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第1話「高校生」

西島郁登(にしじまいくと)様っ! 掃除当番を、どうか代わってください……」

「はいはい、さっさとバイト行け」


 授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響くと、生徒たちは一斉に教科書やノートを片付け始めた。

 教室の中には、笑い声や喋り声が飛び交い、放課後の教室は活気に満ちていく。


「すっげーよな、あいつ、高校卒業したら専門学校通うために学費貯めてんだろ?」

「親に反対されてるとかなんとか」


 俺が掃除当番を代わった彼は教室から姿を消したのに、掃除当番が割り当てられている生徒たちは彼の話で持ち切りだった。


(なんの夢、追いかけてるんだろ……)


 彼が毎日のようにアルバイト三昧なのはクラスでも有名で、アルバイトをしているってことは学校にも申請済み。

 それだけ熱心にアルバイトを取り組んでいるのは誰もが知っていても、クラス替えが行われたばかりでは彼がなんの専門学校に通いたいのかっていう情報までは入ってこない。


(夢、叶うといいな……)


 もし夢を叶えることができなくたって、そんなアルバイト漬けの日々が人生の経験になる。

 いつかは夢を叶える糧になる。そう信じてアルバイト生活を続けていくんだろうけど、そんな未来を想像するだけで辛くなってきてしまうのは俺が弱いからなのか。被害妄想が激しすぎなのか。

 それとも、なんだかんだ他人事だと思えない自分がいるからなのか。


「はぁ」


 |GLITTER BELLグリッターベルのボーカルを卒業することを彩星あやせが決めてから、溜め息の回数が異常に増えた気がする。


(好きって気持ちだけじゃ、食ってけない……)


 放課後の教室は、生徒たちが各々に与えられた時間を楽しむ風景が広がっていた。

 窓際の席では数人の生徒が集まって、遊びに行く計画を離し合っている。

 教室の前の方では部活動の準備をする生徒たちがいて、教室の隅では読書や勉強に励んでいる生徒もいる。

 一方の自分の手に握られているのは箒。教室を綺麗にする以外の役に立つことができなくて、再び溜め息が溢れてきそうになる。


(彩星は、このあと声優部の部活か……)


 高校生活も三年目に突入したけれど、新しいクラスになってからはまだ数日程度しか経過していない。

 それなのに、彩星は教室の中央で楽しそうに会話できるコミュニケーション能力の高さは彼女の魅力なのかもしれない。


(彩星に、また新しい人間関係が生まれていくんだろうな)


 人間は、こうやって一生をかけて様々な経験を積んでいくらしい。

 小さな子どものときは毎日が初めての経験だらけで、そりゃあ彩り豊かな日々を過ごすことができた。

 大人になったところで初めての日というものが消えるわけではないけど、幼少期と比べたら初めての経験は少なくなっていく。


(俺の社交性があったら、もっと仕事増えたかなー……)


 やっぱり、人との交流が感情を動かしていくんだろうと思う。

 三学年になってからの出会いは、俺にとっても彩星にとっても初めましてのもの。

 こういう初めましての経験から得られるものがあるっていうのは、素直に新鮮でいいなって思う。羨ましいって思う。

 それなのに、自分から率先して話しかけにいくってことができないところが情けない。


「郁登さん」


 周囲が、ほんの少しだけざわつく。

 ざわついた理由を突き止めようと振り返るまでもなく、たった一声聞くだけで何が起きたか気づくことができた。


「見て、来客用のネームプレート」


 自慢することなんて何もないのに、周囲をざわつかせた張本人は宝物を発見したかのようにネームプレートを自慢してくる。


「いいね、高校生で仕事をしている人たちがいる高校って」


 制服姿は制服姿でも、別の高校の制服がいつもの日常に混ざり込むと変化をもたらす。

 いつもと違うは、ただでさえ目立つ。

 そして、高校生としての身分を明かすための制服をお洒落に着こなしてしまうから更に目立ってしまう。


「手続きしたから、他校の私も入っていいって」


 周囲の注目を集めている彼女は、周囲の視線なんてお構いもせずに俺が属するクラスへと侵入してくる。

 侵入してくるって表現が似合うくらい、異質な存在美紅を混ぜ込むことに物怖じしない態度に惹かれる。


「今日、何するの? カラオケ?」


 綺麗に喋ることができるのに、相変わらず言葉に自分の感情を込めてこない美紅。

 棒読みっぽい口調は美紅にとって芝居なのか、計算なのかって妄想が生まれなくもない。

 それだけ淡々とした喋りをする美紅が、変貌した姿。

 早くGLITTER BELLのファンの前で披露したい。


「ラノベ作家の叶十(かなと)先生のとこ行く」

「ご自宅訪問?」

「同じ学年にいるんだよ」

「おぉ~」


 感嘆の声ですら、棒読みっぽい。

 でも、なぜか不快じゃない。

 美紅(みく)が新生GLITTER BELLを彩るボーカルっていう色眼鏡はあるにしても、美紅の声にも態度にも何ひとつ不快なものを感じない。


「学校から許可もらって、放課後は空き教室で作品書いてるらしい」


 ラノベ作家の叶十先生は、とにかく執筆速度が速いことで有名だった。

 あまりにも新刊の発売が早すぎて、高校三年生というのは年齢詐称なのではないかと疑惑がネットで出回るほどの超スピード。


(でも、叶十先生は休み時間を休息に使わないで、作品を書いているってことなんだよな……) 


 現実に努力している人と直面すると、自分がやってきた努力なんて努力と呼べないものだということを思い知らされる。

 自分も毎日曲を書き続けてきたけど、それらの努力は努力とは言えない。

 好きなことを仕事にしていきたいと思っている人間にとっては、当たり前のことを当たり前にこなしていただけに過ぎないということを叶十先生に教えてもらう。


「郁登くん」


 掃除当番としての責務をまっとうしていたはずの彩星が、クラスメイトたちの輪から抜け出して俺に話しかけてくる。


「お仕事?」

「そんなとこ」


 立花彩星(たちばなあやせ)は、GLITTER BELLから卒業する。

 彩星の卒業がなかったら、叶十先生の元に向かうのは美紅じゃなくて彩星だったかもしれない。

 そんな、かもしれないって出来事を妄想したりもするけど、その妄想は彩星に対しても美紅に対しても失礼だと思ったから打ち切った。


「……頑張ってね」

「ありがと、じゃあ、またな」


 クラスメイト同士の挨拶を終わらせる。

 これが、きっといつか当たり前になっていく。

 彩星のいない毎日が、いつかはきっと俺にとっての日常に変わっていく。

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