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着ぐるみバイト中にハグしてきたのは隣の席の花崎さんでした

誤字報告ありがとうございます。



 真夏の着ぐるみバイトというのもを完全になめていた。

 時給1200円というここらへんでは割と高い金額と、高校生でも大丈夫という条件につられて、夏休みの期間だけやってみようと応募した1週間前の自分を本気で殴ってやりたい。


 俺は今、照りつける日差しの中、分厚い熊のぬいぐるみを着せられ、遊園地で子供たちに風船を渡している。


 「わー!! クマミョンだーー!!!」


 無邪気な子供が俺の所に駆け寄ってくる。

 ちなみに俺が担当しているクマミョンというのはこの遊園地のマスコットキャラクターだ。

 名前も外見も、熊本県の某キャラクターを連想させるが、遊園地側は『完全に別の生命体だ』と主張しているらしい。

 

 地元民の俺でさえ知らなかったキャラクターだが、意外にも人気は高い。

 親戚の子にしゃべりかけただけで泣かれたことがある俺でも、ひとたびクマミョンをかぶればこうして子供たちがたくさん寄ってくる。

 

 「風船、くれるの?」


 子供が俺に問いかける。


 「(ブン、ブン)」


 俺は必死にうなづく。


 クマミョンはしゃべることができない系なのだ。

 左手に持っていた風船を子供に手渡す。


 「ありがとう! クマミョン!」

 「(ブン、ブン)」


 これの繰り返し。

 正直、もう体力の限界だ。

 

 しかし、ノルマの風船は残り10個。

 これさえ配り終われば今日はもう帰ってよいと言われている。


 「クマミョンみーっけ」


 今度は小学4年生くらいの男子二人組が近づいてきた


 俺が手を差し出すと、子ども達は争うように俺(が着ている着ぐるみ)の手をつかみ……


「揉んでみ! 揉んでみ、ここ!」

「うわ~! 人の手が入ってる~!」


 着ぐるみ越しに腕を思い切り引っ張られる。


 てめぇこのクソガキ。

 そう叫びたくても、着ぐるみはしゃべれない。


 ここは我慢だ俺。


 「みてみ! こいつ後ろにチャックついてるぜ」

 「ほんとだ! やっぱり人が入ってるよ」


 そんなメタい発言をするんじゃねぇ。

 ほかの小さい子供に聞かれたらどうすんだ。


 

 まあいい。

 お兄さんは何をされても、この風船さえもらってくれたらそれでいいんだ。

 俺は半場押し付けるように風船を差し出した。


 「そんなのいらないよ、子供じゃないんだし」

 「僕も」


 こいつら、どっからどうみても子供だろうが。


 「じゃあねーばいばーい」


 あ、ちょっと!

 風船も受け取らず、子どもたちは嵐のごとく去っていった。

 

 「……」


 はぁ。

 まじでやってらんねーよ。

 あまりにも悪ガキが多すぎる。

 

 俺があれくらいの年齢の頃はもっと大人だったぞ。


 と、思ったのも束の間、今度は後ろからドロップキックを受けた。


 「(痛てっ!!)」


 俺はその衝撃で思い切り膝から転けてしまった。

 幸い、分厚い鎧のおかげで痛みは少ないのだが……


 「うわははは! マヌケだ〜!転んでやーんの!」


 顔を上げると半袖短パン姿でこんがりと日焼けした少年が立っていた。

 この野郎……


 「悔しかったら、反撃してこいよ〜だ!」


 久しぶりにこんな典型的な小学生特有の煽りを受た。

 そう言って少年はパンチを繰り返してくる。


 「うい! おら!おら!」

 

 痛……くはないのだが、鬱陶しい。

 全くどういった教育をしたら着ぐるみを殴りつけるような子供になるんだよ。

 周りを確認するが親は見当たらない。


 夏の暑さにやられて、再び立つ気力もない俺は地面に座ったまま少年の攻撃を受け続けるしかなかった。

 まぁ、このまま耐え忍んでいればこの少年もそのうち帰ってくれるだろ。


 10分後


 「おら! おら!」

 「……」


 30分後


 「おら!おら!おら!」

 「……」


 1時間後……


 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ、オラーーーーーーー!!!」


 って、いつまでやってんだよおいーーーー!

