悪役令嬢、逸れ魔獣の謎と甘い夜。
集会所に戻った私たちは、村長さんが急いで用意してくれた温かいハーブティーを前に、長テーブルを囲んだ。ランタンの橙色の灯りが、4人の顔を優しく照らしている。
私は掌を広げ、黄緑色の球体をテーブルの中央にそっと優しく置いた。
セレナ「これ……私が倒した魔獣化したオクトルーパーの遺体の直ぐ近くに落ちていました。魔力反応がありますが魔獣の内部から出てからは弱くなってます。恐らくですが、これが海獣である筈のオクトルーパーを、内陸で活動できるようにしていた鍵だと思います。」
シンシアが身を乗り出して石を凝視した。
シンシア「魔力石……?でも、オクトルーパーって確か、海中に生息してる魔物よね?どうしてこんな山村に……。」
ロザリーが恐る恐る指先で触れる。
ロザリー「冷たい……。しかも、少しねばねばした感触が未だに残ってるわ……。」
すると、サリーシャは指で摘み取った魔力石をじっと見つめたまま、珍しく言葉少なに口を開いた。
サリーシャ「……セレナっち。これ、ただの天然物の魔力石ちゃう気がするで。」
セレナ「どう言う事?」
サリーシャはランタンの灯りに石をかざし、紫がかった黄緑の表面をじっくり観察しながら続けた。
サリーシャ「色合いが妙に均一やし、魔力の流れも不自然に整っとる。普通、魔力石ってんはな、草木の森ん中や土岩のある山ん中の魔素が普通の石に吸収して産まれる物何や、犬猫の様な普通の動物は疎か、魔物の体内に生み出される代物やない。」
その言葉が落ちた瞬間、集会所内の空気が一瞬で張りつめた。
セレナ「……つまり、人為的に作られた物だって事?」
サリーシャはゆっくりと頷き、魔力石をテーブルに戻した。
サリーシャ「せや。海の魔物を陸で動かせるように、わざわざ体内に埋め込むなんて……普通の魔導学者でも真似できへん技術やで。これ、誰かが『意図的に』作って、オクトルーパーをここまで運んできた証拠やと思うわ。」
シンシア「運ぶって、サリーシャちゃん、そもそもどうやって生きたまま魔獣を運び出すの?幾ら何でもそれは流石に不可能じゃ…。」
セレナ「………卵での状態なら?」
その一言に、テーブルを囲む3人の視線が一斉に私に集まった。
サリーシャ「卵……?ああっ!そう言う事かいな!海の魔物はな、卵の状態でなら比較的安定して運べるんや。孵化をするん前に何らかの方法で体内に魔力石を埋め込んで、孵化と同時に活性化させる……。それなら生きてる状態で内陸まで運べるわ。しかも、魔力石が体内で魔素を補給し続けるから、陸上でも動けるようになるんやろな。」
サリーシャが興奮気味に身を乗り出し、少し早口になる。
サリーシャ「しかもや、この石の魔力の流れ、明らかに自然生成のものと違う。」
ロザリー「それって、誰かが意図的に造られたって事なの!?」
サリーシャ「分からへん…。確実たる証拠が何1つもあらへんからな…。」
彼女の言う通り、確かに確実な証拠が無い…。
シンシアさんが顔をしかめた。
シンシア「つまり……あの魔獣は、ただの『逸れ魔獣』何かじゃなくて、誰かが意図的にダナン村に放った『兵器』ってこと?」
ロザリー「怖い……。そんな技術を誰かが持ってる何て……。」
私はゆっくりと頷き、ハーブティーの湯気を眺めながら言葉を続けた。
セレナ「そう言えば、サリーシャとロザリーさんは魔獣達が何処から現れたか、分かりますか?」
ロザリー「出入口近くの井戸の水汲みをしてた村の人の悲鳴の元に、私とサリーシャちゃんが駆け付けたの、女の人の証言だと、何でも南東の方角にあるダナンの森の方から現れたと…。」
セレナ「ダナンの森…。」
確か、集会所で猟師頭さんが魔獣オクトルーパーを目撃したと言う、村から離れた先にある森、もしかしたら…。
シンシア「……取り敢えず、森での1件の事は後にして、村の巡回警備を再開しよう、今度は私とロザリーだけで行うから、2人は初日で結構動いたから、ゆっくり休んで頂戴。サリーシャちゃんもよ。」
私は慌てて首を横に振った。
セレナ「いえ、私もサリーシャちゃんもまだ全然大丈夫です! セラフィナさんがいない今こそ、4人全員でこの村を守らないと……。それに、魔力石のことも気になりますし。」
サリーシャも私の隣で元気に頷く。
サリーシャ「せやせや!アタシ、こんなところで寝てられるかいな!また魔獣が来たら即対応せなアカンし、セレナっちと一緒に回ったるわ!」
シンシア「それは此方の台詞よ2人共、霧の谷でのガルバル達との件と言い、さっきの魔獣の襲撃も、セレナちゃんとサリーシャちゃんは活躍し過ぎで疲れてるでしょ?」
