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ラウンド4:理想の国家設計図

あすか:「『失われた星々のサロン』でのひととき、いかがでしたでしょうか?時代を超えた交流も、またこの場の醍醐味ですね。さて、議論を続けましょう。ラウンド1から3にかけて、人間の本性、権力の源泉、そして自由と秩序について、皆さんの深い洞察と経験に裏打ちされたお考えを伺ってきました。」


あすか:「いよいよ、このラウンドでは、それらの議論を踏まえ、皆さんが考える『理想の国家』、その具体的な設計図をお示しいただきたいと思います。どのような統治体制が望ましく、どのような仕組みで運営されるべきなのか…皆さんの考える、最良の国家の青写真を、ぜひお聞かせください。」


あすか:「では、まずは古代よりお越しのペリクレス様。あなたの理想とする国家の姿、その設計図の核心部分を教えていただけますか?」


ペリクレス:(威厳を持って頷き、語り始める)「私の理想は、私が生涯を捧げたアテネの民主制デーモクラティア、その完成された姿にある。その設計図の核心は、市民による直接統治だ。」(具体的に説明する)「国家の最高意思決定機関は、全市民が参加する民会エクレーシア。そこで、国の法律、戦争と平和、外交、食料問題など、あらゆる重要事項が議論され、多数決で決定される。日常的な行政は、市民の中から抽選で選ばれた五百人評議会ブーレーが担い、司法もまた、抽選で選ばれた市民による民衆裁判所ディカステーリオンが公正を期す。」


ペリクレス:「公職の多くは抽選で選ばれ、任期も制限される。これは、特定の個人や家系に権力が集中するのを防ぎ、より多くの市民に政治参加の機会を与えるためだ。そして、貧しい市民でも公務に参加できるよう、日当も支給される。指導者は選挙で選ばれる将軍職などもあるが、その権力は常に民会と法の監視下に置かれる。国家の目的は、単なる安全保障だけでなく、市民が自由エレウテリアの中でその能力を開花させ、善く生きること(エウ・ゼーン)を追求し、文化を発展させることにあるのだ。」


ジョン・ロック:「(感銘を受けたように)ペリクレス殿のお話は、まさに市民の理性を信頼した、壮大な設計図ですね。しかし、失礼ながら…抽選で選ばれた市民が、常に複雑な国政や司法について、適切な判断を下せるとお考えですか?また、民会での決定が、時に感情や扇動に流される危険性については、いかがでしょう?」


ペリクレス:「良い問いだ、ロック殿。確かに、市民全員が常に賢明とは限らない。だからこそ、教育パイデイアと、自由な言論パレーシアによる相互啓発が重要なのだ。そして、優れた弁論で民衆を正しく導く指導者の役割も大きい。衆愚政治の危険性は常に存在するが、それは市民の徳性と責任感を高めることで克服すべき課題だと考える。権力を一部のエリートに委ねる方が、よほど危険ではないかな?」


あすか:「市民の質を高めることが重要、ということですね。ありがとうございます。では次に、ロック様ご自身の設計図をお聞かせいただけますか?」


ジョン・ロック:「私の理想とする国家は、ペリクレス殿の直接民主制とは異なり、立憲君主制、あるいは議会制に基づく制限された政府です。その設計図の核心は、法の支配と権力分立にあります。」(体系的に説明する)「まず、国家の最高権力は、人民から信託された立法権にあります。これは、人民が選挙で選んだ代表者からなる議会が担うべきです。議会は、人民全体の福祉のために、明確で公平な法律を制定します。」


ジョン・ロック:「次に、その法律を執行する執行権があります。これは、世襲または選挙による君主、あるいは政府が担いますが、その権力は常に議会が制定した法に従属し、法の範囲内でのみ行使されなければなりません。そして、市民間の争いを法に基づいて裁く司法権も、立法権や執行権からある程度独立していることが望ましいでしょう。最も重要なのは、政府のいかなる権力も、人民の自然権(生命、自由、財産)を侵害してはならず、もし侵害した場合には、人民は政府を変更する権利を持つ、ということです。権力は人民のためにあり、人民を超えるものではないのです。」


トマス・ホッブズ:「(鼻で笑って)ロック殿、あなたの設計図は、まるで砂上の楼閣だな!権力を分立させ、互いに抑制し合うだと?それでは、いざ国家の危機という時に、迅速かつ断固たる決定ができなくなるだけではないか!議会だの、人民の同意だのと言っている間に、国が滅びてしまうぞ!それに、人民に政府を変更する権利など認めてしまえば、常に反乱の危険を抱え込むことになる。安定した統治など、望むべくもない!」


ジョン・ロック:「ホッブズ殿、安定のためなら、人民の自由や権利は犠牲になっても構わないと?それは本末転倒です!権力の濫用を防ぎ、人民の自由を守ることこそが、長期的に見て真の安定をもたらすのです。一時的な効率性のために、専制への道を開くべきではありません。」