 もう1時間だぞ?!

 しかもだんだん勢い増してってるんですけど!

 なんかもう承太郎みたいになってるんですけど?!


 く……。

 こうなったらお兄さんも黙ったままじゃあいれないぞ。

 急に立ち上がった俺に驚く少年。


 「な、何だよ! やる気になったか!?」


 俺は少年に近づき、本気で――――――


 重たい頭を振って“いやんいやん”したり、着ぐるみの手を目元にあてて“え~ん”したりと、必死でSOSサインを出した。


 「(だ、誰か!助けてくれ!!)」

 「こ、こいつ!!」


 こういう場面でも俺は徹底して喋ることはない。

 これがプロ意識というものだ。


 助けを求める俺に対して、再び殴りにくる少年。

 頼む……誰か…… 

 と、その瞬間。 


 「こーーらーーーーー!!!」

 「?!」


 背後から、聞き覚えのある澄んだ声が響いた。 

 だ、誰かが来てくれたんだ。

 俺達は一瞬動きを止めて振り返えると、そこには一人の女の子が立っていた。

 

 長くしなやかな黒髪が真っ先に目に映った。陽の光を受けてほのかに輝いている。大きな茶色の瞳は透き通るように澄んでいて、少し上向きの鼻と、形の整った唇。

 そして特徴的な左目の泣きぼくろ。


 なんだか見覚えがなるような……

 



 っって、花崎さん?!??!



 「殴ったりしちゃだめでしょ!」


 花崎さんは両手を腰に当てて、少年に向かって怒ったようにそう言った。


 「あ…………うん」


 急に押し黙り、素直になる少年。

 俯く少年の目線に合わせるため、花崎さんはしゃがみ込んだ。


 「クマミョンがかわいそうだよ。ほら、ちゃんとごめんなさいして」

 「……ごめんなさい」

 「私にじゃなくて、クマミョンに!」


 あんなにヤンチャだった少年が、俺に向かって丁寧に頭を下げた。

 いくら悪ガキでも、美少女にはこんなにも従順なのか。

 

 「もう絶対にこんなことはしないってお姉さんと約束できる?」

 「…………うん」

 「絶対だよ!」

 「はい」


 しばらくの沈黙の後、彼女の怒った表情はきれいさっぱりなくなっていつもの太陽みたいな笑顔になった。


「よし! もうやっちゃだめだよー」


 少年は恥ずかしさから逃げるように、全速力で走って行った。


 「(ありがとう! ありがとう!)」


 喋れない俺は全身で感謝を伝える。

 

 「ケガはないですか?」

 「(ブンブン)」

 「良かった」


 そう言って花崎さんは安堵のため息を漏らした。

 間違いない。

 彼女は花崎月菜さんだ。

 俺の隣の席の……


 しかし、なぜこんな所に一人で?


 「私、クマミョンが大好きなんです」


 ドキッと心臓が大きく鼓動したが、すぐに冷静を取り戻した。彼女が好きなのはあくまでクマミョンだ。俺じゃない。



「小さい頃、この遊園地で迷子になったことがあって。その時、ちょうどあそこの噴水の前で、私泣いてたんです。そしたらクマミョンが私を見つけてくれて、ほら、クマミョンて喋れないじゃないですか。だから泣いている私をどうにかして笑わせようとして、必死になってくれたんです。その姿がなんだかおかしくて、私夢中になったんです。気づいた頃には笑顔になってて、両親も迎えに来てました。クマミョンたら、『これがマジックだよ〜』ってジェスチャーしてて最後まで私を楽しませてくれたんです」


 俺は静かに聞いていた。

 彼女は一拍置いて再び話しだした。


 「そこから私クマミョンのファンになったんです。小さい頃は毎週のように両親に連れて行ってもらいました。私、乗り物にはぜんっぜん興味がなくて、クマミョンとずーと一緒にいたんです」


 『少し変な子どもですよね』と花崎さんはほほ笑んだ。


 「そんな私を、クマミョンは可愛がってくれて、たくさん遊んでくれたんです。でも、中学校に上がるに連れて部活が忙しくなって、全然会いに行けなくなっちゃって。けど、今日数年ぶりに会いに来たんです」