ロザリー「うんうん、2人共無理し過ぎ、少しは先輩冒険者である私達を頼らないと。」
結局、私とサリーシャは休養する様に先輩冒険者のお二人に強く言われてしまい、村長さんが用意してくれた宿部屋で休む事となってしまったのだった。
*
村長さんが用意してくれた宿部屋は、集会所の二階にある簡素な二人部屋だった。木の香りがするベッドが二つ並び、小さな窓からは村の外れのダナンの森がぼんやりと見える。
私はベッドに腰を下ろし、軽く息を吐いた。今日一日は本当に長かった。早朝から本国を出て、最短ルートに行く前に賞金首やガルバル達を捕らえたり、真夜中に魔獣が襲来したりと大変だった。
サリーシャがドアを閉めると、部屋の中が急に静かになった。
サリーシャ「ふぅ……やっと2人きりやな。セラフィナはんがおらん今、なんか心細いわ〜。」
彼女は私の隣にぽすんと座り、肩を軽く寄せて来た。関西弁の明るい声なのに、何処か疲れが滲んでいるのが伝わって来るのを感じる。
セレナ「……うん。私も、セラフィナさんが不在となると、少し不安になるけど、私達4人でやるしかないよね…。」
サリーシャ「せやな…。にしてもセレナっちって、意外にも頭は良え方なんやな〜。」
セレナ「…まあね、小さい頃から結構、本を読むのが好きだったから。」
サリーシャ「ほーん……。」
サリーシャはジト目のまま、私の方を見つめる、何だろう…。もしかして私の正体を怪しまれてるとか!?
いや、それは流石に無い。
私の様に『鑑定』系統の技術を所持していない限り、セレナがセリスティアだと気付く事は有り得ないからだ。
そう考えてる内に、何だがグッと疲れが溜まって来た。朝っぱらからずっと動きっぱなしだったせいだろうか、そろそろ寝よう…。
セレナ「そ、そろそろ寝よ、明日も早いしさ。」
サリーシャ「………それもそうやな。お休み〜。」
暗い宿部屋。
其々のベッドに眠る最中、サリーシャはムクリと上半身を起き上がり、隣のベッドにて身体に掛け布団を掛けて寝ているセレナを見つめる。
サリーシャ「フフッ♡」
こっそりと、彼女は布団の端をめくり、自分のベッドから忍び足で移動した。月明かりが小さな窓から差し込み、セレナの白い頰を優しく照らしている。紫がかった銀髪が枕に広がり、長い睫毛が静かに伏せられている姿は、まるで人形のように可憐だった。
サリーシャ{……セレナっち、寝顔が可愛すぎるやろ……。こんなに無防備やと、つい……。}
セレナ「………ん?」
眠りに堕ちようとした矢先に背後の気配に気づいた私は、眼を開けて振り向くと、枕を抱き抱えた微笑むサリーシャの姿があった。
セレナ「サ、サリーシャ!?ど、どうかしたの?」
サリーシャ「なぁ〜セレナっち、アタシもセレナっちの一緒のベッドで寝てえぇ?何か寂しゅうて寂しゅうてさ〜。」
サリーシャは枕を抱えたまま、にこにこと笑顔で私のベッドの端に腰を下ろした。月明かりが彼女の橙色の髪を柔らかく照らし、いつも元気いっぱいの瞳が少しだけ潤んでいるように見える。
セレナ「……え、えっと……。」
私は布団の中で少し身を引いたけど、心臓がドキドキと鳴り響いて上手く言葉が出てこない。転生前の知識では、こんな状況は乙女ゲームの攻略キャラ√で良くある展開なのに……実際にリアルで体験すると全然違う。顔が熱い。
サリーシャ「な〜に?ダメなん?アタシ、何か心細くて……セレナっちの隣なら安心できるんやけどな〜。」
彼女はそう言いながら、布団の端をそっとめくって滑り込んでくる。温かい体温がすぐ隣に感じられて、甘い石鹸のような匂いがふわっと漂った。
セレナ「……わ、分かった。分かったから、今日は特別だよ?でも、ちゃんと寝るんだからね……」
サリーシャ「えへへ♡有難うな〜セレナっち!」
サリーシャは嬉しそうに私の胸元に顔を埋めて、腕をぎゅっと回してきた。柔らかい橙色の髪が私の頰に触れて、くすぐったい。彼女の心臓の音が、私の胸に直接伝わってくるみたいだ。
サリーシャ「……セレナっちの匂い、何か好きやわ。なんか、安心するんよ……。」
セレナ「……私も、サリーシャちゃんの隣、温かくて……良いかも。」
私はそっと彼女の背中に手を回して、軽く抱きしめ返した。月明かりだけが部屋を照らす中、2人の息遣いが静かに重なる。セラフィナさんの不在が寂しかった胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなった。




