第1話「愛」
「郁登くん」
ライブ会場の控室には、緊張と期待が入り混じった空気が漂っていた。
そんな表現が相応しいのはなんとなく想像つくけど、今回のライブで抱えている想いは怒り。
「そんなに怒ってると、ファンの人が心配しちゃうよ」
シンセサイザーの前に座り、軽く叩いて音を確認しているだけ。
それなのに、同級生の不穏な空気を感じ取ったらしい。
彼女はいつも通りを装いながら、俺の心配をしてくる。
「ほら、えーがおっ」
彼女の手は少し震えていた。
でも、その緊張を隠そうとしているの努力を汲みたいと思った。
「俺、そんな笑顔キャラじゃない」
混じり気のない艶やかな黒髪の同級生は高身長ですらりとした体型をしているものだから、その場にいるだけで一気に空気が華やぐ。
一方の俺は少し癖のある髪が特徴的で、そのウェーブがかった髪と自身の性格の捻じれがなんだか似ていて作り笑顔を浮かべることすらできない。
「だったら、私が郁登くんの分も笑顔でいないとね」
高身長の黒髪キャラっていったら、クールで知的な印象の方がいいんじゃないかって思うときもある。
でも、彼女の人懐っこさや、きらきらと輝く瞳を見ていたら、キャラを変えた方がいいっていう自分の発想自体が馬鹿げていると気づかされる。
「アニメの主題歌だけで食べていきたい、食べていきたい、食べていきたいっ!」
「ふふっ、気持ちは発散させた方が楽だよね」
アニソンアーティスト、衰退中。
一年の間に、数えきれないほどのアニメーションが放送されている。
何が放送されたか記憶に残すだけでも大変なのに、オープニングとエンディングの二種類用意されている主題歌を記憶に残すのは至難の業。
よっぽどのアニソン好きじゃないと、アニメ主題歌が記憶に残らない時代が到来した。
「気持ちだけじゃ、食ってけないんだなって」
アニメソング専門で活動しているアーティストよりも、既に知名度のあるバンドやユニットがアニメ主題歌を担当した方が金になる。
レコード会社に貢献してるのは誰かってことを、いかにも痛感させられるところに心が折られる。
「気持ちだけで食べてくことはできないけど、気持ちだけで出会いを広げることはできるよ」
同級生は、頼りがいのある笑みを浮かべることができる。
一方の同級生は、表舞台に立つ人間としての顔を整えることができていない。
「私たちが育った地元、いっぱいの人が来るといいんだけどなぁ」
「そんないい子ちゃんみたいな台詞、いらない」
「私、郁登くんが思ってるほど、いい子じゃないよ」
アニメソングが好きってところから始まった音楽活動。
アニソンアーティストの衰退させたくないって気持ちで続けてきた音楽活動。
描いてきた夢物語は現実のものとなり、俺と同級生の彼女は一気に《《商品》》として騒がれるようになった。
「大人の人が怖いから、いい子を演じるの」
「……売れたいもんな」
「そう! 私たちが売れなかったら、アニソンアーティストは絶滅しちゃうよ」
夢を抱いたときは、煌びやかすぎる世界に圧倒されていたはずなのに。
いざ夢を叶え終わると、意外と自分たちは世界を変える何者にもなれなかったのだと気づかされる。
「金がないと、食えない……」
「会社にお金が入らないと、アニメもアニソンも制作されなくなっちゃう」
「あー! やっぱり売れたいっ! 売れたいっ! 売ーれーたーいっ!」
「郁登くーん。売れてるよ? 売れてるから、このあとライブを控えてるんだよー」
アニメの主題歌を歌って、一定の売り上げがあるおかげで、アニソン業界に生き残ることはできている。
でも、もっと上を目指したい。高みに昇りたいと思う自分は、欲深いということなのか。
「好きを仕事にするって、難しいね」
「難しい……のかなー」
好きを仕事にすることの難しさを言葉にした同級生に向けて、疑問のようなそうでないような中途半端な言葉を返す。
「愛があれば、愛を持った人が集まってくれるんじゃないか……そんな夢物語、未だに捨てられない」
どんなに胸の奥が絞めつけられるような衝動に駆られたとしても、自分たちが愛を持って活動をしていくことで未来は変わるんじゃないかって信じたい。
「……私は、郁登くんの愛に応えられた?」
見上げなければ、同級生の顔を拝むことができないくらい高身長の彼女は寂しそうに問いかけた。
「十分すぎるほど応えてくれたから、俺たちはここにいるんだよ」
馬鹿みたいに身長を伸ばしていくくせに、時折見せる心細そうな表情が同級生の繊細さを物語っている。
(強い人間なんて、いない……)
音楽で食べていきたいと願っている以上は、金儲けの道具になることを覚悟しなきゃいけない。
それは紛れもない事実だけど、俺は死ぬまでアニソンへの愛を捨てずにいたい。
愛があれば食えていけるってことを証明するために、これらも音楽を作り続けていきたい。