 俺はクマミョンという存在の重みを実感した。一人の人間にここまで大切に思われているマスコットキャラクターの存在を。


 「それにしても、今日は災難でしたね」

 「(ブンブン)」

 「でも私、これでやっとクマミョンにあの時の借りを返せたような気がしてます」


 もちろん、彼女を助けたのは俺よりもずっとずっと昔のクマミョンだ。

 だから、どう反応していいか分からなかったがそんな俺の気持ちを察してか、彼女はにっと笑った。


 「私の中では同じクマミョンなので!」


 夏の太陽よりも眩しい笑顔だった。


 「じゃあ、私の目的は達成したので、後はテキトーに観覧車とメリーゴーランドに乗って帰ります。でも、最後に……」


 彼女は急に頬を赤らめて、周りをキョロキョロと確認して誰もいないことを確かめてからこう言った。


 「その…………ハグしても……いいですか?」


 え、は?……えぇ?!

 俺は恐る恐る、手でOKサインを出す

 彼女は『えいっ』と両手を首の後ろに回して体を密着させてきた。

 ふわりとトリートメントの匂いが鼻腔をくすぐる。

 不幸にも分厚い鎧のせいで、彼女の豊かな双丘の感触は分からない。

 ……って何を考えているんだ俺は。

 

 こ、これは決して不純な行いなどではなくてマスコットキャラクターとしての役割と、プロとしての責任がだなあ……という、誰に責められる訳でもないのに、勝手に心の中で自己弁護をしていると幸せな時間はすぐに終わってしまった。


 「それじゃあ、また会いに来ます。バイバイ、クマミョーン!」


 全く、着ぐるみバイトは最高だぜ。



 ―――――――――

 

 

 風船配りのノルマを終えた俺は、オフィスに戻っていた。

 その時だ。

 遠くから花崎さんの声が聞こえた。

 

 「もう帰ります!」

 「いいじゃんかー。ちょっとだけ俺と遊ぼうよ」

 

 見ると、花崎さんが悪質なナンパに遭っていた。歩くスピードを速めて振り切ろうとする花崎さん。それをさらに追いかけるナンパ男。


 「ね、ちょっとだけだって、楽しませるからさぁ」

 「…………」


 花崎さんは無視を貫いてひたすら進み続ける。

 

 「お願い! ちょーーとだけ、ね!」

 「…………」

 「おい! ちょっと待てよ」


 会話もしようとしない彼女ににしびれを切らしたナンパ男は花崎さんの手首をつかんだ。


 「ちょっと! やめてください!」


 瞬間、これは良くない事態だと判断した俺は考えるよりも先に花崎さんのもとに駆けつけた。


 しかし、相手は見るからにヤンキーだ。


 喧嘩して勝てる相手ではない。

 俺が行ったところで止められるだろうか?

 そんな不安が俺を襲う。


 話し合いで解決するか?

 いや、クマミョンは話せないのだ。花崎さんの中のクマミョンイメージを壊す訳には行かない。

 

 じゃあ、どうすれば!

 考えがまとまる前に彼女のもとへたどり着いた。


 「ク、クマミョン!」

 「あ、なんだこいつ」


 ヤンキーの標的は花崎さんから俺に変わった。


 「今取り込み中なんだよ。邪魔しないでくれるかなー」


 話せない俺は必死に彼女が嫌がっていることを伝える。


 「おう、テメェ何なんだよ。正義の味方にでもなったつもりか?」

 「…………」

 「お前になにができるんだよ」

 「………………」

 「何か喋れよ、おい!」

 「…………………………」


 まずい……

 このままでは埒が明かない。

 何かアイデアはないか

 何か……………

 


 あ!


 俺はふと、先週見たテレビ番組を思い出した。

 『着ぐるみの中から脅迫めいた台詞が聞こえて来たら超おっかない説』


 これだ!


