてる時点で察してるよ」


 谷田川の言っていることはもっともで、この場に無関係の人間がいるわけがない。

 美紅と仲がいいってだけで仕事現場に連れ回していたら、俺の信用問題に関わってくる。

 理解力のある同級生に感謝していると……。


「私も、ごめんなさい」


 なぜか、美紅が謝罪の言葉を挟んできた。


「郁登さんは謝らないで。私が、率先してボーカルだって挨拶しなかったのが悪いから」


 美紅の方こそ、謝る必要は何もない。

 俺が美紅のボーカルを希望していたって、GLITTER BELLファンに認められるかは別問題。

 お世話になっているレコード会社が、美紅を気に入るかっていうのも別問題。

 自ら率先して、新しいボーカルですって名乗ることができなかった美紅の気持ちは理解しないといけない。


「叶十先生の基準に満たないボーカルだったら、音楽だけになるの……覚悟してる」


 美紅の中で、それ相応な覚悟が決まっていることを優しく見守っているような空気をまとっている谷田川。

 だけど、これは試すための笑顔なんだろうなってことを感じてしまう。


「信頼関係成り立ってないじゃん、その新しいボーカル」


 意地悪そうに口角を浮かべて、俺たちを試すような言葉を向けてくる谷田川。

 ここで失敗したからって人生のすべてが終わるわけではないけど、それでも後悔のない言葉で闘ってみたいと思う。


「信頼も信用もしてないから、そうなるのも当然」

「は?」


 俺が意外な言葉を返したせいなのか、矢田川は目を大きく見開いた。


(美紅だけに、頑張らせるのは違う)


 自分の声に魅力なんてものは欠片もないけど、自分の気持ちを伝えるための声を用意する。


「俺も、こんなに早く一緒にやりたい相手が見つかるなんて思ってなかったんだよ」

「へえ」


 笑顔を繕うことのできる人たちは大勢いるけれど、余裕のある谷田川を見て、笑顔を作ることに慣れているんだろうなと思う。

 叶十先生としてコミュニケーションをとるとき、表立ってやり取りをするのは谷田川の方なんだろうなってことがすぐに分かってしまう。


「美紅のこと疑ってるっていうか、レコード会社が差し向けてくれたんじゃないかとか」


 谷田川は笑顔を作ることが下手とか、そういう話じゃない。

 自分はいい人じゃないよ、簡単に信用するなってことを、作り笑顔で伝えてきてくれる。


「でも、一緒にやりたいって気持ちが本物だからこそ、ふるいに掛けてほしい」

「俺たちが新しいボーカルの命運を握るとか、重すぎんだけど」


 谷田川は顔をしかめながらも、口角だけは上を向いていた。


「その頃には、ちゃんとレコード会社の人たちを引っ張れるように環境を整えておくよ」


 必要最低限の話し合いがまとまった。

 パソコンと向き合ったままの藤瀬に目線を向けていた美紅の肩を叩き、用事は済んだって合図を送る。


「美紅?」

「え、あ……」


 突然、肩を叩いたのも悪かったかもしれない。

 肩を叩かれると思っていなかった美紅は、びくっと大きく反応した。


「あ、ごめんなさい……、お邪魔しました」


 声だけは届いていたらしく、挨拶を済ませた美紅は一足早く声優部の部室から出て行った。


「じゃあ、また」

「同じ学年なんだから、いつでも声かけてくれ」

「助かる」


 美紅を追いかけるために足を動かす。

 その度に、すれ違う生徒たちの視線が美紅に向いていることに気がつく。


(容姿がいい奴って、それだけで武器になるんだよな……)


 美紅が違う学校の制服を着ているってことも、人の目を惹く大きな理由になっているとは思う。

 でも、美紅のまとっている華やかな空気は武器になるって強い自信へと変わっていく。


「美紅!」


 美紅にとっては初めて足を踏み入れる校舎のはずなのに、一度通っただけで美紅は玄関まで道のりをきちんと把握していた。

 迷わず玄関へと向かっていくところが凄い。


「悪かった、信頼も信用もしてないとか言って……」


 俺が美紅の名前を呼ぶと、美紅は足を止めた。

 美紅を追いかけている俺の方を振り向いてくれて、不思議そうな顔を浮かべた。


「なんで、郁登さんが謝るの?」


 美紅と真っすぐ向き合うと、彼女の純粋な目線が突き刺さる。


「郁登さん、さっきから謝らなくていいところで謝ってる」


 放課後って時間は意外と厄介で、人が通りかかるときとそうでないときの差が激しい。

 今は、人が通りかからない。

 誰も、美紅に注目する人がいないということ。


「私に、気、遣ってばっか」


 それを、もったいないって思う。

 ぼそっとした喋りと、感情を乗せて喋るときの落差を知っているせいか、美紅の声が頭に響いて響いて仕様がない。


「もっとayaseと対等に扱って! 私は、ayaseを超えるボーカルになりたい!」


 書きたい。

 一刻でも早く、頭に浮かんできた音楽をファンの前で披露したい。

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