第4話「距離」
「久しぶりに熱く語って、喉、痛……」
「飲んで、郁登さん」
春から始まった新番組の主題歌の感想を語り合いながら、アニメショップでの買い物は終了した。
今はファストフード店で、重たい荷物で限界を訴えていた腕を休めている最中。
「萱野美紅」
あまりにも共通の話で盛り上がりすぎて、彼女の名前を聞くことすら忘れていたことを思い出す。
「俺は西島郁登……」
「知ってる」
「だよな……」
熱々のポテトを口に運んではいるものの、彼女から美味しいという感情は伝わってこない。
でも、時折、口角を上げてくれる。
その、ときどき見せてくれる美紅なりの笑顔が嬉しくて、どうやったら笑ってくれるんだろうとか。彼女の感動ポイントを探っていく。
「最近、なんで活動してないの?」
ファストフード店は賑やかな雰囲気に包まれているのに、俺たちのテーブルは静かな落ち着いた空気が広がっていた。
「ああ……ほら、彩星がユニットから卒業するから」
「曲だけなら、ネットに上げられるよね?」
痛いところを的確に当ててくる彼女に怯みそうにもなるが、彼女に悪気も何もないんだって言い聞かせながら自分の心臓を落ち着けていく。
(単に、怖いんだよ……)
確かに彩星が加入する前は、一人で好き勝手に楽曲をネット上で公開していた。
けど、彩星のボーカルに慣れすぎたファンを満足させることはできるのか。
抱えている不安に気づいていても、今日が初対面の美紅に不安を溢すことはできなかった。
「私、ayaseの加入前から、|GLITTER BELLのファンだから」
彩星が加入する前のGLITTER BELLを知っていて、更にファンだと公言されてしまっては尚更、抱えている不安を溢すことはできないと口を慎む。
「だから、新曲が聞けないのは寂しい」
会ったときはぼそっとした喋りだと思ったけど、慣れ親しんで言葉数が増えてくると、美紅の話し方が変わってくる。
「まだ……」
もっと、美紅の声を引き出すにはどうしたらいいのか。
もっと、美紅の声を聞くにはどうしたらいいのか。
そのためには、自分から話題を振るしかない。
「まだ、彩星以外の声を受け入れられないってだけ」
これは暗い話題ではありませんよと主張するためにも、声を明るく保ってみる。
ファン美紅に話すことで、円満な卒業じゃなかったって噂が広まっても困る。
俺たちはちゃんと話し合って、別れることを選んだから。
「ayaseとの距離が遠くなって、郁登さんは嘆いてるってこと?」
嘆く。
普通の生活では使わないような単語だなと思ったのと同時に、美紅の口から出てくる言葉としても意外性を感じてしまった。
なんていうか……美紅の外見が先行してしまっているのかもしれないけど、美紅は嘆くって言葉とは縁遠いところにいると感じた。
「あー……」
嘆くなんて単語を使ってくるものだから、一瞬、嘆くってどんな意味だったかとさえ考えてしまう。
それくらい、美紅には似合わない単語のような気がした。
「ずっと一緒にやってきた仲間が新しい夢を見つけて、なんて言うのかなー……屈してる途中みたいな」
屈する。
そんな言葉も、俺が知っている彩星とはとても縁遠い単語に思えてしまう。
「んー……なんか、それも違う気がする」
「本当に?」
俺のことをよく観察するために、美紅はほとんど瞬きをしなくなったのかとか。
変なところが目に付いて、言葉が詰まるようになっていく。
「昔から分かってたから、かな」
彩星と出会ったときから、声優志望って話は聞いていた。
だから、改めて声優を目指すって宣言を聞いたところで驚くことはなかった。
「わかってた?」
「昔から、彩星が人気声優になるって確信があったから」
ただ、予定と違っていたのは、GLITTER BELLの活動から卒業したいという申し出。
GLITTER BELLの活動を続けながら声優を目指すっていう選択肢は、彩星の中には存在していなかったということ。
「なんて言うか……出会ったときには、打ちのめされたって言うのかな」
「ayaseが凄いってこと?」
「そう! 出会ったときから、衝撃を感じたっていうか!」
欲しかった。
「あの頃から俺、彩星の声に惚れ込んでたんだろうなー」
凄く欲しかった。
「彩星の声には、人を惹きつける魅力があるんだよ!」
立花彩星と過ごす時間が欲しかった。
独占欲の塊。醜い嫉妬の塊。
そんなドロドロしいものを抱えて生きてきたのだから、今になって嘆いたり、それこそ屈したりなんかしていられない。
「嘆いたり、屈したりとかしてる暇があったら、彩星に追いつくための努力……したいんだけどなー」
相変わらず、なんて良い子の回答なんだと自画自賛。
でも、自分の心を偽っているとか着飾っているとか、そういうことじゃない。
彩星と自分の間には、大きな壁のようなものがあるって知っていたから。
自然と知ってしまうんだ。
ああ、この人とは生きる世界が違うんだなって。
「……物分かり、良すぎ」
ぽつりと呟いた美紅の言葉が、嫌なくらい自分の心へと刺さった。
「物分りがいいって言うか……やっぱり現実を受け入れるしかないんだよ」
「郁登さん、大人すぎ」
本当は表に曝け出したい感情を、美紅は綺麗に代弁してくれる。
「認めることで、楽になるものとか……いっぱいあるんだよ」
「そうだけど……郁登さん、立派すぎ」
大好きな人と、生きる世界が違う。
そんな現実を知って、尚も努力を続けるか。
それとも諦めてしまうのか。
「立派……なのかな? 自分にとっては当たり前すぎて分からない」
「そっか」
俺は、大好きな人と同じ世界を生きたいと思った。
大好きな人が生きる世界を、一緒に見ていきたいと思った。
ただ、それだけのこと。
「そんな感じ」
「うん、そっか」
早々と、過酷すぎる現実を知ってしまったから。