 俺は相手にガンを飛ばすように睨みつけ、奴にだけ聞こえるよう耳元でこう言った。


 





 「テメェ、殺っちまうぞ」

 「!?!?」






 

 急に焦りだすヤンキー。


 「な、な、な、なんだこいつ!!」

 

 当然の反応だ。

 いきなり現れた謎の着ぐるみ男にこんなこと言われたら誰だってビビる。

 俺は威圧感の効いた声で続ける。


 「顔覚えたからなぁ。ちょっとでも、手出ししてみろ」

 「と、ど、ど、どうなるっていうんだよ……」

 「どうとは言わねぇが……」

 

 ゴクリッと固唾を飲む音が聞こえる。

 


 「夜道には気をつけろよ」


 

 その台詞が決め手になった。


 「ご、こ、こ、今回は……勘弁してやるよ」


 さっきまでの威勢はすっかりなくなり、素性のしれないクマの着ぐるみに怯えそのまま去っていった。


 こんな上手くいくものなのかよ。

 自分でもびっくりだ。



 


 「あ、あの……」


 花崎さんは俺の方を見ていた。


 「助けていただいて、ありがとうございました」

 「(いえいえ)」

 

 こんなの当然ですよ、というジェスチャーをしてみる。

 

 「また借りができちゃいましたね」

 「(借りだなんて、気にしなくても大丈夫ですよ!)」


 必死にジェスチャーで伝えようとしている俺が、おかしいのか花崎さんはふふっと軽く笑った。


 「私、今日本当は……この遊園地に来てクマミョンに会うのが少し怖かったんです」

 

 沈んでいく夕日を背に花崎さんは話を続ける。


 「あの優しくて面白かったクマミョンはもういないんじゃないかって不安だったんです。小さい頃の思い出はそのままにしておいた方がいいんじゃないかって。でも今日どーしても会いたくなって、それで来ちゃったんですけど」


 彼女はとびきりの笑顔だった。


 「本当に来てよかったです!! クマミョンはやっぱりクマミョンでした」


 俺はバイトとして、いや、クマミョンとして一人の女の子にここまで言われたことがシンプルに嬉しかった。

  

 「あーあ、結婚するならクマミョンみたいな素敵な人がいーなー」

 「!?!?!?」


 思わずドキッと胸が高鳴る。

 そんな甘~いセリフは心臓に悪い。


 あーほんと着ぐるみでよかった。

 きっと今俺の顔は旬のりんごみたいに真っ赤になっているだろうから。

 マジあぶねー。

 

 「最後にもう一回ハグしてもいいですか?」

 「(……いいよ)」

 「ふふっ。やった。じゃあ、いきますよー」


 そう言って花崎さんは少し助走をとる。  

 それから『えい!』と勢いよく俺に抱きついてきた。


 普段なら軽く受け止められていたはずだが、疲労が溜まっていたせいか俺はそのまま後ろに倒れてしまった。


 「だ、大丈夫ですか?! ごめんなさい!!……って………………」


 花崎さんは驚いたように目を大きくさせて、赤面していた。

 

 「(俺は着ぐるみだから、全然ヘーキヘーキ!!)」

 「……そ、、そ、そ、それは良かった……です…………」

 「(君はケガしてない?)」

 「だ、大丈夫……だよ」


 ん?

 どうしたんだろう。

 なんだか様子がおかしいような。


 花崎さんはスカートの端をギュッと握りしめ、目を伏せている。

 そして、顔がとんでもなく赤い。それは夕日のせいだろうか。

 急に、花崎さんはバッと立ち上がった。


 「そ、それじゃ……また……………学校でね……」

 

 ん?

 学校?


 意味が分からなかったが、俺はとりあえず満面の笑みを浮かべて、大きく手を振る。

 いくら着ぐるみを着ていて表情が見えないからって俺は笑顔を忘れない。それがプロ意識ってもんだ。


 

 俺はしばらく座り込んだま、勢いよく走り去っていく花崎さんを眺めていた。


 そういえば、学校って来週からだよな。

 宿題全然やってねーな、どうしよう。

  

 ヨッと立ち上がる時、俺は違和感を感じる。 


 「(あれ、なんか、やけに軽いな)」


 





 

 そして、、、気づいたのだ。



 




 クマミョンの頭が転がっていたことに…………






 「あ………………人生、終わった………………」

 

人生の終わりか、はたまた新しい物語の始まりか……

ここまで読んでいただきありがとうございます。

面白ければ、☆☆☆☆☆、ブックマークなど、よろしくお願いします。

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