ベランダで待つ
勇者が来た。すべてを切り裂く伝説の剣を携え、魔王軍の幹部を一人の残らず滅したもの。その足音が玉座の間に近づくたび、この城は沈黙に沈んでいった。戦うものは既にいない。非戦闘員は蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。
それでも魔王は座していた。玉座の前、責務に縛られるように。「ここで迎え撃たねばならない」。侵略者の到来を予感しながら、背筋を伸ばし、息をひそめて待つ。やがて、大きな扉が軋むような音を立てて開いた。
「よくぞここまで来たな」と低い声が響く。
言葉の裏にあるわずかな躊躇、あるい哀惜。それは勇者に届かない。
激闘の末、冷たい光を放つ聖剣が魔王の胸を貫く。肉体を裂く感覚が魔王の全身を襲い、血が床へ滴り落ちる。
魔王は死の淵で微かな微笑を浮かべた。すでに力の尽きた腕はわずかに動き、無意識に何かを求めるように宙をつかむ。「...ル」小さな声が漏れる。それは誰の耳にも届かず、ただ薄暗い城内に溶けて消えた。
彼の最後の思考は、遠い記憶の中にある光景に向けられていた。ある夏の日、柔らかい風が吹き抜ける中で笑っていた小さな姿。魔王はその名を呼びきることもできないまま、深い闇の中へと沈んでいった。
しかし、きみはベランダにすわり、夕暮れに沈む日をじっと見つめて、父の帰りを待っている。