第2話「同世代」
(美紅が来てくれたから、ちょっとは思考がまともになったかも)
最近は一限目から最後の授業を終えるまでが、物凄く長い時間に思えていた。
放課後にやりたいことが待っていた頃は過ぎる時間の速さに驚かされたときもあったのに、何も待っていない放課後を迎えるまでの時間は遥かに長く感じてしまっていた。
こんなにも放課後が来るのにテンションが上がってしまうのは、かなり久しぶりの気がする。
「あれ、ayaseだよね」
初めて歩く校舎に美紅が戸惑わないように先導しようと前を歩いていたため、後ろからついてきた美紅への配慮がかけていたかもしれない。
そう思って後ろを振り返ると、美紅は初めて見るような冷たい目が印象に残った。
「ん? ああ、地元のイベントに出た頃あるから、覚えててくれたんだな」
返す言葉はなんだったかと忘れてしまうほど、美紅の嫌悪が詰め込まれた表情をなんとかしなければいけないと思った。
「さすがは|GLITTER BELLのファン……って、顔が怖いから!」
GLITTER BELLの両名は顔出ししているものの、その顔を披露する機会はライブのときくらい。
そんな貴重な機会の中で、美紅が彩星あやせの顔を覚えていたっていうのは素直に凄いと思ったため、褒める作戦に出ようとしたときのことだった。
「だって、私、ayase、嫌い」
明らかに彩星を嫌っていますっていう美紅の感情が表情に表れていて、このときばかりは自分の感情を言葉に込めてくるから狡いって思う。
「そんなに嫌わなくても……一応、美紅が好んでくれてた曲のボーカル……」
「声優になるって夢も、GLITTER BELLで世界に羽ばたくって夢も、どっちも叶えればいいのに……」
耳を傾けないと、聞き取れない。
それくらい美紅の声は小さな声に戻ってしまったけど、彼女の声を聞き逃さなくて良かったと思う。
この声を拾うことができなかったら、絶対に後々の後悔に繋がっていた。
「前も言ったけど、二兎を追うものは一兎も得ず」
他人を元気づけるっていう、らしくない展開。
それでもなるべく明るい声を出して、美紅の言葉に応えたいと思った。
「じゃあ、私は成功しない?」
「かもな」
すると美紅は、更に不機嫌そうな顔を浮かべる。
こういうところが年下っぽくもあって、こういうところがまだ仕事としての歌を知らないんだってことを感じさせる。
「欲しいもの、全部、取りにいくから」
でも、美紅は、ここで終わるような人間じゃない。
彼女が発した声に、彼女の感情がすべて込められている。
「そうしてくれ」
「あー、郁登さん、信じてない」
たまに発する力強い声に、何があっても諦めないって想いが込められている。
だから俺は、美紅の声に反応せずにはいられなくなる。
「俺を食べさせてくれたら、声優で成功しなくてもいいよ」
そんな皮肉めいた言葉を返すと、美紅はますます機嫌を悪くさせる。
でも、その機嫌の悪さは相手俺を不機嫌にさせるためのものではない。
現実を受け入れているからこそ大変だなっていう覚悟を、内に秘めているから末恐ろしいって思う。
「進路資料室ってところの、隣の隣の隣の部屋か……」
「進路資料室、使ったことない……?」
「一応、進学予定ないから」
美紅は黙り込んで、唇をぎゅっと結んだ。
「私、郁登さんを食べさせなきゃ……」
「そんなに深刻にならなくていいよ」
音楽で食べていくっていう目標を達成させようと決意してくれるのはありがたいが、美紅が精神的に追い詰められて潰れてしまっては意味がない。
(今度は、ちゃんと守らないと……)
しっかりと美紅に意識を集中させ、三年間で一度も利用したことがない進路資料室へと向かう。
「隣の隣の隣の部屋……」
「隣の隣の隣って、なんだか言ってて虚しくなってくるね」
「名称がない教室ばっかなんだから仕方ないだろ」
高校に空き教室が多いというわけではなく、高校の文化部は毎年結構な人数変動がある。
それに伴って、空き教室の数が変わってくるってことらしい。
「叶十先生に会って、どうするの?」
「コラボやりたいって相談」
「コラボ……」
まだプロとしての仕事をしたことがない美紅にとっては、次から次に訪れる大きな展開に戸惑っているかもしれない。
でも、その戸惑いを抱えているのは美紅だけじゃない。
美紅と一緒だってことを伝えるためにも、下を俯かないように気をつけた。
「おっ、見えてきた」
ネット上で噂されている叶十先生に初めて会うことになるのかと思うと、芸能界に身を置いてきたに自分でも心臓の鼓動が速まってくる。
「嫌です! もう絶対に、脚本は書きません!」
不吉な言葉が、俺たちが歩いていた廊下にまで響き渡ってきた。
さすが声優部所属と言えばいいのかもしれないけど、ここは悠長にそんなことをやっている場合じゃないと気づかされる。
「今の声……叶十先生の声じゃないよな……」
所属しているレコード会社を通して、出版社に問い合わせはしてもらっている。
同じ高校に通っている同士だから、まずは高校生ならではの発想力で企画を進めていいって出版社から返事をもらっている。
だけど、脚本は書かないという、かなり機嫌の悪そうな声を聞いてしまっては、別の意味での緊張が走る。
「真相は、教室に入ってからのお楽しみってことで……」
「郁登さん、コラボって……」
「金が動くかはともかく、美紅のデビューに繋がればいいなって企画」
果敢に空き教室に向かっていく。
けど、他校の生徒である美紅の制服の袖を引っ張っているという惨めな状況であることを、美紅には気づいてほしくない。
「っ!」
空き教室から勢いよく飛び出してきて、俺たちの横を颯爽と男子生徒が駆け抜けていった。
あまりにも突然の出来事すぎて何かを考える暇もなく、その男子生徒を避けるのでいっぱいいっぱいだった。