あすか:「権力分立による自由の保障か、権力集中による安定か…。これもまた、根本的な対立ですね。では、クロムウェル様、あなたの考える国家の設計図は、どのようなものでしょうか?革命を指導され、共和制を樹立された経験をお持ちですが…。」


オリバー・クロムウェル:「(腕を組み、考え込むように)…理想を言えば、私もロック殿の言うような、人民の代表による議会が中心となり、法に基づいて国が治められる共和制こそが望ましいと考えていた。国王なき、自由な国家…それが、我々が目指したものであったはずだ。」(しかし、と表情を曇らせる)「だが、現実には、議会の議員たちは私利私欲に走り、派閥争いに明け暮れ、国家の統一を危うくした。法も、それを正しく運用する人間がいなければ、ただの文字に過ぎん。」


オリバー・クロムウェル:「そこで…必要に迫られてではあったが、私が護国卿として強力な行政権を握り、軍を背景として国家の秩序を回復させる道を選んだのだ。私の設計図は…理想とは言い難いが、敬虔な指導者が、神の導きと良心に従い、議会と協力しつつも(時には議会を指導しつつ)、断固たる決断力をもって国を治める…というものにならざるを得なかった。宗教的な自由はある程度保障しつつも、国家の安定を乱す動きには厳しく対処する。効率的ではあろうが…常に権力の濫用の危険と隣り合わせであることは、認めねばなるまい。」


ペリクレス:「クロムウェル殿の苦悩、お察しする。しかし、その『敬虔な指導者』が、本当に常に正しい判断を下せると、どうして保証できるのだ?その指導者が代わった時、国家はどうなるのだ?」


オリバー・クロムウェル:「…それは、常に付きまとう問題だ。だからこそ、指導者自身が、常に神を畏れ、謙虚さを失ってはならんのだろうな…。」


あすか:「理想と現実の間で、苦悩された末の設計図、ということですね。ありがとうございます。では最後に、ホッブズ様。あなたの考える、最も合理的で、確実な国家の設計図をお聞かせください。」


トマス・ホッブズ:「私の設計図は、これまでの諸君の甘美な理想論とは全く異なる。最も合理的で確実な国家、それは、絶対的かつ分割不可能な主権を持つ統治者が支配する国家だ。」(断定的に語る)「その主権者は、一人の君主であることが望ましい。なぜなら、君主であれば、意思決定は迅速かつ一貫しており、派閥争いもないからだ。しかし、それが貴族合議体であれ、理論上は民主制であれ(推奨はせんが)、重要なのは、その主権が絶対であることだ。」


トマス・ホッブズ:「主権者は、法を制定し、執行し、裁く全ての権限を持つ。戦争と平和を決定し、官吏を任命し、人民の思想や言論を統制する権利も持つ。人民は、主権者が定めた法に絶対的に服従する義務を負う。抵抗など論外だ。個人の自由は、主権者が沈黙している範囲、つまり法が禁じていない範囲でのみ存在する。一見、厳しいように聞こえるかもしれんが、これこそが、人間を『万人の万人に対する闘争』という悲惨な状態から救い出し、平和と安全を保障する唯一確実な道なのだ。国家の目的は、小難しい理想の実現ではなく、第一に人民の生命の安全を守ることにあるのだからな。」


ジョン・ロック:「(愕然として)ホッブズ殿、それは国家ではなく、巨大な牢獄ではありませんか!思想や言論まで統制する権利を主権者に与えるなど、人間の理性を、精神を殺すことに等しい!そのような安全に、一体何の価値があるのですか!」


トマス・ホッブズ:「価値だと?生き延びること以上の価値があるかね、ロック殿?死の恐怖に怯えながら暮らすより、多少の自由を制限されても、安全に生きられる方がよほどましだと、私は思うがね。」


ペリクレス:「安全のためだけに生きるのは、奴隷の生き方だ。我々アテネ市民は、危険を冒してでも、自由を選んだのだ。」


オリバー・クロムウェル:「…安全は重要だ。だが、魂の自由まで奪われては、人は人として生きられまい。」


あすか:「絶対的な安全と秩序か、あるいは自由と権利か…。それぞれの設計図が、何を最も重視するかによって、国家の形は全く異なってくるのですね。皆さんの理想とする国家像、その具体的な姿と、根底にある哲学が、このラウンドで非常によく分かりました。」(クロノスを確認する)「さて、国家の設計図が出揃ったところで、いよいよ最後のラウンドとなります。次のラウンドでは、皆さんの時代から現代、あるいは未来を見据えて、国家や政治について、私たちに伝えたい教訓や提言を、お伺いしたいと思います。」


(理想の国家像を巡る議論は尽きない様子だが、あすかの言葉に、対談者たちは一度思考を巡らせる。それぞれの設計図の是非を問い合うだけでなく、それが現代や未来にどのような意味を持つのか、最終ラウンドへの期待が高まる。)

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